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「妊娠は病気じゃない」はもう非常識、妊婦に起きる5つの変化を知っておこう

重見大介産婦人科専門医 / 公衆衛生学修士 / 医学博士
(写真:アフロ)

妊娠は「病気」じゃない、けれど「正常な状態」でもない

妊娠は子どもを産むために必要なプロセスの一つであり、昔から「妊娠・出産は病気ではない」という考え方をされてきたように思います。

現代でもこれが残っており、職場や家庭内などで冷たい言葉を投げかけられ、心身の負担を抱えながら辛さに耐えている妊婦さんは少なくないのではないでしょうか。

確かに、妊娠は「生理的な変化」で、出産は「治療するものではない」と考えれば、病気ではないと言えるでしょう。

しかし、産婦人科医の目線で見ると、これは決して「我慢して当たり前、文句を言うのは甘えだ」といったような考えとイコールにはなりえません。

妊娠中には様々な身体的・精神的変化が起きます。(文献1)

それは大なり小なり女性自身へ負担やストレスをかけ、(個人差はあれど)お腹の中にいる赤ちゃん(胎児)を何ヶ月間も心配する日々を送ることになります。

そして、合併症など大きなトラブルが発生する危険性と常に隣り合わせなのです。

妊娠中に起こる心身の変化とは?

それでは、妊娠中に起こる変化にはどのようなものがあるのでしょうか。

全てを列挙することはできませんが、妊婦さん以外にも多くの方に知っておいていただきたいものを中心に5つ解説します。

ぜひ、パートナー、ご家族、そして職場の同僚や上司の方も、妊娠中にはこうした変化があることを知っておいてほしいと思います。

*なお、妊娠中に起こる「産科合併症」については本記事で詳しく取り上げません。ご了承ください。

(1)身体感覚(味覚や嗅覚など)の変化

妊娠すると、多くの人に味覚や嗅覚など感覚の変化が起こります。

これは個人差が非常に大きく、一概に何がどう変化するとは言えませんが、特に妊娠初期の「つわり」の時期に合わせて顕著になります。

しかし、「つわり」がおさまった後も感覚の変化が残る場合もあります。

こうした感覚の変化によって、妊娠前に好きだった味や香りが苦手になったり、感覚過敏でストレスを感じやすくなることがあります。

一緒に住んでいるパートナーやご家族は特に、食事や洗濯洗剤、消臭剤、香水などの香りには気を遣っていただけたら幸いです。(個人差が大きいので、ご本人と相談して環境を整えてあげると良いでしょう)

また、妊娠中でも合併症や妊娠経過の異常が指摘されていなければ、基本的にパートナーとのセックスをしても問題ないと考えられています。(文献2)

しかし、中には「あまり気が乗らない、妊娠前のように快感になれない」といった性的な感覚の変化を感じる妊婦さんもいます。それは、おかしなことではありません。

パートナーはきちんと妊娠中の気持ちを聞いて、相談した上でコミュニケーションを取るようにしてくださいね。

▼参考記事(産婦人科オンラインジャーナル)

妊娠中のセックスは安全?注意点は?陣痛を起こす?妊娠中のセックスに関する最新情報まとめ

(2)胃の不快感やムカムカ、胸焼け

妊娠初期につわりがあると、胃のムカムカや吐き気が1日中ずっと消えない人もいます。

つわりの時期は、食事を無理に1日3食と決めず、少量を複数回に分けて食べるなどの工夫をしてみましょう。

ちなみに、つわりは個人差が非常に大きく、重症化すると毎日が本当に辛いものとなります。そして、脱水や電解質異常により、ときに命の危険に及ぶことさえあります。中絶や自殺を考える人もいるくらいです。

