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「もはや方法がない」被害者・李容洙さんが’慰安婦’問題のICJ付託を日韓政府に訴え

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
16日午前、会見を行う元日本軍'慰安婦'被害者の李容洙さん。筆者撮影。

16日午前、ソウル市内で開かれた会見で元日本軍’慰安婦’被害者の李容洙(イ・ヨンス、92)さんは「日本軍’慰安婦’に関する両国間の全ての紛争」を日韓政府が国際司法裁判所(ICJ)に付託し、国際法に則った判決を受けることを訴えた。李さんはこれこそが「被害者中心的な解決」と力を込めた。

●涙で「完全な解決を」

この日、会見を主催したのは李さんが代表を務める「’慰安婦’問題ICJ回付推進委員会(以下、委員会)」。韓国内外の市民団体と国際法専門家が中心となった組織だ。その間、運動の中心となってきた「正義記憶連帯(旧、挺対協)」とは異なる。

会見の冒頭で李容洙さんは「私がやろうと言った」と述べ、国際司法裁判所(ICJ)への付託という判断が、あくまで李さんによるものだと強調した。

さらに、「韓国でも、日本でも、米国でも裁判をしたが、何の進展もない。私はもう年を取っているので、(亡くなった後に)他の(被害者)お婆さんに会って『今まで何をしてきたのか』と言われたら返す言葉がない」と、背景を説明した。時間がない、ということだ。

国際司法裁判所(ICJ)とは?

国連憲章により定められた国家同士の紛争を解決する司法機関で、提訴は紛争の当事国同士の合意がある場合にのみ可能となる。

裁判官は15人で、現在は日本人裁判官が1人いる。日韓政府間で訴訟となる場合には規定に従い韓国人裁判官が追加され16人となり、多数決で決定する(同数の場合は裁判所長の裁量)。

同機関の「判決」にあたる「勧告的意見」は判決と同様の権威を持ち、当事国はこれに従うことを求められる。

日本は2014年、調査捕鯨中止を求める豪州との訴訟で敗訴したことがある。韓国はこれまで一度も同裁判所に付託したことはない。

また、韓国は日本とは異なり、同裁判に付託された裁判に従う「強制(義務的)管轄権」を受託していないため、訴訟が成立するためには韓国側の同意が必要となる。

李さんはさらに、呼びかけ文を朗読(記事最後に全訳あり)した。「日本政府の行動は、巡査が刀を下げて歩いていた朝鮮が無法地帯だった時と変わらない」とし、1月8日の判決を例に挙げた。

ソウル地方裁判所は当時、日本軍’慰安婦’被害者の原告12人に対し、日本政府による1億ウォン(約950万円)ずつの賠償を宣告した。その後、日本政府の控訴放棄で1月23日に判決が確定したものの、日本政府が裁判自体を「国際法違反」として認めていない。

李さんはこうした状況を前に「お金が欲しい訳ではない、完全な(事実の)認定と謝罪を受けなければならない。これ以上は方法がないので、韓国政府が国際法で日本の罪を明かして欲しい。日本政府が過ちを悟り反省するように国際司法裁判所の判断を仰いでほしい」と訴えた。

さらに文大統領に対し「大統領が慰安婦問題を日本と共に平和裏に解決できるようにしてほしい」と涙ながらに訴えた。

その上で、「国際司法裁判所で公正な判断を受け、完全な解決をし、両国が互いを仇とせずに親しく過ごして欲しい」と述べ、日本の菅義偉首相に対しても「(韓国政府と)共に国際司法裁判所に行ってしっかりと(事実を)明かしましょう」と呼びかけた。

呼びかけ文を朗読後、頭を下げる李容洙さん。「文在寅大統領に会えるようにしてください」と記者団に伝えた。筆者撮影。
呼びかけ文を朗読後、頭を下げる李容洙さん。「文在寅大統領に会えるようにしてください」と記者団に伝えた。筆者撮影。

●日本大使館前「平和の少女像」も

会見では、委員会側からの国際司法裁判所への付託についての背景や見通しなどの説明があった。

延世大学法学研究院国際法担当の申熙石(シン・ヒソク)氏は、やはり1月8日の判決を例にとり、日本政府が「正当性を認めていない」中で、問題解決のための「救済」は遠いとし、日韓両国間の不信の溝が深まるだけとした。

今回の国際司法裁判所への付託という結論も、外交交渉や韓国内の裁判所の判決による問題解決が困難であると認識し、市民団体関係者や専門家と他の代案を探す中でたどり付いた結論だという。

申氏はまた、国際司法裁判所に付託する「日本軍’慰安婦’に関する両国間の全ての紛争」には、ソウル市の日本大使館前と釜山(プサン)市の日本総領事館前に設置された「平和の少女像」の問題、韓国の裁判所による日本政府の賠償判決など、文字通り全ての内容が含まれると説明した。

