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レトロゲームが消滅の危機? 市場にあふれる海外製の「ニセモノ」ソフトの実態

鴫原盛之ライター/日本デジタルゲーム学会ゲームメディアSIG代表
ヤフオク!に出品された、PCエンジン用ソフトのニセモノ(※筆者撮影。以下同)

1987年に日本で発売されたゲーム機、PCエンジン用ソフトのニセモノ、それも中古市場ではプレミア価格のついたソフトのニセモノばかりが、5年ほど前から国内外のオークションサイトを通じて盛んに流通している。

ニセモノの制作者が、全世界にはたして何人いるのかはわからないが、日本のゲームコレクター間で特に有名なのが、ドイツを拠点に活動している「PCE Works」と名乗るプロジェクトだ。

彼らは、今から30年近くも前に発売されたPCエンジン用ソフトの「新品」を製造・販売し続けている。ソフトは実機で動作するだけでなく、パッケージや添付のマニュアルなども本物そっくりに偽造している。

以前に拙稿「なぜ『中古ゲームソフトのニセモノ』が蔓延? その実態は」で紹介した、スーパーファミコン用ソフトのニセモノの作者はまったくもって不明だが、「PCE Works」のスタッフは自らの作であることをホームページで堂々と宣言している。

・参考リンク:PCE Worksのサイト

「PCE Works」のトップページ
「PCE Works」のトップページ

海外でも需要が高まる、日本のレトロゲームの「ニセモノ」

現在、PCエンジンの著作権を持つコナミ(コナミデジタルエンターテインメント)に、現地法人や代理店などと「PCE Works」間での契約状況について問い合わせたところ「現在調査中です」とのこと。なお、筆者が調べた限りでは「PCE Works」に対してソフトの製造・販売を許諾したメーカーは、コナミ以外でもまったく確認できなかった。

なぜ「PCE Works」は、昭和・平成の時代に発売された日本のゲームソフトを、未許諾にもかかわらず作り続けるのだろうか? 海外のアングラゲーム市場の調査を長年続けている、ルーディムス株式会社CEOの佐藤翔氏によると、昨今は海外でもレトロゲームの需要が高まっている背景があるという。

「最近の世界的な復刻系ゲーム機人気もあって、レトロゲーム系のリプロダクションや、かつての海賊版ゲーム機の復刻版・ミニ版などが各地域で勢いづいており、過去にそれらのゲーム機で遊んだことのあるユーザー間に広がってきていますね」(佐藤氏)

かつてヨーロッパ諸国では、PCエンジンが正式に発売されず(※後にフランスなどでは発売された)、一部のゲームショップが独自に輸入した日本語版のハード・ソフトを購入して遊んでいたマニアが多数出現し、やがてソフトの情報交換や貸し借りを目的にサークル活動を始めた歴史がある。そんな背景があったことも、「PCE Works」のような集団がドイツに出現した一因となったように思われる。

筆者の知人で、ゲーム業界にも詳しいフランス人ジャーナリストに聞いたところ、「PCE Works」のオフィスはミュンヘンにあり、パリ市内にもここからニセモノを仕入れて販売する中古ゲームショップがあるそうだ。この店では、ニセモノを仕入れる際は「PCE Works」の代表者であるTobias Reichという人物に直接連絡を取っているが、彼らの詳しい実態はドイツやフランスでもまったく知られていないという。

フランスには今も根強いPCエンジンファンが多く、本物よりも安値で取引されることから「PCE Works」版をこっそり買う人がいるものの、彼らの存在を憎みSNSでボイコットを呼びかけるなど、ネット上では「PCE Works」反対派のほうが圧倒的に多いそうだ。

「PCE Works」が製造した、上記の写真と同じニセモノソフトのパッケージ裏面の写真。細部まで本物そっくりに作られている
「PCE Works」が製造した、上記の写真と同じニセモノソフトのパッケージ裏面の写真。細部まで本物そっくりに作られている

日本のコレクターも舌を巻く「PCE Works」の旺盛なサービス(?)精神

はたして、彼らはいったい何者なのだろうか?

筆者は、佐藤氏の協力のもと「PCE Works」のスタッフにメールでインタビューを申し込んでみた。数日後、Shlomo Raskinと名乗る人物から届いた返信には「インタビューは受けられないが、質問の内容によっては答えられることがあるかもしれない」と書かれていた。

ならば、せめてメールでの取材はできないものかと、メンバー構成やソフトの製造方法など、いくつかの質問を送り回答を求めたが、残念ながら本稿の執筆時点で返信は届いていない。「活動内容が世間に詳しく知られてはまずい」と彼ら自身も自覚しているのだろう。

「欧州について見ると、かつてエミュレーターなどを制作していた人々は、ゲームの移植やローカライズなど、真っ当なビジネスに移っていったケースが多いと聞いています。しかし『PCE Works』の場合は、プレミア価格で取引されている過去作品のパッケージ版が欲しいファンを相手に、今でも故意犯的にリプロダクションを行っているようですね」(佐藤氏)

