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【栃木SC×徳島ヴォルティス】レビュー 異なるスタイルで好調の2チームの対戦。ピッチで起きていた現象

柴村直弥プロサッカー選手
この試合も最後の砦となりゴール前で身体を張って幾度となく徳島の攻撃を抑えた田代(写真:松尾/アフロスポーツ)

 ここまでリーグ最少失点の栃木SCと、リーグ最多得点の徳島ヴォルティスの一戦。相反するとも言える明確なスタイルを持つ両チームの対戦は、結果は1-0で徳島が勝利し、得点こそ最小得点であったが、お互いのスタイルがぶつかり合う、見応えのある一戦となった。

試合ハイライト動画

両チームのスタイルも踏まえながらピッチで起きていた現象を紐解いていく。

2トップを縦関係にした形からプレスをかけようとした栃木

 栃木は、基本的には4-4-2のシステムで攻守共に行うが、プレッシングは相手のビルドアップ時の立ち位置や方法によっても変化していく。この日は、序盤の栃木の選手たちの立ち位置を見ると、おそらく事前のスカウティングで、徳島がビルドアップ時には3-1-1-4-1(前節は2トップ)のような形になることが多いため(守備時は基本的に4-4-2になる)、栃木は、2トップの明本(背番号8)、大島(背番号19)が縦関係になり、3バックの中央と、その前の1(ボランチの片方)を見て、3バックの両サイドには、サイドハーフが出てきてプレスに行く、というイメージを持っていたと思われる。

相手を見ながら立ち位置を変えていった田向と西谷和希

 それに対して、徳島の方は、試合開始時には3バックの左に位置する田向(背番号2)がいつもどおり内側のポジションを取り、西谷和希(背番号24)が左サイドタッチライン際に張るような動きを見せたが、その後徐々に西谷和希が内側に入っていき、田向が左サイドタッチライン際で高い位置を取るシーンが増えてくる。この動きにより、栃木の右サイドハーフの森(背番号18)は徳島のセンターバックのデュシャン(背番号3番)へプレスに行き、空いた田向に対して、右サイドバックの溝渕(背番号15)がずれてくるが、内側に入っていく西谷和希を見ていたため、少し遅れる。

 こうしたズレからプレスに行っても剥がされる恐怖感やプレスがハマらない感覚もあってか、栃木は少しずつだが思い切ってプレスに行けなくなってきた。

 試合開始から序盤は、栃木の前線からの猛烈なプレッシングに徳島も自陣深い位置からなかなか前にボールを運べない時間帯もあったが、徳島の選手たちがピッチ上で立ち位置を流動的に変えていったこともあり、徐々に徳島がボールを前に運べるようになってくる。飲水タイムの少し前、前半18分あたりからは徳島が相手陣内でボールを保持し、栃木が自陣で守備する時間が増えてきた。

 この田向や西谷の試合中の立ち位置の変化について、試合後に質問を受けた徳島のリカルド・ロドリゲス監督は「もちろんその形はチームのオプションとしてあるが、ピッチの中で選手たちが状況を見て判断したことで、彼らだけでなく、他の選手たちも自分のポジション以外のところで立ち位置を変え、その立ち位置でどのような役割が求められるかとしっかり理解しているため、今日のような試合運びが出来たと思う」とコメントしており、就任4年目となるリカルド・ロドリゲス監督のスタイルがチームに浸透してきて、選手たちがピッチ上で自分で適切な判断が出来るようになっていることがうかがえる。

ビルドアップから意図的にボールを前に運んでいった徳島

 前半の38:46からのシーン。徳島の最終ラインにダブルボランチの岩尾(背番号8)と小西(背番号7)が下りてボールを保持していた中で、栃木の両ボランチの後ろにいた渡井(背番号10)がボランチの前まで下りてきてボールを受ける。プレスバックに来た相手をいなすようにもう一度ボールを下げ、さらに立ち位置を変えてボールを引き出し、ターンして前向きの状態になった。

 渡井が前向きになった後に栃木のボランチもプレスに行くも、先に前を向いている渡井のほうが優勢な状況で、ドリブルで前に進んで行く。左サイドに張っていた田向も関わって、相手のペナルティエリアのラインも越えて深い位置までボールを運んだ。田向が一度戻すも渡井が良いタイミングで裏へ抜け出し、小西の絶妙なパスからペナルティエリア内まで侵入する。

 この攻撃はビルドアップから始まっているが、ポイントは、岩尾、小西の両ボランチが本来のポジションである中央を離れて最終ラインに近い位置まで下りたことで空けた中央のスペースに、渡井が下りてきてボールを受けたところだろう。立ち位置を変えながらビルドアップをしていく中で、あえて中央を空け、そこへ渡井が入ってくる。一度受けて戻した後にもう一度渡井はスペースへ移動してボールを引き出す。これによって、栃木のプレスにズレが生じ、栃木は若干遅れてプレスに行ったがために渡井にドリブルでかわされ、前にボールを運ばれることとなる。

 この他にも、40:23や42:35からのシーンにも見られたデュシャンから西谷和希に縦パスが入ったシーンなども、決定機まではいかなかったが、相手の守備網をかいくぐって意図的にボールを前に進められた場面である。

