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「南北関係には何もない」…北朝鮮の「全否定」にも冷静な韓国

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
18年9月、平壌で行われた南北首脳会談で歓談する南北首脳。写真は共同取材団。

27日、北朝鮮外務省のクォン・ジョングン米国担当局長は談話を通じ、米韓に向けた強硬な態度を表明した。特に「何もない」と南北関係を全否定された韓国だったが、表面上は冷静な対応に終始した。

●「南北間には何もない」

談話の中で北朝鮮のクォン局長は米国に対し、「口では米朝対話を云々しているが、我々を反対する敵対行為をいつよりも多く敢行している」とし、「対話再開をオウムのように繰り返すからといって、米朝対話が自然に開かれる訳ではない」と非難した。

さらに「米国が今のように腕組みして座っている腹づもりなら、時間は十分かもしれないが、結果物を出そうとする時間的な余裕がそう多くはない」と、今年4月の金正恩委員長による「年内が期限」という発言を想起させた。

韓国については、「彼らが米朝関係を仲裁するかのように世論化しながら、価値を高めようとしている」とし、「現在、韓国の当局者たちは彼らも一枚噛んで、何かを大きくやっているように匂わせている」と否定的な見解を隠さなかった。

朝鮮中央通信トップページ。同HPをキャプチャ。
朝鮮中央通信トップページ。同HPをキャプチャ。

その上で「米朝対話の当事者は文字通り我々と米国」とし、「米朝敵対関係が発生した根源から見ても、韓国当局が首を突っ込む問題ではない」と主張した。

また「我々が米国に連絡することがあれば、米朝間に以前から稼働している連絡通路を利用すればよく、交渉となっても米朝が直接向かい会うことになるので、韓国当局を通じることは絶対にない」と突き放した。

さらに「韓国当局者が今も南北間に多様な交流と水面下での対話があるような口ぶりだが、そんなものは何もない」「韓国当局は自分の家のことからしっかりとする方が良い」と畳み掛けた。

●文大統領への「あてつけ」とも

27日という、談話発表のタイミングには注目がいる。文在寅大統領は26日『朝鮮半島の平和体制定着』というテーマでAP、AFP、ロイター、タス、新華社、共同通信という世界の主要通信社との間での書面インタビューを公開したばかりだったからだ。

この中で文大統領は「米朝交渉の再開を通じた次の段階に入ることになる」と楽観的な見解を披露すると共に、北朝鮮に対し「ハノイ会談以降、行われている消極的な姿勢から抜け出し、既に約束した事を実行しつつ交渉の妥結を模索していくならば、国際社会の信頼を得るのに助けになる」と「アドバイス」を送っていた。

北朝鮮外務省のクォン局長の談話は、あたかもこれに対する北側の返答としても受け止められる。

そんな中、南北関係を主管する統一部も口を開いた。関係者は27日、「今回の発言形式は少し特別なものだ」と前置きしつつ、「政府の南北共同宣言をはじめとする合意を支障なく履行していく立場に変わりがない。さらに南北そして米朝の対話が遅くならないうちに再開される事を望み、朝鮮半島の非核化と恒久的な平和定着のために努力を続けていく」と詳しい言及を避けた。

27日、ソウル市内のシンポジウムで演説する金錬鉄統一部長官。筆者撮影。
27日、ソウル市内のシンポジウムで演説する金錬鉄統一部長官。筆者撮影。

●韓国政府の高官たちの発言

一方、27日午後、ソウル市内のホテルでは聯合ニュースと統一部の主催で「朝鮮半島平和シンポジウム 相生・共栄の新韓半島体制」が行われた。5年連続で行われる韓国最大級のシンポジウムだ。27日の北側の発言を韓国側がどう捉えているのか注目された。