さらに、国際司法裁判所への付託に日韓政府が合意し裁判が行われる場合の意義や見通し、争点などについても言及した。

まず、裁判の持つ意味として、「’慰安婦’に関する膨大な資料、証言などを裁判記録として後世に残せる」点を挙げた。国際司法裁判所におけるあらゆる提出資料と口頭弁論はインターネットやテレビなどで生中継されるとし、’慰安婦’記録物を「ユネスコ世界記録遺産」に登載する運動を後押しするとした。また、日本軍’慰安婦‘被害者が法廷で証言を行う可能性もあると指摘した。

この日配布された報道資料で委員会側は、裁判では▲「平和の少女像」が領事機関の安寧を規定するウィーン領事関係条約を違反するのか、それとも表現の自由なのか、▲1965年の日韓請求権協定により個人請求権が放棄されたのか、▲韓国の裁判所が日本政府の裁判管轄権(主権免除)を違反したのか、▲ 日本軍’慰安婦’制度がILO(国際労働機関)の強制労働協約や人身売買禁止協約、戦争法などの国際法を違反したのか、▲さらに1905年の「日韓保護条約」などを通じた韓国(大韓帝国)の主権侵奪が当時の国際法を違反していたのかなどの「本質的な問題」を提起できるとした。

国際法の専門家、申熙石(シン・ヒソク)氏。16日、筆者撮影。
国際法の専門家、申熙石(シン・ヒソク)氏。16日、筆者撮影。

●「日本政府は国際法上の犯罪であった点を認めていない」

委員会側は判決(勧告)内容については「簡単に予測はできない」としつつも、「日韓の主張を一部ずつ受け入れる可能性が高く、これは’慰安婦’被害者たちにとって満足のいく結果になる余地が大きい」とした。

具体的に「日本軍による’慰安婦’制度が当時の国際法を違反した戦争犯罪、反人道犯罪として、賠償・謝罪・真相究明・歴史教育・記念館建立など法的な義務を負うとしつつも、個人の賠償請求権は1965年の日韓請求権協定により放棄され、韓国の裁判所は日本の主権免除を尊重すべき」といった内容になる場合、「日本政府の法的責任が認められ、謝罪や真相究明、歴史教育、記念館設立といった法的な義務を負うことになる」と例を挙げた。

そしてこの内容について、「日本政府はこれまで日本軍による’慰安婦’制度が当時の国際法上の犯罪であった点を認めていないため、国際司法裁判所でこれを認める場合に韓国政府と元’慰安婦’被害者たちは最大の勝者となる」と長所を指摘した。

当事国同士の合意が裁判実現の前提となるが、これについては「韓国政府は李容洙さんをはじめとする国内世論の要求を受け、日本政府にこれを提案できる」とした。

特に普遍的な女性の人権保障と未来志向的な日韓関係のために提訴が必要という国際的な共感を呼べる可能性が充分だとし、韓国政府に積極的な努力を求めた。

一方の日本政府に対しては「茂木外相や自民党の下村政調会長が国際司法裁判所への提訴を主張しているため、これを拒否する名分がない」と指摘した。なお、自民党外交部会も1月19日に国際司法裁判所への提訴を求める決議文を茂木外相に渡している。

委員会側はさらに、国際司法裁判所への提訴が「出口の見えない日韓関係を回復する突破口になり得る」という視点にも触れた。これは「国際司法裁判所の権威を借り、法的・合理的に日韓の紛争を解決する」(申氏)という狙いだ。

さらに李容洙さんをはじめ元’慰安婦’被害者たちは金銭的な補償のために訴訟を提起してきた訳ではない点を指摘し、先の1月8日の判決を日本政府が受け入れる可能性も少ないことから、国際司法裁判所こそが「被害者中心的な解決」をも可能にするという論理で、韓国政府への「決断」を促している。

会見には100人近い記者が詰めかけた。
会見には100人近い記者が詰めかけた。

●どう見るか

現時点で、国際司法裁判所への付託は、あくまで委員会側が提案しているものに過ぎない。この日、委員会側はすでに韓国の女性家族部を通じ、外交部や青瓦台に意志が伝わっていると説明した。

韓国外交部は16日午後、円満な解決のために最後まで努力する」とした上で、「元’慰安婦’被害者たちの立場をもう少し聞いて、国際司法裁判所へと提訴する問題は慎重に検討していく」とコメントした。

なお、この日までに李容洙さん以外の元’慰安婦’被害者の女性たちが国際司法裁判所への提訴を求めているのかは不明だ。委員会側は「被害者女性たちの声を尊重している」と回答するにとどめた。

筆者はこの日の会見後、事情に詳しい専門家A氏に話を聞いた。

A氏は「なぜ突然、国際司法裁判所なのかが疑問だ」としながら、「1億ウォンというお金での(1月の)判決の限界を感じた上に、判決後に韓国政府の動きが鈍い点が作用したのでは」と見立てた。会見後に委員会側は、今回の李容洙さんの決断は「1月の判決後に進めた話」という点を認めている。

A氏はまた「国際司法裁判所に付託するためには韓国政府が日本政府に合意を求める努力が必要になる。現段階ではこの努力を『問題をどう解決するのか』という方向に向ける方がより緊急な課題に思える。国際司法裁判所は時間もかかる」と明かした。なお、前出の申氏は「最低でも2,3年ほどかかるしもっと長くなる可能性もある」と今後を見通した。

