【男子新体操】インターハイで大観衆を沸かせた鹿児島実業の真価

大観衆を沸かせた鹿児島実業の演技(静岡市このはなアリーナ)

1日で再生数72万回の驚異

 スポーツナビが当日のうちに公開した動画は1日で再生数72万回を超えた。(※その後、スポーツナビの動画は「諸事情のため」削除されている)

 8月12日、インターハイ男子新体操団体で披露された今年の鹿児島実業の演技だ。この再生数は、昨年はインターハイ出場を逃していたため、2年ぶりの登場となった鹿児島実業の演技を、それほど多くの人が待ち望んでいたことを証明している。

 1年前にインターハイ出場を逃して以来、彼らはこの日のためにどう過ごしてきたのか。そして、今年の演技に込められた思いは。

「ゲゲゲの鬼太郎」で演技スタート

 2018年8月12日13時、インターハイの新体操競技は、午後の部が始まっていた。

 本番用のフロアマットの脇には男女それぞれアップ用のマットが設置されており、出番の2つ前になると各チーム本番会場に入ってきて、そのアップフロアで最後の確認を行う。午後3番目が出場順の鹿児島実業は、午後の競技が始まるとすぐにアップフロアに姿を現した。選手たちはお揃いのトレーニングウェアに身を包んでいたが、出番が近づき彼らが、そのウェアを脱いだとき、観客席がざわついた。

そのとき初お披露目となった鹿児島実業の衣装は、遠くからも人目を引く、斬新かつド派手なものだったからだ。

 「星条旗が歩いている」そんな印象の衣装。

 そして、直後に行われた今年の鹿児島実業の演技(=「鹿児島実業2018」)を見て、観客はその衣装であった意味を思い知ることになる。

 この日、地元静岡県の女子チームが2チーム出場。どちらも優勝候補とあって観客席は立ち見が出るほどの満員だった。その満場の観客の「初めて生で見る鹿児島実業の演技」への期待が満ちあふれる中、演技は、耳に馴染んだ「ゲゲゲの鬼太郎」のテーマ曲で始まった。

ボトムのラインが映える今年の衣装は昭和アイドル風
ボトムのラインが映える今年の衣装は昭和アイドル風

 よく聴くと「ゲゲのゲ」ではなく、「おケケのケ」と聴こえる。これは男子新体操のルールで禁じられている「歌詞入り」にあたる可能性があった。男子新体操では、ボーカルは解禁になり、現在は、1曲丸々ボーカル入りの曲もかなり増えてきているが、そのボーカルは「意味のある歌詞」ではいけないとされている。そのため、ボーカルではあっても意味のないスキャットを使用するものがほとんどなのだが、「おケケのケ」は、やはり意味あり、と判断されてもいた仕方がない。

 演技中盤のバブリーダンスの締めになる「しもしも~」も然りだ。

 実際の採点を見ると、案の定「減点0.2」がついている。この減点がなければもう1つ順位が上だったことを思うと、じつに惜しい。

減点はされるも、完成度は高かった今年の演技

 審判は採点規則にのっとって公正に採点しているのだから、鹿児島実業の人気があるからとおもねる必要はない。ルール違反を減点するのは当然だ。今年の演技は、かなり完成度も高く、決してレベルも低くなかったと思うが、実施点は、4.250と出場チーム中下から3番目だった。それも、素人目にはわからない部分での実施面の細かいミスなどを数えるならば、妥当といえる範囲内かもしれない。ただ、実施点6点台あたりのチームと2点以上の差があったかというと、そうは感じられなかった観客が多かったのではないか。

 そのくらい、今回の鹿児島実業の演技は完成度が高かった。ここ数年見た中ではもっとも笑いと技のバランスがよく、会場のウケもよかった。おそらく、選手たちも樋口靖久監督も「大満足!」なのではないかと思う演技だった。得点や順位なんていう野暮なものを、もはやこれは超越している。

