韓国で『済州4.3事件特別法改正案』が成立、被害補償・名誉回復などに大きな弾み

20年4月『済州4.3事件』犠牲者追念式で黙祷する文在寅大統領夫妻。青瓦台提供。

韓国現代史に残る大きな傷の一つ、「済州4.3事件」。21年ぶりに関連法が改正され、犠牲者の治癒や名誉回復、韓国社会での正当な位置づけに向けた大きな一歩を踏み出した。

●「とても重要な前進」

韓国の国会は26日の本会議で『済州4.3事件真相究明および犠牲者名誉回復に関する特別法改正案』を可決した。在席229人(定数300)中、賛成199,反対5,棄権25票だった。

『済州4.3事件』とは

1948年4月3日から54年9月まで済州島で続いた、島民と軍・警察との間に起きた闘いと鎮圧の過程だ。通称では『済州4.3事件』と呼ばれるが、今はまだ正式な名称がない。

当初は済州島の住民が「警察や右翼組織による弾圧への反対」や「南北同時選挙の実施」さらに「米軍政の拒否」を掲げ蜂起した。これに韓国政府が「焦土化作戦」と呼ばれる激しい弾圧を加え、住民を巻き込んだ殺戮劇が起きた。

その後1950年に朝鮮戦争が始まると、政府は「4.3」に加担したとされる人物を北朝鮮に協力する恐れがあると無差別に殺害しもした。7年7か月のあいだ、全島人口の10分の1にあたる25,000人から30,000人が亡くなったと推定されている。

詳細な説明は筆者による過去の記事を参照いただきたい。

「済州4.3事件」70周年を迎えた韓国の今 −国家による暴力と分断を越えて(18年4月)

https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20180404-00083567/

「済州4.3事件」犠牲者遺族会などが米国の責任を問う書簡を提出 −米大使館側は受け取りを「延期」(同)

https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20180408-00083725/

'国家による暴力'...「済州4.3」から72年、鈍い解決への歩み(20年4月)

https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20200403-00171325/

このたび成立したのは、2000年に成立した『済州4.3事件真相究明および犠牲者名誉回復に関する特別法』を改正したものだ。

昨年7月27日に先に発議されていた『済州4.3特別法全部改正案』を党・政府・青瓦台(大統領府)で修正したもので、昨年12月18日に与党の李洛淵代表などにより国会に発議されていた法案とほぼ同様の内容となる。

改正法の要点について韓国メディアでは、▲受刑人の名誉回復、▲賠償・補償に関する「慰謝料などの特別支援」、▲追加の真相究明調査の3つを挙げている。

長年、「済州4.3事件」の研究に関わってきた『済州4.3研究所』の金恩希(キム・ウニ)理事は27日、筆者の電話取材に対し「これまでの『4.3特別法』は真相究明に焦点が当てられていたが、改正法には名誉回復や補償といった新しい内容が入った。とても重要な前進だ」と評価した。

「4.3平和公園」内にある行方不明者3825名の碑。名前が刻まれている。朝鮮戦争(50〜53年)のさ中で記録が失われた犠牲者も多い。18年3月、済州島で筆者撮影。
「4.3平和公園」内にある行方不明者3825名の碑。名前が刻まれている。朝鮮戦争(50〜53年)のさ中で記録が失われた犠牲者も多い。18年3月、済州島で筆者撮影。

●軍事裁判の被害者を一括で再審

それぞれを見ていく。まず、受刑者の名誉回復については「済州4.3事件」当時、一般裁判や軍法会議(軍事裁判)を経て収監された犠牲者(被害者)に対する再審をスムーズに行う手続きをとる。

これは、政府機関の『済州4.3事件真相究明および犠牲者名誉回復委員会』が法務部の長官に対し、一括で(一般裁判の場合には個別再審を勧告)再審を勧告するというものだ。これを受けた法務部長官は職権をもって済州地方検察庁の検事に再審手続きを遂行するようにし、検事は関連する前例を尊重し、再審手続きを進める。

これにより、以前は3年近くかかっていた再審申請および再審決定までの期間が大幅に短縮される。

昨年12月7日には、済州地方法院(裁判所で)で、一般裁判に対する再審無罪が言い渡され、同21日には軍法会議(軍事裁判)に付され収監生活を送った犠牲者への再審無罪が宣告されるなどの前例を踏まえるため、再審の結果も犠牲者にとって有利なものとなる見通しだ。

