学校への信頼は回復するのか? 神戸の教員間暴力を受けて、考え行動したいこと

(写真:アフロ)

 神戸市立東須磨小学校での教員間暴力事件が発覚して、1カ月半になる。過熱化した報道は鳴りをひそめた感もあるが、神戸市にかぎらず、全国各地の学校関係者や教育委員会の反応はどうだろうか。「加害者は二度と教壇に立つな」、「あれは気の毒だし、ひどいことだが、稀なことだ(≒うちには関係ない)」とだけ片付けたのでは、いけないと思う。

 というのは、東須磨小と神戸市に対してはもちろんのこと、社会全般に学校への不信が広がった事件だと思うからだ。

 わたしは、これまでもこの問題を取り上げてきたが、きょうは、学校は信頼を取り戻せるのかについて述べたい。

【参考】

【神戸教員間暴力】教育委員会は何をするべきか(1)神戸方式の廃止や弁護士の調査だけでは不十分

【神戸教員間暴力】教育委員会は何をするべきか(2)未然防止と早期対応に向けてできることは多い

【神戸の教員いじめ、傷害】特異な事件なのか、よくあることなのか

神戸の事件は何に影響したか、3つの不信

 「教育不信の時代」に入っていると言えるかもしれない。とりわけ3つの意味で。

 第一に、児童生徒の教員、学校に対する不信である。なにしろ、今回の件では、いじめはいけないと言ってきた教員が暴行・傷害を起こしたのだ。しかも加害者のひとりは人権教育の推進担当だったという。

加害教員、被害教員が担任していた学級の子どもたちが心境を紙に書く時間が設けられた。言葉にならず絵で表現した子どももいれば、書いたものをビリビリに破く児童もいた。別室で号泣するケースもあれば、起きたことが信じられず「(加害者は)先生じゃない」とつづったものもあった。

出典:神戸新聞2019年10月25日

2人の子供を通わせる保護者は「『いじめを見たら声を上げて』と普段から話している同僚の先生たちが黙っていたことがショックだったようだ」と話す。

出典:毎日新聞2019年11月16日

 川口市でも、本年9月に特別支援学校高等部1年の男子生徒が「教育委員会は大ウソつき」というメモを残して自殺している。

 子どもたちの教員や大人への信頼は損なわれている。

 第二に、保護者等の不信である。しかも、神戸については、加害行為の悪質さに加えて、その後の教育委員会と学校の対応が、保護者ならびに社会の学校不信を増幅させたように見える。

写真素材:photo AC
写真素材:photo AC

 第三に、教員志望者、ないし学生等にとっての学校、教職という仕事の魅力低下である。ただでさえ、忙しく過酷な職場であることが知れ渡っているのに、仕事に就いた後、あんな暴力やいじめを受けるかもしれない、となると、いくら公務員で給与等が安定しているとしても、また、子ども成長に関われるやりがいがあるといっても、教員に就職(転職)したいと思う人は、減るだろう。

 神戸のようなことが各地で起きているわけでないとはいえ、他地域もよそ事とはできない現実があるように思う。

学校の信頼回復はできるのか?

 こうした3つの根深い不信。学校、教育行政は、信頼を回復して再建していけるだろうか。

 特効薬はないし、ラクな道もありそうにない。だが、いくつか確実に行動できることがあるように思う。ただし、それは神戸市が現在進めているように、神戸方式と呼ばれる独自の人事制度の見直しや、教育行政支援課を市長部局に設置するといったことだけでは、問題のほんの一部に対応した施策に過ぎず、不十分だと考える。

 まず、子どもとの関係では、授業をはじめとして、日ごろ接するなかで、真摯に向き合っていくしかない。

ある5年生の児童によると、10月中旬、先生から「忘れて平常に戻ろう」と呼びかけられた。だが、児童は「すぐには元に戻れない。忘れるのではなく、どうすれば同じことが起きないか、みんなで考えた方がいい」と話す。

出典:毎日新聞2019年11月16日

 この子の言うとおりだと思う。学校、教員は目を背けるのではなく、向き合っていく必要がある。もちろん、子どもと被害を受けた教諭の心のケアが最優先であることは言うまでもないが。

 子どもとの関係修復は、もちろん簡単ではないが、まだ接点、チャンスはたくさんある。だが、保護者や社会に対しては、学校は限られた接点しかもっていない。どうしていけばよいだろうか。

