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「本当のeスポーツ」の普及を目指す 新たなeスポーツ団体設立の意図と挑戦

鴫原盛之ライター/日本デジタルゲーム学会ゲームメディアSIG代表
esports促進協会の青木一世評議員(左)と沈梅峰副会長(筆者撮影)

去る5月25日、新たに設立されたeスポーツ団体、一般財団法人日本esports促進協会(以下、JEF)が設立記念式典を行った。同協会のホームページを見ると、「海外で長年培ってきたesportsの大会主催及び、リーグ・プロクラブチーム、esportsに関わる人材育成の教育ノウハウを生かし、国内のesportsを牽引していくと同時に、海外のesports団体業界への直接的ルートを日本へ繋ぎます」などといった活動内容が書かれている。

一方、昨年2月に発足した一般社団法人日本eスポーツ連合(以下、JeSU)は、すでに選手のプロゲーマーライセンスを発行したり、各種eスポーツ大会の開催や、国際大会への選手派遣に協力するなど、数々の活動実績がある。またJeSUは、東京都の予算によって来年1月に開催される、「東京eスポーツフェスタ」の実行委員として参加することを発表するなど、行政と連動したアクションも起こしている。

JeSUが国内外での活動実績を着々と積み重ねる状況にあって、JEFのメンバーが新団体を作った意図はどこにあるのだろうか? ホームページには設立記念式典を開いて以降、例えばeスポーツ関連イベントの実施など、今後の具体的な活動予定を一切公表していないため、まったくもってわからない。

そこで、スタッフに直接お話を伺うべく、JEFに足を運んでみた。

esports促進協会が入居する、東京都千代田区にあるビル。国会議事堂のすぐ目と鼻の先にある(筆者撮影)
esports促進協会が入居する、東京都千代田区にあるビル。国会議事堂のすぐ目と鼻の先にある(筆者撮影)

海外で得た経験・知見を生かし、日本国内のeスポーツ普及を目指す

JEF設立の一報を聞いた筆者は、まず同協会のメンバーについて調べてみた。理事長の牧村真史氏は、愛知万博や上海万博日本政府館のプロデューサーを務めた経験を持つイベントプロデューサーであり、副理事長の鴨志田由貴氏はビジネスプロデューサー・マーケターで、現在は京都造形芸術大学マンガ学科の学科長を務めている。

ほかのメンバーも、筆者が調べた限りではゲームメーカー、あるいは関連業種の出身という情報はまったく見付からなかった。唯一、冒頭の写真に登場していただいた副会長の沈海峰氏だけは、「China Joy Cup」(※)の主催運営団体でもあり、eスポーツ事業を手掛ける企業のCEOであることがわった。

※筆者注:中国最大、アジア最大規模のeスポーツ競技大会。「China Joy」とは、上海で毎年開催されるゲームの展示イベントのことで、日本における東京ゲームショウのような存在。

ゲーム業界関係者が、中国出身の沈氏以外に誰もいないのに、協会を設立したのはいったいなぜだろうか? 取材に応じていただいた、同協会の評議員である青木一世氏にお話を伺ったところ、その答えは以下のようなものだった。

「我々の立ち上げメンバーの中には、法人格を持っている者がおりまして、そこでこれまでに海外での大会運営や会場の施工、クラブチームの設立から運営・管理から教育に至るまで、eスポーツ関連ビジネスを手掛けてきた経緯がございます。また、各国のパブリッシャーやディベロッパー、リーグ連盟ともつながりがありますので、さまざまなeスポーツ関連のサミット、カンファレンスにも参加しています」

つまり、まったくの素人集団ではなかったのだ。ちなみに法人格とは、青木氏が持つ上海にある法人格の団体や、鴨志田氏が代表取締役を務める作戦本部などを指し、すでにChina Joyなどでeスポーツ運営を手掛けた実績、ノウハウを持っているそうだ。また、協会のメンバーが集まった経緯については、「元々仲の良かった者同士が、日本の問題に対して熱い思いを持ち、日本のために全力で行動できる方々が集まりました」(青木氏)という。

