【新体操】「小さな選手たち」の下剋上!~第70回全日本新体操学生選手権女子個人総合

女子個人総合優勝の古井里奈(国士舘大学3年)

8月17~18日、高崎アリーナで行われた「第70回全日本新体操学生選手権」の女子個人総合は、かなり劇的な展開となった。

1日目に行われた前半2種目では、河崎羽珠愛(早稲田大学)が暫定首位に立った。

河崎は、2015~2017と全日本チャンピオンにもなっている力のある選手だが、なぜか全日本学生選手権での優勝は逃している。

昨年は、脚の故障もあり、明らかな不調だったが、今年はかなり調子は上向きで、フープ、ボールとも出場選手中唯一の16点台をマークし、初の学生チャンピオンに向けて、幸先の良いスタートを切った。

猪又涼子のフープの演技
猪又涼子のフープの演技

その河崎にぴったりつけてきたのが、猪又涼子(日本女子体育大学)だ。猪又は、フープでは持ち前のダイナミックでエネルギーに溢れた演技を、さらにボールではしっとりした曲調にのせて情感あふれる美しい演技を見せ、どちらも15.850をマークし暫定2位。河崎には及ばなかったものの、0.350差と逆転への望みは十分にある位置につけた。

古井里奈のボールの演技
古井里奈のボールの演技

さらに、暫定3位となった古井里奈(国士舘大学)も、高い身体能力を見せながら、とどまることのない手具操作の連続を見事に決めてみせ、フープ15.800、ボール15.050と猪又との差は0.850。

4位の選手と古井の差が、1.500とやや大きかったため、優勝争いは、ほぼこの3人に絞られた形で1日目の競技を終えた。

2日目は、3人のトップをきって、まず河崎がリボンの演技を行ったが、ここで波乱が起きた。

演技中、リボンに結び目ができてしまった河崎は、瞬時の判断でリボンを予備手具と交換。それだけで1.0の大きな減点。さらに手具落下などのミスが重なり、この種目では10.050と河崎としてはあり得ない得点に終わってしまう。

河崎の5人あとに登場した古井が、決して得意ではないというリボンの演技をしっかりやり切り、13.850を出し、この時点で、河崎との順位は逆転した。

4種目目のクラブは、河崎、古井ともノーミスの演技だったが、河崎が落下などはなかったものの、フェッテでやや移動が見られるなど、不安定さも見え隠れする演技だったのに対し、古井は、90秒間を全力疾走するようなハイリスクな演技を爽快に決める。クラブでの得点だけでも、河崎の15.450を古井が、15.600と上回り、前半種目の暫定3位から一気に首位に躍り出た。

優勝を決めた古井のクラブの演技
優勝を決めた古井のクラブの演技

優勝のゆくえは、午後に試技を行う猪又の出来次第、という展開になった。

今回、優勝を争うことになった河崎、猪又、古井は現在、そろって大学3年生だ。

高校時代、そして大学に入ってからも、常に好敵手として競い合ってきた。

インターハイでは、高1は古井、高2は河崎、高3では猪又と優勝を分け合った。

学生選手権では、1年のときに猪又が優勝しているが、河崎と古井はまだ優勝がない。

すでに4種目の演技を終え、河崎を上回り、優勝に王手をかけた古井を、猪又は振り切ることができるのか。

まずは、猪又のクラブの演技が始まった。

勢いのあった猪又のクラブ
勢いのあった猪又のクラブ

大きなミスもなく、優勝に向かって駆け上るような勢いは感じさせる演技ではあったが、猪又が巧みに対処してはいるものの、いくつか危なっかしいところも見受けられた。予定通りに演技できてないように見えた部分もあり、得点は14.850と、古井、河崎には及ばない。

この時点で、古井を逆転するためには、最終種目のリボンで、13.750以上が必要となった。

細かい減点がとられやすいリボンで、13点以上を出すことはかなり難しいが、猪又のリボンには定評がある。

古井が13.850を出していることを考えれば、不可能な数字ではなかった。

すべては猪又が、リボンで会心の演技ができるかどうかにかかっている。

そんな展開になった。

果たして猪又涼子のリボンは、素晴らしい演技だった。優勝が懸かってるという緊張感はあったのかもしれないが、それを微塵も見せず、強気で押しまくる、勢いとエネルギーにあふれた演技だった。

「これは逆転あるかも」と多くの人が思ったであろう演技の終盤。

最後の投げがやけに大きく、遠くに飛んでいった。しかし、それを難なく取るのが猪又の真骨頂だ。

「こんなに大きな投げでも取れるなんてすごい」と思って見ていたが、やはりこれはコントロールミスだったようで、猪又の手はわずかにスティックに届かなかった。最後の最後で痛恨の落下。得点は13.050に終わり、猪又が2位となった。

今大会では3位に終わった河崎羽珠愛だが、4月に行われたアジア大会の代表決定戦では2位となり、明日(8月27日)から行われるアジア大会新体操競技には、日本代表選手として出場する。

