「2015国士舘団体」が示した男子新体操の新たな指針

全日本新体操選手権での国士舘大学の演技

男子新体操を熱心に追っている人以外には知られていないことだと思うが、近年の男子新体操では大学生は年間3回の試合でほぼ試合ごとに演技を作り変えることが慣例化していた。

ジュニアや高校生は、ほぼ1年間同じ演技を行うが、大学生に限っては、春のブロック大会(東日本インカレ、西日本インカレ、九州インカレ)と夏の全日本インカレ、さらに年度末の全日本選手権と試合のたびに曲も演技構成も違うということが多かった。

鑑賞する側からすれば、「新鮮味があっていい」とも言えるが、年に何回も作品を変えることによって完成度を上げきれないという面も否めなかった。

そのため、年度末の11月に行われる全日本選手権で、1年間やり続けてきた作品で勝負する高校生のトップチームの演技のほうが、完成度では大学生を凌ぐことも起きていた。

女子の新体操でも団体作品は、よほどのことがなければ1シーズン変えない。フィギュアスケートや体操競技のゆかなどもそうだ。

「芸術性」や「表現」が問われる競技ではあっても、スポーツである以上、「熟練度」は評価の大きなポイントだ。「究める」ためにはある程度の時間がかかる。それは当然のことだ。

しかし、なぜか男子新体操の大学生チームに限っては「試合ごとに演技を変える」ことを競うところがあった。

自分たちでも納得のいくすばらしい作品ができたとき、選手たちも「本当は変えたくない」と思っても、ほかのチームは変えてくるのに、自分たちのチームだけが「変えられなかった」のでは、その時点ですでに負けているような、そんな風潮があったのだ。

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ところが。

11月6~8日に行われた今年度の全日本新体操選手権大会での国士舘大学の演技は、全日本インカレと同じものだった。

結果、予選では青森大学(19.225)、花園大学(18.625)に次いで3位(18.625)。

決勝では、青森大学の19.325には及ばなかったものの、花園大学を0.15上回る18.850をマークして逆転2位となった。

現在、男子新体操の団体競技は青森大学がほぼ勝ち続けており(近年では全日本選手権で2013年に花園大学、2008年に国士舘大学が優勝した以外は、全日本インカレ、全日本選手権とも青森大学が勝ち続けている)、その青森大学を得点で凌ぐことはできなかったが、大会終了後、様々なところで「今年の国士舘団体には感動した」という声が聞かれた。「見ている人の心を動かした」という意味では、優勝した青森大学以上の評価を得ることになったのだ。

今回の国士舘大学の演技が、そこまで評価されたのは、「作品にかける思いの深さ」と「完成度の高さ」ゆえだろう。

それは、「全日本インカレと同じ作品」を全日本でもやる、という決断に象徴されていた。

国士舘大学の新体操部男子は、今年7月にヘルシンキで行われた「世界体操祭(ワールドジムナストラーダ)」に参加している。そのため、例年よりも早めに全日本インカレ用の演技にとりかかり、ヘルシンキで披露できるように仕上げてきた。この作品がジムナストラーダでは大好評を博し、国士舘は自信をつけて全日本インカレに臨むことができたはずだ。試合よりも前に大勢の観客の前で演技するという経験を積めたことも大きかっただろう。

しかし、全日本インカレではまだ実施が伴わなかった。それでも、観客の反応は非常によく、審判からの評判も悪くなかったが、予選、決勝ともにミスが出て、納得のいく演技はできなかった。

例年だと、そこでまた作品を作り変えていた。勝てなかった作品ならなおさらのこと、全日本選手権に向けて選手たちも変えたがることが多かった。

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ところが、今年の国士舘はそこで「作品は変えずに完成度を上げ、全日本で勝負する」という選択をした。

監督の山田小太郎氏によると、選手たちもそれを望んだという。

納得いく演技ができないまま終わるには、彼らはこの作品に愛着と自信をもっていたのだろうと思う。

「最高にいい出来でこの作品を見せたい!」

その思いが、「大学生なら試合ごとに演技を変えるのが当たり前」という意味のない慣習を破らせたのだ。

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全日本選手権を1か月後に控えた10月上旬に、国士舘大学の練習を見る機会があった。

そのとき、「インカレと同じ作品でいく」ということを知ったのだが、その日の練習風景を見ただけで、その選択が間違っていないことは確信できた。

この日の国士舘の練習は、数年来見たことのないほどの活気と自信と熱気に満ちていたのだ。

ミスこそはあったが、手ごたえは感じられたはずの全日本インカレでの演技を、彼らは2か月間ブラッシュアップし続けてきた。

おそらく日に日に完成度が上がってきていることは自分たちでも感じとれていたのだろう。

そして、そこまでこの作品に懸けて研鑽を続ける団体選手たちに対しての周囲の雰囲気も変わっていた。

個人の選手たちも、練習に来ていた高校生やジュニアも、みんなが「今年の団体」に期待していることが感じられる空気があった。

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団体メンバーも、4年生の斉藤嵩を中心にしながら、後輩たちがいい意味で生意気になっていた。榊原勝巳(3年)や山口聖士郎(1年)などは持ち前の明るいキャラクターで先輩に対しても臆せず意見する。学年関係なく作品をよりよくするためにお互いに言い合える関係ができていることが感じられたのだ。

