韓国政府が朝鮮半島政策を発表…北との「平和共存、共同繁栄」を前面に

今年8月、就任100日を迎え記者会見を行う韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

今年5月の発足から半年以上が経つ韓国の文在寅政権。ついに韓半島(朝鮮半島)政策がまとまり公開された。しかし、その中身はビジョンとしてはメッセージ性に富むものの、具体性にはやや欠けるようだ。詳細を見ていく。

「完成形ではないため、中立的な表現を採用」

「文在寅の朝鮮半島政策」は今月22日、統一部が発刊した。全31ページで構成され、PDFファイルを誰でも統一部のサイトからダウンロードできる(韓国語のみ)。

まず、注目したいのはその名称だ。韓国の歴代政権では過去、北朝鮮政策に名前を付けてきた。有名なもので金大中(キム・デジュン)大統領(98年~03年)の「太陽政策」、李明博(イ・ミョンバク)大統領(08年~13年)の「非核・開放3000」などがある。

前者は北朝鮮の変化のために交流を積極的に進める政策であり、後者は北朝鮮の非核化・開放の推進と3000ドルの国民所得実現を韓国が支援するというものだった。

今回、「文在寅の朝鮮半島政策」には名前がない。そればかりか「文在寅政権」でも「北朝鮮政策」でもない。冊子の冒頭部には「南北関係はもちろん、平和と統一、新経済地図など、朝鮮半島の未来を作る包括的な構想」と書かれている。

こうした理由について、統一部のペク・テヒョン報道官は今月22日、「今回の政策は基本の枠であって、完成形ではない。国民の意見を広く求めるためのものだ。持続可能な北朝鮮政策を模索していくという立場から、中立的な名称をつけた」と説明した。

実際、冊子では「韓国の主人である国民と共に政策を詰めていく。北朝鮮ならびに国際社会とも積極的に疎通する。これらの過程を経て作られた政策は、政府が変わっても『持続可能な政策』になるはずだ。国民の意見と参加を待つ」と、その性格を規定している。

それでは内容を見ていこう。なお、できるだけ冊子の内容に沿った説明になるという点を断っておきたい。これは政策を宣伝するのではなく、テキストに忠実でなければならないという考えによるものだ。原則を正確に知ってこそ、是非の評価も行えることは言うまでもないだろう。

冊子に挿入された朝鮮半島の形に似た地形の写真。臨津江(イムジンガン)と漢灘江(ハンタンガン)が出会う、京畿道漣川郡に位置している。
冊子に挿入された朝鮮半島の形に似た地形の写真。臨津江(イムジンガン)と漢灘江(ハンタンガン)が出会う、京畿道漣川郡に位置している。

内容その1:四つの問題意識

まず、今回発表した政策の背景となる問題意識についての説明が四つ出てくる。

一つ目は「国際社会の強い制裁にも関わらず、北朝鮮は核とミサイルによる挑発を続け、朝鮮半島はもちろん、世界の平和と安定の脅威となっている」との認識だ。

そして現在の状況を「朝鮮半島を取り巻く軍事的な緊張が過去のいかなる時よりも高まり、偶発的な衝突の危険が常にある」と見ているとする。

こうした点は納得が行く部分だ。北朝鮮は今年になってからは、IRBM(中距離弾道ミサイル)、ICBM(大陸間弾道ミサイル)発射実験を相次いで行い、核実験も敢行した。さらに、米軍基地のあるグアムを砲撃するという「脅し」もかけた。これに対し米国は「軍事行動を含むあらゆる選択肢がテーブルにある」と受けて立った。

ではどうするのか。冊子では「挑発と制裁、ふたたび挑発と続く悪循環を克服するためには、朝鮮半島の平和のための根本的な戦略が必要」という問題意識を投げかける。

やはり、誰もが思うところだろう。挑発と制裁の繰り返しが続く姿は、ここ数年の北朝鮮問題のトレンドとしてすっかり定着した印象がある(実際はもう少し複雑だが)。この文面からは、北朝鮮問題を解決する、終わらせるための道筋をつけたい文在寅政権の意気込みが感じられる。

冊子では次いで、「文在寅の朝鮮半島政策」全体を貫く基調である「平和」についての説明が続く。

「平和こそが最優先の価値であり正義だ。繁栄のための土台であり、平和無くして何もできない。強い安全保障を土台に平和を守り、平和を作り上げ、平和を定着させることができれば、南北朝鮮が葛藤なく共存でき、統一の門は自然に開く」というものだ。

不安定な現状維持ではない、努力して守られ、作られ、定着させられる新しい平和だ。具体的にどんなものなのかは後の部分で触れることになる。

二つ目の問題意識として「北朝鮮の核問題を解決するために、制裁と圧迫、時には対話と交渉を通じた多様な努力をしてきたが、北朝鮮の多様な努力を引き出すには限界があった」点を挙げている。

