男子新体操のプロ集団「BLUE TOKYO」が青森にもたらしたもの

メンバー13名中10名が今回の公演に集結したBLUE TOKYO

「オール青森」による圧巻の舞台

「みなさん、どうですか。この舞台、オール青森ですよ!」

 株式会社AK company代表取締役・荒川栄氏は、自らが主催し、MCも務めた舞台『BLUE冬大祭』で、開口一番、誇らしげにこう言った。

三味線の葛西頼之、今千里は青森出身。超一流の津軽三味線奏者だ
三味線の葛西頼之、今千里は青森出身。超一流の津軽三味線奏者だ

 2月9日に八戸市、11日に青森市、そして17日に弘前市で千秋楽を迎えた『BLUE冬大祭』は、男子新体操のプロユニットであるBLUE TOKYOを主体とした公演だった。元新体操選手である彼らのアクロバティックなパフォーマンスを披露すると同時に、今公演は3都市の伝統文化やアーティトたちを巻き込んで創り上げるという、BLUE TOKYOにとっては初めての試みとなった。

 各公演の1部では、全国レベルで活躍している県内のバトンチーム、吹奏楽部、一輪車クラブが登場。さらには伝統芸能の民舞や津軽三味線、太鼓など、まさに「オール青森」なエンターテインメントショーだった。とくに1部後半の演目では、津軽三味線と男子新体操の競演が繰り広げられた。「これが三味線?!」と戸惑うほどの激しい演奏にのせて、青森大学男子新体操部員たちや各開催地の高校生、ジュニア選手たちもが観客席にまで下りてきて、迫力満点の踊りを見せた。それは「青森の伝統芸能と男子新体操の見事なコラボレーション」であり、地元の観客も、遠方から駆けつけた観客も、十分満足できるものだった。

観客席の通路でも男子新体操選手たちが踊り、盛り上げた
観客席の通路でも男子新体操選手たちが踊り、盛り上げた

 1部では、BLUE TOKYOの出演は少なかったが、メンバーの中でもベテランの春日克之(31)と佐藤喬也(30)が演出を手掛けた。それぞれの演目を結びつけ、男子新体操で彩り、1つの物語を紡ぐーーそんなクリエイターとしての手腕をBLUE TOKYOが見せたのが1部だった。そして、会場の盛り上がりと期待感はそのまま、彼らが主役となる2部に繋がっていった。

主役となったBLUE TOKYO

 2部は、男子新体操ファンには「おまちかね」のBLUE TOKYOのステージだった。発足から8年を経たBLUE TOKYOは、すでにさまざまなビッグネームのアーティストと共演を果たしているが、それはあくまでもバックダンサーとしての起用だ。過去に青森市で5年間続けてきた『BLUE』公演でさえも、著名な演出家や振付師の世界観を表現するための素材としてのBLUE TOKYOに見えることもあった。それが今回は主役となり、「ザ・BLUE TOKYO」というステージを見せてくれた。

男子新体操仕込みのキレのある、そしてしなやかな動きがBLUE TOKYOの持ち味だ
男子新体操仕込みのキレのある、そしてしなやかな動きがBLUE TOKYOの持ち味だ

 BLUE TOKYOのメンバーは13名。いずれも、男子新体操の強豪校である青森大学、青森山田高校の出身だ。現役時代に、全国優勝を経験しているメンバーも多い。平均年齢は、8年を経て28歳になった。男子新体操というスポーツにおける競技力は保証つきの彼らは卒業後、それぞれにダンスや舞台、ショーなどを通じて、エンターテインメント性を磨いてきた。アメリカの有名オーディション番組「American’s Talent」にも出演。坂東玉三郎や市川海老蔵、三浦大知とも共演し、ドイツのツアー公演「Turn Gala」でも人気を博した。紅白歌合戦への出演経験もある。

「もう30歳を過ぎましたが、まだまだやれる気がします。40歳くらいまでは踊っていたい」と春日克之は頼もしい。

「自分たちの活動が、新体操でやってきたことをずっと続けていたい人達の道標になれば」と大舌恭平(30)は後進たちを思いやる。競技で培ってきた力に加え、エンターテインメントの世界でも十分な経験を積んできた。そんな彼らならではの言葉だ。

 競技者だったころと違って、BLUE TOKYOの主戦場はフロアマットのないステージだ。そんな彼らの力がこのステージでいかんなく発揮された。フロアマットに頼ることなく数多くのステージで経験を積んできた彼らは、見せ方を知っている。どんな環境であっても、見ている人を興奮させ、熱狂させるタンブリングの見せ方を心得ているのだ。