また、その河崎を今大会では上回った古井里奈と猪又涼子は、今年の5月14日に、「強化選手」として追加承認されており、今年度中には国際大会への出場も予定されている。

古井と猪又は、ジュニア時代から光る素材ではあったし、実績も積んできていたが、「日本代表」という立場には、なかなか届かなかった選手たちだ。なぜなら、彼女たちは、身長が高くないため、たとえばフェアリージャパンPOLAや強化選手などの選抜においては不利だったのだ。

2004年のアテネ五輪以降、日本は、「素材重視」の強化策を進めてきた。その時点での競技成績よりも、プロポーションや柔軟性など、「うまくなる可能性の高い選手」を代表に選び、育てる。実際、その方法で、現在のフェアリージャパンPOLAは、結果を残してきているので、その強化策が間違っていたとは言えない。功を奏した、のは事実なのだ。

が、一方で、「身長」という努力では補いようのない部分で、ビハインドを抱えた有望選手たちにとっては、つらい時代だった。

どんなに努力しても、どんなにいい演技をしても、世界という舞台を考えたときには、「(自分は)お呼びじゃない」と痛感したことも多かったと思う。

しかし、2016年のリオ五輪後のルール改正によって、少し風向きが変わってきた。

現在のルールでは、器用性が大きな武器になる。90秒間いかに切れ目なく点数につながる技をこなしていけるかが得点の分かれ目になる。

昨年の世界選手権で優勝したディナ・アベリナ(ロシア)も、決してプロポーション抜群というわけではない、海外の選手としては小柄でもあるが、その卓越した技術力で優勝を勝ち取った。

そんな現在の新体操は、「技がつまり過ぎていて芸術性に欠ける」という向きもあり、いずれはまたルール改正が行われるかとは思う。たしかに今の傾向が進みすぎれば、新体操は非常にあわただしいものになってしまうことが危惧されるので、見直しは必要だろう。

ただ、今のルールのおかげで、少しばかり身長が低いなんてことは問題ない! と思わせる点数の出方になった。

それは、多くの日本人選手にとっては希望ではないか。

たとえ芸術性には欠けると言われても、本来スポーツの持つべき、おもしろさは今の新体操には十分ある。

古井里奈のクラブなどは、本当に、「よくぞここまで!」と、彼女がこの演技内容に挑戦し、それをノーミスで見せてくれたことに感謝したくなる。そんな演技だ。そして、その演技に対してきちんと高い評価がつく。

こんな試合を見ると、今のルールも悪くない、と思う。

古井や猪又のような、少しばかり小柄ではあっても、能力も魅力も十分にある選手たちにとっては、やっとめぐってきたチャンス! だと思うのだ。「海外の選手にもひけをとらないようなプロポーションにも恵まれた美しい選手たちがいる国・日本」という長年かけて築いてきた評価は貴重なものだが、今度はそれに加えて、「小さくても、素晴らしくチャーミングな演技をする選手もいる国・日本」と、世界に向けて示すことができれば、こんなに嬉しいことはない。

全日本学生選手権個人総合15位の佐藤京香(日本女子体育大学)
全日本学生選手権個人総合15位の佐藤京香(日本女子体育大学)

「小さい選手でもいける!」そんな時代を象徴するような選手がいる。

佐藤京香(日本女子体育大学)だ。今年、大学進学したばかりの1年生。

だが、今回の全日本学生選手権で総合15位。見事、10月の全日本選手権の出場権を獲得した。

この選手は、本当に小柄で、そして、その小ささを感じさせないくらいパワフルにそしてテクニカルに、息をもつかせぬ演技を見せてくれる選手だった。あまりにもその演技が超絶技巧すぎるため、なかなか4種目ノーミスというわけにもいかず、演技のインパクトはあるものの、全国のトップレベルというとこまではいけずにいた。

観客を楽しませてくれるのは、間違いないが、「上にいく選手ではない」。そこにあまんじていた選手だ。

次から次へと繰り出すテクニカルな技で会場を魅了する佐藤
次から次へと繰り出すテクニカルな技で会場を魅了する佐藤

それが、去年あたりから、演技の精度がぐっと上がってきて、ユースチャンピオンシップでも10位となり、全日本選手権にも初出場した。

そして、今年は、大学生になり、やはり会場を沸かせる演技を見せてくれた。少しばかりのミスもあったが、やっている内容を思えばよくぞここまで、と思わせる完成度だった。

昔から強い手具操作の巧みさだけでなく、身体の使い方などもかなり洗練されてきており、全体的に演技のレベルが数段上がった印象を受けた。まだ、大学1年生。

「小さくてもいける!」という今の時流にのって、どこまでいってくれるのか。楽しみな選手だ。

日頃、新体操を見る機会はないという方、新体操の評価の仕方なんてわからないという方でも、この佐藤選手をはじめ、古井選手、猪又選手らの演技を一度、見てみてほしいと思う。

彼女たちの演技は、理屈ぬきに楽しめるし、一般の人にも伝わるだろう「凄さ」「おもしろさ」がある。

国際大会で活躍し、メダルを獲るのは彼女たちではないかもしれない。

でも、彼女たちの演技こそが、新体操の楽しさを体現し、多くの人に希望を与えてくれることは間違いない。

<写真提供:清水綾子>