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ペンス米副大統領の「中座」めぐり、韓国内で巻き起こる「二分論」

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
2月8日、ペンス米副大統領(左)を接見した韓国の文在寅大統領。(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

2月9日、韓国・平昌(ピョンチャン)冬季五輪の開幕を迎え、米国代表団が北朝鮮代表団との同席を拒否するハプニングがあった。これに対する韓国の見方をまとめた。

金与正氏、「実勢」の証拠随所に

北朝鮮代表団の団長は、金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員長だ。同氏を含む代表団は9日午後、北朝鮮の専用機で仁川空港に降り立った。韓国側は趙明均(チョ・ミョンギュン)統一部長官をはじめ、政府高官が出迎えた。

北朝鮮の対外的な「顔役」である金永南氏よりも注目が集まったのは、金与正(キム・ヨジョン)党中央委員会第一副部長だった。金日成(キム・イルソン)一族の直系として、さらに最高指導者・金正恩労働党委員長の実妹として「実勢(真の実力者)」と見られていたからだ。

その実力の片鱗は、南北代表団の挨拶が行われた空港の貴賓室で明らかになった。

最高人民会議(国会)の長であり、北朝鮮の序列2位である金永南常任委員長が、貴賓室に先に入った際、金与正氏の入室を待った上に、着席時にも金与正氏に対し席を譲るなど、目上の者に対するような態度を見せたのだった。

席を譲り合う金永南常任委員長と、金与正第一副部長。周囲の統一部長官、次官の驚いた様子も含め、印象的だった。写真はYTNのニュースをキャプチャしたもの。
席を譲り合う金永南常任委員長と、金与正第一副部長。周囲の統一部長官、次官の驚いた様子も含め、印象的だった。写真はYTNのニュースをキャプチャしたもの。

こうした金与正氏の「特別さ」は警護の物々しさからも見て取れた。

北朝鮮から同行してきた護衛司令部所属と見られる屈強な警護部隊が密着し、不測の事態に備えた。金永南氏はじめ、他の代表団との扱いには明らかな差があった。北朝鮮内部における、金与正氏の存在感を知るには十分だったといえる。

レセプション、開幕式では日米との「葛藤」も

仁川空港に着いた北朝鮮代表団は、高速鉄道に乗り、五輪の開幕式が開かれる平昌郡に移動した。開幕式に先駆けて行われた歓迎レセプションで、韓国の文在寅大統領と挨拶を交わした。

だが、米国のペンス副大統領は不快感を露わにした。午後6時開始予定のレセプション会場に遅れて10分余り遅れて登場した上に、わずか5分で退場したのだった。

最前列のテーブルに、文大統領夫妻、トーマス・バッハIOC委員長夫妻、安倍晋三首相、グテーレス国連事務総長、金永南常任委員長らと共に座席が配置されていたが、金永南氏以外と挨拶をしただけにとどまり、露骨に北朝鮮の代表を無視する態度を取った。

9日、開幕直前に行われたレセプションでの記念撮影。ペンス副大統領と安倍首相の姿はない。写真は青瓦台提供。
9日、開幕直前に行われたレセプションでの記念撮影。ペンス副大統領と安倍首相の姿はない。写真は青瓦台提供。

韓国政府はこれに対し「6時半からペンス副大統領には米国選手団との食事という先約があった」と弁明したが、これは五輪開会式直前のレセプションという重要な行事である点から、説得力に欠ける説明だと言わざるを得ない。

実際、テーブルにはペンス夫妻のネームプレートも準備されていた。金永南氏と同席にされたことに対する、抗議の意志を持った退場と見るのが妥当だろう。

ペンス大統領な頑なな姿勢はその後の、開会式でも変化はなかった。北朝鮮の金永南、金与正両氏はペンス大統領と近いところに座り、2時間あまり場を共にしたが、最後まで目を合わせたり、挨拶、握手などをすることはなかった。

韓国メディアの反応は「真っ二つ」

一晩明けた10日、韓国メディアが大きく取り上げたのは、このペンス米副大統領の態度と、韓国政府の「仕打ち」についてであった。

保守紙の朝鮮日報は韓国政府を批判した。

「ペンス大統領が前もって韓国政府に『北朝鮮代表団との同席する行事では、写真撮影などの際に位置が近くならないよう』要求していたが、こうした意向と異なる座席配置が行われたため退場を選択した」と米側の立場を分析した。

別の記事では「外交惨事」という表現を用い、「文在寅大統領がハンドルを握り、米朝対話の道を無理やり走ろうとしたが、米国が途中下車した」と批判した。

また、社説では「あの場(テーブル)にいた北朝鮮は核を守るという考えだけで、米国はそれを認めないという原則だけだ。北が非核化に同意し、交渉のテーブルに出てこない状態でいくら『平和』を叫んでも目くらましに過ぎない。それが今の朝鮮半島の現実だ」とし、「南北米がみな、別の考えを持つ今の朝鮮半島の情勢は余りにもグチャグチャだ」と評価した。

