コロナ禍が長引くなか、医療現場や保健所などで過酷な労働環境が続いていますが、教育現場も厳しいままです。

 もともとコロナ前からも、日本の中学校と小学校の先生は世界一長時間労働であることが分かっていましたが(OECD・TALIS2018)、コロナ危機下で、学校がやることは増える一方。消毒、検温、行事など、さまざまなことの見直し等に加えて、最近では抗原検査まで学校でやれという動きまで。なのに人は増えないばかりか、子どもたちへのきめ細かなケアやコロナ対策などで精神的にもキツイ状況ですから、休職・離職する人もいて、欠員状態のまま、いわば綱渡り状態のまま、なんとか持ちこたえているような学校もあります。

 保護者目線からは(わたしにも小学生~高校生がいます)、行事や面談のときに先生たちは明るく振る舞って見えることも多いでしょうが、実際はしんどい思いをしている人もいます。

 そんななか、

「学校の働き方改革には、教師の意識改革が必要だ!」

 こういう言葉を教育長(教育委員会のトップ)や校長から、わたしは度々聞いてきました。もう百回くらいは聞いたような(ちゃんと数えていませんが)。マスコミの報道でも似た傾向はあります(一例として、NHKの解説「教師の疲弊と人材危機 早急な働き方改革を!」)。

 読者のみなさんはどうお考えになりますか?わたしは、この説について「半分くらいは当たっているけど、残り半分はちがう(間違っている)」と考えています。

写真はイメージ
写真はイメージ写真:アフロ

■個人の意識や要領の悪さのせいにしてよいか?

 ものごと、ゼロか百かで割り切れるものではないことは多いです。「意識改革が必要だ」といった“訓示”(あるいは“お説教”)を聞いたとき、わたしは「意識だけのせいにしたらアカンで」と心のなかでツッコミを入れています。

 おそらく近い例としては、研修会などの場で(わたしはよく講師をしています)、真面目そうな先生が「わたしは要領が悪くて、仕事が遅いんです」と自分を少し責めているような風景をたまに見かけます。

 確かに、時間の価値をもっと意識することは大切ですし、個々人で反省して改善できることはしていく必要はあります。ですが、個人のせいだけにしていて、本当に過酷な労働環境はよくなるでしょうか?

 先生たちの意識改革だけで大きく改善するほど、事態はそう甘くありません。

 それに、「意識改革が重要だ」という言葉の裏には、ひょっとすると、個々人の心がけや努力のせいにして(自己責任論)、教育長や校長が自分たちの役割から逃げようとする心理が隠れているかもしれません。働き方改革には組織的な動きが不可欠なのに。

■属人的な仕事ぶりになっていないか?

 企業などでも多いようですが、多忙な職場の背景、要因のひとつには、属人的な仕事の進め方をしている、というケースがあります。

 学校内での業務分担について考えてみましょう(校務分掌と呼ばれます)。たとえば、運動会ひとつとっても、プログラムなどの企画を練る、保護者等への案内文をつくる、テントの設営やライン引きなどの段取りを組むなど、さまざまな業務があります。ほかの例として、進路指導では、情報を集める、生徒と面談や面接練習をする、推薦書や小論文等の添削をする、学校側の書類をつくるなど、授業以外にも、さまざまな仕事を先生たちはこなしています。

 なお、欧米では教員以外のスタッフとの分業が進んでいる国もあって、日本よりも教師の負担軽減が進んでいるところもありますが、日本の場合、教師以外のスタッフは非常に少ないです(たとえば、カウンセラーは非常勤の場合が多い)。これは学校の問題ではなく、文科省(ならびに予算を増やさない財務省)の問題です。部活動指導員などは増えてきましたが。

 仕事の進め方については、学校によってもさまざまなので、一概に論じられるものではありませんが、異動が頻繁にある公立学校なのに、引き継ぎ資料がしっかりしていない学校もあります。文書がほとんど残っていないケースも聞いたことがあります。そこまでひどい例は稀かもしれませんが、初めて担当する人であっても分かりやすいように手引きやマニュアルになっている例は、少ないかもしれません。つまり、かなり各自任せな仕事の進め方になっているのです。

