【体操男子】「有言実行」なるか?~全日本団体初優勝を目指す鹿屋体育大学と前野風哉の挑戦

練習後、全日本団体メンバーによるミーティング

11月17日、鹿屋体育大学で1週間後に迫った全日本団体選手権の目標は? と尋ねると、

「優勝です」

と村田憲亮監督は、即答した。

あまりの潔さに、こちらがひるむほど明快な答えだった。

「鹿屋の指導に入って9年目ですが、今回初めて、優勝を狙っていきます」

村田監督はもう一度、そう言った。

鹿屋体育大学は、昨年、今年と2年連続して全日本インカレで団体3位。全日本団体では昨年4位、一昨年8位。昇り調子のチームであることはたしかだ。

しかし。

「優勝」となると、それはかなり高いハードルだと言わざるを得ない。

なにしろ、大学生チームだけでも全日本インカレ覇者の日本体育大学、そして日本代表か?と見まごう豪華なメンバーが組めるだけの人材を抱える順天堂大学がいる。さらには、全日本シニア団体優勝のコナミスポーツ、僅差で2位だったセントラルスポーツ、スペシャリストの多い徳洲会体操クラブなど、どこを見ても簡単に勝てる相手ではないからだ。

それでも、村田監督が「優勝」を口にするのは、全日本団体が6-3-3制で行われることに所以する。

「全日本インカレだと団体戦は6人演技して5人の得点までが生きます。うちはどの種目でも強い選手を5人揃えるほどの層の厚さがまだありません。しかし、3人が演技してその3人の得点が生きる6-3-3ならば、計算上は勝負できるはずです。

出場する選手6人が、各自の得意な2~3種目でベストの演技ができれば、団体優勝ラインの得点までもっていくことは可能です。」

跳馬での活躍が期待される長谷川瑞樹
跳馬での活躍が期待される長谷川瑞樹

たとえば跳馬。

鹿屋の2大エースである前野風哉と杉野正尭が「ロペス」(価値点5.6)を跳び、跳馬のスペシャリスト・長谷川瑞樹は「ヤン・ハクソン」(価値点6.0)を予定している。成功すれば日本人では初となるこの大技が決まれば、第2ローテーションで回ってくる跳馬でチームに勢いをつける目論見だ。

得意のあん馬だけでなく鉄棒でも高得点を目指す杉野正尭
得意のあん馬だけでなく鉄棒でも高得点を目指す杉野正尭

さらに第4ローテーションの鉄棒でも、杉野が「伸身コバチ」を組み込み、成功すればD6.1という高難度な演技構成に挑戦する予定だ。前野、堀内柊澄も、その実施のたしかさ、演技の美しさには定評のある選手で鉄棒は得意としている。全日本インカレ団体でも、日体大、順天堂大を上回った鉄棒は、鹿屋の得点源になるはずだ。

つり輪、鉄棒でのていねいな演技が期待される堀内柊澄
つり輪、鉄棒でのていねいな演技が期待される堀内柊澄

ひとつ気がかりなのは、最終種目にあん馬が控えているということだ。

どんな選手でも、わずかな狂いで大きなミスにつながってしまうあん馬が最後というのは初優勝を狙うチームにとっては不安材料と言える。

しかし、それも村田監督はあくまでも前向きにとらえている。

「昨年の全日本種目別や豊田国際で優勝した杉野、誰よりも正確な旋回を持っている前野のあん馬に不安はありません。杉野は今の構成が通れば、Dスコアも日本一高い。この2人に加えて、試合展開によって一発逆転の狙える選手でいくか、確実性のある選手でいくか考えたいと思っています。どんな展開になっても対応できるように自分も選手たちも想定して練習を積んできました。」

つま先、甲まで美しい前野風哉のあん馬
つま先、甲まで美しい前野風哉のあん馬

とは言え、これらの計算は、すべて今持っている各選手の力を120%発揮することで成り立っている。正直に言えば、かなり無理をした、背伸びした構成に今大会での鹿屋の選手たちは挑戦してくる。

鉄棒で極限までDスコアを上げている杉野は、「きついです。かなり無理してます」と、少し弱音を吐いた。ただ、その「きつさ」にはおおいなる充実感が伴っていることは、その笑顔を見ればわかる。

急成長でメンバー入りを決めた1年生の福本岳琉
急成長でメンバー入りを決めた1年生の福本岳琉

「自分たちのできることをしっかりやれば勝てる、という試合ではないので。壁はものすごく高いことは十分わかっていますが、今年のチームはそれにチャレンジする力をもっていると思うので、あえて「勝つんだ、優勝するんだ」と口にしながらやってきました。それがプレッシャーになるのでは、とも考えましたが、そうやっていい緊張感をもって試合に臨むことも、チームの成長のためには必要だと思うので。」

と村田監督は言う。

結果、現在は選手と監督とが「勝ちたい」という思いを共有できている、と感じられるという。

6-3-3という、一人のミスが大きく響く一方で、いい演技を18本揃えることができればチャンスが広がるこの試合方式を最大限に生かして、今年の鹿屋は本気で勝負にいく。

4年間、鹿屋を引っ張ってきたエース・前野
4年間、鹿屋を引っ張ってきたエース・前野

今の「強い鹿屋」を支えてきた前野も、「誰も鹿屋が優勝するなんて思ってないですよね。でも、だからこそ狙いたい。」という。

「多分、今年が今までで一番強いメンバーが組めていると思う。練習での調子も上がってきているので、1年生が緊張しすぎずに試合を楽しめるような雰囲気でいい演技ができたら、優勝はあると思っています。」と前野の言葉は力強かった。