さらに青木氏によれば、海外で開かれたサミットやカンファレンスでの実体験などがきっかけとなり、協会を設立したとのことだった。

「海外では、『日本のeスポーツってどうなってるの? どう発展しているの? 市場が盛り上がっていないのはなぜ?』などとよく聞かれるんですよ。日本でも大会を開きたい、ソフト・ハード事業を進出させたい、(プロゲーマーの)チームを作ったり出資をしたいという関係各社がたくさんおられるのですが、まだ市場が成り立っていないんですね。海外の方々とは、海外からの目線だけで日本のことを話す機会がたくさんあったのですが、そのような場では日本の評判がすごく悪かったんです」

「そこで、我々が日本人として、自国のeスポーツ産業に対して他国からいろいろと言われてしまう、もどかしさを解決していこうと考えました。我々が持っている、さまざまノウハウや海外とのつながりを広げれていけば、今まで以上に選手たちに海外経験を積ませることができますし、eスポーツの認知度向上にもつながるだろうと。海外で言うところのeスポーツを、いかに日本に普及させるか、協会を通じた公益性をもったうえで、問題などを解決させながらやっていこうと。協会を設立したのは、そういう経緯がございます」(青木氏)

esports促進協会のホームページより。「国際ネットワーク」についての事業説明などが書かれている(筆者撮影)
esports促進協会のホームページより。「国際ネットワーク」についての事業説明などが書かれている(筆者撮影)

中立の立場で、選手第一を信条に

JeSUは数多くのゲームメーカーが会員として名を連ねているの対し、JEFの会員やスポンサーになったと発表したメーカーは、今のところ1社も存在しない。

この件について青木氏に質問したところ、「eスポーツは、野球やサッカーなどのメジャーなスポーツとは大きく違う点がありまして、野球やサッカーは世界共通のルールであり、誰のものでもありませんが、eスポーツ(で使用するゲームは)企業のものです。ですから、我々が協会としての色をそこに付けるのは良くないことであると思っております。なぜ我々は一般社団ではなく、一般財団にしたかと言いますと、いかに公益性、中立性を保てるかを考えた結果なんですね」

「eスポーツで使うゲームは、はやり廃りの移り変わりが激しいんです。もし協会で公認をしたタイトルがあって、そのディベロッパーなどが協会内に関係者としていた場合は、流行が終わった時にどう対処すべきなのか、そこに偏ってしまう恐れがあり、そのタイトルを使用せざるを得ない状況になってしまうので、それを避けたかったんですね。ですから、メーカーさんにはお声掛けをしていませんし、するつもりもありません」(青木氏)

青木氏は、海外にはJeSUのような運営体制を持つeスポーツ団体は、基本的に存在しないことも併せて指摘した。

「世界中で人気を集める、eスポーツのゲームのディベロッパーが、国のeスポーツ協会の中に加盟することは、海外ではまずないんです。それがあるのは、おそらく日本ぐらいしょう。JeSUさんには、いろいろなメーカーやCESA(一般社団法人コンピュータエンターテインメント協会)関係などの方々がいらっしゃって、そのメーカーのゲームだけをずっとやっている印象がありますが、我々は海外で言われている、世界中で認知され、大きな市場規模を持つメジャータイトルを使用した、本当のeスポーツを日本に普及させたいんです」

海外の話ばかりが続くが、もし逆に日本発祥のゲームが世界的な人気を博し、やがてeスポーツ大会を新たに開く計画が生じた場合は、JEFがサポートをする態勢を用意してくれるのだろうか?

「もちろんです。世界的なニーズや熱量を考えたうえでタイトルを選定していますので、日本だからという線引きはまったくしません。我々が今までやってきたのが、たまたま国外のeスポーツだったというだけのことですから」(青木氏)

また青木氏は、「我々の活動は、常に選手目線第一でありたいと考えております。プロの選手だけでなく、サークル活動をする学生さんも含め、何が欲しい、どうしてほしいという意見を何度もお聞きしていますし、すでに実務レベルで動いていることもたくさんあります」と、JEFではプロゲーマーだけでなく、アマチュアをサポートする活動を行っていることも明かした。

「親とか周囲の友人への認知を広げるための協力もしますし、もし収入が足りないというのであれば、国内外のスポンサーの斡旋や海外のイベントを紹介するシステムの構築など、選手と企業とをつなぐ橋渡しになることも考えております。また、選手の認知度向上のための選手名鑑も現在無償で作成中です。ほかにも、いくつかの海外のeスポーツ学科を持つ学校などに教員・教材の提供もやっていますし、京都造形芸術大学では、『eスポーツは何か』という授業も始めております」(青木氏)