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写真はイメージ写真:アフロ

 先生という仕事は、授業の準備や進め方をイメージしていただけるといいですが、個々人に裁量や自由度がかなりあります。ただし、その多少のゆとりも、多忙ななかで失われつつありますが。

 裁量、自由さは教職の魅力のひとつでもあるでしょうが、一方で、仕事ぶりが個人任せでマネジメント不足、言い換えれば、我流の個業(個人プレー)になりやすい傾向があります。また、教職員のあいだで業務分担の大きな不均衡も起きがちです(忙しい人にさらに重い業務がのしかかるなど)。

 そのため、ある業務に詳しい人が異動すると、後任や同僚が困ったり、取り組みがトーンダウンしたりすることがあります。また、たとえば、児童生徒の課題や作品などへのチェック(丸付け)、コメント書きに非常にこだわりをもつ人もいて、夜遅くまでかけているというケースもあります。こうした問題には、本人の意識の問題という側面もありますが、組織的な問題もあります。

 その人しか仕事の詳細が分からない状態であったり、その人なりの仕事の進め方が強い状態になったりしていて、属人的な仕事ぶりとなっているのです。もちろん、この点だけが多忙の要因ではなく、前述したように人手が少ないことなど構造的な問題もありますが。

■業務を洗い出し、いつ、だれが、何を行うか、可視化

 対照的に、ある中学校では、いつ、だれが、どんな業務をしているのか洗い出し、「業務プロセスシート」という共通フォーマットで整理しました(詳細は文章末の大根さんの実践論文を参照)。細かな業務ごとにだいたい標準的にどのくらいの時間がかかるかも記入し、職員間で業務負担の不均衡が大きいことを可視化したのです。

 たいてい負担の重い人(たとえば、教頭、研究主任など)は、「ほかの人とは分担しづらい仕事が多い」などと言うのですが、細かく分類してみると、その人でないとできないわけではないものも多いと気づきます。その中学校はそうして分担の一部を年度途中に変更しました。

 若手の先生も増えているなかで、業務プロセスシートがあると、初めて担当する人でもいつどんな仕事があるか見通しが立つので、便利だそうです。

 こうした取り組みは「しくみ」で組織的に仕事を進めている例のひとつです。「しくみ」とは、誰でも同じ質の仕事ができるようにするシステムのことを指します。

 付け加えるなら、業務の洗い出しをしたうえで、必要性が低いものはやめたり、進め方を変えたりする業務改善までできるとよいと思いますし、ひとつの中学校だけでなく、自治体全体の動きにできるといいです。

 また、ICTの活用が効果的な場面もあります。たとえば、丸付け、採点はICTを使うことで、同じ問題を効率的にチェックしたり(串刺し採点)、判別容易なものは自動採点したり、集計はもちろん機械がやってくれますから、従来の半分~1/3程度の時間で済むようになったという声も聞きます。これも、個人の力だけでなく、「しくみ」やツールを使って仕事を進める例です。

 こうした仕事の進め方や業務改善は、変える当初は、手間暇はかかります。ですが、働き方改革では、こういう地道なこともとても大事なのであって、意識づけや啓発だけで進むものではありません。

 さて、「教師の仕事は、そんなマニュアル化できることやICTを活用できることばかりじゃないよ」という声も聞こえてきそうです。

 確かにそのとおりです。ですが、もう少し考えてみると、「しくみ」を活用して組織的に取り組む意味は、しくみ化しやすい仕事はなるべく短時間でミスなく済ませ、しくみ化しにくい仕事にもっと先生たちのアタマを使えるようにするためです。

 長時間労働の実態を個人の意識や努力のせいだけにする前に、できることはたくさんあります。

※この記事は『教職研修』2021年5月号の拙稿を加筆修正して作成しました。

【参考】

泉正人(2017)『自分とチームの生産性を最大化する最新「仕組み」仕事術』

大根誠(2018)「学校業務を『見える化』する手法の開発と実践」

妹尾昌俊(2019)『こうすれば、学校は変わる! 「忙しいのは当たり前」への挑戦』

◎妹尾の記事一覧

https://news.yahoo.co.jp/byline/senoomasatoshi