「金で記事を消すな」…韓国のジャーナリズムが抱える爆弾が、ついに爆発

韓国ジャーナリズムをめぐる大騒動の舞台となった『京郷新聞』。筆者撮影。

韓国のジャーナリズムの一角で、激しい闘いが始まった。22日、日刊紙『京郷(キョンヒャン)新聞』の記者協会はホームページ上で声明を発表。「編集部が金と記事を交換したこと」を明かすと同時に、これを正すことと再発防止を誓った。

●『京郷新聞』事件のあらまし

声明によると、事件が起きたのは今月上旬のこと。

12月13日の同紙1面と22面に「A企業」についての記事が掲載される予定だった。だが、これを知った「A企業」は協賛金の支給を約束する代わりに記事削除を要求する。

京郷新聞の社長と広告局長は具体的な金額を提示し「A企業」はこれを受諾。そして社長が編集局長と該当記事を書いた「B記者」に、直接電話で同意を求めたところ、編集局長は異議を申し立てず記事は削除された。

だが、「B記者」は14日に辞表を提出した。この時、一連の事件を知った同僚記者たちがすぐに、社長や編集局長そして「B記者」への面談を通じ、事実関係を確認したという。その後、19日に記者総会を開催した。

決議事項は下記の5つ。

・社長は即時、すべての職務を中断する。迅速に次期社長の選出手続きに着手する。

・編集局長、広告局長はすべての職務を中断する。社規に則り、二人に対する人事委員会を開催し、懲戒を検討する。

・「A企業」が約束した協賛金の受領手続きを中断する。

・記者協会、労働組合、社員株主会が含まれた内部の真相究明委員会を構成し、再発防止策を講じる。

・この全ての過程を内外に透明に公開する。

ここまでが、22日の声明にあった事件の内容だ。これを踏まえ、23日午後、京郷新聞記者協会の代表者に話を聞いた。

声明文は22日の深夜には京郷新聞ホームページのトップ(○の部分)に掲載されていた。現在は囲いの部分にある。23日、筆者がキャプチャ。
声明文は22日の深夜には京郷新聞ホームページのトップ(○の部分)に掲載されていた。現在は囲いの部分にある。23日、筆者がキャプチャ。

●記者協会にインタビュー

その前に、京郷新聞について説明しておきたい。有力発行部数は16万5千部で10位(2018年)、総合日刊紙としては『朝鮮日報』『東亜日報』『中央日報』『ハンギョレ』と共に五大紙の一角を占める。

論調は過去、権力との関係でブレがあったが、現行の体制になった1998年以降は、一貫してリベラル路線を維持している。同じリベラル紙の『ハンギョレ』よりもバランスの良い『中道左派』と位置づけられることもある。権力と資本の介入を避けるため社員株主制度を導入しているのが特徴だ。

23日、電話インタビューに応じてくれたのは、京郷新聞記者協会をまとめる国際部のパク・ヒョジェ記者だ。忙しいようで、なかなか電話がつながらなかった。一問一答形式でまとめた。

−22日の声明書の反響はどうか。

メディア批評や動向を扱うニュースサイトからは、たくさんの連絡が来た。だが、まだ全体の意見や再発防止策をまとめている段階なので、私が会社を代表して声明書以外に話せる内容は多くない。

−イ・ドンヒョン社長が辞任するとあったが。

正確には辞意を表明した段階だ。辞任に向けた手続きや、後任選抜の手続きなどを今、議論しているところだ。

−京郷新聞記者総会の様子はどんなものだったか。

私達は「独立言論」を掲げているが、それが根幹から揺らぐ事態を前に、皆が当惑しているのが見て取れた。総会に参加した編集局長に対し「編集権の侵害を止めるべき人間が、なぜできなかったのか」と批判する意見が多く出た。