タンブリング中の姿勢も美しく、今年の鹿児島実業のレベルの高さが感じられる
タンブリング中の姿勢も美しく、今年の鹿児島実業のレベルの高さが感じられる

2曲目は「ギャランドゥ」

 今年の鹿実の演技は、冒頭のケケケの毛繋がりで、2曲目に、今年亡くなった西城秀樹の「ギャランドゥ」を使ってきたが、この曲からすでに観客の手拍子が起きていた。そして、男子新体操的には最初の見せ場になる第一タンブリングに入り、5人が見事な同時性を見せながら伏臥で着地。フロア後方から前に向かってタンブリングを行った最後の一人がきれいに伏臥での着地を決めたとき、会場からわっという歓声と大きな拍手が起きた。奇抜な衣装、出だしのユニークな振りで笑う気満々だった観客は、まず彼らの力強いタンブリングに感嘆したのだった。

 メンバーで唯一の2年生・藤本祥太は、大会直前に、今年の演技の見せ場は? と訊いたときにこう答えた。

 「最初のタンブリングでの全員伏臥。これは試合でやるのは今回のインターハイが初めてなのでしっかり決めたい」それがこのタンブリング。見事に決まり、観客の心を一気につかんだ。

 じつはこれは樋口監督にとっては、少しばかり計算外だったらしい。

 「あそこは毛を強調した小ネタをやってるんですが、タンブリングでわっとなったので音もよく聴こえなくて、すべりました」と、苦笑いしていた。

 しかし、それは男子新体操の演技としては素晴らしいことではないか! 笑いではなく拍手と感嘆が起きたのだから。

そう。面白いだけでなく、「強くてかっこいい!」そんな鹿児島実業を今年のチームは見せる。この第1タンブリングがそう宣言していた。

ヒデキつながりで「ヤングマン」へ。

 秀樹つながりで曲が「ヤングマン」に変わると、いよいよ会場からの手拍子が大きくなった。曲に合わせたコミカルなステップでは笑いが起きると同時に、彼らの衣装のボトムに入った赤いライン、青いラインが抜群の視覚効果で細かい動きまで揃っていることを際立たせていた。笑いながら、手拍子しながら、多くの人は「なんて揃っていてきれいなんだろう」と思っていたに違いない。

新体操演技では難所である鹿倒立も、揺らぐことなく、最後に6人が揃って脚を伸ばすところでは、青いラインが6本美しく宙に突き刺さった。

 続いて2つ目のタンブリング。今度は、3人ずつに分かれた時間差でのタンブリングで、全員が軽やかに座での着地。ここでも一段と大きな拍手、歓声が上がった。

 そして、今年の演技の最大の見せ場といえる「ダンシングヒーロー」へと曲が変わった。

「ダンシングヒーロー」のパートは最大の見せ場だった
「ダンシングヒーロー」のパートは最大の見せ場だった

 曲が変わったとたんに、会場の盛り上がりも最高潮となった。そう。昨年一世を風靡したバブリーダンスそのものを、本家にも劣らぬキレのよさで彼らは踊る。

 そして、その振りの中に、バランス、胸後反、斜前屈など男子新体操特有の動きが組み込まれている。これらの動きは、本来ならたっぷりの間合いをとって美しさや動きの大きさや深さを見せつけるように行われることが多い技だが、これだけのスピード感のある振りの合間に入れ込んで行うことの難易度はおそろしく高い。それでも、彼らはそれをやり切った。もしかしたらひとつひとつの動きが「浅い」「軽い」などという点は減点につながっている可能性はあるが、この曲、この振りの中ではこれがマックスではなかったか。

「バブリーダンスを一番練習した」

 キャプテンで、個人選手としてもインターハイに出場した吉留大雅(3年)は、「バブリーダンスのパートが一番練習したと思う」と言っていた。

 この部分に技が連続して入っていることは「たしかにきつい」と言うが、「今年の演技はただおもしろいのではなく、流れのよさも重視して何回も練り直し、試行錯誤して出来上がってもので、これしかない! と思えるものになっている」と胸を張った。「僕たちのスローガンは『感動と笑いを』なので、去年出られなかった先輩たちの分も頑張って、大会が終わったときに、一番印象に残ったと言われるような演技がしたい」

 吉留同様、個人選手としての力もある石牟禮華月(3年)も、「今年は徒手を徹底的に合わせてきた。つま先まで乱れない揃え方にこだわって練習してきたので、そこを見てほしい。本番でも無駄に緊張せずにいつも通りの演技をしたい」と言っていた。