なお、『済州4.3事件』当時、1948年12月に871人が、49年7月に1659人と二度に分けて合計2530人が軍法会議にかけられた。このうち、384人が死刑となり、ほかに無期懲役305人、懲役15年570人など重刑が課せられた。

昨年12月21日、無罪宣告を受けた裁判後、記者会見を行う被告たち。この日、韓国で初めて過去『済州4.3事件』当時、軍法会議に付され収監生活を送った人々への再審無罪が言い渡された。林宰成弁護士提供。
昨年12月21日、無罪宣告を受けた裁判後、記者会見を行う被告たち。この日、韓国で初めて過去『済州4.3事件』当時、軍法会議に付され収監生活を送った人々への再審無罪が言い渡された。林宰成弁護士提供。

●政府方針に従い「慰謝料」で決着

次に、慰謝料についてだが、これは2000年1月に公布された同法の18条を「犠牲者と決まった人物に対し、慰謝料などの特別な支援を講究し必要な基準を作る」と改正するものだ。

政府が被害者に慰謝料を支給するという画期的な内容だが、実は「慰謝料」という言葉をめぐっては議論があった。この言葉には「政府の責任があいまいだ」という指摘だ。

昨年12月、長く同事件の真相究明と名誉回復に取り組んできた『済州4.3研究所』が「名称を『犠牲者にたいする補償』と修正することを要求する」と書面で表明した。

同研究所はさらに「与党指導部と政府が協議する過程で犠牲者に対する『補償』が『慰謝料などの特別な支援』に希釈され、即時施行ではなく『支援を講究し、必要な基準を作るために努力する』と後退した」と指摘していた。

また同じ時期に「済州4.3」の問題解決に取り込む全国組織『済州4.3汎国民委員会』も声明を出し、「国家暴力に対する国家の法的な責任が存在するならば、これを法律用語で明瞭に確定させなければならない。政府は国家暴力に対する国家の賠・補償の原則を尊重し実践せよ」と主張していた。

昨年12月の時点で、韓国政府と与党そして『済州4.3事件遺族会』は「慰謝料の支給」とすることに合意していた。今回の法案でも結局「慰謝料などの特別な支援」という言葉に落ち着いた。

この過程について、前出の『済州4.3研究所』金理事は筆者に対し「見解の差が埋まった訳ではない。法案では遺族会が合意したように慰謝料のままだ」と説明した。なお、背景には文在寅政権で今回の法案が成立しない場合、次の政権ではどうなるか分からないという心理もはたらいたと、地元紙では解説している。

金理事はこう続ける。

「改正案に反対するということではなく、同意しながらもこの部分は指摘する必要があるという観点からの意見だった。政府はこれまで、朝鮮戦争などで国家の犠牲となった被害者に対し『補償』の名目を使わずに、『慰謝料』という言葉を使い金銭を支給してきた。今回もそれに合わせて『慰謝料』という言葉を使うもので、政府の『慰謝料という言葉を受け入れらないなら合意はしない』という姿勢を受け入れたものだ」。

なお、26日の『聯合ニュース』では、この点に関し、済州島を地域区とする与党の呉怜勲(オ・ヨンフン)議員による「慰謝料の概念上、賠償の用語が込められている」という説明を紹介している。

いずれにせよ改正法に従い、今後、行政安全部が慰謝料について内容や金額、支給方式、予算確保の方法などについて研究を行う。済州4.3事件の遺家族もこの過程に参加する。金理事は「既に研究が始まっている」と明かす。

研究が終わり次第、追加の立法や再度の法改正を通じ、該当部分を具体化させ2022年の支給を目指す、というのが政府の立場だ。韓国の企画財政部は慰謝料の支給に必要な予算を1兆5000億ウォン(約1400億円)と試算している。

疑わしい者を逮捕する「予備検束」の対象者250人以上が虐殺された「ソダルオルム」虐殺地跡。ここから下の池に死体が投げ込まれた。18年3月、済州島で筆者撮影。
疑わしい者を逮捕する「予備検束」の対象者250人以上が虐殺された「ソダルオルム」虐殺地跡。ここから下の池に死体が投げ込まれた。18年3月、済州島で筆者撮影。