基調演説で統一部の金錬鉄(キム・ヨンチョル)長官は南北関係について、「軍事的緊張を大幅に下げた」と昨年の動きを肯定的に語った。そして「昨年からの対話局面は、北朝鮮との葛藤と対立を解決する最後の機会かもしれない。これまで蓄積した力量を信じ、この機会を必ず生かしていかなければならない」と発言し、現在のプロセスに意味をもたせたが、北朝鮮側の発言には言及しなかった。

一方、文在寅政権下の北朝鮮政策における重要ブレーンの一人、文正仁(ムン・ジョンイン)外交安保大統領特別補佐は、前出の北朝鮮当局の発言に言及した。

文氏は「南側と対話しないという一連のメッセージは、とても攻勢的な立場と言える。韓国にとってはすべてが難しい局面だ」としながらも、「北側が対話の決断をくださなければならない」と主張した。

27日、やはりシンポジウムで発言する文正仁(ムン・ジョンイン)外交安保大統領特別補佐。筆者撮影。
27日、やはりシンポジウムで発言する文正仁(ムン・ジョンイン)外交安保大統領特別補佐。筆者撮影。

米朝関係については、「米朝は互いに降伏させようとしているが、それは無理だ。北側が現実的な案を抱えて出てくるべき。豊渓里(プンゲリ)、東倉里(トンチャンリ)の査察などがその一つだ。北の決断にかかっているが、未だ決断がないのが惜しい」と見立てた。

さらに米国について、「完全な非核化をしてこそ経済制裁緩和ができるという地点から、シンガポールで合意した内容が進んでいない。米国にとって制裁は宗教のようなものだ。制裁が米朝関係の出口にあり解除できないならば、例えば安全保障を非核化と交換するといった米国の新しい努力がいる」と要求した。

その上でふたたび南北関係に言及し「北側の不満は『韓国は約束を守っていない』というもの。韓国はあくまで制裁の枠組みの中で南北関係を進めるという立場。北側の望むように『民族同士』だけではできないが、米韓同盟にオールインすることもできない。その間でやるしかない」と韓国政府の立場を代弁した。

●冷静さの底、そして先に

この日の北朝鮮外務省クォン局長の発言は、ある著名な韓国の北朝鮮専門家が「ショックでどこかに行ってしまいたい」とSNSに書き込むほどのインパクトがあった。筆者もパソコンの前で頭を抱えるしかなかった。

しかし、これまで紹介したように韓国政府は至って冷静だった。正直、筆者は統一部長官による「北側は自重せよ」という発言が聞きたくて、シンポジウムに訪れたフシもある。

シンポジウムのパネリストとして参加していた、やはり屈指の北朝鮮専門家で政府の各種諮問委員を務める林乙出(イム・ウルチュル)慶南大極東問題研究所教授に、モヤモヤした気持ちをぶつけてみた。

林教授は筆者に対し、「北朝鮮の立場は明日にも変わる可能性がある。そのため南北関係の中では、このような事に一喜一憂する必要はない。北側が韓国政府に対し不満を持っているというのは、韓国政府も十分に分かっている。ただ、あの強いメッセージを聞き流してはいけない。指摘自体はまさに核心を突くものだからだ」と説明した。

韓国の大企業の多くが後援したシンポジウムは、多くの市民と政治家、企業家などで賑わった。27日、筆者撮影。
韓国の大企業の多くが後援したシンポジウムは、多くの市民と政治家、企業家などで賑わった。27日、筆者撮影。

この日、李洛淵(イ・ナギョン)総理や、文喜相(ムン・ヒサン)国会議長などの祝辞からは、南北関係における悲壮感は伝わらなかった。だが一連の政府高官の発言からは、今の米朝間対話がうまく行かない場合に備え、韓国が何かを企んでいる雰囲気がうっすらと伝わってくるのも確かだ。

「米朝間では親書交換もするのに、日韓はG20で会談もできない」という野党側の批判が示すように、昨年から一転して朝鮮半島情勢における「コリア・パッシング」も噂される韓国政府だが、こんなもので終わる訳にはいかないだろう。これまでの南北間での経験を元に奮起を期待したい。

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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