全日本インカレでも大活躍。頼れる1年生・藤巻竣平
全日本インカレでも大活躍。頼れる1年生・藤巻竣平

その前野は、全日本団体の2日前・23日に行われる「スーパーファイナル」にも出場する。いわば今年の日本男子体操界のトップ12が激突するという、今年から創設されたこのドリームマッチは、今後、体操選手たちにとってまずは「出場することが夢」となる大会だ。

4年前、高校総体団体優勝を成し遂げた市立船橋高校体操部の中で、成績も存在感もちょっと地味、な印象だった前野風哉が、この舞台に上がる。本当はそれだけでも、すごいことだと思う。そのことで満足してもいいんじゃないか、自分を褒めてあげてほしい、そうも思う。

しかし、彼はそこで満足する気はない。

4年前の前野は、トップ集団に入れるかどうか、くらいのところにいる選手だった。ただ、獲得している得点以上に、脚のラインが美しく、あん馬の旋回もあのころからとても安定して美しかった。足先が前にあっても後ろにきても緩まない膝、つま先、美しくカーブを描いて見せられる甲を彼はもっていた。

「美しい日本の体操」と言われてはいるが、本当に「美しい」と認められるレベルには達していないという現実を、今年の世界選手権では突きつけられた。その厳しい状況にあるからこそ、前野の体操の美しさも再評価される可能性はある。

姿勢が美しく、つま先が空気を切り裂くような前野の車輪
姿勢が美しく、つま先が空気を切り裂くような前野の車輪

「スーパーファイナルでの目標は、優勝です。ずっと言い続けている同期に勝つ、を実現できる学生時代最後のチャンスなので。調子もすごくいい。1年前の全日本団体のときにかなり無理してDスコアを上げて、そこからほとんど演技を変えていないんですが、1年前はたまたまうまくいった構成が、今は確信をもって、質まで意識して演技できるようになっています。ちゃんとやれれば勝てる、と思えるところまできています。」

自分を鼓舞するためか、今まで話を訊いたときも、前野はいつも「優勝」「同期に勝つ」と口にしてきた。ただ、その口調にはいくらか違いはあった。大学3年生の春に彼の口から「同期に勝ちたい」という言葉を初めて聞いたが、そのときは本気度があふれていた。もしかしたら、それはすぐに実現できるとは思っていなかったかもしれないが、「いつかはきっと」という思いが本物だったのだろう。

しかし、大学4年生のシーズンイン前は、少しその言葉にかげりがあった。口にはしてもどこか「あくまでも目標」にも聞こえるトーンになっていた。じつは、昨年12月に足首を負傷。なんとか大会シーズンに間に合わせたが、冬場に十分な練習が積めていない、という焦りはあったという。結果、今年4月の全日本選手権ではミスを連発し13位に終わった。そして、この大会では、谷川翔(順天堂大)が、内村航平に勝って初優勝。

白井健三ら「強い同期」を常に追いかけてきた前野
白井健三ら「強い同期」を常に追いかけてきた前野

「かけるに先にいかれた、とすごく焦りました。」という前野だが、一方で、「本当に誰が勝ってもおかしくないんだ。試合でいかに自分の最高の演技ができるかなんだ。」と改めて感じたという。

その3週間後のNHK杯では、しっかり演技をまとめることができ、10位まで順位を上げた。このとき、「当たり前のことなんですが、ミスをしないことの大切さを感じました。そして、ミスしなければ、このくらいの評価はしてもらえるんだという自信にもなりました。」

と前野はいう。

この結果、アジア大会の日本代表に名前を連ね、団体戦のゆか、つり輪、跳馬ではしっかり役割を果たし、団体銀メダルに貢献。全日本インカレでも団体3位、個人総合7位。

目標にしてきた「同期に勝つ」も、この全日本インカレでは達成している。が、このとき12位の谷川航と19位の千葉健太は、明らかに不調で出来が悪かったため、前野はこれを勝ちには数えていないようだ。正々堂々とノーミスかそれに近い演技の勝負での勝ち、それを彼は目指している。

「鹿屋に来ることを決めたときに、自分の中で目標としていたのは、4年後に鹿屋にきてよかったと思える自分になることと、鹿屋を優勝させることでした。4年かけてやっとその目標に近づけました。全日本団体優勝が簡単ではないことはわかっていますが、少しでも可能性があるのならくらいつきたい。そう言えるメンバーが揃っていると思います。」

鹿屋が「団体優勝を狙う」と言えるチームになった牽引役を果たしてきた前野
鹿屋が「団体優勝を狙う」と言えるチームになった牽引役を果たしてきた前野

この日、鹿屋で見た練習風景は、今までに見たものとは明らかに違っていた。

通し練習の真剣味。

部分練習でも、ひとつひとつの技を、着地を、倒立をきっちり決めようとしている意識の高さ。それぞれの選手たちが黙々と、それでいて充実感にあふれた明るい雰囲気の練習ぶりだった。

この雰囲気は、「昇っている途中のチーム」特有のものだ。

「勝ち」や「優勝」を本気で目指せるようになったチームならではのものだ。

今回の全日本団体に出場する選手たちはもちろん、この空気の中で練習している他の選手たちも、間違いなく伸びる。

鹿屋体育大学。

今大会でもジャイアントキリングを起こす可能性は十分にあるが、おそらく来年以降も、この勢いは止まりそうにない。

<写真撮影:筆者>