 このように相手の守備の強度や立ち位置、プレスの仕方を見ながら、自分たちの立ち位置を適切に変えていき、守備のズレを生み出すことでスペースを作り、そこを逃さずについていく、というのは、徳島の攻撃のスタイルと言える。

後半開始から猛然とプレスをかけた栃木

 それに対して栃木の方は、序盤は強烈なプレッシングを浴びせるも、徐々に下がらざるを得なくなってきていた中で、後半はキックオフから猛然とプレスをかけていく。外されても2度追い、3度追いをして、徳島のビルドアップに時間を与えない。

 後半の48:27からのシーンでは、明本からプレスがスタートする。デュシャンから徳島GK上福元(背番号21)へのバックパスをデュシャンの位置からそのままプレス。外されるも3度追い。その間に他の選手たちも押し上げてくる。渡井にプレスに行った西谷優希(背番号14)が、渡井からデュシャンへのバックパスに対しても、そのまま渡井へのパスコースを切りながらプレスに行く。上福元までボールを下げさせ、そこへさらに明本。そして、石井(背番号5)に出たところへ山本(背番号17)、岸本(背番号15)へは瀬川(背番号6)がプレスに行き、ボールを前に進ませない。岸本から上福元に再び戻したところに再び明本がプレスをかけて上福元の判断を迷わせたことで森がインターセプト。最後は山本がシュートを放った。

 得点にこそならなかったが、プレスをかけ続けたことで生み出されたチャンスである。

お互いの持ち味がぶつかり合った末の決着

 栃木の強烈なプレッシング、徳島の洗練されたビルドアップから立ち位置を変えながら突破していく攻撃、相反するお互いの持ち味がぶつかり合った試合、結果を決めたのはセットプレーからだった。

 ショートコーナーから繋ぎ、小西の左足から放たれたボールは美しい軌跡を描いてゴール左上隅に吸い込まれた。クロスがゴールに入ったわけではない。あの場面ではクロスが入ってくる可能性が高いため、GKがクロスを予測するのは必然であるが、小西はその裏をかいてシュートを選択した。試合後の小西のコメントからも分かるように、狙っていた形であった。

 この得点シーンに限らず、前半のCKからの岩尾のボレーシュート、後半の西谷和希のシュートのように、徳島はあらかじめ準備していたデザインされたセットプレーで何度かゴールに迫っている。小西のゴールも相手の位置を見ながら素早く始めたショートコーナーからだった。これも事前にデザインしていた形だろう。それが実を結んだ。

 栃木もセットプレーから決定的なチャンスがあった。後半立ち上がり、46分にあった田代(背番号30)のヘディングシュートだ。相手の前へ入ろうとする動きを見せた後に動きを変え、相手DFの間に走り込んでフリーになった。そこへピンポイントで合わせた明本のキックも素晴らしかったが、田代の動き出しも見事だった。強烈なヘディングシュートはクロスバーの下を叩き、惜しくもゴールラインを割ることは出来なかったが、あと一歩というところまでゴールに迫っている。

 

 この試合の唯一のゴールもセットプレーからであり、ゴールに迫るシーンも多くはなかったが、両チームのこれまで積み上げてきたスタイルや戦術的観点に着目すると、非常に見応えのある試合内容であったように思う。

 栃木のリーグ屈指である強烈なプレッシングをかいくぐってボールを前に進め、ゴールまであと一歩というところまで迫れていた徳島としては、栃木のプレスの中でもこれまで取り組んできていたことがピッチで表現出来た、勝ち点3に加えてポジティブな試合内容だったと言えるだろう。

 それに対して、栃木の方も負けはしたが決して悲観する内容ではなかった。特に後半立ち上がりの強烈なプレッシングは、ビルドアップを得意とする徳島に対しても脅威であった。中3日で試合に臨んだ徳島に対して、連戦が続いている中での中2日でコンディション調整や準備期間が少なかった中、リーグ屈指の攻撃力を持つ徳島相手にここまで戦えたことはチームとして積み上げてきた成果だろう。そして、この戦いで得た経験は次節以降のチームの力になって、プレッシングをより強力な武器とし、田坂監督もコメントしていた「良い守備から良い攻撃」に繋がっていくことだろう。

 洗練されたお互いのスタイルを真っ向からぶつけ合い、両チームが得た経験は大きい。栃木SC、徳島ヴォルティスの今後の戦いも目が離せない。

戦術ボードを使用しながらこの試合を動画で解説

プロサッカー選手

1982年広島市生まれ。中央大学卒業。アルビレックス新潟シンガポールを経てアビスパ福岡でプレーした後、徳島ヴォルティスでは主将を務め、2011年ラトビアのFKヴェンツピルスへ移籍。同年のUEFAELでは2回戦、3回戦の全4試合にフル出場した。日本人初となるラトビアリーグ及びラトビアカップ優勝を成し遂げ、2冠を達成。翌年のUEFACL出場権を獲得した。リーグ最多優勝並びにアジアで唯一ACL全大会に出場していたウズベキスタンの名門パフタコールへ移籍し、ACLにも出場。FKブハラでも主力として2シーズンに渡り公式戦全試合に出場。ポーランドのストミールを経て当時J1のヴァンフォーレ甲府へ移籍した

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