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「俺より強いやつらに会いに行く」 コロナ禍を乗り越え企画展を開催した「ストII世代」の熱意

鴫原盛之ライター/日本デジタルゲーム学会ゲームメディアSIG代表
「ストリートファイター『俺より強いやつらの世界展』」会場の入場口(筆者撮影)

福岡市科学館(福岡市中央区)で、対戦格闘ゲームの草分け的存在である「ストリートファイター」シリーズに関する資料を展示するイベント、「俺より強いやつらの世界展」が開催されている。新型コロナ感染対策を施した会場に展示された、その資料のほとんどは全国初公開のものばかり。なぜ福岡で、しかもコロナ禍で一度は中止を発表したのに再開できたのか、そこには「ストII世代」の熱い思いがあった。

本展は、1987年にシリーズ第1弾が発売されて以来、今なお根強い人気を誇るカプコンの対戦格闘ゲーム「ストリートファイター」シリーズの開発資料やキャラクターの原画など約600点を展示し、ゲームの世界観に触れられるインタラクティブ体験コーナーなども用意されている。福岡市科学館と、地元の西日本新聞社、TCテレビ西日本、LOVE FMの3社による実行委員会が主催し、ゲームメーカーのカプコンから特別協力を得て実現した。

会場の福岡市科学館。4階の大きな窓にはポスターが貼られている(筆者撮影。以下同)
会場の福岡市科学館。4階の大きな窓にはポスターが貼られている(筆者撮影。以下同)

1990年代からゲームに夢中になった方であれば、おそらく「ストII」こと「ストリートファイターII」の名前を一度は耳にしたことがあるだろう。本作は1991年に登場するやいなや、全国各地のゲームセンターで大人気を博し、後に発売された家庭用の移植版も大ヒット。その後も各プラットフォームで多数のシリーズ作品がリリースされ、現在ではeスポーツ大会も盛んに行われている、対戦格闘ゲームの草分け的存在だ。

筆者も会場に足を運んでみたところ、初期のシリーズ作品から登場する主要キャラクターごとにまとめられた、貴重な手描きのイラストや開発資料をすぐ目の前で見ることができたので、懐かしさとともに開発スタッフが作品に込めたすさまじい情熱を感じ取ることができた。自身はまったく絵心はないのだが、原画の美しさや迫力には圧倒されっ放しで、特に本展に合わせて完成させたという中国出身の女性キャラ、春麗(チュンリー)の等身大の油彩画の迫力は衝撃だった。

またイラスト類には、1点ごとに作者名をはじめ、使用されたゲームのタイトル、関連書籍などの解説文も適宜添えられ、主催者側のゲームに対する強い愛情が伝わってきた。

キャラクターごとに、貴重な設定資料や原画イラストを展示。上記の写真は日本人格闘家、リュウのコーナー
キャラクターごとに、貴重な設定資料や原画イラストを展示。上記の写真は日本人格闘家、リュウのコーナー
こちらは春麗のコーナー。等身大の油絵は絶大なインパクトがある
こちらは春麗のコーナー。等身大の油絵は絶大なインパクトがある

会場内では、ゲームに登場するキャラクターが使用する必殺技を疑似体験したり、自身の顔をキャラクターの「負け顔」に合成して遊べる体験コーナーも楽しめる。また物販コーナーでは、本展の展示品などをまとめた図録や、シリーズ作品の登場キャラクターなどをあしらったTシャツ、バッグなどを販売していた。

本展のようなゲームの展示イベント、それも特定のシリーズ作品に絞った企画展が、地方の公共施設で開催された例はほとんどない。過去には「パックマン」30周年、「スペースインベーダー」40周年を記念した展示イベントが都内で開催されたことがあるが、いずれもファンイベント色が強く、本展のように公共施設を使用し、来場者の学びの場としても利用できる展示は極めて異例だ。

かつて、ゲーム業界は開発資料どころか、開発スタッフの顔や名前も一切非公開というのが当たり前の世界だった。しかし、今こうして「ストリートファイター」シリーズの関連資料が多数公開され、誰でも見ることができる企画展の開催が実現したことは、まさに隔世の感がある。

モーションセンサーを利用して、おなじみの必殺技「波動拳」が撃てる体験コーナー
モーションセンサーを利用して、おなじみの必殺技「波動拳」が撃てる体験コーナー
こちらでは来場者の顔写真と、ゲーム中の「負け顔」を合成して遊べる
こちらでは来場者の顔写真と、ゲーム中の「負け顔」を合成して遊べる