青木一世氏(左)と沈海峰氏(筆者撮影)
青木一世氏(左)と沈海峰氏(筆者撮影)

オリンピックに向けた活動は「時期尚早」

JeSUは昨年、アジア競技大会のeスポーツ(デモンストレーション競技)に参加する日本代表選手を派遣した。そもそもJeSUが設立されたのは、将来eスポーツがオリンピックの正式競技になった場合に選手を派遣できるよう、3団体が合併する形で誕生した経緯がある。

そこで素朴な疑問がわく。これからJEFが国際大会への選手派遣を本格的に始めると、JeSUの活動と競合するのではないだろうか? 2014年には、日本バスケットボール協会が2つの国内リーグを統合できず、国内統括団体の機能を果たしていないという理由から、国際バスケットボール連盟から加盟の資格を一時剥奪され、対外試合を禁止される処分を受けたことがある。これと同じことが、将来eスポーツでも起きるリスクが生じるのではないだろうか?

青木氏は、JEFでは以下のようなスタンスであることを説明した。

「ゲームには暴力的表現が多いものがあり、またゲームが企業のものになっていることが問題が壁となっているので、オリンピックでeスポーツが正式競技になるのはまだまだ先のお話です。以前から、eスポーツ先進国のみなさんが何度もIOC(国際オリンピック委員会)に声掛けをしても動かないのは、こういう理由があるからなんですね。ですから日本国内においても、『オリンピックのために、JOC(日本オリンピック委員会)に加盟しなければ』とアクションを起こすのは、まだ早過ぎるというのが私どもの考えです。それ以前に、国内には認知度や市場の拡大、PC離れや学術研究の不足など、多くの問題を我々の協会で解決していきたいと思っていますので、まだJOCに加盟する必要はありません」

つまり、現時点でJOCへの加盟を目指す考えはないということだ。

「もしJOCが本気で動いた場合は、必ず国から指示が出るでしょうし、仮に我々が今、JOCに加盟をしたところでIOCは一切動きません。ですから、我々は一切ここに着眼点を置いておりません。アジア競技大会などでは、同じ国に団体が複数あっても選手派遣は可能ですし、もっと言えば我々の協会ができる以前から、日本の選手たちは海外の大会に参加していますから、我々がいるおかげで日本の選手が海外の大会に出られなくなるようなことは一切ありません。もし我々の存在によって、選手が国際大会に参加できなくなったとしたら、それこそ大問題であると重々理解したうえで動いております」(青木氏)

「東京eスポーツフェスタ」は、本当に「eスポーツ」なのか?

また青木氏は、前述したJeSUが実行委員会に名を連ねる、「東京eスポーツフェスタ」のについても言及した。

「『東京eスポーツフェスタ』は、日本国内のコンテンツしか使用しないんです。『eスポーツ』という言葉を、このイベントに対して使用したことによって、『東京都がeスポーツと定めている内容はこれなのか』ということが海外に知れ渡ることで、私は後々すごく大きな問題になるのではないかと思っています」(青木氏)

どうやら青木氏は、「東京eスポーツフェスタ」の内容にご不満があるようだ。

「先日、中国の海南島で行われた、テンセントによる大きなeスポーツの発表会に参加したのですが、そこでは『日本は政策や法律の問題によってeスポーツの普及が妨げられていることも含め、世界で主流になっているタイトル以外でeスポーツを実施しているがために、日本のユーザーにはeスポーツの浸透度が低く、単なる趣味の範ちゅうから抜け出せてないのが現状であり、大きな問題である』と報告されていました」(青木氏)

「海外でこんな評価をされたままで、はたして世界大会が誘致できるのでしょうかと言えば、できないんです。これでは日本でやる意味がないですから。この状況を最速で解決する方法は、世界中で人気の海外メジャータイトルのコンテンツを日本市場で普及させることです」(青木氏)

4月12日に掲載した拙稿、「なぜ、東京都はeスポーツの予算を計上したのか? 担当者に聞いてみた」でもご紹介したが、東京都は産業振興という観点から「東京eスポーツフェスタ」を企画した経緯がある。この点においても、青木氏は疑問を呈した。

