【体操女子】全日本シニアで見せた寺本明日香&杉原愛子の「充実」と「覚悟」

全日本シニア初優勝を遂げた寺本明日香(左)と2位になった杉原愛子(右)

体操競技では、4~6月に行われる全日本選手権、NHK杯、全日本種目別選手権は、その年の世界選手権の代表選考に直結しているため、一種独特の緊張感が漂う。

夏の高校総体やインカレでは、それぞれの所属チームのための闘いという意味合いが強く、観客席からの応援も含め、凄まじい盛り上がりを見せる。

そんな熱いシーズンの終盤、9月に行われる全日本シニアは、いわゆる社会人大会であり、もちろん所属ごとの熾烈な闘いはあるものの、どの選手も体操のキャリアが長く、この大会が引退試合となる選手も例年少なくないため、「ずっと体操をやってきた人達の同窓会」のような温かい空気も漂う大会だ。

しかし、今年は、例年に比べ女子側のフロアには、公式練習のときから緊張感が漂っているように感じられた。

今大会には、女子の名門・朝日生命の団体8連覇が懸かっていた。

が、その朝日生命は、現在、体操パワハラ問題の渦中にさらされているうえ、エースであり、世界選手権代表の杉原愛子も、6月に膝を手術し、十分な練習を積む時間がなかった。

ライバルとなりそうな鯖江体操スクールは、地元・福井県で行われる今年の国体に向けて、戦力充実を図っており、朝日生命といえど、楽勝とはいかない可能性もあった。

そして、膝の手術からの復帰戦となる杉原は、前日練習ではなかなか思うような演技ができず涙を見せたという報道もあり、周囲にも緊張感があった。

が、直前の会場練習での朝日生命は、いい雰囲気だった。「おしてー」「しめてー」と演技をしている選手に対する体操独特の声掛けも盛んに行われており、中でも杉原は、いつも通り、あのリオ五輪を彷彿とさせる張りのある声を上げていた。

結果、杉原愛子は、今シーズン初の4種目ノーミスで演技をまとめ、個人総合2位。

杉原の牽引もあり、朝日生命は団体8連覇を達成した。

個人総合優勝は、今春、中京大学を卒業し、ミキハウス/レジックスポーツの所属となった寺本明日香。

こちらも4種目ノーミスの気迫あふれる演技を見せ、4月の全日本選手権、5月のNHK杯での2位から停滞することなく、世界選手権に向けて研鑽を重ねてきたことを感じさせた。

学生から社会人へという大きな環境の変化があると、練習量なども変化し、一気にパフォーマンスが落ちる選手も少なくないが、寺本にはまったくそういう様子がない。低年齢化が進む女子体操の世界では、もうベテランと呼ばれる年齢だが、今シーズンの寺本は、成熟はしても劣化することのない演技を見せ続けている。

競技終了後、表彰式までのわずかな時間で記者会見が行われた。

個人総合でシニア初優勝の寺本明日香(ミキハウス/レジックスポーツ)
個人総合でシニア初優勝の寺本明日香(ミキハウス/レジックスポーツ)

寺本明日香は、いつも通り、どこまでも冷静にこの日の自分の演技を振り返った。

全種目ノーミスで見事な優勝ではあっても、すべての種目でマックスの演技ができたわけではないということを淡々と語る。

「平均台では、不安な要素は抜いて、その代わり、下りだけは3回ひねりで攻めて。

 それなのに、オノディでふらついてしまったのはもったいなかった。8割くらいの出来だと思います。」

「ゆかはアクロ系はよかったですが、ダンス系、とくにターンが悪かった。軸がぶれていました。

 世界選手権までには、オランダの選手たちのように軸のぶれないターンにしたいです。」

初出場となった全日本シニアという大会の感想を訊かれると、

「今まで出場してきた全日本ジュニアや全日本インカレなどに比べると、私はチーム戦ではなかったこともあり、盛り上がりには欠ける部分はありますが、自分のことに集中してやれるのは悪くないと思いました。」

と答えた。

余計なことを考えるな、というのが無理な状況に今の女子体操界はある。

世界選手権まであと1か月という時期にこんな状況であることに、いくら世界戦の経験豊富な寺本といえど不安はあるに違いない。

おそらく言いたいことも山ほどあるのではないかと思う。

それでも。

今、自分がやるべきこと、できることはなにか。

それだけを考えるようにしてきたのだろう。

寺本の演技からも、記者会見での受け答えからも、そう感じられた。

団体で朝日生命の8連覇に貢献し、個人でも2位となった杉原愛子(朝日生命)
団体で朝日生命の8連覇に貢献し、個人でも2位となった杉原愛子(朝日生命)

それは杉原愛子も同じだった。

寺本に続いて記者会見場に現れた杉原は、「今年初のノーミスで終えられたこと」「団体で8連覇ができたこと」をまず喜んだ。

そして、膝はもう大丈夫なのか? と質問されると、「痛みはまったくないです」と笑顔を見せた。

さらに、今大会での演技について尋ねられると、公の会見にしてはかつてないほどの関西弁まじりで、この日の演技を振り返った。

「平均台、簡単なところであかんかった」「予定していた技が入れられへんだった」という言葉で、今回はうまくいかなかった部分を語る。

だが、その口調は、関西弁のせいもあるのか、明るく、どこか吹っ切れているような印象だった。

全日本選手権4位、NHK杯4位、膝の手術のため、オランダ国際にも出場できず。杉原にとっては、今年が苦しいシーズンになっていることは間違いなかった。

そして極めつけのパワハラ問題。

それでも、杉原は、膝の手術を経て、やっと練習できるようになり、徐々にいつもの自分を取り戻せていることが、純粋に嬉しいのだと感じた。今回は「あかんかった」ところも、次にはきっとうまくいく。

そのための練習を積んでいけばいい。

彼女はきっとそう思っている。

リオ五輪では、村上茉愛(日体大)と、この寺本、杉原が日本チームの3本柱だった。

あれから2年が経ったが、彼女たちは3人ともいまだ、日本チームの中心にいる。

下には、畠田瞳(セントラル目黒)、梶田凪(山梨ジュニア体操クラブ)という若い力も台頭してきているが、まだ負ける気はない、のだろう。

10月25日からドーハ(カタール)で行われる世界選手権。

リオ五輪も経験している寺本と杉原には、その重要性は十分にわかっている。

余計なことを考えている暇はない。

「自分たちのやるべきことをやるだけ!」

今大会での2人からは、有無も言わせぬそんな意思が感じられた。

周囲がどうでも、環境がどうでも、それらを振り切って「自分を磨くこと」に集中する。

それができる選手だけが、日本の代表として、世界に出ていくのだ。

リオ五輪で団体4位になり、「世界で勝負できる」ところまで迫ったのは、まさに彼女たちだった。

2020年を前に、いろいろなことが起きる。経験したことのないような逆風もあるかもしれない。

それでも、きっと彼女たちは大丈夫だ。

日本の体操女子は、世間が思うよりもずっと強い。

<写真撮影:筆者←会見/写真提供:末永裕樹←トップ画※全日本選手権時のもの>