実は本展、当初は3月14日開幕の予定だったが、新型コロナウイルスの流行により延期に。25日に開幕したものの、4月4日から感染防止のための臨時休館にともない、わずか10日間で中断を余儀なくされた。さらに政府の緊急事態宣言を受け、5月11日には再開困難との理由から一度は中止が発表された。ところが、緊急事態宣言の解除から約1か月が経過した6月22日、一転して7月1日から9月22日まで再開が決定したのだ。

なぜ、実行委員会はゲームを題材にした企画展を開催しようと思ったのか? そして、期間を大幅に遅らせてまで再開催に踏み切ったのだろうか? その背景には、「ストリートファイター」シリーズの作品を多くの人の見てもらいたいという、「ストII世代」でもあるスタッフたちの並々ならぬ熱意があった。再開初日となった1日、実行委員会のコアメンバーのおひとりである、西日本新聞イベントサービス 企画事業室の北川秀紀氏にお話を伺ってみた。

西日本新聞イベントサービスの北川秀紀氏
西日本新聞イベントサービスの北川秀紀氏

「ストII世代」が膨大な資料を精査し開催を実現、カプコンも快諾

北川氏によると、知人を通じてカプコンのスタッフと偶然コンタクトを取れたことが、本展を企画する契機になったという。

「カプコンの方から、『ストリートファイター』シリーズの原画や資料が社内にまだ残っているとお聞きしたのが最初のきっかけです。そこで、カプコンさんの本社にお伺いして改めてお話を聞いたところ、膨大な資料があることがわかりましたので、ぜひ展覧会という形で、多くのお客様に見ていただけるようにしてはいかがですかとお願いをしました」(北川氏)

本展の開催経緯を、カプコンにもメールで伺うと、「もともとSF(※筆者追記:『ストリートファイター』の略称)30周年企画として原画展を開催できないかと、ずっと模索していました。とあるきっかけで西日本新聞社さんとお話をする機会があり、一度大阪まで足を運んでもらってカプコンで保管している大量の原画などを見ていただきました。ご担当者が『ストII世代』だったということもあり、非常に感銘を受けていただいたところから、話がどんどんまとまっていきました」とのことだった。

カプコンの快諾を受け、北川氏をはじめとするスタッフは、昨年のGW明け頃から本展の準備を始めた。「西日本新聞社さんには何度も大阪まで足を運んでいただき、『基本的に全部出す!』というマインドのもと、1点1点写真に撮ってもらうなど、保管していたほぼすべてのものを棚卸して精査しました」(カプコン広報)というのだから、メーカー側も本展を成功させるべく、どれだけ注力したかがわかるだろう。

手描きで作成された、元祖「ストリートファイター」のグラフィック(背景)の指示書。当時の開発環境がうかがえる貴重な資料だ
手描きで作成された、元祖「ストリートファイター」のグラフィック(背景)の指示書。当時の開発環境がうかがえる貴重な資料だ

コロナ対策の準備も整い再開催が実現

前代未聞のアクシデントが発生し、5月にいったんは中止に追い込まれた本展は、どのようにして再開催へとこぎ着けたのだろうか?

「5月中旬の時点では、まだウイルス対策の方法がわからなかったので中止せざるを得ませんでしたが、6月以降に再開できないかと実は検討を進めていました。中断期間中には、事務局に『再開しないんですか?』というお問い合わせを何度もいただており、その後、福岡市科学館さんやカプコンさんと会期延長の調整ができたので、中断前と同じ展示内容のまま再開することができました」(北川氏)

再開にあたっては、新型コロナウイルス対策に万全を期している。

「密を避けるため、事前予約による時間制の入場システムを取り入れました。入場の際は、皆様にマスクの着用と検温のご協力をお願いしており、会場内にはビニール手袋もご用意しています。展示中のゲーム機は、本当は遊べるようにしたかったのですが展示するだけに変更しました。物販コーナーの商品は、裸のサンプルを置かないようにしています」(北川氏)

ゲーム機は展示のみで触れるのはNG
ゲーム機は展示のみで触れるのはNG
会場内には消毒液とビニール手袋も用意されている
会場内には消毒液とビニール手袋も用意されている

「ストII世代」スタッフの情熱、地域貢献への思いも再開を後押し

本展の再開催が実現した大きな理由はもうひとつある。それはスタッフの多くは40代の同世代、すなわち「ストII世代」で若かりし頃にそのブームを体験しており、今なおゲームに対する熱い思いをみんなが持っていたことだった。「ストリートファイター」シリーズの面白さや魅力を各スタッフが理解し、強い愛着を持っていたからこそ、コロナ禍という前代未聞の状況下にありながら、モチベーションを下げることなく再開に尽力することができたのだろう。