「そういうやり方をするであれば、『ゲーム大会』と言っていただきたいですね。『eスポーツ』という言葉自体の線引きが難しい面は確かにあるのですが、海外で認識されているeスポーツと、日本国内のコンテンツしか使わない、東京都が主催するeスポーツとは違いますので、「東京eスポーツフェスタ」と言っても海外の人には絶対に通じません。せめてタイトルを、産業振興であることを名目としたものにすれば良かったなとは思いますが」(青木氏)

4月25日、JEFはホームページにて上海にeスポーツの提携施設を今夏オープンすると発表した(筆者撮影)
4月25日、JEFはホームページにて上海にeスポーツの提携施設を今夏オープンすると発表した(筆者撮影)

今後は大規模なイベントの開催や、eスポーツ関連施設の設置も視野に

では、今後JEFは具体的にどのような活動をする予定なのだろうか?

「メジャータイトルを使った、複数のイベントの準備を進めています。もうすぐリリースできると思いますが、そのうちのひとつとして、大規模なものを国内で開催する予定です。他国を交えた、国際大会の決勝大会を日本で開催することも計画しています」(青木氏)

また、JEFは上海に提携したeスポーツ館を今夏オープンさせることをすでに発表しているが、国内にも同様の施設を作る予定があるそうだ。

「なぜ中国、上海なのかと言いますと、サッカーならヨーロッパ、バスケットボールならアメリカが強いのと同じで、eスポーツは中国が最先端の強豪国ですから、中国と連携しないと世界のeスポーツ市場から遅れを取ることになってしまうんですね。別に上海に施設があるからと言って、我々はそこで何かと癒着しているわけではありませんし、新しい利権団体でもありません」(青木氏)

「海外にはゲームセンター感覚で気軽に行ける、オープンスペースのeスポーツ館が身近にあるのですが、そういう環境を日本でも作っていければと思っています。我々は海外でいろいろ作った経験がありますので、そのお手本になれればいいなと。やり方はいろいろあるのですが、基本的にはプロ選手が世界レベルのトレーニングができて、小・中規模の大会ができるスペースやイベントブースを用意するですとか、実況・解説や審判員の訓練もできる配信スペースや、それに対する教員・教材の配置も含め、一般の方にも使用できる環境を整えた施設を、プラットフォームのひとつとして展開する予定です」(青木氏)

「我々が最も大切にしなければいけないのは、ユーザーのみなさんでありコミュニティです。そこに対して、eスポーツ市場での利権や企業の思いによって、選手に影響を与えるようではダメだと思っています。選手たちが、eスポーツに対して夢を持ちやすい環境を作ることが、我々の大きな目的であり、世界に羽ばたいていけるためのルート作りも現在行っております。プロ・アマを問わず、すべての方々が、『日本のeスポーツも変わったなあ、参加しやすくなったなあ』と安心して夢を目指せる環境作りを進めてまいりますので、もし我々が何か協力できることがありましたら、ぜひお声掛けをしていただければと思います」(青木氏)

はたしてJEFの試みは、これから日本のeスポーツ市場の拡大や、プレイヤーの競技スキルの向上など、どのような影響を及ぼすのだろうか? 何はともあれ、現時点ではホームページやTwitterで発信した情報があまりにも少ないので、より詳しい続報の発表が待たれるところだ。

(一般財団法人 日本esports促進協会)

http://j-ef.or.jp/

ライター/日本デジタルゲーム学会ゲームメディアSIG代表

1993年に「月刊ゲーメスト」の攻略ライターとしてデビュー。その後、ゲームセンター店長やメーカー営業などの職を経て、2004年からゲームメディアを中心に活動するフリーライターとなり、文化庁のメディア芸術連携促進事業 連携共同事業などにも参加し、ゲーム産業史のオーラル・ヒストリーの収集・記録も手掛ける。主な著書は「ファミダス ファミコン裏技編」「ゲーム職人第1集」(共にマイクロマガジン社)、「ナムコはいかにして世界を変えたのか──ゲーム音楽の誕生」(Pヴァイン)、共著では「デジタルゲームの教科書」(SBクリエイティブ)「ビジネスを変える『ゲームニクス』」(日経BP)などがある。

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