競技生活を終えてからはマットのない場所でも跳べるスキルを磨いてきた
競技生活を終えてからはマットのない場所でも跳べるスキルを磨いてきた

 2部では8つの作品が演じられ、そのほとんどにBLUE TOKYOが出演していた。1人あるいは3人という少人数での作品もあれば、10名総出演の作品もあった。いずれも見ごたえ十分だった。大人数の作品は、ところ狭しとタンブリングを繰り出し、男子新体操の特徴である組み技で高く人が跳び上り、観客の度肝を抜いた。ときには、競技で使用する手具やゴース(薄い布)なども駆使して幻想的な世界を描き出し、「芸術スポーツ」と言われる男子新体操の魅力を見せつけた。同調性、動きの美しさ、しなやかさ、表現力などは、彼らがスポーツとしての男子新体操で身につけ、さらにBLUE TOKYOとして活動を続けていく中で磨いてきたものだった。

磨きのかかった表現力で観客を魅了した
磨きのかかった表現力で観客を魅了した

「青森の四季」をテーマに、祭りに熱狂する夏、そして実りの秋と、雪の回廊が出現する厳しい冬、圧巻の桜が彩る春、そして再び夏、と移りゆく季節の映像を背景にしながら、BLUE TOKYOは「青森が生んだ唯一無二の男子新体操ユニット」としての真骨頂の演技を見せていった。クライマックスで踊られた「雷(いかづち)」は、BLUE TOKYOの十八番とも言える演目で、メンバー総出演。4分強の演技時間中、数えきれないほど彼らは跳び、回り、弾けた。津軽三味線世界大会で3連覇を果たした名手・葛西頼之が、激しくかき鳴らす旋律に突き動かされるようにステージで躍動する彼らの演技に、会場のボルテージは最高潮となった。

演者としてだけでない

BLUE TOKYOの八面六臂の働き

 BLUE TOKYOのメンバーには、学生時代には個人選手として全日本選手権で優勝している春日克之と松田陽樹(28)がいる。全日本学生選手権での個人優勝経験のある大舌恭平もいる。

 そして、青森大学の団体選手としてその連覇に貢献してきた石井侑佑(26)、植野洵、渡辺剣史郎もいる。みな大学卒業後は、BLUE TOKYOの活動以外にも、それぞれのフィールドで活躍を続けている。そんな彼らが、故郷の青森を盛り上げるために、全身全霊を懸けてこのステージで躍動していた。

1ステージで100回以上は跳んでいるという
1ステージで100回以上は跳んでいるという

 いや、彼らが力を尽くしたのはステージ上だけではない。前日準備の際は、チラシの挟み込み、楽屋の設営などの裏方仕事を黙々とこなしていた。さらに今回は1部、2部の演出と振付も担当。当然、演者への指導も請け負った。

 本番前日に出演者全員が集合した際は、今公演のオリジナルTシャツをBLUE TOKYOメンバーから出演団体にステージ上で進呈するというセレモニーも行い、演者たちを1つにまとめる役割も果たした。

 彼らを指導した青森大学男子新体操部監督・中田吉光氏は、「選手時代は周りに支えてもらっていた彼らが、裏に回り、舞台を支える働きをするようにまでなった。心から誇らしいと思う」と目を細めた。

男子新体操を生かせる道を!

拓き続けた BLUE TOKYOの8年間

 青森大学、そしてその卒業生たちは、男子新体操の世界では「スーパーエリート」に違いない。しかし、BLUE TOKYOといえど、これまでの道のりは決して平坦ではなかった。

 今回の『BLUE冬大祭』を主催し、BLUE TOKYO結成の立役者でもある荒川栄氏は、男子新体操というかつてはマイナー競技と言われていた日本発祥のスポーツと、エンターテインメントの世界の橋渡しをした先駆者だ。高校、大学まで男子新体操の技術を磨いてきた選手たちも、大学卒業後は新体操を続ける道がほとんどない。そんな現状をなんとかしたいと、「BLUE TOKYO」を発足させたのは2010年。当時はメンバー全員が青森大学の学生だった。

 そこから「職業としての男子新体操」を選ぶ選手たちが徐々に増え、BLUE TOKYOは8年間活動を続けてきた。メンバーも増えた。今回の出演メンバーの最年長は31歳の春日克之と石塚智司。もっとも若い植野洵、渡辺剣史郎はまだ23歳。年齢差のあるメンバー構成になってきているが、彼らの演技の一体感に翳りはない。