これは1990年代前半から続く北朝鮮核開発問題を総括してのものと見られる。結果論とも取れるが、今の状況を見てのものだろう。

そして「北朝鮮核問題の解決のためには、北朝鮮体制の安全を考慮する包括的で創意的な接近」が必要だと続ける。

具体的には「南北間の相互尊重の精神と信頼に基づき、北朝鮮核問題を根源的・平和的に解決しなければならない」とする。

ここは大切なポイントだ。核問題と体制保持を切り離すという認識だ。「核が無くてもやっていけるよ」という点を北朝鮮の金正恩政権に認めさせ、納得させるということだ。

冊子ではさらに、これを担保するための「相互尊重」の一貫として「3-NO」を提示する。これは「北朝鮮の崩壊を望まず、吸収統一および人為的な統一を追及しない立場」のことだ。金正恩体制の保障だ。

そしてその延長線上に「共に良く暮らす朝鮮半島」があるとする。「南北が互いの違いを認め、共同の利益のために協力するとき」に現実となる「ビジョン」だ。

ここで大切なのは「南北統一に向けて協力する」といった単純な「絵」ではないという点だ。その以前の段階から信頼を構築し、再びプロセスを始めていくものと整理できる。

「北朝鮮を和解協力の対象と尊重しながら、究極的には南北間合意による平和統一を指向する」と分かりやすく説明されている。

2000年6月13日から15日にかけて、韓国の金大中(キム・デジュン)大統領と朝鮮民主主義人民共和国の金正日(キム・ジョンイル)国防委員長は、平壌で歴史的な首脳会談を行った。
2000年6月13日から15日にかけて、韓国の金大中(キム・デジュン)大統領と朝鮮民主主義人民共和国の金正日(キム・ジョンイル)国防委員長は、平壌で歴史的な首脳会談を行った。

三つ目の問題意識は「政権が変わると、北朝鮮政策が断絶し、南北間の合意が守られなくなることで、南北関係も浮き沈みすることを繰り返している」というものだ。

さらに「統一問題、北朝鮮政策を取り巻く韓国社会内部の葛藤も依然として解消されないまま、不必要な論争が続いている」と切り込む。

確かに98年から08年の進歩派政権ではできるだけ北朝鮮に「関与」していく政策が取られた一方、08年から17年までの保守派政権では北朝鮮を「突き放す」方向へと政策の基調は大きく変わった。

そして17年5月から再び始まった進歩派政権の文政権であるが、北朝鮮が強硬な姿勢を崩さないことから、制裁という国際協調を選択する以外になく、身の振り幅が狭まっている。

そうした中で人道支援といった「関与」を持ち出すと保守層からの突き上げにあい、「変化を促す圧迫」だけを追求する場合、国際社会に埋もれ自主性を損なうといったジレンマがある。

これを打開するためのキーワードが「一貫性と持続性の追求」だ。「歴代政府の北朝鮮政策を尊重し、継承すべき部分はより発展させていく」とする。

具体的には「国内的な側面から統一国民協約」を、「南北関係の側面から南北基本協定」を、「国際的な側面から朝鮮半島平和協定」を結び、制度的に支えられた持続可能な南北関係を打ち立てるとする。

四つ目の問題意識は「韓国経済は低成長、低出産、高齢化で徐々に活力を失っており、これを克服するために新たな成長動力を確保すべし」というものだ。経済面からの必要性と言い換えることができる。

「南北が経済的に一つにつながる場合に、大陸と海洋につながる新しい経済地図を描ける。これを通じ、南北朝鮮と周辺国間の経済的な利害が増進するならば、葛藤と紛争を平和的な方法で解決するのに寄与する」という文面からは、「お金」を通じて北朝鮮と周辺国の「関与」を進めたい文政権の思惑が透けて見える。

さらに、日本を含む地域的な取り組みも提示する。「平和と経済協力の好循環を通じ、朝鮮半島を越え、東北アジアまで含む平和と共同繁栄の秩序を作る。民族の利益を越え、周辺国と国際社会みなに利益になる協力を増進する」としている。ウィン・ウィンの関係を作りたい構えだ。

ビジョンは「平和共存、共同繁栄」

上に挙げた4つの問題意識を土台に、「文在寅の朝鮮半島政策」が掲げるビジョンは「平和共存」と「共同繁栄」だ。それぞれ見ていく。

・平和共存

「平和なくして、安全保障も経済も保障されない。平和共存は最優先課題でありビジョンである」と位置づけられる。

「1953年の停戦協定から64年が経つ今も、朝鮮半島では対決の緊張の不安定な状況が続いている」という文章は、つい10日前に板門店のあるJSA(共同警備区域)で起きた北朝鮮兵士の帰順(亡命)事件を思い起こせば納得がいくだろう。

