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教師の副業・兼業の影響、是非について考える <育児漫画の出版が不許可になって係争>

妹尾昌俊教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事
(写真:アフロ)

5/30付の朝日新聞によると、都立高校の教員が育児漫画を出版しようと都教育委員会に「兼業」を申請したところ、理由を示されず不許可にされたとのこと。この先生は取り消しを求める訴えを東京地裁に起こしました。

※裁判を起こしたパパ頭さんのTwitterより

本事案については、記事からだけでは都教委側の判断理由など、詳細はわかりませんので、是非についてコメントできません。ですが、一般論として、わたしは、教師の副業、兼業はなるべく広く認めていったほうがよいと、考えます。

保護者を含めて、一般の方にはあまり関係がない話題だなと思われるかもしれませんが、子どもたちにも影響してくる話だと思います(後述)。ぜひ、多くの方に関心をもっていただければと思い、解説します。

■教育に関する副業は本務に支障がない限り、原則OK

まず、基本的な制度、ルールを確認しておきましょう。

公務員が本務以外の仕事を兼業することは、原則的に禁止されています(公立学校の先生など地方公務員の場合は地方公務員法第38条)。任命権者の許可があればOKなので、一切禁止されているわけではありませんが。

ただし、公立学校の教員については、教育公務員特例法に特例規定があり(第17条)、兼業の制約が一般の公務員より緩められています。※非常勤講師などの場合は別。

教育公務員は、教育に関する他の職を兼ね、又は教育に関する他の事業若しくは事務に従事することが本務の遂行に支障がないと任命権者(県費負担教職員については、市町村の教育委員会)において認める場合には、給与を受け、又は受けないで、その職を兼ね、又はその事業若しくは事務に従事することができる。

たとえば、教員が授業づくりのセミナー講師をして謝礼を受け取ったり、教育に関する本を出して印税収入を得たりする場合などがあります。社会科や理科の先生らが休日に史料館や博物館で働くことなどもあるかもしれません。

元文部官僚で教育法規に詳しい菱村幸彦先生はこう述べています(ぎょうせい教育ライブラリ)。

ここで注目すべき点は、地方公務員法が、「従事してはならない」と兼業禁止を前提としているのに対して、教育公務員特例法は「従事することができる」と兼業肯定を前提としていることです。

つまり、教員の場合は、「教育に関する職」や「教育に関する事業」であるなら、原則として、兼業をしてもいい、しかも兼業先から給与を受けてもいい、というわけです。

今回の事案では、育児についてなので、「教育に関する職」と言えるのかどうかが問われるかもしれません。仮にそれに当たらない場合であっても、地方公務員法上の規定でも、兼業はまったくダメというわけではないので、不許可の理由が問われるところかと思います。

■教師の副業は、授業づくりや生徒理解にもプラス

さて、わたしは、教師の副業はもっと広く認めていってもいい、むしろ推奨してもいいくらいだと考えています。おもな理由は2点あります。

第一に、学校以外の経験が本業にも活きることが多々あるからです。

たとえば、わたしの友人には休日などの時間を使って本を出している公立学校の先生がいますが、自身の教育実践や考えを内省し、整理し、深めるのに、執筆はとても適していると思います。それに、通常は本を1冊書くには、たくさんの本や情報を読み込んでおく準備が必要なので、アウトプットは最良のインプット(学び)にもなるのです。

従来のように、教科書に書いてあることや受験に必要なことをひととおり教えることが教師のメインの役割ならば、学校の経験だけでも、ある程度までは通用したかもしれません。ですが、教科書などに正解が書いていないことを深く、広く考えたり、探究したりすることができる子どもたちを育てたいなら、先生たちにも探究する経験がないと、うまくいかないと思います。

本事案では育児経験を漫画にしていますが、出口治明さん(APU学長)も以前、育児は留学と同じくらい学びが多いと語っています(たとえば、サイボウズのこちらの記事)。高校生と乳幼児は違いますが、育児経験はきっと生徒理解などにもプラスになるでしょう。

ちなみに、わたし自身は5人の子育て中ですが、いろいろ失敗や試行錯誤をしながら、仕事の集中力や働き方などがよくなった気はします(子育て中は時間制約がキツイので、工夫せざるを得ません)。

