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日本の教師は世界一忙しい。データを読むときは何に注意して、どこに注目するとよいか

妹尾昌俊教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事
OECD調査で世界一の長時間労働がまた明らかに(写真:アフロ)

OECDのTALIS調査で、日本の教師がまた世界一長時間労働であることがわかった。

OECD国際教員指導環境調査の結果から、日本の教員の長時間勤務は国際的にみても異例であることが分かる。1週間の仕事時間は小学校54.4時間、中学校56.0時間で、ともに参加国・地域の中で最長。一方で職能開発にかける時間は小中とも最短だった。

出典:日経新聞2019年6月19日

 また、読売新聞(2019年6月20日)は「世界一長い日本の小中教員の勤務時間…事務・部活が負担」という見出しで報じている。

 たしかに、次のデータでみるとおり、中学校では、課外活動(おもには部活動指導)や事務が比較的長い。

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出所)文部科学省「OECD国際教員指導環境調査(TALIS)2018報告書のポイント」

 また、中学校は、前回調査(2013年実施)と比べても、あまり変化していない。この5年のあいだ、文科省も教育委員会も、部活動での休養日の設定やIT(校務支援システム等)を活用した事務負担の軽減、調査・報告等の精選などを言ってきたにもかかわず、あまり進展していない、ということと解釈できる。

 なお、今回の2018年の調査時点では、部活動のガイドラインなどが各地で適用される前の学校も多いと推測されるが、今後はもう少し減っていくかもしれない。(だが、依然として大会、コンクール等も多いこともあって、部活動の過熱化は止まっていないだろう。)

長時間労働も大問題だが、それと同じくらいか、それ以上に心配な結果も出た。

 朝日新聞はこう報じている。

より深刻なのは、生徒たちが自ら考えるような授業をしているかどうかだ。「明らかな解決法が存在しない課題を提示する」は16・1%、「批判的に考える必要がある課題を与える」は12・6%で、参加国の中で最も低いレベル。社会で不可欠になっているICT(情報通信技術)の活用も17・9%にとどまる。

出典:朝日新聞2019年6月19日

 実際のデータはこちら。

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出所)文部科学省「OECD国際教員指導環境調査(TALIS)2018報告書のポイント」

 もっとも、同じ調査結果によると、日本の教師の授業準備の時間(個人で行う)は平均で週8.5時間、同僚との共同作業や話し合いは3.6時間、採点・添削等は4.4時間で、外国と比べても、少なくない時間を授業準備や採点等に使っている。

 これをどう解釈するかは難しい問題だ。もっと詳細に分析しないと確定的なことは申し上げられないが、それなりに授業準備はしているわりには、生徒の主体性や思考力を高めるような授業にはなっておらず、知識を教えるという授業のまま、ということかもしれない。これでは、「日本の先生たちは一生懸命だけれど、大丈夫か」という話になるし、部活動などの課外活動にも教育的な意義はあるとはいえ、「そっちに熱心なヒマがあれば、もっと授業改善してください」という意見、考えも出てこよう。

 労働経済学が専門の玄田有史教授(東大)は、かつて(2005年に)『働く過剰』という本の中で「データから垣間見られる長時間労働のもたらしている最大の弊害とは、能力開発の機会喪失である」と指摘した。これは一般の企業について分析したものだが、今回のTALISからも、また別の調査からもわかるのは、学校においても、多忙化により、ゆとりを失う教職員が能力開発の機会と時間を犠牲にしている可能性が大きいということだ。

※このあたりの詳細は拙著でも分析しているので、ご関心のある方はご覧いただきたい。

 

 このTALISの副題は「学び続ける教師とスクール・リーダー」なのだが、日本の教師は学び続けているのだろうか、という点が長時間労働と並ぶ、大問題である。

国際比較調査には注意もある

 国際比較調査は、日本の教育を振り返り、日本での常識や当たり前を見つめなおす意味でも、たいへん有用だ。だが、いくつか重要な注意点もある。ここでは3点紹介しておこう。

 第一には、平均値を過大評価してしまう傾向だ。国際比較などで、ほとんどの報道も、文科省等のコメントも、平均値しか見ていない。実際には、平均値よりも長時間労働の人は多く、これが教師の過労死等を引き起こしている。また、部活動などは典型だが、とても長い人とそうではない人の差が大きい。事務的な負担も、副校長・教頭、教務主任、学年主任、それら以外の教諭で、性質も量もかなりちがう。平均は目安にはなるが、分散も大きいので、勤務実態などのデータを見るうえでは、これをのみ過大評価するのは危険だ。

 第二に、前回もそうだったが、このOECD・TALIS調査は、非常勤の先生も対象に含んでいる。当たり前の話だが、非常勤講師が多く回答した国では、週の総労働時間の平均は短めに出る。日本でも非常勤講師は基本は授業と授業準備しかしない(部活動や校内の事務はほとんどのケースで従事しない)。今回のは詳細にもっと見ないとわからないが、前回調査の場合、日本では、他国よりも比較的常勤の教師が多く回答している傾向があった。

 第三に、この調査は、記憶をたよりにしている、比較的主観的な調査であることだ。たとえば、「直近の通常の一週間において、あなたの学校で求められている仕事に、合計でおよそ何時間従事しましたか。」、「課外活動はおよそ何時間でしたか。」などの問いだ。記録ではなく、記憶をもとにしている

 一昨日の晩ご飯はなんだったかな?という程度が人間の記憶力である。きちんと出退勤管理をしている学校であれば、データをもとに総在校時間はかなり正確に出るが、この調査は2018年実施なので、そういう学校ばかりではない。ましてや、内訳は記録をとっていない人がほとんどだから、あやふやなまま回答している。このため、たとえば、事務作業などは負担感、ストレスはかかる人が多いので、実際の時間よりも長めに回答している可能性もある。

 また、先ほどの生徒の批判的思考を促す指導をしているかなどの設問の選択肢は、ほとんどなし、時々、しばしば、いつもの4択で、国際比較で平均値を比べているのは、「しばしば+いつも」の割合である。日本語の問題かもしれないが、「時々」と回答した人が多い場合、それで本当に問題なのかどうかは、慎重に考える必要もある。

 以上のことを踏まえた上でも、データをみて、反省するべき点はしていく必要がある。

 日本は、国際数学・理科教育動向調査(PISA)や国際数学・理科教育動向調査(TIMSS)などで国際的にトップクラスの学力ではあるが、けっして安心していられるわけではない。

 教師に余裕がなく、自己研鑽もか細く(か弱く)、授業等で子どもたちの主体性や思考力を十分に引き出せていないとすれば、多少ペーパーテストでいい成績でも、将来は危うい

 なぜ、こうなってしまったのか。なぜ、世界一多忙なままなのか。そのことについては、次回の記事でアップしたい。

◎妹尾昌俊 記事一覧

https://news.yahoo.co.jp/byline/senoomasatoshi/

教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事

徳島県出身。野村総合研究所を経て2016年から独立し、全国各地で学校、教育委員会向けの研修・講演、コンサルティングなどを手がけている。5人の子育て中。学校業務改善アドバイザー(文科省等より委嘱)、中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員、スポーツ庁、文化庁の部活動ガイドライン作成検討会議委員、文科省・校務の情報化の在り方に関する専門家会議委員等を歴任。主な著書に『変わる学校、変わらない学校』、『教師崩壊』、『教師と学校の失敗学:なぜ変化に対応できないのか』、『こうすれば、学校は変わる!「忙しいのは当たり前」への挑戦』、『学校をおもしろくする思考法』等。コンタクト、お気軽にどうぞ。

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