【男子新体操】「本当に美しい男子新体操」への課題と希望 ~2018男子新体操を振り返って

「美しい男子新体操」を体現してきた山口聖士郎(国士舘大学4年)※筆者撮影

2010年にテレビドラマ「タンブリング」が放送された。

このドラマそのものは、大成功とは言い難い視聴率で終了したが、その後、この「タンブリング」は、舞台化されたり、DVDが海外で人気になったりと確実に男子新体操の知名度アップには貢献した。

しかし、このドラマの功績はそれだけではなかった。

ドラマを見てやってみたいと思った子ども達に受け皿を作るという意味もあったと思うが、この2010年を境に、男子新体操は一気にキッズ、ジュニア層が拡大していく。名門・国士舘大学には2010年にジュニアクラブが発足。翌2011年には、王者・青森大学も「BLUE TOKYO KIDS」を立ち上げた。ほぼ休止状態にあった神埼ジュニア新体操クラブもこのころから団体を組めるようになり強化を促進。

その以前からすでにジュニア育成で実績を上げてきていた井原ジュニア新体操クラブ、大垣共立銀行OKB体操クラブ(当時はNPOぎふ新体操クラブ)、華舞翔新体操倶楽部などに加え、それまでは部活頼みだった男子新体操が、クラブチームという活路を本気で模索し始めたのがこのころだと言える。

そして、かつては「高校始め」(高校に入ってから新体操を始める)が多くを占めていた男子新体操の競技開始年齢は一気に低年齢化した。

その象徴的な出来事が、2012年の「テレビ信州杯」で初めて行われた「キッズ競技」だ。

小学生を対象に、高度なタンブリングではなく基本的な徒手をメインに、手具を使わずに演技するこの競技には、以前の男子選手とは違って、競技年数が長くなる子ども達に、「正しい基礎を身につけさせる」という意図があった。

実際、この「キッズ競技」からは、それまでの男子新体操ではなかったような美しい演技、美しい選手が生まれてきた。

村山颯(国士舘ジュニア)
村山颯(国士舘ジュニア)

が、ひとつ誤算があった。

それが全国へとはなかなか波及しなかったのだ。

キッズ競技で上位に入る選手は、美しい基本を身につけた選手ではあるが、一方で、そうではなくても強みがあれば勝負できる。

スタート当初のキッズ競技にはそういう曖昧さもあったため、「まずは美しく、正しい基本を」という当初の目的が浸透しきれなかったのだ。(現在はキッズ競技のルールも整備され、「全日本男子クラブ選手権」でも行われている)

その結果、2010年あたりに新体操を始め、2012年からのキッズ競技を経験しただろう選手たちが、「おしなべて美しい」かというと、そうは言いきれないのが残念ながら男子新体操の現状だ。

もちろん、着実に進化はしている。10年前と並べて比較してみたならば、現在の選手たちの平均値は当然のごとく高い。

柔軟性は飛躍的に向上し、つま先も意識できる選手も増えてきた。手具操作に関しては、2015年のルール改正以降、凄まじい勢いで高度化している。

そして、その表現力も。

男子新体操への注目度が上がるにつれ、目を見張るくらいの向上ぶりだ。

青森大学卒業生を中心に編成されているプロパフォーマー集団「BLUE TOKYO」などに代表されるように、男子新体操卒業後にエンターティメントの世界に進む選手も多く、そういった影響も、男子新体操をより「芸術」や「表現」に近づけてきたように感じる。

2010年からのこの8年間で、男子新体操は明らかに変わった。

その変化はほとんどが「進化」といえるものだったことは間違いない。

ただ、その「進化」した部分に注目が集まり、賞賛される影で「つみ残している」ことがある気がしてならない。

ジュニア選手が一気に増えたころに期待していたよりも、「脚の問題」が解消されていない。

いまだに、「美しい」とは言えない足先の選手が少なくない。

以前に比べれば意識はしているのだろう。瞬間瞬間で見れば、ピンと伸びたつま先を見せてくれる選手は増えたし、写真掲載などする場合は、そういうものを選んでいるので、写真なら見えない場合が多いが、実際に演技を見ると「足先が惜しい」と思う瞬間がけっこう多い。

それも、一般的には「美しい!」と言われる選手、チームでもそうなのだ。

神山貴臣(国士舘ジュニア)
神山貴臣(国士舘ジュニア)

もちろん、男子の新体操であるから、女子と同じくらいに、と求めるのは無理があるとは思う。

男子新体操には、女子にはない良さもたくさんある。それも十分わかっている。

ただ、だからこそ「本当に惜しい!」「本当にもったいない!」と思うのだ。

彼らは、そこいらのダンサーには負けない身体能力をもっている。だから、エンターティメントの世界でも重宝されるが、それはあくまでもアクロバットという武器あってのことだ。もしも彼らがバレエダンサーやダンサーとしても通用するような美しい脚を持っていたならば、競技を卒業したあとの彼らの可能性はもっと広がるはずだ。そして、競技としての男子新体操も、好きな人たちだけが「素晴らしい!」と絶賛するのではなく、より多くの、より広い範囲の人たちから関心をもたれ、評価されるようになると思う。

