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「赤ちゃんの産み分け」って本当にできるの?産婦人科医によるマジメな解説

重見大介産婦人科専門医 / 公衆衛生学修士 / 医学博士
(写真:アフロ)

赤ちゃんの産み分け、考えてみたことはありますか?

妊娠を希望している人の中には、「女の子(または男の子)がいいな」と、赤ちゃんの性別に個人的な希望を持っている人もいるかと思います。

その希望を持つに至った理由は様々でしょうが、実際に産み分けはできるのかどうか気になる人は多いでしょう。

「産み分け」を希望する理由はさまざま

産み分けができたらいいなと思う理由は、主に以下の4つに分けられます。

1. 特定の性別の子どもがほしいという個人的な希望

2. 性別の観点でバランスのとれた家庭を実現するため

3. 遺伝性疾患の回避

4. 生物学的に男女間で発生率が異なる病気を避けるため

1. 特定の性別の子どもがほしいという個人的な希望

特定の性別の子どもを希望する場合、長子のことだけの場合もあれば、すべての子どもを対象とする場合もあります。

また、背景に存在する理由も様々であると考えられます。

例えば、家名を継承する子どもを望む、高齢の両親を支える子どもを望む、家族内で財産を継承する子どもを望む、同じような興味を共有できる同性の子どもを持ちたいと望む、などがあるでしょう。

他にも、親や兄弟などの同性との関係がうまくいかなかったために、どちらかの親が異性の子どもを強く望む場合もあります。

1993年に米国のクリニックを対象に行われた調査では、産み分けを希望するカップルの80%以上が男性の子どもを希望していました。(文献1)

しかし、2007年の調査では、出産前の女性が一方の性を他方の性よりも好むことはなかったことが報告されています。(文献2)

時代とともに社会のおける価値観も変化することが一般的ですが、近年では赤ちゃんに望む性別にそこまで極端な偏りはないのかもしれません(もちろん国によって異なるとは思います)。

2. 性別の観点でバランスのとれた家庭を実現するため

一方の性別の子どもが1人以上いる夫婦は、家族の「バランス」をとるために、もう一方の性別の子どもを持つことを強く希望することがあると研究でも報告されています。(文献3)

子どもの性別に関する希望を評価するために2006年に米国で実施されたウェブアンケートでは、1,100人を超える回答者の半数が「男の子と女の子が同数の家族を望む」と答え、7%が女の子よりも男の子を多く望み、6%が男の子よりも女の子を多く望み、5%が男の子だけを望み、4%が女の子だけを望み、27%が特に希望はないと回答しました。(文献4)

日本と米国では文化や思想が異なりますが、「家族のバランス」についてもこのように様々な「親の好みや希望」が存在することは確かでしょう。

3. 遺伝性疾患の回避

夫婦のどちらかが遺伝子変異や染色体異常を持っており、重い病気が子どもに遺伝する可能性がある場合に、性別を選ぶことでその疾患を避けられる可能性があります。

例えば、X染色体の異常に関連する遺伝性疾患は数百種類あり、その多くは生まれながらにして重症となったり亡くなったりしてしまう可能性を持っています。こうした疾患は出生児の約1,000人に1人の割合で起こりますが、ほとんどの場合、これらの疾患は男児にのみ発症します。

夫婦のうち女性がそのX染色体異常を有していた場合、男児を妊娠することでその染色体異常によって生まれつきの疾患を発症してしまうリスクがあるのです。

このため、上記のような特殊な状況に置かれている夫婦の場合、特定の性別を希望することは極めて妥当だと考えられます。

4. 生物学的な男女間で発生率が異なる病気を避けるため

一部の疾患は、男女間で発生率が異なります。

男性に起きやすい疾患には、自閉症スペクトラム障害(ASD)、幽門狭窄症、ヒルシュスプルング病などがあります。一方で女性に起きやすい疾患としては、乳がん、全身性エリテマトーデス、バセドウ病などがあります。

夫婦で持っている持病や、上の子どもが持っている疾患などによっては、次の子どもの性別が特定の疾患の発症リスクに影響する場合があるため、産み分けを望むことが起こり得ます。

妊娠するときに性別はどうやって決まる?産み分けは可能?

胎児の性別は、卵子(X染色体を持つ)に、X染色体とY染色体のどちらを持つ精子が受精するかによって決まります。この過程は様々な要因に影響されますが、どのような妊娠でも男児が生まれる確率は約51%で、この確率はほぼ一定であり、上の兄弟・姉妹の性別や親の年齢には影響されないことがわかっています。(文献5、6)

それでは、何らかの手段によって産み分けをすることは可能なのでしょうか。

以下では、「科学的に確実性が高い方法」「科学的根拠がなく効果の期待できない方法」に分けて、現時点で得られているエビデンスに基づいて解説していきます。

(1) 科学的根拠に基づいた確実性の高い産み分け方法

産み分けのための技術として、科学的根拠に基づくものとしては以下の2種類があります。

・着床前遺伝学的検査(PGT)+胚移植

・フローサイトメトリーによる精子分離

これらは、特殊な技術を用いることで、着床前に染色体を調べて性別をあらかじめ判別したり、精子に特別な処理をすることでX染色体を持つものとY染色体を持つものに分ける方法です。

