村上茉愛(日体大)、ついに掴んだ「世界の金メダル」~日本の元気印、金メダルまでの軌跡

2015年全日本学生選手権で揃ってゆか金メダルを獲得したときの白井と村上

世界体操最終日、白井健三が跳馬で種目別2つ目となる金メダルを獲得。さらに、女子の村上茉愛が、ゆかで金メダルを獲得する快挙を成し遂げた。体操女子の世界でのメダル獲得は2009年の鶴見虹子以来、金メダルとなると池田敬子氏以来63年ぶりの獲得となった。

村上茉愛は、その並外れた身体能力で小学生のころから、体操界では知る人ぞ知る存在だった。

しかし、たいていの報道関係者は、日本のトップ(代表選手)しか追っていない。

それも、毎回「世界での金メダル」が期待される男子ではなく、2008年の北京五輪からは団体出場権は回復したものの、「世界でのメダル」は遠いと思われていた体操女子では、いくら村上が「天才少女」と騒がれてもいても、報道陣にさえその名前はあまり知られていなかった。

そんな「村上茉愛」の名を多くの人に知らしめたのは、2012年。

ロンドン五輪後の11月に行われた全日本種目別選手権(種目別選手権は2012年までは11月に行われていた。現在は6月に移行している)だった。

ロンドン五輪では、日本の男子は団体2位、女子は8位に終わり、この年最後の全日本レベルの大会だった全日本種目別選手権には、「次世代のホープ」を求める空気がいつも以上にあった。

その大会で、当時高校1年生だった村上は、ゆかの予選を2位で通過。決勝では見事、優勝を勝ち取ったのだ。

このとき、大会後の各種目優勝者の記者会見で、村上は最年少だったが、その堂々としたこわいもの知らずな対応は、頼もしさを感じさせるものだった。

「予選では少し練習不足だったが、決勝は事前に何度も練習していたので自信をもってやれた。」

「リオ五輪に向けて、ゆかは今の難度を落とさず、完璧にやれるようにしていきたい。他の3種目はもっと安定感を出したい。」

とこの時点で、3年後の五輪出場を視野に入れた意欲的な発言もあった。

あのときの、元気印の女の子が、5年後に、世界の頂点に立つとは。

「そうなればいいな」というかすかな期待はあったが、現実になるとはほとんどの人が思っていなかったのではないだろうか。

2012年の種目別選手権で一躍、名前を上げた村上は、2013年のNHK杯で個人総合4位(ゆかは1位)、全日本種目別では跳馬1位となり、初の世界選手権出場を決める。世界選手権でもゆかは予選5位で通過し、決勝では4位。3位のヨルダケ選手(ルーマニア)とは、0.134差という紙一重でメダルは逃したが、鮮烈な世界デビューとなった。

2014年もNHK杯で個人総合4位、全日本種目別ではゆか1位となり、2年連続で世界選手権代表の座を勝ち取る。

この年の世界選手権では、団体戦でも平均台以外の3種目に出場し、予選突破に貢献するが、このときは得意のゆかではミスが出てしまい種目別決勝への出場はならなかった。

大きな試練が訪れたのは2015年。日本体育大学に進学した年だった。

4月の全日本選手権で予選は8位通過したものの、決勝で大崩れ。ゆかでは11点台に沈み、個人総合21位という順位に終わる。

前年からゆかでは、村上のライバルとして台頭してきた宮川紗江(セインツ体操クラブ)は、全日本で14.800をマーク。村上とは対照的な絶好調ぶりを見せつけていた。

5月のNHK杯では個人総合8位までなんとか盛り返したが、ここでもゆかの得点は13.750止まり。宮川は14.600をマークしており、日本女子のゆかの第一人者の座は村上から宮川に移ったという印象があった。

6月の全日本種目別では、村上もゆかで14.450を出せるところまで復調したが、この年の世界選手権代表メンバーには落選。補欠にやっと滑り込む形となった。

2012年以来、順調に「日本代表選手」の座を確かなものにしてきていた村上にとって、この落選は悪夢だったに違いない。

が、この試練が村上茉愛を大きく変え、成長させることになった。

この年の7月には、広島でアジア選手権が行われ、そこで日本の女子は団体金メダルを獲得。

個人総合では、村上よりも年下の杉原愛子が金メダル獲得と目覚ましい活躍を見せた。

※参考記事(アジア選手権1)

