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少人数学級にする必要性と優先順位は高いのか?(2)”きめ細かな指導ができる”って、本当?

妹尾昌俊教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事
(写真:アフロ)

 小中学校や高校で、少人数学級にする必要は高いのでしょうか?前回の記事では、少人数学級を主張する論拠、理由として3点に整理して検討を進めました。

1)コロナ対策として、感染予防(または感染拡大防止)のため。

2)少人数学級になると、教師はより丁寧に一人ひとりの子のことを見られるようになるため。それにより、学力や心のケアなどの点でメリットが大きい。

3)教師の負担軽減のため。

 この記事では、2)と3)の論点を考えます。

前回の記事:少人数学級にする必要性と優先順位は高いのか?(1)コロナ対策としての有効性への疑問

■少人数学級の教育上の効果は高いのか?

 実は、この点は最も論争があるところです。文科省と財務省との間でも噛み合っていない箇所かな、と思います。

 現場の先生たちの実感としては、少人数のほうが丁寧に子どもたちを見られていい、という感触はとても多いです(前回の記事)。この見立てには傾聴する必要があると思います。

 ところが、日本の児童生徒について統計分析などを行った先行研究を参照すると、確かに効果はあるという研究も見られる一方で、大きな効果は認められない、という知見もたくさん出てきます

(写真素材:photo AC)
(写真素材:photo AC)

 たとえば、山口慎太郎教授(東京大学)らは、ある県の小4から中3までのすべての児童・生徒を対象に、のべ300,000人ほどを分析しています。2016年から18年までを経年で追っているという点でも注目の研究です。

 国語と算数・数学の学力テストで測ったところ、少人数学級が学力に与える影響は限定的であることがわかりました。学力に有意な影響を認めたのは、小6の算数のみで、クラス内の児童数を10人減らすと、6年生の算数は標準偏差で0.03上がる結果でした。大きいものとは言い難い結果です。

※山口教授のブログ記事と論文が参考になります。

http://labor-econ.hatenablog.com/entry/2019/02/04/073000

 横浜市のデータ(2008年、09年)を活用した別の研究では、小中学校の国語と算数・数学について調べましたが、小学校の国語だけ、学級規模が一人小さくなると偏差値が0.1上昇する効果が確認でき、他の学年と科目の組み合わせでは効果が確認できませんでした。これを大きな効果とみるのか、たいした効果ではないとみるのかは、判断が分かれるところかもしれません。

※赤林英夫教授(慶應義塾大学)の記事が参考になります。

https://synodos.jp/education/12530

 こういう研究を紹介すると、小中、高校の先生や教育学者の方の一部からは、「学力テストで測定できることはほんの一部であり、数値化しにくい効果にも注目する必要がある」という反論を受けます。その視点も重要です。ですが、山口教授らの研究では、子どもたちの勤勉さ、自制心、自己肯定感という3つについても調べたのですが、少人数学級の効果は見つけられませんでした。(勤勉さなどは非認知スキルなどとも呼ばれています。)

 一方で、教育上の効果が認められる、という研究もあります。たとえば、伊藤大幸先生らは、ある市での、2007年度から2015年度までの計9回の調査データ、小学4年生から中学3年生(計11,702名、のべ45,694名、1,308クラス)のデータを分析しています。結論としては、クラスサイズが10人増加するごとに、平均して国語の得点が0.07標準偏差、算数・数学の得点が0.10標準偏差低下することが示された、としています。

 この研究では、学力以外の影響についても調べています。教師との関係性については、クラスサイズ(学級規模)の拡大は教師との関係上のストレスには有意に影響しないが、教師からのサポートの減少をもたらす、と分析しています。加えて、児童生徒同士では、学級規模が大きくなると、いじめやケンカが増えるといった影響は認められませんが、相互の援助行動を減らす傾向があること、子どもの抑うつを高めることが示唆されています。

※論文のURL:https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjep/65/4/65_451/_pdf

(写真素材:photo AC)
(写真素材:photo AC)

■少人数学級の必要性は高いのか、教師の力量次第なのか?

 このように、少人数学級の教育上の効果については、さまざまな研究成果、見解があります。分析方法のちがいもあれば、対象とする地域、児童生徒のサンプリングもちがいます。今後も研究や検証、議論が深まってほしいと思いますが、次の点は考えなければならないと思います。

 第一に、仮に少人数学級に教育上の効果(学力向上だったり、子どもたちの心の面でのプラスだったり)があるとしても、それは大きな財政負担をしてまで、進める必要があるほど大きな効果なのかを検討する必要があります。また、次回の記事でも書きますが、別の政策と比べてどうなのかという検討も必要です。

 第二に、多くの先行研究が、教師の影響については分析できていません。たとえば、授業力(この定義はひとまず置いておきますが)の高い先生なら、20人学級でも、40人学級でも、子どもたちの学力を伸ばしたり、なるべくきめ細かなケアを進めたりできるのではないか、ということについて、またその逆のことについて、考えていく必要があります。

 ある現役の先生から聞いたことです。「少人数学級にしたほうが”きめ細かな指導ができる”と言う教員は多いけど、それは、自分が子どもたちをコントロールしたいと思い過ぎているんじゃないか。子どもたちの主体性や自主性を伸ばす授業や学級づくりが進めば、大人数であっても、質の高い学びにはしていける。」

 こういう視点にも一理ある部分もあると思います。読者のみなさんはどうお考えになりますか?

