「李明博、朴槿惠赦免論」その後…消えた“統合”、浮上した“包容”

11日、新年辞を発表する文在寅大統領。青瓦台提供。

年が変わると同時に与党・李洛淵代表がぶち上げた2人の前職大統領の赦免論。激しい賛否議論の応酬の後に浮かび上がってきたのは、韓国社会が抱える「リアルな問題」だった。

●1月1日の衝撃

文在寅政権下で約30か月にわたり国務総理の重責を担い、昨年8月から与党代表を務めている李洛淵(イ・ナギョン)氏は今年1月1日、韓国メディアに対し「適切な時期に二人の前職大統領の赦免を文在寅大統領に建議する」と明かした。

次期大統領の有力候補の一人で、文在寅政権の「顔」の一人でもある李代表のこのひと言は、2021年年初の韓国政界、韓国社会を大きく揺るがした。

赦免対象の一人、李明博元大統領(イ・ミョンバク、在任08年2月〜13年2月)は昨年10月に横領や収賄で懲役17年が確定したばかりであったし、もう一人の朴槿惠前大統領(パク・クネ、在任13年2月〜17年3月)の判決はまだ確定しない状況(明日14日に最高裁判決がある)だったからだ。

李代表の発言に対し同じ与党議員からも「適切でない」、「納得いかない」と批判の声が上がった。さらに与党党員の多くも反対し、離脱者まで出た。こんな強い逆風を受け、3日になって李代表は「国民の共感」と「当事者たちの反省」を条件に付け、一歩引いた。

だが、両大統領ともこれまで反省の言葉を口にしていないということもあって、赦免をめぐる議論はくすぶり続けている。そうした中、文大統領の発言に興味深い変化があった。

●「統合」から「包容」へ

文大統領は今月7日に行った『新年の挨拶』で、新年を「回復の年」、「統合の年」、「跳躍の年」と位置づけた。

「回復」とは新型コロナウイルス感染症の克服を意味するものだ。「跳躍」は「世界で模範国家として認められた」(挨拶文より)韓国が、その勢いにのって経済回復を成し遂げ、気候変動への対応などで世界をリードするという意気込みを表す。

そして「統合」では「コロナによる格差を縮めるための努力」(同)を挙げつつ、より重要なものとして「心の統合」を強調した。その意味はこうだ。引用する。

コロナに対抗して傾けた努力を互いに尊重し合い、私たちが成し遂げた成果を一緒に認め自負し、より大きな発展のきっかけとする時、韓国社会はより統合された社会へと進むことができる。

これは日ごろ韓国社会に興味がある人にとっては膝を打つ表現であったはずだ。新型コロナ拡散の中でも韓国の与野党対立は収まることを知らず、最近ではワクチン確保をめぐり激しい争いを続けていたからだ。

李代表は「赦免建議」について「国民統合のための大きなカギになるだろう」とその目的を語っている。文大統領もまた、17年5月の就任時から「国民の統合」を掲げてきた。大統領府と党がタッグを組んで、統合すなわち国内保守派との対話や協力を深めていくものと見られた。

だが11日の文大統領による『新年辞』では「統合」という単語は一度も出てこなかった。重要度では新年の挨拶よりも遙かに格上の演説だ。

「統合の年」の代わりに出てきたのが「包容の年」という単語だった。文大統領はこう述べた。

国家経済が好転しても、雇用を回復し、小商工人·自営業者が受けた打撃を回復するにはさらに多くの時間がかかります。新型コロナでさらに深まった格差を縮める包容的な回復を遂げることが何よりも重要です。

「包容」の対象は新型コロナにより生活に大きな被害を受けた人たちとなる。これは文政権に批判的な保守層を「統合」の対象としたことからの大きな転換となる。

言わば今年の三大目標の一つがわずか4日の間に完全に入れ替わったこととなる。

【参考記事】

文大統領、新年の挨拶で「回復、統合、跳躍」を強調…新型コロナ克服念頭に

https://www.thenewstance.com/news/articleView.html?idxno=2956

[全訳] 文在寅大統領、2021年新年辞(2021年1月11日)

https://www.thenewstance.com/news/articleView.html?idxno=2960

●世論のシビアな反応

背景には、李代表の発言を受けた世論の反応がある。世論調査結果をいくつか紹介してみる。

1月5日のリアルメーター社による結果。赦免賛成(青色)47.7%、赦免反対(赤色)48.0%だ。同社提供。
1月5日のリアルメーター社による結果。赦免賛成(青色)47.7%、赦免反対(赤色)48.0%だ。同社提供。