抜群のリズム感、同調性。鹿児島実業の強みを存分に見せつけた
抜群のリズム感、同調性。鹿児島実業の強みを存分に見せつけた

昨年の無念が彼らを変え、強くした

 吉留と石牟禮は、ジュニアから新体操をやっていたため、2年前のインターハイには1年生ながら出場している。一度はその舞台を経験しているだけに、去年の予選敗退のショックは大きかっただろう。そこから今年のインターハイに向けて、どう過ごしてきたのか。訊いてみた。

 石牟禮は「去年は本当に悔しくて、なぜダメだったのかを考えた。そして、変わらなければ来年も同じことになる、と思い、日頃の生活から、練習の仕方、練習中の声出しなどすべて変えた」と言った。吉留は、「演技会などイベントのときも、常に仮想九州大会、仮想インターハイと考えて、常に本番を意識することからやってきた」と言う。

 副キャプテンの伊藤昴(3年)は、「自分のせいでダメにしたくない、先輩たちに迷惑かけたくない、という思いだけだった」と1年前の自分を振り返る。そんな消極的な気持ちのままではいけない。と、この1年間は、「今年のインターハイでは、やっぱり鹿実はいい! と言われる演技をしたいと思ってやってきた。今までは決められた練習メニューをこなして終わりにしていた時間も有効に使い、自分の苦手な徒手や動きに取り組んできた」と言う。たしかに、1年前とは見違えるようにたくましくなった伊藤の動きは、各段にアピール度を増していた。

 甲斐陽喜(3年)も、1年前の負け試合のメンバーだった。小中学生のころ体操をやっていて、中学の先生の勧めもあり、新体操をやるために鹿児島実業に進学したが、「去年は、インターハイ出場の懸かった九州大会の公式練習のとき、自分の調子が悪くて、チームの雰囲気を悪くしてしまった。調子の出ないときでも、上げていく方法を工夫したり、自分は体操での癖があるので徒手の基礎が違っていたので、そこを一から直してきた」と言う。

 体操経験者だけあって、組み技では跳び役を務める甲斐は、組みを土台に高く飛ぶところが自分の一番の見せ場だと心していた。「今までとは違う飛び方で、アイドルっぽくを意識している」と意気込んでいた。

組み技からの渾身のジャンプも決まった
組み技からの渾身のジャンプも決まった

会場を包んだ称賛の吐息

 曲が「恋のダイヤル6700」に変わり、甲斐の見せ場・組みからの大きなジャンプ。しっかり滞空時間があり、まるで投げキッスでもするようなアピール満点の振りも見せられた。すぐに3つ目のタンブリング。ここでは、スリリングな交差技も入り、それを次々にこなしていくと、会場からは「ほおっ」という声が上がる。それは上位チームの素晴らしい演技に対するものとなんら変わりない。称賛の吐息だ。みんな、鹿実の演技に見とれていたのだ。

 曲の盛り上がり、タンブリングの迫力に、会場のボルテージも最高潮となったとき、曲が「さくらんぼ」に変わった。

 昨年、人気を博したお笑いコンビ・にゃんこスターがネタで使っていたおなじみの曲だ。この曲にのって6人はそのままフロアを斜めにタンブリングに入る、と見せかけて跳ばず、にゃんこスターのあの振りを本家よりもずっとキレよく決める。そして、甲斐が一人離れたところから助走をつけて跳び上がり、土台になる選手たちが受け止めるアクロバティックな組み技、かと思いきや、受け止めず、そのまま伏臥で着地。ここでは会場が爆笑だった。

「やらんのかい!」を見事に新体操で表現
「やらんのかい!」を見事に新体操で表現

 「にゃんこスターのネタの、やるかと思わせてやらない、というのを新体操で表現するならこれかな、と思った」と樋口監督が語った渾身のネタ。得点にはまったくつながらないだろうが、これが鹿実の真骨頂だ。

幅広い世代が楽しめた今年の選曲

 あと少しで演技が終わる。

 ここまできて気がついた。

 今年の鹿実の演技は、ずっと笑いと手拍子に包まれていた。毎年人気の鹿児島実業の演技ではあるが、じつを言うと、過去の鹿実の演技では、「この曲なに?」という空気になる瞬間があった。お笑いを取り入れた部分でも元ネタがわからない観客にはなんのことか分からず、微妙な雰囲気になることも。

 ところが今年は違った。観客の多くを占めるだろう、高校生の親世代、祖父母世代にぴったりマッチした昭和の歌謡曲中心の選曲が、過去最高と言えるほど幅広い世代が楽しめる演技を生み出したのだ。

