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迷走する教員政策:研修履歴の管理で事態はよくなるのか?

妹尾昌俊教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事
(写真:アフロ)

教員免許更新制を廃止し、新たに教員研修の記録作成を義務付ける法改正案をめぐって、現在、国会で議論が繰り広げられている。教員免許更新制をやめることについては、多くの関係者の異論はない(わたしも賛成だ)。問題は「その代わりに」というほうにある。

今国会では、教育公務員特例法を改正し、「任命権者は、校長及び教員ごとに研修等に関する記録を作成しなければならない」と、都道府県・政令市等の教育委員会に研修履歴の記録、管理を義務付けることが審議されている(次の図)。本当に、こうした義務付けは必要なのだろうか?早晩形骸化するのではないか?

(※)法律案については、下記にて確認できる。

https://www.mext.go.jp/b_menu/houan/an/detail/mext_00023.html

出所)文科省「教育公務員特例法及び教育職員免許法の一部を改正する法律案(概要)」
出所)文科省「教育公務員特例法及び教育職員免許法の一部を改正する法律案(概要)」

率直に申し上げて、この改正案(ならびに今回の改正の大きな根拠のひとつとなった中教審の審議のまとめ)には疑問点が多く、昨今の教員政策(教師をめぐる国・自治体の政策)は、迷走に次ぐ迷走を重ねているように見える。今回は、免許更新制を廃止することで十分であり、研修履歴の義務付けまでは必要ない、とわたしは考えている。以下、解説したい。

■研修履歴の義務付けの目的がよく分からない。

第一に、なんのために研修履歴の義務付けがなされるのか、理由も目的も不明瞭なことだ。4月1日の衆院文科委員会の参考質疑に登壇した佐久間亜紀・慶應義塾大教授も「法案を読むと、いきなり研修記録の義務化が登場する。誰のための、何のための記録なのか。なぜ記録が義務付けられなければならないのか、が分からない」と国会で指摘している(教育新聞4月1日)。

先ほど掲載した資料(法改正の概要)を読んでも、「校長及び教員の資質の向上のための施策をより合理的かつ効果的に実施するため」としか記述がなく、説明になっているとは思えない。

そこで、同じく参考人質疑に立った加治佐哲也・兵庫教育大学長の国会での答弁、また文科省(大臣、局長ら)の答弁などを参照すると、「教師が主体的に継続的に学び続けるため」といった趣旨がひとつ登場する。

だが、そのために、なぜ研修履歴の記録がそれほど重要なのだろうか。もちろん、研修履歴はあったほうがよいだろうし、それを使って、校長等が教員にアドバイスをしたり、相談にのったりすることには、わたしも賛成する。

だが、あってもいいというくらいのもので、必要不可欠なものとまでは思えない。記録がなくても、本人の適性や授業の様子などを見て、コンサルテーションは可能だからだ。しかし、今回はわざわざ法改正までして、義務付けるというのだから、大仰である。

仮に、研修履歴とその活用が、文科省や中教審が言うほど、すばらしい効果をもたらすものであるなら、法律で義務付けなくても、各自治体が進んで推進するのではないか。文科省の調査によれば、既に76.5%の都道府県が履歴の管理をしている。法律で義務付けなくても、その効用をPRしていくなり、財政的な支援をしていくなりしたらよい(情報システムの構築・維持等にコストがかかる)。

また、そこまで研修履歴が重要と主張するなら、地方自治、地方分権が重要な教育政策の領域で、自治体に新たな義務付けを行おうとするのだから、文科省、中教審は、根拠をしっかり示すべきだ。たとえば、上記の既に研修履歴の管理が始まっている自治体で、教師の学びはどれほど豊かになっているのか、管見のかぎり、説得力のあるデータやエビデンスは示されていない。

■研修履歴があったら、教師の質の保証になるのか?

今回の改正のねらいとして、もうひとつ可能性があるのは、教師の質が確かである、要するに「免許更新制がなくなって、先生たちの質は大丈夫か」という心配する声が一部にある(あるいは今後出てくる)ので、「大丈夫ですよ」ということを言いたい、という理由だ。加治佐学長も国会答弁の中で、教師に一定の質があるということを示す、質保証の必要があるという趣旨を発言している。

だが、これも論理がおかしい。問題のある教師(全体のなかでは一部の人だろうが)は、研修を受けたからといって、安心できない。

たとえば、医師や弁護士、あるいは保育士などでもよい。重大なミスを繰り返す人や問題行動を起こす人がいたとしよう。「研修を受けているから、大丈夫です」と言われて、あなたは、納得するだろうか?そうした専門職に頼りたいと思うだろうか?