「つわりくらい我慢してよ」という周囲からの一言は、妊婦さんをひどく傷つける可能性があります。このことを、ぜひご理解いただければと思っています。

また、妊娠中期になると子宮はだいぶ大きくなり、骨盤内にある腸が押されたり、胃が下から圧迫されたりするようになってきます。

こうした物理的な影響によっても、消化不良になりやすく、便秘や胃のムカムカ、胸焼けを感じる人が多いです。

なお、黄体ホルモン(プロゲステロン)というホルモンの影響でも、こうした症状が出てきたり悪化したりすると考えられています。

食事の際に、普段より少量しか食べられない、時間がかかる、食後に気分が優れないなどを妊婦さんが口にすることは、決してわがままではありません

パートナーや友人の方も、こうした変化があることを頭に置いて、ペースを合わせるなどして接してあげてくださいね。

▼参考記事(産婦人科オンラインジャーナル)

産婦人科医が伝えたい「つわり」の正しい知識と対応

(3)トイレが近くなる

妊娠期間を通して、尿意をもよおす回数が増える(頻尿)傾向にあります。

妊娠初期には主にホルモンの変化によって、妊娠中期から後期にかけては大きくなった子宮により膀胱(尿が溜まる袋)が圧迫されることで、頻尿になると考えられています。

このときに、「頻繁にトイレに行くのは面倒だから水分をあまり取らないようにしよう」と考えるのは危険です。

妊娠中は普段より膀胱炎になりやすいことがわかっており、水分摂取を減らしてトイレを我慢していると、膀胱炎になる危険性が上がってしまいます。

また、血液中に血の塊ができてしまう病気(血栓症と言います)も、妊娠中は注意が必要ですので、脱水にならないようなるべく水分はしっかり取るようにしてくださいね。

妊娠経過が安定していれば、無理のない範囲で外出したり運動をすることは基本的に問題ありません。(文献3)

気分転換にもなりますし、体力維持のためにも体を動かすことは大切です。

しかし、トイレが近くなりやすい、また我慢することは膀胱炎のリスクになることなどを理解して、移動や時間に余裕を持った外出プランを立てましょう。

なお、妊娠中から継続した骨盤底筋トレーニングをすることで、妊娠後期から産後にかけての尿もれリスクを減らすことができます。(文献4)

ぜひ、妊婦健診で骨盤底筋トレーニングをしても問題ないか、どんな方法が良いのか、などを聞いて、実践してみましょう。

(4)息切れしやすく疲れやすい

妊娠すると、ホルモンの変化や、子宮によって横隔膜が圧迫されるなどの影響により、一回の呼吸で吸い込もうとする空気量が増えたり、息切れをしやすくなります。また、妊娠中は貧血になりやすいため、知らずのうちに貧血となっていて息切れや疲れやすさを感じることもあります。

同時に、動悸を感じやすいという妊婦さんも少なくありません。

こうした変化は妊婦さんの多くに認められるため、必ずしも「異常」や「病気」と扱われるわけではありませんが、日常生活ではこうした変化が起きていることを認識した上で、無理のないペースで行動するようにしましょう。

パートナーやご家族も、こうした影響によって家事や歩くなどのペースが遅くなることを理解し、それに合わせて接してあげるようにしてくださいね。

なお、

・少し歩いただけでも息切れがひどくて苦しい

・疲労感が強く家事すらままならない

などの場合には、重度の貧血や心臓に負担がかかっているなどの心配があるため、早急にかかりつけの産婦人科に相談しましょう。

(5)気分のムラや落ち込み

妊娠中は、精神的な変動もみられやすくなります。

初期ではホルモンの急激な変化やつわりに加え、安定期に入るまで流産への不安も少なからずあり、精神的に不安定な状況となる女性が多いように感じます。

中期以降になると少し落ち着いてくる傾向にありますが、今度は胎動を感じ始める時期になるため、ふとしたときに「胎動を感じられないことへの不安」が強まってくる場合もあるでしょう。

なお、「産後うつ」という言葉を耳にしたことがある方は多いと思いますが、実は妊娠中でもうつとなる危険性はあります

妊娠中でも15%前後の女性にうつが認められたとする日本からの報告もあり、決して稀なことではありません。(文献5)

特に、

・気分が落ち込む、憂鬱になって泣いてしまうことがある

・小さなことによく悩まされたり、何をしても楽しくないと感じる

などの症状は注意した方が良いサインです。(文献6)