−京郷新聞記者協会の所属記者の数は。

200人あまり。

−そのほとんどが今回の声明の内容に賛成したのか。

規定では、記者総会は会員の3分の1の要求があれば成立する。これを踏まえ開かれた総会に参加したのは55人。その場で「記者協会・京郷新聞支会の名義で声明書を出すことについて」賛成を求め文面もその場で作った。これには参加した全員が参加した。

−話は戻るが、京郷新聞から批判的な記事が13日に出ることを「A企業」はどう知ったのか。

その部分は、正確に分からない。今ここで言うのは不適切だ。真相究明委員会を通じ明らかにする。

−辞表を出した記者は戻ってきたのか。

まだ会社に戻ってきていない。

−今後、「A企業」の名前を公開するのか?

その部分を含め、今後「社告」として情報公開をどのようにするのかを検討している。

(23日夕方になって、パク記者から連絡があり該当企業は『SPCグループ』であることが明らかになった。韓国一の規模の製パン業を中心に幅広い業種で世界展開する企業だ。18年の売上は約6兆8000億ウォン(約6400億円)。なお、記事への対価は一部の韓国メディアで5億ウォン(約4700万円)と報じられているが定かではない)。

ソウル中心部、貞洞(チョンドン)にある京郷新聞社屋。23日、筆者撮影。
ソウル中心部、貞洞(チョンドン)にある京郷新聞社屋。23日、筆者撮影。

●「権力から独立した監視者」

事態は現在進行形であるが、この問題の本質は「権力・資本とメディアとの癒着」にある。

22日の声明には続きがある。ふたたび引用しよう。

京郷新聞の編集権は経営権から独立しています。京郷新聞の構成員たちは長い間「独立言論」の大切な価値を守ってきました。経営難と政府のけん制、変化するメディア環境の中でも、ひたすら権力と資本から独立した監視者の声を上げるために努力しました。その努力が一瞬で崩れました。適切な統制装置も作動しませんでした。

(中略)京郷新聞の構成員たちは、今回の出来事を外部に正直に公開し謝罪することが読者の皆さんに対する礼儀であると考えました。私たちは今回の出来事が京郷新聞がより良くなるきっかけとなるよう、あらゆる努力を尽くします。

読者の皆様に心から謝罪いたします。

実は今回、辞意を表明した京郷新聞のイ・ドンヒョン社長とイ・ギス編集局長には「前科」がある。

今年3月、韓国の言論労組が発行する『メディアトゥデイ』紙に「京郷新聞の記者たち『私達は恥ずかしい』」という記事が載った。

これは当時、京郷新聞の社内に貼られた壁新聞のタイトルを引用したものだ。

記事によると、同社の経済部記者3人が5か月間に渡って取材した「大企業による下請け発注の問題」の企画記事を、イ編集局長が「現代自動車など大企業の名前が出る上に、政府が経済活性化を図る中、読者の共感が得難い」と判断し、一件も記事を掲載しなかった。

これに現場の記者が「ここ数年、(取材先の)企業に記事の情報が事前に漏れることが多くなり、企業を扱う記事に対する内部のけん制がひどくなった」と反発。さらに「メディアの経営権と編集権の分離は、言論の自由を保障するための基本原則だ」と壁新聞で主張した。

その上で、「これは京郷新聞の内部で、未来と現在の間に起きている闘いの前哨戦であると宣言する」とまで踏み込んだ。

背景には、企業と政府からの広告に頼る同紙の安易な経営方針への不満があった。イ・ドンヒョン社長も広告局長を経て、社長に就任した人物だ。壁新聞の引用を続ける。

「独立言論のアイデンティティを守りながら、生存していく道を模索しているのか。競争社は新たな組織、新たな収益基盤の実験を重ねている。なぜ、独立言論の京郷新聞が企業と政府の顔色をうかがい、広告を得る以外の想像力を発揮できない場所となったのか」。