 また、赤林英夫教授の先ほどの記事にもあるとおり、少人数学級のために教員数を増やそうとすると、十分な質の教員数を確保できない可能性がある、と指摘する見解もあります。

 加えて、厳しい財政事情のなかで少人数学級を進めようとすると、国や自治体は、非正規雇用を増やして対応しようとする可能性があります。講師の先生の質が悪いと断言できるものではありませんし、いまでも、たいへん優れた講師の方もたくさんいるわけですが、とはいえ、不安定な雇用(年度ごとに更新など)のなか、中長期的な育成が進みにくかったり、責任のある校内の仕事を担いにくかったりする部分も出てきます。

 いまでも、自治体によっては、国の標準よりも、独自に少人数学級を進めているところはありますが、そのぶん必要な教員を、非正規雇用でかなり賄っているところもあります。論点3)の教師の負担にも関係することですが、非正規雇用の多い職員室では、正規雇用の教員に重めの業務が来る傾向があり、こうなると、授業準備の時間が十分に取りづらくなるなどの影響が出ます。

 また、正規の教員が採用増になったとしても、質が担保されるのかどうかという問題は残りますし、採用後、経験の若い先生が現場で増えることになります。

※参考記事:学力に不安があっても教師になれる時代に!?【先生の質は低下しているのか?(2)】

 つまり、少人数学級の導入が、教員の質を低下させたり、授業準備に集中できなくなる事態を招いたりする危険性もある、ということです。教育上の効果を高めるために導入する政策なのに、逆の効果、副作用が大きいかもしれない、ということは、十分に注意するべきだと思います。

 なお、本稿のメインテーマではありませんが、中教審(中央教育審議会)でいま議論が進んでいる、小学校高学年での教科担任制の導入も同様の問題を含んでいます。

 第三に、二点目とも関連しますが、少人数学級が実現すると、それに伴い、授業方法や教師の子どもの接し方が大きく変わる可能性、希望はあるかもしれません。

 いまの最大で40人学級という制度は、一斉授業(先生が大勢の児童生徒たちに、おもに講義をしていくスタイル)と親和的です。仮にこれが最大でもひとクラス20人ということになれば、もっと個別学習やグループワークなどをやりやすくなる可能性はあります。しかも、いまの制度では、たとえば、今年はたまたま1学年41人いたから、20人と21人の2クラスだったけど、来年度は転出者が出るかもしれず、40人ひとクラスになるかもしれない、というもので不安定です。これが、毎年20人以下に確実になるということになれば、それを見越した授業スタイルや学習に変えていけるかもしれません。

 とはいえ、こうした見立て、予想も、本当かどうかはわかりません。先ほどのように、結局、先生の力量や授業方法しだいかもしれません。いまの40人学級でも、個別学習や協同的な学びはできているところもたくさんあるからです。しかも、今後は学校でのICTの整備がやっとこさ進みますので、ICTも万能ではもちろんありませんが、うまく使えば、個に応じた学習などは行いやすくなります。

 少しまとめると、2)少人数学級になると、教師はより丁寧に一人ひとりの子のことを見られるようになるのかなどの教育上の効果についても、疑問や批判はたくさんあります。また、副作用のほうが大きく出てくるリスクもあります。

 次回の記事では、3)教師の負担について、検討したいと思います。

次の記事:少人数学級にする必要性と優先順位は高いのか?(3)先生の負担は減る?

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●妹尾の記事一覧

https://news.yahoo.co.jp/byline/senoomasatoshi/

教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事

徳島県出身。野村総合研究所を経て2016年から独立し、全国各地で学校、教育委員会向けの研修・講演、コンサルティングなどを手がけている。5人の子育て中。学校業務改善アドバイザー(文科省等より委嘱)、中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員、スポーツ庁、文化庁の部活動ガイドライン作成検討会議委員、文科省・校務の情報化の在り方に関する専門家会議委員等を歴任。主な著書に『変わる学校、変わらない学校』、『教師崩壊』、『教師と学校の失敗学:なぜ変化に対応できないのか』、『こうすれば、学校は変わる!「忙しいのは当たり前」への挑戦』、『学校をおもしろくする思考法』等。コンタクト、お気軽にどうぞ。

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