そして平和共存を「南北の住民すべてが、核と戦争の恐怖から抜け出し、その平穏な日常が保証され持続することを意味する」と整理する。

「平和共存そのものが平和統一へと続く過程」とするが、これは今夏、朝鮮半島情勢の緊張が高まる中、「朝鮮半島での武力使用は一切ありえない」と米朝双方に強くクギを指した文在寅大統領の姿勢と相通じる。

今月13日、JSAの南北軍事境界線を走って韓国に帰順(亡命)する過程で、北朝鮮兵士に銃撃され倒れたオ氏(24)。北朝鮮で運転兵を務めた彼は、すぐに韓国の病院に収容、奇跡的に一命をとりとめた。
今月13日、JSAの南北軍事境界線を走って韓国に帰順(亡命)する過程で、北朝鮮兵士に銃撃され倒れたオ氏(24)。北朝鮮で運転兵を務めた彼は、すぐに韓国の病院に収容、奇跡的に一命をとりとめた。

・共同繁栄

「南北が互恵的な協力の価値を共有し、実践していくことで、共に繁栄する朝鮮半島を志向する」と説明されている。前述したように韓国としては経済成長動力の確保を意味し、南北住民すべてが恩恵を受ける経済共同体に向かっていくということだ。

繰り返しになるが、金正恩体制を認めた上で、経済的な協力を強めていくというものだ。

また、この場合の「共同」は朝鮮半島に範囲を限定せず、東北アジアの隣国をも含む。やはりこれも前述した通りだ。平和と経済の好循環。「平和が経済協力を保障し、経済協力が平和をより発展させる関係」とする。

なお、冊子には「文在寅政権の一貫した原則」という小見出しの下、11月1日の国会演説を引用し、以下の5つを掲示している。

・朝鮮半島の平和定着

・朝鮮半島の非核化

・南北問題の主導的な解決

・北朝鮮核問題の平和的解決

・北朝鮮の挑発には断固として対応

これだけ見てもよく分かるが、もう少し内容を追ってみたい。

3つの目標、4つの戦略、5つの原則

下図を見ていただきたい。上記のビジョンをどのように実践していくのかについての「作戦」が示されている。

「文在寅の朝鮮半島政策」政策推進体系図。統一部の資料とまったく同じ形状のものを筆者が作成した。
「文在寅の朝鮮半島政策」政策推進体系図。統一部の資料とまったく同じ形状のものを筆者が作成した。

すべてを説明する必要はないので、いくつか重要なキーワードだけ説明してみたい。

・朝鮮半島の新経済共同体

これは「南北が共存し共栄する一つの市場を形成。新しい経済成長動力を創出し、共によい暮らしを送る南北経済共同体を作る」という名目を具体化したものだ。

図にあるような「3大経済ベルト」の建設に代表される。

「朝鮮半島の新経済共同体」における「三大経済ベルト」を示した図。冊子より引用。
「朝鮮半島の新経済共同体」における「三大経済ベルト」を示した図。冊子より引用。

(1)環東海(日本海)圏:元山(ウォンサン)、咸興(ハムン)、羅先(ラソン)、ロシアをつなぐエネルギー、資源ベルト。図では赤色の矢印だ。

(2)環西海(黄海)圏:韓国首都圏、開城(ケソン)、海州(ヘジュ)、平壌(ピョンヤン)、南浦(ナムポ)、新義州(シニジュ)、中国を結ぶ、交通、物流、産業ベルト。図では緑色の矢印だ。

(3)接境地域:南北軍事境界線地域を指す。韓国は北朝鮮を国と認めていないため「国境」という言葉は使わない。DMZ(非武装地帯)生態平和安全保障観光地区、統一経済特区を結ぶ環境、観光ベルトとなる。紺色の矢印だ。

・南北関係と北朝鮮核問題を並行して進める

「北朝鮮核問題の解決と、南北関係の改善は『前後』もしくは『択一の問題』ではなく、相互補完を通じた好循環の中で進んでいくことが可能」という戦略だ。

これは李明博、朴槿恵政権時代のような「核廃棄が対話の条件」というハードルを別のものに掛け替えるものだ。根拠は「南北の対話が活発な時に、北朝鮮核問題の進展があり、朝鮮半島の状況も安定的に管理できていた歴史的な経験」だ。