うつは自殺のリスクであることがわかっていますが、妊娠中に自殺を図った日本の妊婦さんを調査した結果、6割の人ではそれまでに精神的な疾患の診断を何も受けていなかったことが報告されています。(文献7)

たとえ妊娠前に精神的な疾患を持っていなくても、妊娠中の精神状態には注意が必要だと言えるでしょう。

パートナーがおおらかに余裕のある心構えで接することは、長い妊娠生活を乗り越えるためには大事です。しかし、妊婦さんはこうした気分の変動や胎児への不安を常に抱えている可能性があることも、念頭に置いていただければ嬉しいです。

もし、上記2つのどちらかに当てはまるようなら、「これは"うつ"の徴候かも?」と考え、早めにかかりつけの産婦人科へ相談してくださいね。

▼参考記事(Yahoo!ニュース個人)

ぜひ全ての男女に知ってほしい、周産期うつについて。

働く妊婦さんは「母健連絡カード」の活用を

母性健康管理指導事項連絡カード(母健連絡カード)は、働く妊婦さんを対象とした制度の一つです。

医師から妊婦さんへの健康指導事項を、事業主に適切に連絡するために使われます。母健連絡カードには、妊娠中の症状やその標準的な対処方法について示されており、事業主はその指導内容に基づいて、必要な措置をとることが義務付けられています

また、厚生労働省により、新型コロナウイルス感染に対する措置に対しても母健連絡カードの適応が認められています

本措置の対象期間は、2022年1月31日までとなっています。(2021年2月時点)

ぜひ、母子の安全と健康を守るため、有効に活用してくださいね。

▼参考資料

新型コロナウイルス感染症に関する母性健康管理措置について(厚生労働省)

新型コロナウイルス感染症に関する母性健康管理措置等に係る特別相談窓口について(厚生労働省)

妊婦さんと次世代の子どもを守るためにできること

本記事では、「明らかな病気や合併症ではないけど、妊娠中に悩まされる変化や症状」に注目して解説しました。

こうした情報は、なかなか忙しい妊婦健診でゆっくりと聞く機会がないかもしれません。

しかし、約10ヶ月に及ぶ妊娠生活のなかで、このような心身の変化や症状への理解や対処はとても重要です。

そして、妊婦さん自身だけでなく、パートナーやご家族、そして職場の理解が大切であることをお伝えしました。

妊婦さんが周囲の無理解に苦しんだりストレスを抱えることなく、笑顔で快適に出産までの10ヶ月間を過ごすことができ、それを社会全体が見守ってあげられる国

日本がそんな風になれば嬉しいなと思っています。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

参考文献:

(1)ACOG. FAQ. Changes During Pregnancy.

(2)NHS. Sex in pregnancy.

(3)ACOG. FAQ. Exercise During Pregnancy.

(4)Woodley SJ, et al. Pelvic floor muscle training for prevention and treatment of urinary and faecal incontinence in antenatal and postnatal women. Cochrane Database Syst Rev. 2017.

(5)Tokumitsu K, et al. Prevalence of perinatal depression among Japanese women: a meta-analysis. Ann Gen Psychiatry. 2020.

(6)Whooley MA, et al. Case-finding instruments for depression. Two questions are as good as many. J Gen Intern Med. 1997.

(7)Shigemi D, et al. Suicide attempts during pregnancy and perinatal outcomes. J Psychiatr Res. 2021.

産婦人科専門医 / 公衆衛生学修士 / 医学博士

「産婦人科 x 公衆衛生」をテーマに、女性の身体的・精神的・社会的な健康を支援し、課題を解決する活動を主軸にしている。現在は診療と並行して、遠隔健康医療相談事業(株式会社Kids Public「産婦人科オンライン」代表)、臨床疫学研究(ヘルスケア関連のビッグデータを扱うなど)に従事している。また、企業向けの子宮頸がんに関する講演会や、学生向けの女性の健康に関する講演会を通じて、「包括的性教育」の適切な普及を目指した活動も積極的に行っている。※記事は個人としての発信であり、いかなる組織の意見も代表するものではありません。

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