性別を特定する上での確実性は高く、技術的にもほぼ確立されています。

ただし、上記の手段を誰もが自由に使えるわけではありません

特に着床前遺伝学的検査に関しては、倫理的な観点でまだ議論が続けられていますし、各国で法整備が異なっているのが現状です。

なお、これらの方法は日本において「単なる親の好み」で産み分けのために実施することはできませんので注意してください。日本産科婦人科学会においても、産み分けを目的とした着床前遺伝学的検査(着床前診断)は認めていません。

(2) 科学的根拠がなく効果の期待できない産み分け方法

一方で、明確な科学的根拠がないにもかかわらず「産み分け可能」として謳われている方法も存在します。

代表的なものを以下に紹介します。

・妊娠前の食事やサプリメント

これは、カルシウムとマグネシウムの摂取量を増やすことで女児を授かる確率を高めることができ、一方で男児を授かる確率を高めるためにはナトリウムとカリウムの摂取量を増やすことが有効である(かもしれない)という非常に古い理論に基づいています。

しかし、これにはきちんとしたエビデンスがなく、実際に有意な差を持って産み分けができるというデータはこれまでのところありません。(文献7)

・セックス時の工夫

Shettles(シェトルズ)法と呼ばれるものでは、赤ちゃんの性別に排卵とのタイミング、 体位、ペニスの挿入の深さ、女性のオーガズムが関係するとしています。これは1960年代に提案された方法ですが、今でもこれをベースにした宣伝や広告をよく見かけます。

この方法の主張では、Y染色体を持つ精子は動きが速い一方で、X染色体を持つ精子ほど長くは生きられないという理論に基づいていますが 、科学的に厳密なデザインで実施された研究では、排卵とセックスのタイミングは胎児の性別に影響しないことがわかっています。(文献8)

また、ペニスの深い挿入、一部の体位、女性のオーガズムにより、Y染色体を持つ精子が卵子に受精しやすくなるという主張に基づいていますが、この仮説はきちんとデータで裏付けられたことがありません。

つまり、古い理論をベースとした主張に過ぎず、実際に「この方法で高い確率で産み分けを実現できた」という大規模なデータを示す研究は一つも報告されていないのです。

・アルカリ性/酸性ゼリー

産み分けの確率を高めるために、腟内の酸性/アルカリ性をコントロールすることが有効であるという主張も散見されます。これも、多くはShettles法に基づいていますが、セックスのタイミングや体位などと同様で大規模なデータで実証されたことはありません。

腟内に注入するゼリー(アルカリ性や酸性に傾けるため)も販売されていますが、それらが産み分けに有効であると示された科学論文は認められず、世界各国の専門学会で公式に支持しているところはありません。

結論:現在のところ夫婦の工夫で産み分けはできません

これまで書いた説明をまとめると、

・精度の高い産み分けの方法はあるが倫理的な観点等から実施が厳しく制限されている(特定の特殊な疾患を有する夫婦などに限定)

・市販のサプリメントやセックスの工夫、ゼリーなどで産み分けは期待できない(実際に有効だとする科学的根拠はない)

というのが科学的に考察した場合の結論となります。

産み分けを希望する方の期待に応えられず申し訳ない気持ちではありますが、誤解を招くような宣伝や謳い文句が至るところに溢れる時代です。

少しでも正確な情報のもとで、お腹に宿る新しい命そのものを慈しむために、ぜひ限りある時間をお使いになっていただけることを願っております。

*本記事では「産み分け」や「性差」、「遺伝性疾患」などに触れていますが、いずれも科学的な解説をする意図であり、特定の思想等を主張するためではありません。

参考文献:

1. Beernink FJ, et al. Fertil Steril 1993; 59:382.

2. Missmer SA, et al. J Assist Reprod Genet 2007; 24:451.

3. Pennings G. Hum Reprod 1996; 11:2339.

4. Dahl E, et al. Fertil Steril 2006; 85:468.

5. Biggar RJ, et al. Am J Epidemiol 1999; 150:957.

6. Ein-Mor E, et al. Fertil Steril 2010; 93:1961.

7. Stolkowski J, et al. Int J Gynaecol Obstet 1980; 18:440.

8. Wilcox AJ, et al. N Engl J Med 1995; 333:1517.

産婦人科専門医 / 公衆衛生学修士 / 医学博士

「産婦人科 x 公衆衛生」をテーマに、女性の身体的・精神的・社会的な健康を支援し、課題を解決する活動を主軸にしている。現在は診療と並行して、遠隔健康医療相談事業(株式会社Kids Public「産婦人科オンライン」代表)、臨床疫学研究(ヘルスケア関連のビッグデータを扱うなど)に従事している。また、企業向けの子宮頸がんに関する講演会や、学生向けの女性の健康に関する講演会を通じて、「包括的性教育」の適切な普及を目指した活動も積極的に行っている。※記事は個人としての発信であり、いかなる組織の意見も代表するものではありません。

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