実際、筆者が今月インタビューした与党・民主党のある有力議員は「我々は米国が多少反対しても、北朝鮮と独自に対話を進める気持ちがある」と明言している。

・互恵的な協力を通じた平和的な統一基盤の造成

「経済分野はもちろん、南北住民皆のためになる多様な交流協力を拡大することで、南北共同体を作る」というものだ。経済以外の領域を主に指すようで、「北朝鮮問題」において非常に重要なウェイトを占める「人権問題」もここに含まれる。

具体的には以下の通りだ。

・離散家族(再会)問題をいかなる政治的な考慮より優先して解決

・乳幼児、北朝鮮の弱者層に対する人道的支援は政治的な状況とは無関係に推進

・人類の普遍的価値として、北朝鮮住民の自由権と生存権を統合的に考慮し、北朝鮮の人権を実質的に推進

その上で「南北のあらゆる構成員たちが合意する、平和的・民主的な方式の統一を指向する」と続ける。

そして「南北が共存共栄しながら民族共同体を回復する『過程としての自然な統一』を追求する」と解く。「南北住民すべてが自身はもちろん、未来の世代のために、統一が必要だという認識を持つように条件を作っていく」という。

(Yahoo!記事リンク)韓国民の約半数が統一望まず 深まる南北の溝

どう評価するか?専門家に聞く

ややお腹いっぱい、といった感もあるが、内容の評価に移りたい。

まとめると「金正恩体制を認めつつ、核問題と南北関係を並行的に改善させていく。恒久的な平和のために、関与(交流協力)の拡大とウィン・ウィンの経済関係の好循環の構図を作り上げ、平和を積み重ねていく」というものだ。

確かに、平和無くしては何もない、という主張は重要で納得がいく。しかし筆者には、今回発表された内容は具体的な政策というよりも、すべてがビジョン、スローガンに思えてしまう。言い過ぎだろうか。

とはいえ、冒頭で述べたように、この政策は国民たちが作り上げ完成させていくものであるというのが、南北問題を主管する統一部の立場だ。実際にウェブサイトを通じコメントやアイディアを募集している。効果について筆者は懐疑的だが、現実にどのような結果になるのか見守っていきたい。

次いで、筆者が疑問を持ったのは北朝鮮国内の人権問題の扱いだ。

2014年2月、国連の調査委員会は「COI報告書」と呼ばれる北朝鮮人権問題を網羅した報告書を発表した。この中で強制収容所や差別、各種自由の統制や外国人拉致などの人権侵害を「人道に反する犯罪」と規定し、これを「北朝鮮の最高位層が樹立した政策によるもの」と認めた。

北朝鮮の人権状況を整理した国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)のホームページ。
北朝鮮の人権状況を整理した国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)のホームページ。

この問題は重要な問いを投げかける。金正恩氏を含む指導層が「犯罪者」と見なされる中、彼らの体制をどう保障し、彼らとどう関係を構築してくのか。金正恩氏を最終的に「赦免」するということなのか。

筆者はこの疑問を先日、前出の有力与党議員にぶつけてみた。答えは「そういった問題は、金正日総書記と南北交流を行う時にもあった。何も特別なものではない」というものだった。棚上げ、ということだろう。

さらに、南北関係に詳しい専門家に聞いてみた。ソウル大・平和統一研究院の徐輔赫(ソ・ボヒョク)研究教授は24日、「人権問題をどう位置づけるのか」という筆者の電話インタビューに対し以下のように答えた。

ソウル大・平和統一研究院の徐輔赫(ソ・ボヒョク)研究教授
ソウル大・平和統一研究院の徐輔赫(ソ・ボヒョク)研究教授

「安全保障と人権問題は同時に解決を目指し進めることができる。北朝鮮問題における主要な二つの側面であるため、連係させることもできる。しかし、文在寅政権はこれを結びつけることはしないだろう」。

やはり、まずは核問題、平和と対話という方向に進むということだ。実際、人権問題は重要な部分であるにも関わらず、前出の政策推進体系図に「人権」という単語は出てこない。

もちろん、徐研究教授が「朝鮮半島問題の構造と情勢が複雑に絡まり合っている現状がある。3つの目標(編注:北朝鮮核問題の解決ならびに恒久的な平和の定着、持続可能な南北関係の発展、朝鮮半島新経済共同体の具現)のうち、一つにだけ優先順位をつける訳にもいかない」と指摘する現状は無視できない。

それぞれの目標を維持しながら、全体的な枠組みの中で、目前の状況に対応していくしかない。だがこれは「行き当たりばったり」とも取られかねないものだ。

このように、いくら立派な政策基調を設定しても、現実の「施策」としてどう適用させていくのかはまた別の問題だ。現段階では文在寅政権の北朝鮮政策の基調を理解する次元にとどめておくのが良さそうだ。