また、教育とは関係ない仕事を含めて、そこでさまざまな人と触れあうことは、視野を広げることにもなります。

学校の先生は名刺をもっていない人がかなり多いです。学校外の人と交流する機会がほとんどないからです。

■副業を認めたほうが採用上もプラス

第二に、採用上も関係してくると思います。本事案は都教委がどう判断したか詳細が不明なので、ぜひ丁寧にご本人にも社会にも説明してほしいと思いますが、ともすれば、東京都の教員採用試験を受けようかどうか迷っている人たちに、「東京都の教員になると、管理や縛りがキツイぞ」というメッセージを与えています

対照的なのは、同じ都内の私立学校、新渡戸文化学園です。ここでは、「学園の教職員は、多様なバックグラウンドの魅力的な人間が集まるダイバーシティなチームです」ということをPRしていて、学外の肩書きをもっている教師の割合や書籍執筆・編集の経験者数、海外留学・勤務の経験者の割合などをウェブページに掲載しています。

新渡戸文化学園の多様性のある教職員チーム(同学園のウェブページより抜粋)

たとえば、本を書こうとかYouTuber、大学の先生も続けながら教師として頑張ろうと思っている、熱心な先生、野心的な先生であれば、就職先、転職先としてどちらを選ぶでしょうか?という話です。

また、保護者から見ても、多様性のある教職員チームのほうが、子どもたちへの影響もよいと感じる人も多いのではないでしょうか?

■副業推奨の前には、課題もたくさんある

とはいえ、課題もあります。ここでは、3点に整理しておきます。

第一に、現状では副業、兼業を認めるかどうかの基準が曖昧で、教育委員会側の恣意的な判断になっている可能性があることです。法の「教育に関する職」というのも、教育委員会ごとに判断が分かれているのではないでしょうか。

文科省と総務省にまたがる課題だと思いますが、ぜひ国としても、もう少し踏み込んで指針を示すなどしてほしいです。

第二に、手放しで副業を認めていいというわけでは、もちろんない、ということです。たとえば、学校の常勤の先生が塾講師を兼ねる場合。その塾に通っていたほうが成績上有利になるのではないか、など勘ぐられますよね。

また、副業とは違うかもしれませんが、2015年に公立学校の校長らが教科書会社から謝礼を受け取っていたことが問題視されました。現場の先生たちの意見を聞いて教科書の内容をブラッシュアップすることは大事だと思いますが、特定の教科書が採択されやすいように働きかけたのではないか、と疑われたわけです。

ただし、上記のような問題事案は、そう多発しているわけではありませんし、ふつうの教員であれば、問題のある行為だと理解できる話であって、副業規制を厳しくすることで防ぐ必要があるのかどうかは、要検討だと思います。

問題が起きれば、信用失墜行為などで処罰されますから、事前規制を厳しくする必要は必ずしも高いわけではありません。たとえば、飲酒運転はもちろん法律に触れますが、だからといって、飲酒するときに事前に届け出をしたり、お酒禁止にしている教育委員会はありませんよね?

第三に、現状では多くの学校の先生たちは忙し過ぎて、副業どころではない、という現実があることです。

たとえば、休日に本を書いたり、セミナー講師をしたりしてもいいわけですが、中高では部活動指導があります。(部活動指導こそ副業扱いにしたほうがよいのでは、という議論は今後もっと活性化すると思いますが、本稿では詳細は論じません。)

小学校や特別支援学校では、日中に休憩が取れないくらい過密で、気が抜けない仕事です。これでは疲れきってしまって、副業を考えるゆとりはない、という先生も多いと思います。

わたしは、学校の多忙解消と、副業などを含む多様な働き方の推進は、ともに進める必要があると考えています。

本件の先生を含めて、多くの先生たちが多様な経験がしやすく、発表もしやすい職場、社会になってほしいと思います。

◎妹尾の記事一覧

https://news.yahoo.co.jp/byline/senoomasatoshi/

教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事

徳島県出身。野村総合研究所を経て2016年から独立し、全国各地で学校、教育委員会向けの研修・講演、コンサルティングなどを手がけている。5人の子育て中。学校業務改善アドバイザー(文科省等より委嘱)、中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員、スポーツ庁、文化庁の部活動ガイドライン作成検討会議委員、文科省・校務の情報化の在り方に関する専門家会議委員等を歴任。主な著書に『変わる学校、変わらない学校』、『教師崩壊』、『教師と学校の失敗学:なぜ変化に対応できないのか』、『こうすれば、学校は変わる!「忙しいのは当たり前」への挑戦』、『学校をおもしろくする思考法』等。コンタクト、お気軽にどうぞ。

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