写真素材:photo AC
写真素材:photo AC

 参考になるのは、学校とはちがう話だが、オバマ政権のときの「オープンガバメント(開かれた政府)の3原則」である。オバマが大統領就任直後に出したもので、政府のめざす姿として、透明性、市民参加、協業(協働)の3つを方針とした。

 当たり前のことを言っているだけと見ることもできるが、神戸でも(また他地域においても)、この3つは重要だと思う。具体策としては、次の3点を提案する。

1)学校の様子をオープンにして、情報提供、情報共有を続けること(透明性)

 以心伝心のようには、なかなかいかない。学校のやっていること、教員が尽力していることなどを、保護者等にも知ってもらうことが第一だ。知らないから、憶測で疑念が広がったりする。

 その意味では、東須磨小学校のウェブページが再開されたことは、いい動きだと思う。(今回の混乱と過熱報道のなか、一時閉鎖されていた。)

 いまでもほとんどの学校が、便りを出したり、ウェブページで情報発信している。これらも大事だが、細かいところまで伝わるとはかぎらないし、もっと双方向でやりとりできる場があったほうがよいだろう。PTAの会議などもそのひとつだが、限られた保護者しか来ない。

 いま広島県の教育長をされている平川さんは、校長のときに、保護者が自由参加で、ざっくばらんに校長と話をできる場(茶話会)を頻繁につくっていた。もちろん、保護者も仕事や育児等があるから、都合がつくとはかぎらないが、こういう場があることで、気になることや心配なことを校長にじかに聞くことができる。

2)アンケート任せにせず、対話できる場をつくること(参加、協業・協働)

 1)とも重なるが、保護者等の意見や気になることを出す場がもっと必要ではないか。

 ほとんどの学校が学校評価のなかで、保護者向けにアンケートを実施している。もう10年以上続けている例も多いだろうが、これが形骸化している部分もある。

 なぜなら、「授業の進度は適切だと思いますか」など、保護者にわざわざ聞かれてもよくわからない質問がある場合もあるし、アンケートを実施したあと、白黒印刷で見づらいグラフが入ったお便りが配られ「ご協力ありがとうございました!」と言われても、結局、それで何か改善するのか、見えない。

 学校評価(そのなかでも、保護者や地域の声を反映する学校関係者評価)は、本来は、学校改善や保護者等とのコミュニケーション促進のために導入された制度なのだが、機能していない学校が多いのではないだろうか。これではお互いに負担があるわりには、効果が薄いし、学校への信頼につながらない。

 アンケートは数年に一度くらいにして、ダイレクトに意見交換、情報交換する場のほうに時間を割いたほうがよいかもしれない。

 もうひとつ、うまく使えば、効果的なのはコミュニティ・スクール(学校運営協議会制度)だ。次の図のとおり、保護者や地域の人、有識者等が委員となって、学校運営等について協議をする。イエスマンばかりではダメで、必要に応じて、校長等にしっかり意見を言う場でもある。

画像

出所)文科省ウェブページ

 企業でいうと、社外取締役を入れて会議をする場に近い。もちろん、保護者等のほんの一部の人しか委員にはならないので、この場で議論したことがすべての保護者等に伝わるわけではないのだが、かなり突っ込んだことも議論して、保護者等に伝えていく場にもなりえる。

 ただし、学校評価などと同じで、コミュニティ・スクールも、形骸化しやすい。たんに集まって、めいめいに放談するだけでは、生産的とは言えない。

3)今後の学校づくりや学校再建に向けた議論に保護者等の参加を得ること(参加、協業・協働)

 神戸市では、「今後の学校の方向性を巡る議論の場も『今の段階では具体的な計画はない』」という(前掲・毎日新聞)。だが、そういう場こそ、必要ではないだろうか。

 もちろん、保護者等のほとんどは、教育の専門家ではないし、学校のことをよくわかっていないこともある。いまのまま開催しても、学校や加害教員を糾弾する意見ばかり多く寄せられ、議論や対話にならないかもしれない。

 だが、保護者等も、東須磨小学校がよくなってほしい、子どもたちの豊かな学び、成長の場に戻ってほしいと願っているはずである。ビジョンや今後必要なことを語りあう場をつくれば、お互いが敵ではなく、同じ方向を向いて、できることも多いことを実感できると思う。学校への信頼は、そういう場をつくることと、決めたことを着実に前に進めていくなかで、高まっていく。

 もう一度、さきほどの児童の意見を引用しておこう。

 忘れるのではなく、どうすれば同じことが起きないか、みんなで考えた方がいい。