ステージ上では年齢差も感じさせない一体感を見せる
ステージ上では年齢差も感じさせない一体感を見せる

 発足から8年の過程には当然、BLUE TOKYOだけでは生計が立たず、飲食店やコンビニなど様々なアルバイトを掛け持っていた時期もある。初期メンバーの椎野健人(29)は、「舞台の仕事が入ると2カ月くらい拘束されます。仕事はそんなに休めないので、バイトはかなり転々としていました」と言う。今はBLUE TOKYOの活動だけで生活しているのか?と言われればそうではない。出演する舞台やイベントの合間には、ほとんどのメンバーは他の仕事もしている。ただ、以前と違うのは、それが「生活のため」だけでなく、パフォーマーとして自分が舞台に立っている現在(セカンドキャリア)の次(サードキャリア)を視野に入れた仕事だという点だ。

ステージで磨かれたアクロバットは現役時代と比べても遜色がない
ステージで磨かれたアクロバットは現役時代と比べても遜色がない

 いずれは男子新体操やアクロバットの指導に関わりたいというメンバーもいれば、トレーニングのインストラクター、振付、演出を手掛けるなど、それぞれに思い描く「次」に向かって力を蓄え、経験を積む。「学生のころの自分は、ミスが多くて、選手としては頑張りきれなかった。BLUE TOKYOでやっていくうちに、やっと自信もついてきた。」という亀井翔太(28)のような者もいる。彼らはまだ成長し続けているのだ。

 すでに体操教室を主宰しているメンバーもいれば、新体操のコーチを務める者、ダンススタジオのアクロバット講座を持っている者、スポーツジムインストラクターやパーソナルトレーナー、テーマパークのダンサーなど。きっと彼らの次の人生に繋がる、そんな仕事とBLUE TOKYOという2つの柱をもって彼らは走り続けている。

休止の危機も乗り越え、たどりついた

「青森での答え」が観客を熱狂させた

 このBLUE TOKYOと青森大学、青森山田高校の男子新体操選手たちが出演し、さらには著名なダンサーも招いて、冬の青森の一大イベントとなっていた『BLUE』は、2013年から5年間続いた。

 雪深い青森の1~2月という厳しい条件の中、毎年大健闘といえる集客ではあったが、著名なダンサー、振付師、演出家などを青森まで招いて舞台を創り上げることには膨大なコストがかかる。2018年に『BLUE』休止が発表されたときは、事実上の撤退と受け止めた人が多かったのではないだろうか。

 しかし、粘り強さが身上の青森人は、そこで終わらなかった。2018年12月には、『BLUE冬大祭』の開催が告知された。最初に公開されたビジュアルは、青森大学の現役選手である清水琢巳の書をメインに据えた簡素なもので、過去5年間の『BLUE』公演と比べて、手作り感があった。さらに、今回初の試みとして八戸市、青森市、弘前市の3都市での開催。振付や演出もBLUE TOKYOが手がけ、青森のアーティスト、アスリートたちが出演と、かつてない「青森色」の濃い内容に、これはまったく新しい『BLUE』だと予感した。

エンディングでは観客席を回って挨拶や握手をするメンバーたち
エンディングでは観客席を回って挨拶や握手をするメンバーたち

 そして、その予感は的中した。メンバーたちは過去5回の公演で学んだことを存分に生かしつつ、「男子新体操をエンターテインメントに!」という旗頭のもとでやや過剰になっていた部分は、きれいにそぎ落とされていた。地元青森県の観客に一番喜んでもらえる、そしてより多くの人に見てもらえる。さらには出演者も楽しめるものを、と心を砕き、工夫が凝らされていた。

「青森におけるひとつの答え」と、彼らが称したこの舞台は、大正解だったと言える。おそらく、青森県の人達はこんなBLUE TOKYOが、こんな『BLUE』が見たかったのだ。

 もちろん、青森県だけにとどまることなく、東京へ、日本全国へ、世界へとBLUE TOKYOが羽ばたいていくことをあきらめたわけではない。現に彼らの活躍の場は、どんどん広がってきている。が、その一方で、地元・青森県を大切にし、故郷の盛り上げに一役かう、その姿勢を失っていないことを明確に打ち出すことで、彼らは青森県における強固な支持を固めることができたのだ。

 今回の大好評を受け、追加公演の開催も発表された。3月31日(日)に青森市で、2公演行われる。

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 BLUE TOKYOが8年間かけてたどりついた現在の輝きを、ぜひこの追加公演で多くの人に生で見てほしいと思う。

 これは、「男子新体操」や「BLUE TOKYO」だけのサクセスストーリーではない。

 競技生活を終えたあとのアスリートのセカンドキャリア、サードキャリアの可能性、また地域文化とスポーツの連携、地域振興への取り組みなど、多くの可能性を含んだ、壮大なプロジェクトでもあるのだ。

<写真提供:青森山田学園 牧野俊之/映像提供:株式会社LTG>

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