●つま先を伸ばす。(床から足が離れるときには常に)

●膝を伸ばす。(曲がってなければよい、ではなく美しく見えるレベルまで)

●内股にならない。(立っているときも、柔軟で前屈するときも)

●かかとは高く。(かかとが床についていないだけで「かかとが上がっている」とは言わない)

バレエではよく言われる「床をつかむような感じ」に、足先を床から離す。

かかとを上げるときは、「甲が出るくらいに」。

それを意識するだけで、ぐっと変わってくるはずだ。

ここまで小さい子ども達が男子新体操をやってくれるようになった今こそ、初心者からこの意識をもち、男子だからこそより高い意識をもってこのトレーニングをしてほしいと切に思う。

たいていの子どもは、「バク転できるようになりたい!」と男子新体操を始めるのだろうから、そういう子ども達に口うるさく、「つま先伸ばせ」「内股になるな」と言い続けるのは根気がいることだろう。でも、そこであきらめないでほしい。

彼らが成長したときに、本当に自分がやりたい表現をしたいと思ったとき、「意識しなくても伸びるつま先、曲がらない膝、内股にならない脚」は大きな武器になるのだから。

村山涼(国士舘ジュニア)
村山涼(国士舘ジュニア)

この8年間、男子新体操を見続けてきて、男子新体操の一番の強みは、継続率の高さだと感じる。

母数が少ないとはいえ、確率で見れば、女子よりもずっと男子のほうが始めた子が高校生まで、あるいは大学生まで続ける率は高いのではないだろうか。それだけ、満足感の高い競技なのだろうし、続けていきたいと思わせる魅力があるのだろう。

であれば、始めた子ども達が長く続けることを前提として、長い目で見て必要なことをキッズ、ジュニア期は大切にしてほしいと思う。

骨や筋肉も成長しきれていないうちから、高度なタンブリングや極端な柔軟性を求めることに走らず、基本的なことをきちんと、美しく、そしてこのスポーツを長く続けていけるように育ててほしいと思うのだ。

そのためには、審判をはじめとする周囲の評価も、そこを重視するようになる必要がある。

すでに審判には変化が見られる。

2018年12月に発表された改正ルールでは、いわゆる「実施減点」が大きくなっていた。

※男子新体操改正ルール情報

落下などの大きなミスではなくても「正しくない実施」は減点される。

そこではおそらく「徒手の基本の正しさ」が問われてくるだろう。当然、いずれは、足先の美しさも今よりももっと厳しく見られることになる。

心しておいてほしい。

そのときになって慌てても遅いのだ。

高度な手具操作や表現にも挑戦する大学生になってから、「つま先伸ばす」「内股になるな」を意識することは困難だ。その年齢、レベルになるまでには、意識せずに正しく美しい脚を維持できるように、幼いころからトレーニングすること。

男子新体操には、いよいよ本気でそこに取り組んでほしいと思う。

「ほかにやるべきことが多い」と言われればそうかもしれない。

ただ、そうしてきたから、この8年間「つみ残して」きたのではないか。

高山蓮音(国士舘ジュニア)
高山蓮音(国士舘ジュニア)

女子の新体操でも、20年前は、上位選手でさえ、正しいとは言えない体の使い方をしていた。

つま先も膝も、かかとの高さも、今と比べればかなり「ひどい」ものだった。

ただ、それでは勝てない。とくに世界には太刀打ちできないということを知り、多くのクラブがレッスンにバレエを取り入れ、基礎の徹底に注力してきた。男子でいうキッズ競技にあたる「チャイルド競技」では、手具をもたず徒手体操だけを長いこと競ってきた。

世界で戦うなんてことは夢のまた夢、な選手でも、今の女子で競技選手ならば、たいていはバレエの基礎くらいは仕込まれている。

その結果、日本の女子新体操の美しさは、20年前と今では格段の進歩がある。

女子のその進化の過程を見てきたからこそ、男子にできないはずはない、と思ってしまうのは欲張りだろうか。

そんなはずはない。

男子新体操にはそれができるだけの可能性は十分にある、

じつはこの年末に、そう感じるできごとがいくつかあった。

まず、12月16日に行われた「2018国士舘カップ」での、国士舘ジュニアの選手たちのいくつかの演技。

キッズ部門で見た彼らの演技は、まさに「基本を大切に、基本に忠実な」ものだった。

じつに丁寧に、美しく、無理のない体操、運動を行う。そしてその中に、しっかりと感情を込めることができる。

そんな楽しみな選手たちが、次々と育っていることが感じられた。

決して、生まれつきそうだったわけではないと思うが、国士舘ジュニアの選手たちは、姿勢欠点が少ない。

おそらく、そういう細かい部分をきっちりと注意されながら、少しずつ直してきたのだろうと思う。

2010年創立の国士舘ジュニアに、こういう選手たちが育ってきていること。それは、いわば、「正しい方法である程度の時間をかければ男子でもこういう選手が育つ」という実例と言えるだろう。