また、やはり保守紙の中央日報も社説でペンス副大統領の「激しい反応」を取り上げた。

「米国は『北朝鮮と対話することはない』という立場を表明する共に、韓国に対しても強い警告を送ったものと読める。まだ、北朝鮮から非核化に関するいかなる話も聞いていない状態だ。それなのに「白頭血統」の金与正と午餐会を持つなど、わが政府が過度に南北対話に依存するのではないかと不安がる可能性がある」と米国側の立場を説明した。

また、「米朝の遭遇を意図的に演出しようとする、我が政府に対する不快感とも取れる。南北の和解と対話、さらに北朝鮮の非核化は、米韓の強固な協調の中で行われる時にだけ力を得る。ペンス副大統領の警告を重く受け止める必要がある」と訴えた。

「米ペンス副大統領、金永南と晩餐を拒否…5分で退場」という朝鮮日報の記事。写真は朝鮮日報のHPをキャプチャ。
「米ペンス副大統領、金永南と晩餐を拒否…5分で退場」という朝鮮日報の記事。写真は朝鮮日報のHPをキャプチャ。

一方、進歩派(革新派)の日刊紙・ハンギョレは記事の中で「無礼なのはペンス副大統領」とした。

「ペンス副大統領が(レセプションに)参加しなかったせいで、金永南常任委員長とのはじめての米朝首脳級の出会いも霧散した。あらかじめ調節された首脳級が参加する公式行事で、ペンス副大統領の突発的な行動は、外交的な常識からかけ離れた欠礼と評価できる」との見方だ。

やはり進歩派に分類される日刊紙・京郷新聞のペンス大統領に対する論調は、どこよりも厳しいものだった。

「テーブルには朝鮮半島の周辺国(日本、中国)と、北朝鮮の核問題の当事国である南北および米国が一緒に座り、オリンピックの平和的な開催を祝う歴史の一ページが描かれるはずであった。だが、ペンス(原文ママ)の不参加でこうした構想は現実にならなかった」と悔しさをにじませた。

その上で「ペンスの身の処し方ははなはだ遺憾」とし、「レセプション参加は平昌五輪の各国代表団の義務といえる。(中略)何をしに平昌に来たのかわからない。北朝鮮を非難するためには国際的な公式行事の慣例を疎かにしてもよいというのか」と畳み掛けた。

さらに「ペンスの行動は五輪主催国であり同盟国である韓国に対し、あり得ないほどの欠礼だ。北朝鮮に(非難の)メッセージを送る方法はいくらでもる」と書いた。

最後に「米国が北朝鮮の核問題を外交的に解決するつもりなら、こんな良い機会はそうそう無いはずだ。ペンスは自身の行動について解明すべきだ」と強く訴えた。

北朝鮮との対話をめぐる「二分論」を超えて

北朝鮮問題をめぐる視点の違いは、韓国社会に取って典型的なものだ。あらゆる事象が「肯定的」か「否定的」の二元論に集約される傾向は今に始まったものではない。

今回の記事で紹介した記事も表面的にはペンス副大統領の立場への賛否に見えるが、そこには「北朝鮮と対話をするべきなのか」という本質的な問題に対する、異なる視点が隠れている。

朝鮮戦争(1950~53年)で南北が直接激突した歴史上の経緯と、過去、北朝鮮と何度も交渉・合意しては「裏切られた」とする視点は、韓国社会に深い影響を与えている。

開幕式で金与正氏と握手する文在寅大統領。下からの握手は韓国大統領として、非常に珍しい光景だ。写真は聯合ニュースTVよりキャプチャ。
開幕式で金与正氏と握手する文在寅大統領。下からの握手は韓国大統領として、非常に珍しい光景だ。写真は聯合ニュースTVよりキャプチャ。

例えば、文在寅大統領が開会式で金与正氏との間に行った握手一つとっても「女王様に仕えるかのようだ」という声から「これこそが外交」というものまで、評価は極端に分かれる。

韓国社会は今後、北朝鮮に対する感情の整理していく必要があるが、こればかりは今すぐどうしようも無いというのも現実だ。南北で将来、経済的な交流が深まり、その結びつきが欠かせないものになるまでは、両極端な言説は変わらないだろう。

だが一つ押さえておきたいのは、朝鮮半島における戦争の危機がいつになく高まったと見られる昨年来の状況で「対話は欠かせない」という点だ。安易な二分論で対話の必要性を損なってはならないと筆者は思う。

(2月11日午前11時15分追記)

10日午後、青瓦台(韓国大統領府)の尹永燦(ユン・ヨンチャン)国民疎通首席は、上記のペンス米副大統領の行動について説明した。

これによると「米国側は一度もレセプションに参加すると一度も言ったことはない」とのことだった。このため「欠礼には当たらない」と青瓦台側は見ているようだ。本来は、レセプション会場の外に設けられたフォトセッションの場で「日米韓で撮影する合意」までがあっただけだという。なお、ペンス米副大統領と共に、安倍首相が遅れた理由については「分からない」とした。

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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