●「名前を探す真相究明調査」

冒頭で言及したように、「済州4.3事件」はあくまで「事件」とされ、「5.18光州民主化運動(1980年)」や「釜馬抗争(1979年)」といった正式な名称を持たない。

改正法は、この部分での評価も確定させることになるだろう。なお、「今回の改正法は『済州4.3事件』の定義を以下のようにより明確にした」と韓国メディアは伝えている。

1947年の『3.1節』記念行事で、警察の発砲による民間人の死亡事故をきっかけに、抵抗と弾圧、1948年4月3日の蜂起から1954年9月21日の漢拏山禁足令の解除まで、武力衝突と公権力の鎮圧過程で民間人が集団で犠牲となった事件。

法改正により今後、「済州4.3事件真相究明および犠牲者名誉回復委員会」に、与野党がそれぞれ2人ずつ推薦する人物が委員として加わることになった。今後、追加で行われる真相究明調査は、『済州4.3平和財団』が行うことになる。

真相究明の内容についてだが、前出の呉議員は『聯合ニュース』に対し「受刑人が別の地域の刑務所に連れて行かれる際の過程と方式や、受刑被害者の相当数がどのように行方不明になったのかに対する調査」、そして「米国の機密文書解除を通じた米軍政文書へのアクセスを通じ、済州4.3事件初期の米軍政の役割を調査することに意味がある」と明かしている。

『済州4.3平和記念館』の入り口に置かれた白い石碑。「事件」ではない正式な名称を得た際に名が刻まれるという。18年3月、済州島で筆者撮影。
『済州4.3平和記念館』の入り口に置かれた白い石碑。「事件」ではない正式な名称を得た際に名が刻まれるという。18年3月、済州島で筆者撮影。

●遺族や関連団体も歓迎

法案成立は韓国社会で歓迎を持って受け入れられている。

方案成立後の26日、元喜龍(ウォン・ヒリョン)済州道知事、そしてオ・イムジョン『済州4.3遺族会』会長は共同記者会見を開き、「済州4.3特別法の制定(2000年)まで52年、そこからもう一歩を踏み出すのに21年の歳月がかかった。私たちが作ってきたこの道が、『4.3』の完全な解決につながるよう真心を尽くす」と明かした。

元知事はこの席で、「4.3犠牲者と遺族の痛みを治癒できる国家の次元での現実的な被害補償を実現し、真の過去事(過去の出来事)清算という皆の望みが成し遂げられるよう最善を尽くす」(聯合ニュース)と約束した。

また、オ済州4.3犠牲者遺族会長は「国が間違った行動を行った公権力に対する責任を認めることで、犠牲者と遺族に対する補償と名誉回復の道が開かれ、追加の真相究明調査を通じ、『4.3』の歴史的な真実を新たに究明できるようになった」(同)と述べた。

市民団体の声明も相次いだ。

『済州4.3平和財団』は「今回の4.3特別法の改正は、犠牲者の名誉回復と遺族の痛みを治癒する大きな一歩を踏み出したことに意味がある。韓国の過去事解決の模範的なモデルを作るために不断の努力を続けていく」(同)とした。

今後の課題は何か。前出の『済州4.3研究所』の金理事は、「スムーズに進行するのかが焦点。慰謝料の部分で金額や支給方法について、より大きな問題が持ち上がる可能性もある」と指摘した。

それでも今回の改正法の意味は大きい。金理事は電話取材の最後にこう強調した。

「政府による『全部改正法』という名の通り、もう一つの完全な『済州4.3特別法』が作られたと受け止めてよい。被害補償、名誉回復、トラウマセンターの建設などあらゆる内容が具体的に入った。とてつもない進歩だ」。

美しい島、済州島。島のあちこちに「4.3」にまつわる悲しい逸話とその痕跡がある。奥に見えるのが漢拏(ハルラ)山。18年3月、筆者撮影。
美しい島、済州島。島のあちこちに「4.3」にまつわる悲しい逸話とその痕跡がある。奥に見えるのが漢拏(ハルラ)山。18年3月、筆者撮影。