写真:アフロ

研修履歴のあるなしを問わず、問題のある教師には、再教育の機会を充実させるべきだし、どうしても改善しないというなら、然るべき処分をするなり、異動して別のところで活躍していただくという方法をとるしかない。研修履歴の義務付けで解決しようとする話ではない。

こうして見ると、文科省、中教審は、教員免許更新制の歴史から、なにも学んでいないのではないか、と思えてくる。免許更新制も、当初は指導力不足教師の排除ということが検討され、それは法的に難しいということで、教師の資質能力の向上、アップデートという趣旨にすり替わった。だが、アップデートするには、10年に1度の講習では十分とは言えなかった。目的が曖昧で、かつ目的と手段がミートしているかどうかよく分からない政策を進めてきた反省は、どこに行ったのだ?

■手段の目的化が起こり、形骸化する危険性が高い。

第二に、たんに研修履歴の管理、活用を義務付けるだけなら、教育行政と学校の現場では、早晩形骸化する危険性がある

文科省・中教審が頻繁に述べるのは、研修履歴を活用した「対話」というキーワードだ。わたしもこれに反対するわけではないが、小綺麗な言葉で煙に巻くことになってはいけない。

たとえば、校長から「あなたは毎年ちゃんと研修を受講していますね。この調子で頑張ってください。」といった声かけがあるくらい、または「ICT活用の研修を受けてほしいけど、今年は忙しくてなかなか難しかったですよね。来年度は検討してください。」といった会話があるくらいの運用になるのではないだろうか。正直、研修履歴の管理を義務付けても、それがどれほどの効果、変化をもたらすのかは、疑問だらけだ。

忙しい学校現場等では、手段の目的化、取り組みの形骸化というものが、あちこちで起きている。

たとえば、教育委員会(任命権者)には、教員育成指標を策定することが法律で義務付けられている。教師にはこんな能力を身につけてほしいという目標のようなものだ。まったく効果がないとは言わないし、研修の体系化などが進む効果もあるが、指標を作成、活用したところで、実際、どこまで教師の資質能力の向上につながっているだろうか。

また、各学校では、学校評価(自己評価)が法律で義務付けられている。学校改善などにつなげている学校もある一方で、教職員や保護者にアンケートなどをとって結果を集計・公表して、満足している学校も多いようだ。

つまり、実施することが目的化してしまって、そもそもの趣旨につながっていない例は多い。それでいて、書類やデータの管理のために、副校長・教頭や教育委員会職員の負担は増す。だれの、なんのためになっているのだろうか?

■国会議員や文科省に頑張ってほしいことは、別にある。

文科省・中教審は、いい加減「書類をつくったら、現場はもっとよくなるはずだ」という発想をやめてはどうか。少なくとも、前述したとおり、先行例などから、効果がある程度確からしいものを推奨するべきだ(だとしても、義務付けまでするのは慎重に検討するべき)。現に、文科省内では職員に対して、研修履歴をもとにした指導助言が有効に機能しているのだろうか?

教師の学びを促したいのなら、現行法の何が不足しているのだろうか。教育公務員特例法には、次の条文がある。

第二十二条 教育公務員には、研修を受ける機会が与えられなければならない。

2 教員は、授業に支障のない限り、本属長の承認を受けて、勤務場所を離れて研修を行うことができる。

問題は、この趣旨が十分に現場で反映されていないことだ。小学校や中学校等では、忙し過ぎて、なかなか研修に行けない、時間が取れないという先生も多い。なんせ、児童生徒がいるあいだは、トイレに行く暇もないくらいなのだから、夏休み中などを除いて、研修どころではないと言える。

先日、わたしのツイートにはたくさんのコメントが付いた。

法改正ともなると、国会議員の先生方や文科省職員の多大な労力と時間をかけることになる。研修履歴の義務付けなどよりも、もっとエネルギーをかけるべきところがある(つまり、優先順位がおかしいと申し上げている)。

なにかを義務付けること、あるいはガイドラインをつくって「教育委員会と学校はやるように」と促すことは、文科省としては、あまり大きな予算もかからないことで、行いやすいかもしれない。だが、本当にそこに必要性と優先度は高いのか、今一度、捉えなおしてほしい。

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教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事

徳島県出身。野村総合研究所を経て2016年から独立し、全国各地で学校、教育委員会向けの研修・講演、コンサルティングなどを手がけている。5人の子育て中。学校業務改善アドバイザー(文科省等より委嘱)、中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員、スポーツ庁、文化庁の部活動ガイドライン作成検討会議委員、文科省・校務の情報化の在り方に関する専門家会議委員等を歴任。主な著書に『変わる学校、変わらない学校』、『教師崩壊』、『教師と学校の失敗学:なぜ変化に対応できないのか』、『こうすれば、学校は変わる!「忙しいのは当たり前」への挑戦』、『学校をおもしろくする思考法』等。コンタクト、お気軽にどうぞ。

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