「福岡市で、このような展示を行うのは初めてのことでしたし、我々としても、ぜひ多くの皆さんに見ていただきたいという思いがありました。再開できる環境が整って本当によかったです」(北川氏)。後日、入場者の状況を伺うと、再開後は30~40代の男性と家族連れが多く、入場者数は中断前よりも増加。7月中旬以降も、大雨の日がしばらく続いたにもかかわらず、入場者数はほぼ横ばいで推移しているそうだ。

また本展は、公共施設である福岡市科学館での開催にふさわしくなるよう、学びの場を設けたことも本展ならではの注目ポイントだ。

「福岡市科学館の方にも、我々と一緒にカプコンさんを何度か訪問していただきました。資料を見ながら、どんな内容なのか説明を受けていただいたうえで、展示内容を決めていきました。

 どうすれば科学的な学びの場ができるのか、ゲームがどうやって作られたのかが伝わるような展示になるのかをいろいろと考え、展示物にしっかりと解説を添えたり、大人も子供も一緒に楽しめる体験コーナーも用意することにしました。シリーズ最新作である『ストリートファイターV チャンピオンエディション』の開発プロデューサーとディレクターさんから、子供たちへのメッセージを収録したインタビューも公開しています」(北川氏)

方眼紙に1枚ずつ描かれた、キャラクターが「波動拳」を放つときのモーション
方眼紙に1枚ずつ描かれた、キャラクターが「波動拳」を放つときのモーション

さらに北川氏は、地域おこしに貢献することも、地方でゲーム展を開催する意義のひとつであると指摘する。

「本展は、当初は春休みからGWまでの開催を想定しておりましたので、我々と同世代の方や親子の来場者を見込んでいましたが、福岡市周辺に在住のゲーム業界を志望する学生や、ゲーム以外のクリエイターの方々にも役立つ、とても貴重な機会ではないかと思っております。『ストリートファイター』シリーズの魅力的なキャラクターたちが生み出され、実際にゲームになるまでの過程を楽しみながら見ることができる展示になっておりますので、どんな世代の方に来ていただいても楽しんでいただけると思います」(北川氏)

また、物販コーナーには地元企業とのコラボ商品も並んでいる。「地元にある工房が作った博多織のパスケースと、文具メーカーが作ったキーホルダーも販売しております」(北川氏)。そもそも想定はしていなかったそうだが、本展は産業振興にも貢献していると言えるだろう。

物販コーナーには地元企業とコラボしたパスケースも(写真左)
物販コーナーには地元企業とコラボしたパスケースも(写真左)
地元の文具メーカーが開発したスティッチワークキーホルダー
地元の文具メーカーが開発したスティッチワークキーホルダー

同じく、カプコンにも本展の開催意義を伺ったところ、以下のようなコメントをいただいた。

「時代を作った、また1つのジャンルを作った原点を、当時からのファンや今の子供たちにも見てもらえることは、『モノづくりとは何か?』、『コンテンツ作りとは何か?』の一端を知り、考えてもらえる良い機会になるのでは、と思っています。加えて、『ストII世代』は親世代にあたるので、親子で楽しんでもらえる素晴らしい機会であると思います。また、『ストリートファイター』というゲームが、公立施設のコンテンツとして取り上げていただけることは、ゲーム業界の地位向上にもつながる側面もあると感じております」(カプコン広報)

来年は、対戦格闘ゲームブームの火付け役である「ストリートファイターII」が、ちょうど発売30周年を迎える。そこで、きたる2021年には「『ストII』30周年記念展」などと銘打ち、本展のような展示を全国の主要都市で産・官共同でリレー開催すれば、各地の地域おこしに貢献する可能性を少なからず秘めているのではないだろうか。

■参考

・福岡市科学館:【再び開催】ストリートファイター「俺より強いやつらの世界展」

・「俺より強いやつらの世界展」公式サイト

【この記事は、Yahoo!ニュース個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動は、個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

ライター/日本デジタルゲーム学会ゲームメディアSIG代表

1993年に「月刊ゲーメスト」の攻略ライターとしてデビュー。その後、ゲームセンター店長やメーカー営業などの職を経て、2004年からゲームメディアを中心に活動するフリーライターとなり、文化庁のメディア芸術連携促進事業 連携共同事業などにも参加し、ゲーム産業史のオーラル・ヒストリーの収集・記録も手掛ける。主な著書は「ファミダス ファミコン裏技編」「ゲーム職人第1集」(共にマイクロマガジン社)、「ナムコはいかにして世界を変えたのか──ゲーム音楽の誕生」(Pヴァイン)、共著では「デジタルゲームの教科書」(SBクリエイティブ)「ビジネスを変える『ゲームニクス』」(日経BP)などがある。

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