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ストリーミング時代のヒットとは? 変化する音楽業界のビジネスモデル

柴那典音楽ジャーナリスト
(2月28日現在/Billboard JAPANの発表をもとに著者作成)

■ヒットの基準は100万枚から1億回へ

日本の音楽市場においても、いよいよストリーミングサービスが普及期に入ってきた。

日本レコード協会は、先日、2019年の音楽配信売上高を発表した。その数字の推移からは、ここ1〜2年で、Apple Music、Spotify、LINE MUSICなどサブスク(定額制)のストリーミングサービスの売上が急速に拡大し、存在感を増していることが伺える。

発表によると、2019年の音楽配信売上は前年比10%増の706億円で、6年連続のプラス成長を達成。

(一般社団法人日本レコード協会の発表をもとに筆者が作成)
(一般社団法人日本レコード協会の発表をもとに筆者が作成)

その内訳は、ストリーミングが前年比33%増の465億円。配信売上に占めるシェアは66%で、ダウンロード(12%減の224億円)の約2倍となっている。

(一般社団法人日本レコード協会の発表をもとに筆者が作成)
(一般社団法人日本レコード協会の発表をもとに筆者が作成)

一方、CDやDVDなどの音楽ソフト市場は2291億円と前年比5%減。音楽市場全体の売上高は前年比2%減の2998億円となっている。

(一般社団法人日本レコード協会の発表をもとに筆者が作成)
(一般社団法人日本レコード協会の発表をもとに筆者が作成)

日本ではCDの占める割合がいまだ高いゆえに音楽市場全体では横ばいの推移が続いているが、すでにストリーミングの占める割合が大半となった海外各国ではここ数年でマーケット全体も大幅な伸びを記録している。おそらくこの先は日本の音楽市場も拡大傾向に向かうだろう。

サブスク時代となったことで、CD時代にかわる新たな「ヒットの基準」も生まれている。

かつてはミリオンヒットという言葉が象徴するように100万枚という売上の数字がヒット曲の一つの目安となっていた。しかし、今は、あいみょん「マリーゴールド」やOfficial髭男dism「Pretender」、King Gnu「白日」などの楽曲が達成した1億回というストリーミング総再生回数の数字がその目安となっている。

Billboard JAPANの発表によると、2020年2月28日現在で、全11曲がストリーミング国内総再生数1億回を突破している。

(2月28日現在/Billboard JAPANの発表をもとに著者作成/「打上花火」と「宿命」は1億回突破日不明)
(2月28日現在/Billboard JAPANの発表をもとに著者作成/「打上花火」と「宿命」は1億回突破日不明)

なかでも、Official髭男dism「Pretender」と、あいみょん「マリーゴールド」の2曲は、2020年に入り2億回を突破。ロングヒットを記録している。

これらの楽曲が、実際に世の中で「流行っている」「売れている」という実感を持っている人も多いだろう。

2016年に上梓した拙著『ヒットの崩壊』では、こう書いた。

 「最近のヒット曲って何?」

そう聞かれて、すぐに答えを思い浮かべることのできる人は、どれだけいるだろうか? よくわからない、ピンとこないという人が多いのではないだろうか。

 かつてはそうではなかった。昭和の歌謡曲の時代も、90年代のJ-POPの時代も、ヒット曲の数々が世の中を彩っていた。毎週のヒットチャートを見れば、何が流行っているのか一目瞭然だった。テレビの歌番組が話題の中心にあった。

 でも、今は違う。シングルCDの売り上げ枚数を並べたオリコンのランキングを見ても、それが果たして何を示しているのか、判然としない。流行歌の指標がどこにあるのかわからない。それが今の日本の音楽シーンの実情だ。

出典:『ヒットの崩壊』(講談社現代新書 2016年)

そこから3年が経ち、日本の音楽シーンにおいても流行歌の指標がクリアに示されるようになったのが2019年だったと言える。

■音楽業界のビジネスモデルの変化

こうした状況を、メジャーレーベルはどう捉えているのか。

それを知る機会となったのが、先日に開催されたイベント「ライブ・エンターテイメントEXPO」にて行われた「メジャーレーベルの制作チームが語る!サブスク時代における新しい『ヒットの法則』」と題したセミナーだった。

筆者がモデレーターを担当したセミナーで、登壇いただいたのは、株式会社ワーナーミュージック・ジャパン執行役員/株式会社CENTRO代表取締役の鈴木竜馬氏と、株式会社ポニーキャニオン ミュージッククリエイティヴ本部副本部長の後藤篤氏。ワーナーミュージックはあいみょん、ポニーキャニオンはOfficial髭男dismが所属しているレーベルだ。

左からワーナーミュージック・ジャパンの鈴木竜馬氏、ポニーキャニオンの後藤篤氏、筆者 提供:ライブ・エンターテイメントEXPO
左からワーナーミュージック・ジャパンの鈴木竜馬氏、ポニーキャニオンの後藤篤氏、筆者 提供:ライブ・エンターテイメントEXPO

ただ、お二方に語っていただいたのは、ヒット曲の制作の裏側や方法論と言うよりも、ストリーミングサービスが普及し過渡期を迎えている音楽業界において、メジャーレーベルの強みや直面している課題など、より広い視点からの話が中心となった。

1つ目のポイントは、一度売れたら終わりのCDに対し、一つの作品が繰り返し聴かれることで利益を生み続けるストリーミングサービスが主流となることで、音楽ビジネスのあり方が変わってきているということ。

鈴木氏はスマートスピーカーを例に挙げ「子供や若い世代だけでなく、上の世代の人たちが音楽をもっと気軽に沢山聴ける環境を作っていくことが大事」と指摘し「これからの時代、アーティストが長いスパンで売れることが大切なビジネスモデルになる」と語った。後藤氏も「過去に所属していたアーティストが活躍し注目を集めることもプラスとなるため長く応援していきたいという考え方が生まれている」と、旧譜カタログの存在感が増していることを語った。

2つ目のポイントは、レーベルとアーティストとの関係性が変わってきているということだ。かつてはアーティストがCDを全国各地に流通するためには、レコード会社に所属する必要があった。しかし、今は、TuneCoreやThe Orchardなどディストリビューターのサービスを用いることで、メジャーデビューせずともレーベルやアーティスト個人がSpotifyやApple Musicなどに楽曲を自由に配信できるようになった。

そんな中、メジャーレーベルの果たすべき役割について、

「アーティストのパートナーとなって進むべき指針を提供する」(後藤氏)

「アーティストだけでは辿り着けないところに導く制作の知見を持っていないといけない」(鈴木氏)

と、両氏は語った。

インディペンデントな形態で活動するアーティストが世界中に音源を届けることができるようになった現在。だからこそ、メジャーレーベルにはアーティストを様々な側面からサポートし、育て、成功に導く役割が求められるようになっている。さらに言えば、一過性のヒットよりも、アーティストの長期的なブランディングが重要となっている。

両者の指摘からは、そうした音楽業界のビジネスモデルの変化が感じられた。

音楽ジャーナリスト

1976年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。京都大学総合人間学部を卒業、ロッキング・オン社を経て独立。音楽を中心にカルチャーやビジネス分野のインタビューや執筆を手がけ、テレビやラジオへのレギュラー出演など幅広く活動する。著書に『平成のヒット曲』(新潮新書)、『ヒットの崩壊』(講談社現代新書)、『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)、共著に『ボカロソングガイド名曲100選』(星海社新書)、『渋谷音楽図鑑』(太田出版)がある。

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