1月5日に『リアルメーター』社が行った世論調査では「赦免に賛成」47.7%、「赦免に反対」48.0%とわずかに反対が上回った。

また、1月5日から7日にかけて『韓国ギャラップ』社が行った世論調査では「現政権で赦免すべき」37%、「現政権で赦免すべきでない」54%だった。

いずれの調査でも、両大統領が所属していた第一野党『国民の力』を支持する層の7〜8割が赦免に積極的に賛成している反面、与党支持者の7割が赦免に反対している。

1月8日のリアルメーター社による調査結果。「赦免が国民統合に寄与する」(薄紺)38.8%、「寄与することができない」(薄赤)56.1%だった。同社提供。
1月8日のリアルメーター社による調査結果。「赦免が国民統合に寄与する」(薄紺)38.8%、「寄与することができない」(薄赤)56.1%だった。同社提供。

続いて1月8日に『リアルメーター』社が行った「前職大統領の赦免が国民の統合に寄与するか」という調査では、「寄与する」38.8%、「寄与することができない」56.1%だった。

この結果でもやはり第一野党支持者の64.1%が「寄与する」と答えた一方、与党支持者の81.7%が「寄与することができない」と答えていた。

だが保守層(寄与する48.1%、寄与できない50.1%)と中道層(寄与する46.9%、寄与できない49.2%)いずれも評価が二分されるなど、大統領と与党代表が望む「統合を進める」狙いとは程遠い結果となっていた。

2016年12月から翌年3月まで、朴槿惠大統領が側近と共に不透明で恣意的な国政運営を行っているとして、退陣を求める「ろうそくデモ」が起きたことは記憶に新しい。市民たちはまだ、前職大統領を許していないとも読める。

さらに、世論を悪化させる出来事があった。1月8日に国会で成立した『重大災害法』がそれだ。

年間2000人近い労働者が労働災害で亡くなる現実を変えようと、死者の遺族や市民団体・左派政党がスクラムを組み一か月近いハンストを行うことでなんとか法案成立に持ち込んだが、その実体は抑止効果にはなはだ疑問が残る「骨抜き法案」だった。

11月12日に発表された世論調査では58.2%が「法案を成立させるべき」(「成立させてはならない」は27.5%)としていたように、社会を支えているものの死角となって放置されている労働者たちへの関心が高まっていた。

『重大災害法』が骨抜き法案であることは、韓国メディアでも大きく取り上げられていた。そもそも韓国において富や機会の両極化、つまり不公正や不公平は市民が最も敏感に反応する問題でもある。「ろうそくデモ」の動力の一つもまた、そこにあった。

文大統領側はこうした風向きの変化を敏感に読み取り、「統合」から「包容」へと方向転換を行ったものと見られる。

【参考記事】

年間死者2000人超…韓国で労働災害防ぐ「重大災害企業処罰法」制定なるか、遺族は断食闘争

https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20201221-00213711/

韓国で『重大災害法』が成立も実効性に大きな疑問…労災遺族は「国会が腐っている」と非難

https://www.thenewstance.com/news/articleView.html?idxno=2958

●何が残ったか

多くの政治ウォッチャーが「勝負の一手」と評した年頭の李洛淵代表の提案だったが、見てきたように世論の反応は冷ややかで、次期大統領候補としての支持度上昇にもつながっていない。

与党の李洛淵代表。日本語も堪能だ。与党HPより引用。
与党の李洛淵代表。日本語も堪能だ。与党HPより引用。

それでも敢えて文在寅大統領が成し遂げられなかった「国民の統合」に向け、火中の栗を拾いにいった李代表の勇気と政治的な器を評価する向きもある。次の一手に要注目だろう。既に12日「新型コロナ利益共有制」を提起し話題となっているが、これはまた別の話だ。

いずれにせよ一連の「赦免」騒動から浮かび上がってきたのは、意外にも今の韓国社会が抱える「格差」という問題だった。

筆者はさらに、「既存の政治勢力が統合しても、格差が解決するとは思えない」と読み込みたいが、これは飛躍だろうか。韓国社会はもはや、陣営論では解釈できない段階に来ていることだけは間違いない。