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「こども庁」つくったら、問題は解決する?子どもファーストなら、もっと先にやるべきことがある。

妹尾昌俊教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事
(写真:アフロ)

 現在、内閣府、厚労省、文科省などが所管している、子どもに関する事務を「こども庁」を創設し、移管する案が検討されています。昨日の産経新聞では「『こども庁』政府3案判明 子育て・教育を一体化、義務教育の移管も」と報じています。

 少子化が進む日本で、子どもたちのことを真剣に考えてくださる政治家や官僚の方々はとてもありがたい存在ですが、「こども庁」創設で問題が解決するのだろうかなど、数々の疑問も浮かびます。ここでは、3点に分けて問題提起したいと思います。

※なお、特定の政党や政治家、団体等についての賛否等を論じるものではなく、政策論として書いています。

■疑問1、内閣府でできなかったことを、「こども庁」でできるのか?

 「こども庁」創設を強く訴え続けておられる議員さん方のウェブページ、「こども庁の創設に向けて」では、「こども庁」が必要な理由や効果について解説しています。

 そこで強調されているのは、「こども関連の政策は、関係省庁がバラバラで、縦割り行政の弊害」があるという問題です。効果の一番目としても、「縦割り行政を一元化することで、抜け漏れがない、迅速な対応を実現できる」と記されています(図)。

「こども庁」の創設に向けてウェブページより一部抜粋
「こども庁」の創設に向けてウェブページより一部抜粋

 これは一見なるほどと思える話ですが、問題のすり替えが行われているかもしれないロジックだと思います。

 第一に、そもそも、かつて橋本行革から始まった中央省庁の再編と、それに伴って内閣府の創設や内閣官房機能の強化が行われたのは、各省庁の縦割りを打破することにありました。

 なかでも内閣府は、各省より一段高い立場から企画立案・総合調整等を行う組織として創設され、総理大臣をトップにした組織です。内閣府設置法にも「企画及び立案並びに総合調整に関する事務」を担うとされていて、「子ども及び子どもを養育している者に必要な支援をするための基本的な政策並びに少子化の進展への対処に関する事項」と明記されています(第4条)。

 いまの内閣府の調整機能や、各省の縦割りに問題がないとは言いませんが、内閣府でできないこと、これまでできなかったことが、「庁」に過ぎない「子ども庁」ができれば、進むのでしょうか?あまりにも楽観的な見通しではないでしょうか。

 第二に、推進者が述べるように、各省の縦割りで抜け漏れが発生しているとすれば、それは、その所管する省庁の大臣らが十分に関与できていないから、もしくは政治が行政をきちんとモニタリングできていないせいではないでしょうか?

 要するに、政治家の問題を官僚あるいは組織論になすりつけている可能性がある、と思います。

■疑問2、真の問題は縦割りなのか?

 あまり抽象論ばかりでもわかりづらいので、具体的な政策課題から考えます。義務教育について文科省から「こども庁」にもっていくかどうかは、激しく論議があるようですが、推進者の理由のひとつとしては、子どもの命を守ること、とりわけ、児童虐待や子どもの貧困問題を「こども庁」で一元管理したほうがよい、とされているようです。

 たしかに、いまは児童相談所の設置や支援は厚労省、学校での虐待等の発見や支援は文科省、事件対応は警察(警察庁)と分かれています。

 連携するのに多少不便なところや、書類をあちこちに出さないといけない非効率さなどはあるのかもしれません。ですが、虐待防止や虐待への対応などが十分ではないとすれば、それは、上記の縦割り行政のせいなのでしょうか?

写真はイメージ
写真はイメージ写真:アフロ

 わたしを含めて、おそらく多くの方も(推進者の方も含めて)気づいていると思いますが、マンパワー不足のほうがはるかに深刻な問題です。たとえば、週刊東洋経済(2019.09.21)は「独自調査 月の残業100時間超も… パンクする児童相談所」という特集を組んでいて、こう述べています。

児童福祉司は虐待の通告が入れば駆けつけたり、一時保護をしたりと、直接子どもや親と関わる責任の重い仕事で、社会福祉士などの一定の条件を満たした地方公務員が任用される。人手不足とされる理由は、担当する虐待対応件数の多さにある。日本は1人平均41件(2018年時点)と、米国の平均約20件の倍に上る。急増する虐待対応件数に対して、児童福祉司の増員が追いついていない。(中略)

単純比較はできないが、(引用者注、児童福祉司の)時間外労働時間は地方公務員の平均よりも上回る自治体が目立つ。中には最大値が過労死ラインとされる、月80時間を超える自治体もあった。

