勤務時間外や休憩時間に行った業務は「労働」として認められるか。

 こう書くと、おそらく大勢の方は「私的なことならまだしも、仕事、業務として行ったなら労働だ、当たり前の話でしょ」と考えると思う。しかし、公立学校の教員の場合はちがうのである。

 埼玉県の小学校の現役教員(田中まさおさん、仮名)がこの点を含めて、訴えていた裁判の判決が昨日(10/1)あった。さいたま地方裁判所は、現在の法律は「教育現場の実情に適合していないのではないか」と付言したものの、原告の教員の訴えを退けた。

写真はイメージ
写真はイメージ写真:アフロ

■なにが争点となったのか

 公立学校の教員は特別な法律によって、残業代を支給しないことになっている(「給特法」と略称される、正式には公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)。その分、給与月額の4%が別途支給されているが、これでは「定額働かせ放題だ」と多くの識者や当事者である教員たちから批判されてきた。

 今回の裁判で主に争点となったのは2点ある。

 ひとつは、常態化する時間外勤務に、時間外勤務手当が支給されるかどうかだ。

 校長は、原則として時間外勤務を命じられない制度となっており、その例外は特別な場合に限られている(給特法と関連する政令)。生徒の実習、修学旅行などの学校行事、職員会議、災害などで臨時で緊急な場合、「超勤4項目」と呼ばれている場合に限定されている。

 だが、現実としては、小学校の先生の仕事には、緊急でやむをえない場合(超勤4項目)以外の残業も多い。

 本訴訟では勤務時間開始前の登校指導やマラソン練習、また、勤務時間後の授業準備やテストの採点、事務作業、さらには、勤務時間中の休憩時間を潰して授業準備や児童の見守りなどを行ったことには、時間外勤務手当が支払われるべき、というのが原告の主張であった。次の写真のとおり、裁判では、原告が勤務時間後にもたくさんの教育的活動や事務作業に従事したことを示す資料が添付されている。

出所)裁判資料(判決文別紙)より一部抜粋
出所)裁判資料(判決文別紙)より一部抜粋

 今回の地裁判決では、「教員の業務は、教員の自主的で自律的な判断に基づく業務と校長の指揮命令に基づく業務とが日常的に渾然一体となって行われているため、これを正確に峻別することは困難」であるとしたうえで、「教員の勤務時間外の職務を包括的に評価した結果として」4%の調整額が支給されているので、時間外勤務手当の支給は認められない、とした。(カッコ書きは判決文から引用。)

※判決文と添付資料はこちらのサイトで閲覧できる。

https://www.call4.jp/search.php?type=material&run=true&items_id_PAL[]=match+comp&items_id=I0000070

■法定労働時間を超えて労働させたか、どうか

 もうひとつの争点が、使用者は1日8時間を超えて労働させてはならないという労働基準法32条に関してである。原告の教員は、校長はこの規制を超えて労働させていたのであるから、自治体に賠償責任がある、と主張していた。

 今回の判決では、公立学校教員にも労基法32条は適用されると確認した上で、校長の職務命令に基づく業務時間が「日常的に長時間にわたり、時間外勤務をしなければ事務処理ができない状況が常態化しているなど」、時間外勤務命令を超勤4項目に限定して、教員の労働が無定量になることを防止しようとした給特法の趣旨を没却するような事情が認められる場合には、校長は「違反状態を解消するために、業務量の調整や業務の割振り、勤務時間の調整等などの措置を執るべき注意義務がある」とした。

 そのうえで、こうした措置を取らずに法定労働時間を超えて教員を労働させ続けた場合には、国家賠償法上違法になるとした。

 ただし、本件では給特法の趣旨を没却するほどの事情には当たらないとして、賠償責任はないと判断した。

■判決をどう見るか

 今回の訴訟と判決をどう受け止めるべきだろうか。評価できる点もある一方で、批判的に検討されるべき点もたくさんある。

 評価できるのは、給特法が「定額働かせ放題」を是認するものではなく、教員の時間外労働に歯止めをかける趣旨があると確認したことだ。そのうえで、校長には教員の業務量の調整等を図る注意義務があることを確認した。

 これらの点は評価できるが、この裁判の前からも、校長と教育委員会には教員の健康に配慮する安全配慮義務があることは判例で示されていたし、管理職が業務量の調整等を行うのは当たり前のことである。本判決にものすごく新しい意義があるわけではない。

■むしろ、大きな問題がある

 ひとつは、冒頭で投げかけたように、公立学校の教員の「労働」にはどこからどこまでが入るのか、ということは曖昧なままであった。

 図解してみた。ヨコ軸は勤務時間内か、外か。自治体によって異なるが、今回の原告の先生の小学校では朝8時30分から夕方の17時までが勤務時間内だ(うち45分は休憩時間)。ここでは、休憩時間をつぶした場合は勤務時間外に分類する。

出所)筆者作成
出所)筆者作成

 タテ軸は、校長の指揮命令の下で行っていた業務か、そうではないか、あるいは業務外かだ。民間企業についての最高裁判例でも、労働時間とは使用者の指揮命令下に置かれた時間を指す。指揮命令には、包括的または暗黙のものも含まれる。たとえば、警備員の仮眠時間は、いちいち何時に取れという命令がなかったとしても、労働時間として認められている。