さらにA氏は「韓国内で元’慰安婦’被害者に対する攻撃が激しくなっている。だからこそ、今は国際司法裁判所よりもこうしたバックラッシュにどう対応するのかに注力することも大切」と提案した。この日の会見では韓国テレビ局の記者が「極右団体が(元'慰安婦'被害者を)『売春婦』と主張しているがどう考えるか」という質問を李容洙さんにぶつけるシーンがあった。

筆者はこの日、会見に出席しながら李容洙さんの切迫した心情を痛いほど感じることができた。30年以上にわたって解決しない問題において、国際司法裁判所という「最後の手段」を取らざるを得ない点に納得いく部分がある。

一方で、ノーガードでの殴り合いの果てに何があるのかという不安もあるし、問題がさらに複雑になる可能性も否めない。時間がどれほどかかるのかも分からない。

結論としては「今すぐすべき事は何か」を考える他にないだろう。そしてそれは日韓首脳間の対話であることを、ここで強調しておきたい。

涙を拭う李容洙さん。筆者撮影。
涙を拭う李容洙さん。筆者撮影。

●[全訳] 李容洙さん呼びかけ文

李容洙さん呼びかけ文

文在寅大統領、そして尊敬する国民の皆さん、

この文章は私が話した内容を、『賠償と教育のための慰安婦行動』のキム・ヒョンジョン代表と、『慰安婦と共にする市民の会』のソ・ヒョクス代表が共に書き記したものを、私が検討したものです。

私は朝鮮の娘です。当時、朝鮮は無法地帯でした。日本の巡査が長い刀を下げて歩き回りながら、何でもやたらと奪っていき、言うことを聞かなければ刺して殴っていた時代です。 虎が来ると言っても鳴きやまない子供が、巡査が来ると言うとすぐに泣きやみました。 そんな時代に私も連れて行かれました。

年も幼く分別がないためその時は分からなかったが、やられてから、水曜デモに出て(日本政府の)「公式な謝罪」と「法的な賠償」を叫びながら、よくよく考えてみれば、その時は無法地帯だと言ったが、今も法がないのか(と考える)?なぜ私たちが30年間、同じスローガンを叫ばなければならないのか。

私は今まで、できる限りのことをしました。 世界中に行って証言もし、米国に行って決議案も通過させ、サンフランシスコに碑も建てました。裁判もしました。日本でも裁判をしました。ところが、日本は今もその無法振りを見せています。1回目は勝って、2回目は負けて、3回目は書類を黒塗りにしました。

そして韓国の裁判所に行きました。ところが日本は判決を無視しながら、控訴すらしないまま居直っています。あべこべに韓国の裁判所が国際法に違反したと言い張っています。今もアメリカでハーバード大の教授を使って嘘をついています。

私はお金をくれというのではありません。完全な認定と謝罪を受けなければなりません。もう方法がありません。韓国政府が、国際法で日本の罪を明らかにしてください。日本が過ちを悟って反省するよう、国際司法裁判所で判断を受けてください。国際司法裁判所で公正な判断を受け、完全な解決をし、両国間を仇とせずに親しく過ごしたいです。

私は切迫した気持ちです。もう時間がありません。私が(先に亡くなった元’慰安婦’被害者の)お婆さんたちの所に行って話せるように、大統領が韓国政府が国際法の判決を受けるようにしてほしいというのが最後の願いです。

私は日本のことがとても残念です。これから育つ両国の学生達は交流をして、互いに知り合い、親しくなりながら正しい歴史の勉強をしなければなりません。

言うまでもなく、両国がこの責任を負って国際裁判所に一緒に行きましょう。行って完全な解決をして、両国間で仇とならずに親しく過ごさなければならないでしょう?いつまでこんなにいがみ合うのですか。判決を受けて、完全な解決をした上で、仲良くなりましょう。そうしてこそ、私たちの子孫も安心して生きることができるのではないでしょうか。私は隣国と敵になりたくありません。解決して往来しながら親しくなりましょう。

大統領も被害者女性たちの意思を反映した解決が重要だと言ったではありませんか。被害者の意見とは何ですか。それは30年間ずっと叫んできた7つの要求事項(戦争犯罪の認定、真相究明、公式な謝罪、法的賠償、犯罪者処罰、歴史教科書への記録、追悼碑と資料館の建設)です。その中で最も重要なのが、責任の認定、公式な謝罪ということは、全国民が知っているではないですか。

大統領、

どうか、国連裁判所で国際法により'慰安婦'問題が判断を受けられるようにしてください。これから国際法で正式に認められて、日本がこれ以上国際社会ででたらめを言えないようにしてください。それが国際社会において私たちハルモニ(お婆さん)の名誉と人権を回復する道です。

大統領、切にお願いします。私が金学順姉さんや先立った方々に会って、日本の蛮行が国際社会で審判されるよう最善をつくしたので、これから皆さんは平穏に過ごしていいと言えるようにしてください。

大統領が私たちハルモニの意思が反映された解決のため、必ず努力してくださると固く信じています。私の願いです。

説にお願い申し上げます。

2021年2月16日

李容洙

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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