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蘇る「伝説のライブ」と「封印されたフェス」。『オアシス:ネブワース1996』『サマー・オブ・ソウル』

柴那典音楽ジャーナリスト
(画像提供:ソニー・ミュージックレーベルズ)

■スマートフォンもSNSもない時代の熱狂

9月23日、映画『オアシス:ネブワース1996』が公開される。90年代〜00年代のイギリスを代表するロックバンド、オアシスがキャリア絶頂期の96年8月10日、11日に開催したネブワース公演の模様を収めた一作だ。

集まった観衆は2日間で25万人。映画には破竹の勢いで成功を収めたバンドの姿が生々しく描かれている。94年8月にデビューアルバム『オアシス』をリリースしたバンドは瞬く間にスターダムを駆け上がり、翌95年10月にリリースされた『モーニング・グローリー』では全世界で2200万枚以上の記録的なセールスを実現。一躍音楽シーンのトップに君臨するロックバンドとなる。「世界一ビッグなバンドになる」という野望をわずか2年で実現させたオアシスが巻き起こした社会現象の象徴とも言えるのが、当時の野外コンサートの動員記録を更新したネブワース公演だ。

映画は260万人以上がチケットを申し込んだというチケット争奪戦の模様から始まる。序盤は会場設営やリハーサル、バスや車や電車で郊外の会場に向かうファンの姿などを映しつつ、約110分ほどの本編はほとんどを実際のライブステージの映像で構成している。演奏の合間にはノエル・ギャラガーとリアム・ギャラガーを筆頭に、メンバーや関係者、そしてライブに訪れたファン一人ひとりが当時を思い返すコメントを挟み、ライブの時代背景や意義を追体験することのできる作りになっている。

中でも印象的だったのは、「スマホなんてない時代だった」と当時を振り返るファンのコメントだ。「自分の居場所や行動をSNSで知らせるより、ライブに没頭して時間を忘れる方がいい。歌いたいから歌う。投稿するためじゃない」と語っている通り、10万人以上がスマホを持たず大合唱している光景は今ではなかなか見られないものだろう。

映画の”本当の主役”は、バンドと言うよりもむしろあの場にいた観客や、ラジオ放送を通じてライブを聴いていた当時のファンである、とも言える。

■50年封印されていた祝祭

そして、現在公開中、大きな評判を巻き起こしているライブ・ドキュメンタリー映画が、『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』だ。

『オアシス:ネブワース1996』には同公演を69年に行われた伝説的なフェスのウッドストックになぞらえるファンのコメントもあったが、『サマー・オブ・ソウル〜』は実際にその69年の夏に行われた「ハーレム・カルチュラル・フェスティバル」の模様を伝える作品。

 ニューヨークのハーレム地区にあるマウント・モリス公園で無料で行われ、B.B.キング、スティーヴィー・ワンダーやスライ&ザ・ファミリー・ストーン、ニーナ・シモンなど豪華アーティストが出演、6回の週末でのべ30万人を動員した同フェス。黒人音楽の一大祭典として盛況を集めるも、撮影された映像は当時の放送局や映画会社の興味を集めず、フィルムは長らく地下室に眠っていたという。

ザ・ルーツのドラマーとして、またプロデューサーやDJとしても活躍するアミール“クエストラブ”トンプソンが初監督をつとめた『サマー・オブ・ソウル〜』も、実際のステージの模様に出演アーティストや関係者、参加していた観客のコメントを挟む形で構成されている。

丁寧に復元されたカラフルな映像からは、グルーヴィーで迫力に満ちた歌や演奏だけでなく、フェスを楽しみ熱狂する観客の模様も生々しく伝わってくる。

また、映像からそこから浮かび上がってくるのは、公民権運動の盛り上がりから68年のキング牧師暗殺などを経て大きく揺れていた当時の社会情勢だ。現在のブラック・ライブズ・マター運動にもつながるフェスの意義を、ファッションなど当時のブラック・カルチャー全般にも焦点を当てながら伝える。

コロナ禍で長らくフェスや大規模コンサートが制限される昨今。映画を観ると「音楽を楽しむために大勢が集まる」興奮への本質的な欲求も呼び覚まされるだろう。

音楽ジャーナリスト

1976年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。京都大学総合人間学部を卒業、ロッキング・オン社を経て独立。音楽を中心にカルチャーやビジネス分野のインタビューや執筆を手がけ、テレビやラジオへのレギュラー出演など幅広く活動する。著書に『平成のヒット曲』(新潮新書)、『ヒットの崩壊』(講談社現代新書)、『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)、共著に『ボカロソングガイド名曲100選』(星海社新書)、『渋谷音楽図鑑』(太田出版)がある。

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