 だから今年の演技では、いつも以上に手拍子が起きたし、みんなが笑顔になった。

 もちろん、選手たちの演技の質も高かった。「おもしろいけど、うまいとは言えない」という評価からは遠く離れた演技だった。だからハラハラすることもなく、残念な思いをすることもなく、みんなが心からこの演技を、この3分間をフルに楽しめたのだ。

 フロアの前から後ろに向かって、6人そろってのタンブリングがきれいに決まると、大きな拍手が巻き起こった。ああ、これこそが彼らと樋口監督が求めてきた「笑いと感動の渦」だ。

 いつもより1年長くかかってしまったけど、それだけのことはある。いつもよりももっと大きく、もっと強く、最高におもしろくなって鹿児島実業はインターハイの舞台に戻ってきてくれた。

この1年間の思いをこの舞台に全力でぶつけた
この1年間の思いをこの舞台に全力でぶつけた

補欠から初のインターハイ出場へ

 1年前の九州大会では、補欠としてチームに帯同し、先輩たちの悔し涙を一番近くで見ていたという原口航汰(3年)は、「3月の高校選抜のときからメンバーに入ったが、自分だけできないことも多く、みんなに迷惑をかけてきた。その分、周りが休んでいるときでも、自分のできないことを練習する、注意されたところを確認するようにしてきた」と言う。

 2014年のインターハイには兄が鹿児島実業の選手として出場していたという原口は、その姿にあこがれて鹿児島実業で新体操を始めた。はじめはバク転どころか前転もまとめにできないところからのスタートだったそうだ。それでも、最後の年についにあこがれの舞台に自分も立てた。「今年の演技は、いろんな年代の人に楽しんでもらえると思う。去年出られなかった先輩の思い、衣装を装飾したりサポートしてきてくれたお母さんたちの思いなどに応えられるように全力で自分たちの演技をする」その言葉とおりの演技だった。

「笑って許して」とこんなポーズで訴えられれば、誰だって許したくなってしまう
「笑って許して」とこんなポーズで訴えられれば、誰だって許したくなってしまう

 演技の最後を締めくくったのは、「笑って許して」。振りにはひょっこりはんのネタも入れ込んでいたが、6人そろって審判に向かって土下座までする念の入れよう。ラストポーズは乙女の祈りのようで、「減点されませんように」という思いがこもっているようにも見えた。

「先輩たちの分までやり切った」

 満場の拍手で、彼らの2年がかりの大舞台が終わった。

 フロアを下りた選手たちは、満面の笑顔だった。

 「鹿児島実業2018」の演技は素晴らしかった。これがみんな見たかったんだ! と思わせてくれた。

 演技を終えたあと、フロアを下りてからの彼らの笑顔。宙に突き上げた拳。

 それがすべてを物語っていた。1年前にはこの舞台に上がれずに涙した先輩たちもいた。そんな先輩たちの思いも全部背負って、彼らは今回の演技をやり切ったのだ。

 「演技終わってから、嬉しそうに観客に手を振ったりしていて、こらこら早く戻ってきなさいと気をもんでました。これは演技会ではなく試合なので」と、大会後に話を聞いたとき、樋口監督は苦笑いしていた。

 「でも、彼らの笑顔を見たらですね。ほんとによかったなあ、と思いました。去年、先輩たちが流した涙も見てきているので、先輩たちの分までやり切ったんじゃないですかね」

 得点が低すぎるとは思わないのか、と訊いてみたが、

 「うーん、そうですねぇ。でも、生徒たちが笑顔で戻ってこれたので、それが一番じゃないかと思います」

 それが、樋口監督の答えだった。

 樋口監督の言葉はきっと本心だ。

 だからこそ、彼らは最高の笑顔でこの舞台を終えることができたのだ。

 構成6.650 実施4.250 減点0.2 = 10.700

 出場22チーム中21位。これが鹿児島実業のこの夏の結果だ。

 しかし、彼らが遺したものは、こんな数字で計れるものではない。

※スポーツナビの動画は削除されたが、現在は、「インハイTV」に動画があがっている。こちらも一定期間で視聴できなくなる可能性があるのでお早めに!

<撮影:清水綾子>

【この記事は、Yahoo!ニュース個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】