切々とした訴えだ。

韓国記者協会もそのホームページトップで今回の事態を報じたが...。23日、筆者キャプチャ。
韓国記者協会もそのホームページトップで今回の事態を報じたが...。23日、筆者キャプチャ。

●権力とメディアの癒着を打破すべき

今回の事態は、京郷新聞の内部に渦巻いていた危惧と不満が現実になり、それを食い留めるために記者たちが踏ん張りを見せたと理解するのが正しいだろう。

だが似たような事情は韓国メディアのあちこちに存在する。

昨年4月、市民の寄付で運営される韓国メディア『ニュース打破(タパ)』は、サムスンのチャン・チュンギ未来戦略室次長(社長待遇)と韓国メディア幹部との間にやり取りされた、多くのSMS(携帯電話のショートメッセージ)を公開した。

『ニュース打破』該当ベージ(外部リンク、韓国語)

https://newstapa.org/article/XHnKW

チャン氏はサムスングループ屈指の実力者として有名だった人物だ。朴槿恵大統領の弾劾をもたらした『朴槿恵・崔順実ゲート』に関与し収賄などの罪で有罪となった(18年2月、執行猶予となり釈放)。

この内容が圧巻だ。

『朝鮮日報』、『文化日報』、『ハンギョレ』、『連合ニュース』など左右を問わないメディアの編集局長や理事といった人物が、個人的な願い事や人事での便宜を図ってもらうばかりか記事の内容について謝罪し、嬉々として尻尾をふる様子が赤裸々に表れている。

そしてここに、『京郷新聞』のイ・ドンヒョン社長も登場する。

こうした背景に、韓国最大のサムスングループが持つ絶大な資金力と権力があるのは言うまでもない。広告費が手綱となる。

ABC協会が今月6日に発表した、韓国新聞の有料発行部数上位20位まで。朝鮮日報、東亜日報、中央日報、毎日経済、農民新聞、韓国経済、ハンギョレ、文化日報、韓国日報、そして京郷新聞と続く。報告書から引用。
ABC協会が今月6日に発表した、韓国新聞の有料発行部数上位20位まで。朝鮮日報、東亜日報、中央日報、毎日経済、農民新聞、韓国経済、ハンギョレ、文化日報、韓国日報、そして京郷新聞と続く。報告書から引用。

今回の事態を前に、韓国紙のある中堅記者は「韓国メディアの間で問題になってきたことで、どこでも似たようなことはあるはず」と指摘する。その上で「京郷新聞が堂々と公開し反論したのは素晴らしい」と述べた。

また、一部の記者の間では「1970年代の東亜日報の白紙広告事件と同レベルの衝撃」と囁かれてもいる。

これは1974年から75年にかけて、当時の朴正煕(パク・チョンヒ)大統領が自身に批判的な『東亜日報』の筆を曲げさせようと広告主に圧力をかけ、広告欄が白紙になる事件を指す。

結局、同社はこれに屈し、多くの記者を解雇することになった。当時、職を辞した同紙編集局長の宋建鎬(ソン・ゴノ)氏が中心となり、後にリベラル紙『ハンギョレ』が創刊された話は有名だ。

だが23日、筆者が確認したところ、韓国記者協会は今回の件に関し公式声明を出す予定はないという。この反応は意外だが、親企業的な経済紙や保守紙なども加盟しているため、複雑な事情を抱えることは簡単に想像できる。

『京郷新聞』は今回、韓国ジャーナリズムが抱える問題に正面から反旗を掲げた。9月にはチョ・グク法相(当時)の報道をめぐって、『ハンギョレ』の記者が「政府への忖度」に立ち向かった動きもあった。

前出の京郷新聞記者協会のパク記者は社内の雰囲気を「読者に真摯に謝罪し、刷新に向け知恵を集めている状態」と明かす。

見てきたように、韓国のジャーナリスト達は今なお権力と資本の監視というジャーナリズム本来の役割を諦めていない。こうした動きは日本メディアのジャーナリスト達にどう映るだろうか。