「韓国政府は弱腰、開城工団と金剛山を独自再開せよ」…情勢膠着に怒る韓国のベテラン専門家

丁世鉉(チョン・セヒョン)元統一部長官。昨年10月、筆者撮影。

中国の習近平主席が訪朝している裏で、韓国政府の役割低下と無気力ぶりに対し、韓国で最も有名な南北関係の専門家・丁世鉉元統一部長官が苦言を強く呈している。

●ベテランの一喝「事を起こせ」

歯に衣着せぬ発言で連日のようにメディアを賑わせているのは、40年以上にわたり南北関係を政府内外から見つめ続けてきた丁世鉉(チョン・セヒョン、74)氏だ。

1977年の国土統一院(現:統一部)への入省を皮切りにキャリアを重ね、2002年1月から2004年6月にかけては、金大中(キム・デジュン)・盧武鉉(ノ・ムヒョン)両政権にまたがり統一部長官を務め、北朝鮮との関係改善と非核化交渉の最前線を担った。

こうしたキャリアに裏打ちされた知見に加え、歯に衣着せない物言いで朝鮮半島情勢を解説する同氏は、テレビやラジオ、シンポジウムなどで大いに人気を博している。

その丁世鉉元長官が一貫して主張しているのは、韓国政府の積極的な行動だ。韓国の日刊紙『国民日報』によれば、丁氏は20日同紙に対し「統一部の存在感がない。統一部は事を起こさなければならない」とし、「私たちが独自に開城工団や金剛山観光を再開するべき。米国が止める場合、国民が黙っていないだろう」と強く主張した。

また、やはり韓国紙『中央日報』が19日に伝えたところによると、中朝首脳会談が開催されることについて「韓国としては損が生じた」と評した。これは、朝鮮半島非核化プロセスが、南北米から南北米中に複雑化する点を負担に思ってのものだ。

さらに、北朝鮮が韓国と対話を中断している理由を「開城工業団地と金剛山観光に関連して米国の許諾を得ることが不満」であると見通し、「金正恩委員長の立場では、決断を下せない韓国の大統領と会うのは意味がないと思っているのだろう」と述べている。

[参考記事] 「変わる時が来た」韓国随一の専門家が語る朝鮮半島の今…日本への苦言も

https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20181030-00102379/

●開城工団と金剛山観光再開とは

丁氏が何度も主張している「開城工団と金剛山観光の再開」だが、理論上では不可能ではない。

開城工業団地が16年2月10日から16日にかけて閉鎖された際、南北間で激しいやり取りがあったが、最終的な決定を下したのは当時の朴槿恵政権だった。

その理由は「北朝鮮の核とミサイル能力の高度化を防ぐためには、北朝鮮への外貨流入を遮断しなければならないという重大な情勢認識」というもの。同年1月に北朝鮮は4度目の核実験を行い、2月7日には長距離ロケット発射実験を行っていた。

だが、この中断は国連の経済制裁によるものではなく、韓国政府の決断によるものなので、いつでも再開できるという論理がある。

さらに、文在寅政権発足後の17年12月に韓国統一部の政策革新委員会は「開城工団の閉鎖は(朴槿恵)大統領の一存によるものであり、さらに国務会議での審議や文書での記録など憲法に定められた手続きを無視したものである」ことを明かしている。「違法な閉鎖」であったという位置づけだ。

韓国側から望む開城工業団地の全景。17年12月に筆者撮影。
韓国側から望む開城工業団地の全景。17年12月に筆者撮影。

一方の金剛山観光は、08年7月に起きた北朝鮮兵士による韓国観光客射殺事件をきっかけに閉鎖されたままだ。

これについても翌09年に「現代グループ」の玄貞恩(ヒョン・ジョンウン)会長と金正日国防委員長との間で「手打ち」となっており、再開は難しくない。やはり国連安保理の経済制裁とは無関係であるとの論理が適用される。

何よりも、南北は昨年9月の『平壌共同宣言』第2条2項で「(2)南と北は条件が整い次第、開城工業団地と金剛山観光事業を優先して正常化させ~」と合意している。さらに、金正恩委員長は19年1月の『新年辞』で「開城工業地区と金剛山観光の無条件再開」に言及している。

なお、開城工団企業協会は6月上旬に米国を訪れ、同地の政府関係者やシンクタンクに開城工団再開とその平和的価値を訴えた。同協会は韓国メディアに対し「賃金として払われるドルの透明性が確保されれば、米議会にはたらきかけることができるとの重要な指摘があった」と米側の声を伝えている。

しかし、韓国政府はあくまで「制裁の枠組みの中で再開に向けた準備を行う」という姿勢を崩していない。これは、北朝鮮の非核化作業に進展がある場合には再開するというものだ。

●祝辞に忙しい統一部長官

すぐに再開は難しいという事情を熟知するにもかかわらず、丁氏が強い主張を繰り返す理由は何か。その本質的な問題提起は、韓国の積極性が見えないという所に集約される。

それは言い換えると、経済制裁のカギを独占する米国の手に、朝鮮半島の非核化と平和定着を進める決定権が完全に握られている状況を打開しない限り、当事者たる韓国は「永遠の傍観者」であり続けるという危機感だ。

そしてその背景にはやはり、主導権を持って事に当たった金大中時代(98年2月~03年2月)の成功経験があることは否めない。

1998年の財閥・現代の鄭周永会長の訪朝が北朝鮮との交流再開をもたらし、金剛山観光(98年11月)・南北首脳会談(00年6月)、米朝共同コミュニケ(00年10月)、開城工団(00年8月合意、03年着工)そしてクリントン大統領と金正日総書記の米朝首脳会談直前まで行った一連の「歴史」に丁氏は深く関わっていた。

当時の韓国高官に直接話を聞いたり、その回顧録を読むと、いかに韓国政府が一丸となって朝鮮半島での冷戦終結という目的に向かって努力したのかがよく分かる。

先輩後輩にあたる丁世鉉元統一部長官(中央)と金錬鉄現統一部長官(右から二人目)は各種シンポジウムで会うことが多い。写真は5月、筆者撮影。
先輩後輩にあたる丁世鉉元統一部長官(中央)と金錬鉄現統一部長官(右から二人目)は各種シンポジウムで会うことが多い。写真は5月、筆者撮影。

もちろん、クリントン大統領とトランプ大統領のキャラクターの違い、当時は核実験すら行っていなかった北朝鮮の核武力の発展など、00年と19年の今を単純に比べることはできないだろう。だが、朝鮮半島の非核化と平和を交換する「枠組み」自体に何ら変化はない。

そもそも、今年4月に韓国政府が野党の強い反発を押し切って任命した金錬鉄(キム・ヨンチョル)統一部長官の役割は「突破口を開く」ことだったのは周知の事実だ。

20日に丁世鉉氏が「統一部長官が祝辞を述べに動き回る状況は正常ではない」と一喝したが、筆者も南北関係に関連するシンポジウムに行くたびに、祝辞を述べる金長官に遭遇する。南北関係の指揮官たる統一部長官の姿を、会議室ではなく現場で見たいという丁氏の想いは十分に理解できる。