※参考記事(アジア選手権2)

しかし、代表入りを逃していた村上の姿はこの晴れがましい場にはなかった。

その代わりに、日体大の1年生として出場した全日本学生選手権には、再び弾けるような笑顔と演技を取り戻した村上の姿があった。

春先の不調がウソのように、この年の学生選手権では、寺本明日香に次いでの個人総合2位。ゆかでは15.000をマークし優勝している。

そして、この年の世界選手権で村上は個人総合6位という結果を残す。

補欠として帯同したはずが、他選手の故障と不調のため、土壇場で出場が決まり、その抜擢に見事に応えたのだ。

※参考記事(2015世界選手権)

このジェットコースターのような浮き沈みのあった2015年を超えてからの村上は、国内では「エース」と呼ぶに相応しい選手になった。

2016年は、全日本選手権個人総合1位、NHK杯個人総合2位、全日本種目別ゆか1位で文句なしにリオ五輪代表を決め、リオ五輪でも団体4位という大躍進を遂げた日本女子チームを牽引した。

個人総合でも決勝進出したが、14位。種目別ゆかでも決勝に残ったが7位に終わり、「世界でもっと上にいきたい」と悔し涙を見せた。

そして、今年。

2017年の村上茉愛は、全日本選手権、NHK杯と個人総合1位となり、世界選手権代表となった。

世界選手権では、予選を1位通過し、メダル獲得への期待が高まったが、平均台での落下が響いて4位。

このときも悔し涙をこらえきれなかった。

最終日に行われる平均台とゆかの種目別決勝にも残っていたが、はじめに行われた平均台でまたしても4位。

普通に通せれば、ゆかでは金メダルの可能性は高かったが、「あと一歩でメダルに届かない」という負の連鎖に、否が応でも緊張は高まったのではないかと思う。

それでも、インタビューには気丈に、「ゆかではメダルを獲る」と言い続けた村上の強さ。

そして、その強さが、最後の最後に金メダルを呼び込んだ。

村上のゆかは、代名詞ともなったH難度の「シリバス」をはじめとするタンブリングの強さはもちろんこと、種目別決勝で見事成功させた4回ターンや躍動感あふれる各種ジャンプなどダンス要素の強さ、さらには、表現力の豊かさ、リズム感の良さも優れている。今回、なかなかメダルに届かない村上を応援する声は海外のファンにも多く、村上の演技が日本だけでなく海外でも愛されていることを証明していた。

世界デビューのころの、和のテイストのある力強い演技から、リオ五輪のころのビートのきいたかっこいい演技、そして、今年の世界選手権で披露した女性らしさと洗練されたクールさのある演技と、村上はフロア上でさまざまな表情を見せてくれる選手だ。そして、演技がうまくいったときのBIG SMILE! 

実力とパーソナリティーともに、正真正銘、世界でも一目置かれる選手に、「村上茉愛」はなったのだ。

奇しくも今回の世界選手権では、日体大の同期である白井健三が、個人総合銅メダル、ゆかと跳馬で金メダルと、「内村航平の後継者」に相応しい結果を残した。

2012年の種目別ゆかで優勝して、多くの記者に囲まれた村上が、「目標とする選手は?」と聞かれたときに、名前を挙げたのが、「内村航平」そして、「白井健三」だった。

白井は、そのときの全日本種目別では、ゆか予選1位ながらも決勝では5位に沈み、優勝者会見には呼ばれていなかった。

報道陣にもまだ「白井って誰?」という人が多かったころだ。

その翌年には、世界選手権初出場、いきなりゆかの世界チャンピオンになることになる白井健三を、このころから村上はおおいに意識し、刺激も受けていたのだ。

そんな2人が、そろって世界の金メダリストになった今大会。

内村航平の偉大な記録が途切れたことは残念ではあったが、2020年の東京五輪に向けて、収穫の多い大会だったと言えるのではないか。

とくに、女子体操に関しては、村上も、「男子ほど人気がない。どうせメダルはとれないと思われている。」と言い、それが悔しくて、日本の女子もメダル争いができるところまできていることを見せたかったと語っていた。

今回の村上の金メダル獲得、さらには個人総合では杉原愛子も6位と2人そろっての入賞と、「体操ニッポンは女子もすごい!」と十分知らしめることができたのではないか。

体操ニッポン、とくに女子には今後ますます注目していきたい。

<写真提供:松田 優>