「PCE Works」のサイトより。ソフト購入の際はPayPal による決済が必要などと書かれている
「PCE Works」のサイトより。ソフト購入の際はPayPal による決済が必要などと書かれている

当事者からの返答がなかったので、今度はニセモノの流通事情に詳しいレトロゲームソフトのコレクター数名に話を聞いてみた。

元ゲーム雑誌の編集者で、PCエンジン用ソフトをほぼコンプリートしている張本氏に「PCE Works」について伺ったところ、以下のように解説していただいた。

「私が『PCE Works』の存在を初めて知ったのは、数年前にネットでPCエンジンの情報を検索していたら、偶然彼らのサイトがヒットしたのがきっかけでした。彼らは、あくまでファン活動の一環だと主張しているようですね。実際、彼らが販売しているソフトは中古市場でプレミア価格がついたものばかりで、ゲームファン心理を非常によく理解しています。

 技術力にも長けていますね。本物そっくりに作ったソフト以外にも、例えば『ときめきメモリアル』の中に入っているミニゲームだけが遊べるソフトを独自に作って売ったり、メーカーが開発を中止して未発売になったソフトのROMデータも持っていて、それをわざわざパッケージまで作って売ったりもしているんです」(張本氏)

「PCE Works」のサイトより。上記のパッケージは、いずれも正規品では存在しない彼らのオリジナル商品で、中古市場でプレミア価格のついたソフトの詰め合わせになっている
「PCE Works」のサイトより。上記のパッケージは、いずれも正規品では存在しない彼らのオリジナル商品で、中古市場でプレミア価格のついたソフトの詰め合わせになっている

では、「PCE Works」版のソフトを本物と間違えて買ってしまうなど、コレクター間で何か問題になっていることはないのだろうか?

張本氏によれば「そのような話は聞いたことはないです。せいぜい、ネットで検索するときに邪魔だと思うぐらいですね(笑) 」とのことで、彼らの作ったニセモノを熱心に集めるコレクターも特にいないそうだ。

ほかのコレクターにも聞いてみたが、やはり「PCE Works」版のソフトを間違えて、あるいはニセモノとわかったうえで購入したことは一度もないという。実はかなり以前から、コレクター間では本物と「PCE Works」版、すなわちニセモノとを区別する方法の情報共有ができているそうだ。

ゲームショップ間でも「要注意リスト」に

拙稿「『中古ゲームソフトのニセモノ』は許さない 真贋をチェックする査定現場は」でもご登場いただいた、中古PC・ゲーム専門店BEEPの出張買取班リーダー、小村方(こむらかた)伸氏にも「PCE Works」について聞いたところ「かなり前から、我々の業界でも悪い影響を及ぼすと話題になっていて、『未開封のエンジン用ソフトには気を付けろ』という共通認識みたいなものがあります」という。

「以前、未開封の『PCE Works』版ソフトの買い取り依頼を受けたことがあります。その際に、ROMのレーベル面を確認しないと本物かどうかがわからないことを、お客様にご説明したうえで『査定不可』としてご返却したことがありました。ニセモノが数多く出回ってしまうと、いずれはオークションサイトも含めて、ユーザーの皆さんが恐れて買わなくなるなどの影響が出てしまうと思います」(小村方氏)

査定の際にレーベル面を見るのは、「PCE Works」のロゴの有無をチェックするため(※「PCE Works」版は独自のロゴが印刷されている)である。ちなみに、未開封の本物ソフトと「PCE Works」版とを見分ける際は、主にシュリンク包装のティアテープ(ヒモ)の向きを見れば、ある程度はわかるそうだ。

「本物はヒモが横向きなのに、ニセモノは『PCE Works』版に限らず、縦向きになっていたりします。あるいは、パッケージ写真にヒモが写っていなかったり、包装がきれい過ぎる物も怪しいと思ったほうがいいでしょう」(小村方氏)

ただし、フランス人ジャーナリストからの情報では、「PCE Works」が活動を始めた直後に作ったニセモノには、彼らの贋作であることを示すロゴを印刷していなかったというから恐ろしい……。

「ヤフオク!ですと、今では『PCE Works版』と書いて出品されています。でも、悪意のある出品者がいないとは限りませんので、値段が異常に安いものには注意したほうがいいでしょう。これからコレクターになりたいという人にとっては、大変な時代になってしまったように思いますね」(張本氏)

なお日本のゲームショップでは現在、筆者が調べた限りでは「PCE Works」版のソフトを売買している所はない。とある元中古ゲームショップ店員に聞いたところ、数年前に都内でこっそり売っていた店が1軒あったが、周囲の競合店からクレームが入り、それ以降は取り扱いをやめたそうだ。

メルカリの悪質な出品例。品名に「PCE Works版」と明記せずに「※商品説明文必読」とボカしているが、それでも高値で落札されている
メルカリの悪質な出品例。品名に「PCE Works版」と明記せずに「※商品説明文必読」とボカしているが、それでも高値で落札されている

「PCE Works」の片棒をかつぐと、過去のゲームが二度と遊べなくなる!?