森谷祐夢(国士舘高校)
森谷祐夢(国士舘高校)

そして、そんな国士舘ジュニアで育ってきた高校生・森谷祐夢(国士舘高校1年)の演技が、かなり衝撃的だった。

森谷選手は、小学6年生のときにテレビ信州杯のキッズ部門で優勝、中学3年のときには全日本ジュニアで優勝。

いわば、男子新体操の王道を歩んできた選手ではある。その体操の美しさには、ジュニア時代から定評もあった。

だから、そこそこいい演技をしても、驚くことではない。それはわかっていたのだが、このとき、彼が見せた演技は、「小学校低学年から男子新体操を始めた選手が高校生になったときの演技」として、最高級に近いものではないかと思わせるものだった。

とにかく美しい。粗がない。

森谷選手は、それほど顔の表情で表現を見せつけるタイプではなく、どちらかというと淡々とした感じの演技をするが、体と動きがここまで美しければ、顔芸は必要ない。そう感じる演技だった。

手具操作も、このときはほぼミスなく実施できていたし、手具も極めて基本に忠実に美しく動かせていた。

「正しい技術にこそ、表現は宿る」

彼はそれを体現していた。

山口聖士郎(国士舘大学)※筆者撮影
山口聖士郎(国士舘大学)※筆者撮影

また、12月26日に、鹿児島実業高校で行われた模範演技。

男子新体操部の指導のために同校を訪れていた大学生によるこの模範演技で、山口聖士郎選手(国士舘大学4年)が行った徒手演技には、男子新体操の理想形がつまっていた。

演技会でもなく練習の一環で行われた模範演技だ。

おそらく、そこにいる高校生やジュニアたちのためだけに創られた演技。徒手の美しさには定評があり、高校から大学1年までは個人選手としても活躍していたが、その後は、団体に専念し、「美しい国士舘の団体」の柱となってきた山口選手が、おそらく後進達に伝えたかったものを盛り込んだ、「レガシィ(遺産)」のような、そんな珠玉の演技だった。

団体選手ゆえに、なかなか個人の名前を挙げる機会は少なかったが、山口聖士郎という選手の「唯一無二」感を存分に発揮してくれた演技を見たとき、果たしてこの先、こんな選手は出てくるのだろうか、と感傷的になってしまった。

が、こうして彼が、伝えてくれたものを、継ぎたいと思う選手はきっと出てくるはずだ。それを信じたいと思った。

●山口聖士郎選手の模範演技(徒手)

そして、もう1つ。

12月になって観る機会を得られた永井直也氏のダンスだ。

永井直也は、昨年まで青森大学の個人選手だった。2017年の全日本選手権では男子個人総合で優勝もした。

卒業後は、ダンスの世界で活動をしているが、いわゆるアクロバットダンサーとは一線を画した活動ぶりで、すでにダンス界でも知る人ぞ知る存在になりつつある。

坂出演技会での永井直也氏(筆者撮影)
坂出演技会での永井直也氏(筆者撮影)

その彼は、新体操時代にも「ダンスのような演技」で物議を醸していたが、最終的には、その体操の素晴らしさが認められてチャンピオンに昇りつめた。そして、その身体能力をもってして、ダンスに本気で取り組んだとき、ここまでになるのか、と思わせてくれたのだ。

●永井直也氏のダンス動画(新進気鋭のダンサー・Kosuke氏とのコラボ)

永井直也氏のダンスは、おそらく男子新体操選手なら誰もがあこがれるものだろう。

12月23日に行われた坂出市での演技会でも、ゲストとしてダンスを披露していたが、それは後進たちにとっておおいに刺激になったに違いない。

が、これも、男子新体操選手としての永井直也が、誰よりも「美しく、正しい体操」を身につけていたからこそ、今があるのだ。

永井風のダンスもどき新体操をやっていても、こうはなれない。

ただ、こうして、永井氏のようにダンスの世界にいっても通用するような男子新体操選手が出現してきたことで、今、現役の選手たち、子ども達にも、「美しく、正しい体操」の重要性がわかるのではないかと思う。

男子新体操には、おそらくおおいなる可能性がある。

だからこそ、今こそ、しっかりと足元を見つめて、着実な進歩を志す。

小さく、地味に見えるその一歩こそ、男子新体操の未来を大きく変える一歩だと思うから。

<写真提供:清水綾子>