児童相談所で働く人たちもパンパン。保護・収容できる施設も満杯。なので、学校側で、この家庭が危ないなとか、この子が心配だと気づいたとしても、児相がすぐには動いてくれなくて、「自治体や学校でなんとかしてください」と戻されるケースもあるのです。1人40件も抱えていたら、そうなりますよね。

 朝日新聞(2020年11月18日)によると、より事態は深刻かもしれません。

この10年で児相での虐待対応件数が4・38倍に増えたのに対し、児相の児童福祉司は1・74倍の4234人(今年4月時点)にとどまる。厚生労働省によると、18年度に死亡事例を担った職員が抱えていた虐待件数は51~100件が最も多く、201件以上抱える職員も複数いた。

 そして、学校の教員も、児相以上に長時間労働の人は多くて、本当に大変です。

 虐待や子どものケア(貧困問題などが背景)のために、教員任せだけでは限界があるので、カウンセラーやスクール・ソーシャルワーカーを配置しています。次の図は文科省の今年度予算の資料ですが、虐待対策、貧困対策として重点配置がされているのは、全国で各2400校ほどです。

文科省資料
文科省資料

 小中学校は全国にいくつあるかご存じでしょうか?約3万校です。基礎となる配置もあるので、全然ダメとは言いませんが、予算と人手が足りなくて、カウンセラーらは1人が複数校担当し、複数自治体を掛け持ちされている方も多いです。

 たとえば週1回しかカウンセラーやソーシャル・ワーカーが来てくれない、となると、連携協働も限定的になりますよね?

 さて、これは福祉(おもに厚労省)と教育(おもに文科省)の縦割りの問題なのでしょうか?

 財務省との関係(戦い?)で予算が取れていない問題、あるいはそのためのベースとなる根拠やデータが弱い問題、あるいは増員を応援してくれる政治的なリーダーシップが弱い問題、または「鶏が先か、卵が先か」かもしれませんが、カウンセラーらの専門家を養成する人数が少ないことや処遇が十分ではないこと、働き方改革が進んでおらず離職者も多いことなど。これらのほうが、縦割りよりも大きな問題だと思います。

 「こども庁」ができたら、もっと予算が取れるようになるんだ、とおっしゃる方もいるようですが、その根拠はどこから来ているのでしょうか?たしかに、新しい組織をつくると、目玉政策をPRしたいために、多少予算は付くかもしれませんが。その代わり、別のなにかが削られて、そこの関連の人たちはとても苦労するということが起こるかもしれません。

■疑問3、コロナ危機のまっただ中でやるべきか?組織をいじり回すよりもやるべきことは多い。

 ご存じのとおり、いま変異ウイルスによって、従来よりも子どもたちの感染リスクも高まっている可能性のある局面です。

 保育園、幼稚園、小学校、中学校、高校、特別支援学校、あるいは学童保育など、どこも密を十分に避けられるだけの空間が確保されているとは言い難い状況ですし、そこで働く人たちもギリギリの人数でやっているところも多いです。

 「こども庁なんて議論している場合か?」とまでは申し上げませんし、さまざまな政策や組織を検討するのはあっていいとは思いますが、緊急性の高いほかの案件が山積みなのも確かだと思います。

 約1年前の9月入学の議論のときもそうでしたが、降ってわいてきた大きく見えるアイデアのせいで、官僚の人たちや関係者が振り回され、緊急性や重要性が高い案件へ十分な人材や時間を割けなくなる危険性があります。

 「子どもファースト」と言うなら、「こども庁」は本当にいま優先順位のとても高いことなのか、子どもたちのために何がもっと必要なのか、ぜひ多くの方に向き合っていただきたいです。

☆妹尾の記事一覧

https://news.yahoo.co.jp/byline/senoomasatoshi/

教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事

徳島県出身。野村総合研究所を経て2016年から独立し、全国各地で学校、教育委員会向けの研修・講演、コンサルティングなどを手がけている。5人の子育て中。学校業務改善アドバイザー(文科省等より委嘱)、中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員、スポーツ庁、文化庁の部活動ガイドライン作成検討会議委員、文科省・校務の情報化の在り方に関する専門家会議委員等を歴任。主な著書に『変わる学校、変わらない学校』、『教師崩壊』、『教師と学校の失敗学:なぜ変化に対応できないのか』、『こうすれば、学校は変わる!「忙しいのは当たり前」への挑戦』、『学校をおもしろくする思考法』等。コンタクト、お気軽にどうぞ。

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