ゲームメーカー側でも「PCE Works」の存在によって、何か業務に支障が出ているのだろうか? かつてPCエンジン用ソフトを発売していた、あるメーカーのディレクターに聞いたところ「支障は確実に出ています」という。

「我々は過去に出したソフトを含め、すべてのタイトルを常に出すチャンスをうかがっています。ですから、このようなコピー品が出てしまうと、そのチャンスをつぶされてしまう恐れがあるのです。もちろんコピー品の取り締まりも行っていますが、一企業の力だけでは正直限界があります。

 権利者が現在不明で調査をしているため、移植に時間が掛かっているタイトルもいろいろあります。そんなゲームでも、もしコピー品が出回ったら権利者の皆さんのブランドを傷つけることになり、その結果IPごと殺されてしまう恐れがあるのではないか、と個人的には思っています」(某メーカースタッフ)

ニセモノソフトを堂々と作る組織や、転売ヤーの片棒をかつぐことの恐ろしさがおわかりいただけただろうか?

「PCE Works」のサイトより。麻雀ゲーム詰め合わせのオリジナル商品だが、何と女性の下着までもが同梱されている(※日本のオリジナル版には、無論存在しない代物である)
「PCE Works」のサイトより。麻雀ゲーム詰め合わせのオリジナル商品だが、何と女性の下着までもが同梱されている(※日本のオリジナル版には、無論存在しない代物である)

「PCE Works」版に限らず、ニセモノソフトの流通を止める手立てはないのだろうか? 筆者がコレクターの方々から聞いたところ、ネットオークションに「PCE Works」版が出品された際に、運営側に違法な商品であることを通報しても、まるで効果がないのが現状だという。

前出の佐藤氏によれば、「ウェブ上の記事や、オークションサイトなどを確認する限りでは、『PCE Works』版のソフトは日本語圏や英語圏はもとより、中国や韓国、中南米などでも出回っている模様です」というのだから、事は極めて重大なように思われる。

そもそも、我々がニセモノソフトを売買することは、法的に問題はないのだろうか? ACCS(一般社団法人コンピュータソフトウェア著作権協会)に筆者が伺ったところ、明確な回答をいただいたので以下に引用させていただく。

日本のゲームソフトの海賊版を製造することは、日本の著作権法では著作権侵害、つまり著作権法違反にあたります。そして、日本は著作権に関する国際条約に加わっているため、海外のほとんどの国においても日本のゲームソフトは現地の著作権法で守られ、著作権法違反にあたります。

また、海外で作られた海賊版ゲームソフトを、個人売買サイトやオークションサイトなどで転売するために輸入することは著作権侵害となります。

そして、国内で作られたものも含め、海賊版ゲームソフトを海賊版とわかったうえで転売したり、転売するために所持することも著作権侵害となります。

著作権侵害は、10年以下の懲役または1000万円以下の罰金またはその両方が科される重大な犯罪です。

お小遣い稼ぎに海賊版の転売に手を出すことは絶対にやめてください。

<ACCSから筆者に送られたメールより>

前出のジャーナリストによれば、最近レトロゲームに興味を持ち始めたフランスの若いゲームファンが、プレミア価格がついた本物のソフトには手が出せないため、「PCE Works」版を買うようになっているという。

「PCE Works」版に限らず、ニセモノソフトの流通をこのまま放置すれば、やがて日本でも同じようにニセモノを買い集める若いファンが出現し、最悪の場合は移植やリメイク版ソフト、あるいはPCエンジンminiのような復刻ハードが、もう二度と発売されなくなる日がやって来るかもしれない。

ゲーム業界団体などが中心となり、行政の協力を受けつつニセモノソフトのオークションサイトへの出品禁止、あるいは税関でのチェック体制強化など、具体的な対策をそろそろ打つべきタイミングであるように思われる。

ライター/日本デジタルゲーム学会ゲームメディアSIG代表

1993年に「月刊ゲーメスト」の攻略ライターとしてデビュー。その後、ゲームセンター店長やメーカー営業などの職を経て、2004年からゲームメディアを中心に活動するフリーライターとなり、文化庁のメディア芸術連携促進事業 連携共同事業などにも参加し、ゲーム産業史のオーラル・ヒストリーの収集・記録も手掛ける。主な著書は「ファミダス ファミコン裏技編」「ゲーム職人第1集」(共にマイクロマガジン社)、「ナムコはいかにして世界を変えたのか──ゲーム音楽の誕生」(Pヴァイン)、共著では「デジタルゲームの教科書」(SBクリエイティブ)「ビジネスを変える『ゲームニクス』」(日経BP)などがある。

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