「作品もいい。チームの雰囲気もいい。これはもしかして。」10月の時点で、全日本での国士舘に対する期待は大きく膨らんだ。

なんと言っても、「作品は変えずにいきます。選手たちもこれで勝負したいと言っているので」と言ったときの山田監督の迷いのなさに、かつてない自信が感じられたのだ。

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国士舘大学は、かつては男子新体操の頂点校だった。

しかし、現在は、青森大学の台頭もあり、優勝にはなかなか手が届かなくなっている。

優勝どころか、2位の座からも陥落することも少なからずある。それだけライバル校も力をつけてきているのだ。

2012年の全日本選手権で2位になって以来、2013年はインカレでは5位(故障者のため5人編成となり減点)、全日本3位。2014年はインカレ3位、全日本3位と2位からも遠ざかっていた。

それでも、昨年あたりから「体操の美しさでは国士舘が一番」という評価も出始めていた。

その国士舘が、今年の演技では、飛躍的にタンブリングの難度を上げてきた。「美しさでは一番」という評価はあっても勝てない状況を打破したいという強い意思が、選手たちにあったのではないかと想像する。おそらく今年の国士舘が見せようとしたのは「美しいだけでなく強い国士舘」だ。そして、その目標は達せられた。

インカレで、彼らがこの演技を披露したとき、今までの国士舘のイメージで見ていた人たちは度肝を抜かれたに違いない。第1タンブリングから、ダブル宙返りの乱れ撃ち。さらにはリーダーの斉藤が真打登場とばかりにムーンサルト。着地でややはずんだこともあったが、全日本の決勝では吸い込まれるような着地を決めた。

男子新体操の名物でもある交差(フロアの両側から選手がタンブリングを行い、片方の選手がもう片方の選手の上を飛び越えるリスクの高い技)も、従来多かったひねり系のタンブリングではなく宙返りで挑むなど。昨年に比べて確実にタンブリング力が上がっていること、リスクの高い構成になっていることをしっかり示して見せる演技だった。

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その強化されたタンブリングと同時に、男子新体操独特の美しさを体現した深く大きくのびやかな動き。腕を上げた角度から指先の形までそろった完璧なまでの同調性。そして、今年の演技では卓越していた音楽との融和。曲を聞けば動きが浮かび、動きを見れば曲が浮かぶ。そんな作品を今年の国士舘は創り上げた。

それはもちろん、選手個々が力をつけてきた結果だろうとは思う。が、なによりも「長い時間をかけて磨き上げた演技」のもつ力がこの演技には宿っていたように思う。

フィギュアスケートでは、SPもFSも1年ごとに演技を変えるのが当然のようになっている。

が、べつにルールでそう決まっているわけではない。

羽生結弦選手がソチ五輪で優勝したシーズンも、羽生選手のSPは前シーズンに高い評価を受けていた「パリの散歩道」だった。しかし、あのとき羽生選手が2シーズン続けて同じSPだったことを、「力がない」とか「卑怯だ」とは誰も言わなかった。スポーツなのだから、勝負なのだから、大切なシーズンだからこそ熟練度も上がっていて、評価も安定している演技を選択することにはなんの問題もないのだ。

現在のところ、まだ国際化しておらず、ルールも日本独自のものである男子新体操は、決して多くはない競技人口の中での常識や流行にとらわれることがままある。

「大学生が試合ごとに演技を変えること」もその1つのように感じられていた。

「同じ演技をやり続けること」は、創造力の欠如でもなんでもない。アスリートであれば、飽くことなく完成度を上げる、という勝負こそが全うなのだ。

今年の国士舘大学は、それを身をもって示してくれた。

彼らが大学生としては異例の長期間やり続けてきた作品が、勝敗では測れない強い印象を残し、多くの人を感動させたという事実は、男子新体操をよりスポーツらしい方向へと導いてくれるのではないだろうか。

2015年11月22日。

今日、国士舘大学では学園祭が行われる。

新体操部の演技会も予定されており、その中で彼らは、このメンバーでのこの作品の最終演技を行うという。

慣習にとらわれず、信念をもって磨き続けてきた作品の踊りおさめに、彼らの胸にはどんな思いが去就するのだろうか。

きっとそこには「やりきった」「やり遂げた」という満足感があるに違いない。

【国士舘大学2015団体演技】

※2015全日本インカレ予選のもの

【動画リンク追加】

2015.11.22.多摩祭での演技

<写真提供:清水綾子>