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安倍元首相銃撃事件への怒りが、在日コリアンに向かうとき

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
安倍元首相の銃撃を受け配られた号外。(写真:西村尚己/アフロ)

8日午前、奈良県内で安倍元首相が銃撃され、心肺停止の重態となっている。参議院選挙期間中に起きた民主主義を破壊するテロ行為に怒りを覚え、安倍元首相の回復を願っている(8日午後6時追記、安倍元首相の死亡が確認された)。

その上で、事件の一報に触れた際に強烈に感じた、とある「危惧」について記しておきたい。

携帯電話に飛び込んできた速報を目にして、すぐにツイッターのアプリを開いた。そして以下のように書き込んだ。直感的に「もし、外国人や外国にルーツを持つ人物にる犯行だった場合、とんでもないことになる」と思ったからだ。

背景には、1923年9月1日に起きた関東大震災の「記録」がある。当時、「朝鮮人が井戸に毒を入れた」などの流言飛語により多数の朝鮮人が日本の市民や官憲により虐殺された。

そして日本で災害が起きるたびに似たようなデマがツイッター上で流れ、良識ある人たちによって通報され否定されることが繰り返されてきた。

最近の記憶では、21年2月の福島県沖地震の際に在日コリアンと「井戸」が結びつけられ、騒動となった。

必ず同じようなデマ騒動が起きる。ツイッターで実際に「在日」と検索すると、今回の事件の犯人と在日を結びつけるような書き込みが既にたくさん出ていた。もう一度、書き込んだ。

このツイートにはたくさんの反応があった。大半は「同じ事を思った」という同意であったが、他に「人格を疑う」「韓国人が嫌いな一例」という否定的な意見も見られた。

とりわけ多かったのが「今言うことではない」という指摘だった。安倍元首相の容態や容疑者について分からないのに、安易なことを言うなというものだった。

ははあ、今ひとつ意味が伝わっていないのだな、と思い続けてこう書き込んだ。

一連のツイートをしている間、寄せられた反応には「あなたの発言が逆に日本に住んでいる外国人に迷惑をかける」という趣旨のものもあった。外国人の当事者からもメッセージが来た。いらぬ刺激をするな、というものだ。

こんな指摘を受けると一瞬ひるんでしまいそうだが、これも不安の裏返しである。日本社会が外国人に対し持つ「危うさ」を意識し認識しているからこそ、それを刺激することを恐れるのだと思う。

だが、状況が不確かだからこそ、先回りしてデマが流れないようにするのが大切なのではないだろうか。

犯人が奈良県在住の日本名を持つ人物、さらに元自衛官と判明しても「通名ではないか」としつこい内容も多い。

そしてこんな「不安」は筆者だけでのものではないことも明らかになっている。特に在日コリアンや日本在住の外国人からも同じような声が少なからず出ている。

一方で、今回もまた良識あるユーザーの方達が、こんなデマを流すアカウントを通報してくれている。

それにしても、いつまでこんなイタチごっこが繰り返されるのだろうか。元首相の銃撃という重大事件を受け、日本社会を今後しばらくの間、自粛と萎縮ムードが包むだろう。そしてその鬱憤がふたたび外国人に向く可能性もある。

だからこそ、どんな事件が起きても要らぬ心配をすることがないように、普段からマスメディアや政治家、そしてSNSプラットフォーム業者が注意を喚起していくべきだろう。

京都のウトロ放火事件が示すように、常に良識が勝つとは限らないからだ。

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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