 さて、業務外のことが「労働」とはならないことについては、異論はそうないだろう。

 たとえば、学校で仕事に関係ないサイトをダラダラ見ていたとか、副業にあてていた時間などは業務外だ。日本中の先生たちは忙しいので、そんな暇な人はそういないと思うし、勤務時間中は職務専念義務が課されている。もっとも、たとえば、ある先生が洋画の動画を学校で観ていた。英語の授業準備の一環の場合は業務だが、趣味の場合は業務外と言えそうだ。だが、両者の区別は難しい場合もある。

 裁判でも争点となったように、問題は勤務時間外の業務で、校長の指揮命令があったものと、なかったものの扱いである。図で赤字で囲った箇所だ。

 後者、指揮命令がない業務とは、たとえば、授業準備や児童の宿題等の確認、コメント書きなどをイメージすると分かりやすいが、通常、校長が事細かにあれをやれ、これをやれと教員に指示するものではない。教員の創造性や裁量が一定程度ある仕事だ。教員の自主的・自発的行為と呼ぶ人もいるし、過去の判例でもそう捉えられている。

 さいたま地裁は、先ほど引用したように、両者(指揮命令下の業務と、自発的なもの)は渾然一体で峻別は困難と考えている。だが、本当にそうだろうか?

 原告は、超勤4項目以外の業務について、明示的に時間外になになにをやりなさいと校長は言わなかったとしても、職員会議で確認され、実施が割り振られた業務については、校長の指揮命令の下にある労働である、と主張していた。

 具体的に考えてみよう。たとえば、テストの採点や授業準備、職員会議で確認された校内の事務作業を職員室で勤務時間外にやっている先生がいたとする。通常は、校長または教頭は、だれだれ先生が忙しそうに仕事をしているな、ということは認識している。おおよそどんな仕事に従事しているかも、管理職が認識、把握できている場合もある。

写真はイメージ
写真はイメージ写真:Paylessimages/イメージマート

 テストの採点や授業準備等は個々の先生の裁量や創意工夫でやっていることで、何時から何時まで実施するかも先生任せだからといって、「労働」ではない、と捉えるのは、わたしには違和感が強く残る

 校長の指揮命令下にない業務が多いとみなすなら、そもそも校長(ならびに校長を補佐する副校長、教頭)ってなんのためにいるんだっけ?ということになるのではないか。

 さいたま地裁は、たとえば、勤務時間外の登校指導や休み時間をつぶした行事の準備など、一部の業務は、指揮命令下にある業務であり、労働時間に当たる、と今回認定した。これはとても評価できることだが、一方で、このような認定ができるなら、指揮命令にあることと、教員の自主的・自発的行為とは峻別困難であるという前述のロジック、前提と矛盾したことを裁判所は言っているのではないか。

 本件は小学校教諭が起こした訴訟なので、部活動については言及はないが、中学、高校での部活動についてはどうか。最近は部活動ガイドラインやコロナ対策にもとづいて部活動の活動計画を各校で作っている例は多いし、計画がなくても、〇〇先生は××部で勤務時間外にも活動している、と校長も当然認識している。それでも、指揮命令はない、と言えるのだろうか?

■時間外労働と正面切って認めてしまうと、全国各地の学校が違法状態になりかねない

 裁判所の判断も理解できるところはある。先ほどのテストの採点、授業準備、事務作業、あるいは部活動などを正面切って「労働」と認定すると、全国各地の小学校~高校等が労働基準法32条違反状態ということになりかねない。

 そうなると、全国各地に混乱をきたすことになるだろう。

 とはいえ、本当に今回のような考え方でいいのかどうか、もっと考えていかなくてはいけないと思うし、司法だけでなく、立法・行政の問題でもある。

■「教員は労働時間管理はなじまい」は問題

 もうひとつ、関連して今回の判決で大問題なのは、教員には自主的、自発的な業務も多いから「定量的な労働時間による管理になじまない」(判決文p.24,26)としている点だ。

 日本各地の教員の多くは過労死等のリスクの高いなか長時間勤務しているし、実際に教員の過労死、過労自死は毎年のように起きている。また、労働基準法はもとより、労働安全衛生法も公立学校の教員には適用されている。企業の裁量労働制であっても労働時間管理は必要だ。

 こうした状況にあるのに、「労働時間管理はなじまない」とする裁判所の考えは、労働法上問題があるだろうし、健康管理を放棄する言葉のようにも映る。

 実際、ここ数年のうちにタイムカード、ICカード等で勤務時間管理をする自治体は多くなった。まだまだ十分ではない点は多々あるが、労働安全衛生体制の確立は、公立学校では(もちろん私立・国立でも)とても重要だ。

 原告の田中まさおさんは、労働基準法の基本的な規制が公立学校の教員に適用されないのはおかしい、次世代に引き継ぎたくない、という思い、使命感から裁判に訴えた。上記の問題点などを含めて、次世代に何を残すのか、改めるのか、問われている。

◎妹尾の記事一覧

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