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「浮気をしたらすべてを失う時代に、あなたと結婚したいのです」――ゼクシィCMの可能性

千田有紀武蔵大学社会学部教授(社会学)
(写真:アフロ)

ゼクシィのCMが大好評

「結婚しなくても幸せになれるこの時代に、私は、あなたと結婚したいのです」という結婚情報誌「ゼクシィ」のCMが話題です(ゼクシィ「結婚しなくても幸せになれる時代」 新CMに寄せられた共感)。

「誰の生き方も否定してないから良い」

「このコピーを考えた方はどなたなのでしょうか。久々に鳥肌が立ちました」

「多様性を意識した前置きはさることながら、『私』と『あなた』の二者間のことなんだ、っていうのが配慮でもありロマンチックでもあり」

「結婚したくなるし、でも独身でいることを否定もしていないし、とても考えられてる...」

出典:ゼクシィ「結婚しなくても幸せになれる時代」 新CMに寄せられた共感

ツイッターやCMを公開したYouTubeのページには、こうした感想が寄せられているようです(私も確認しました)。

このニュースでも触れられている常見陽平さんも、ヤフーニュースで、ゼクシィのこのCMをあっぱれであると絶賛されています。

いやその通り。まったく本当にその通りなのですが、その一方で、社会学者としては、ひねくれたことも考えてしまいます。

昨日の授業のあとで、「先生が説明していたゼクシィのCMのパラドクスがわからなかった」という質問が出たので、考えをまとめるためにも書いてみます。

このCMが結婚しないひとを貶さず、結婚を唯一の価値として誇らなかったことはとても素晴らしいことです。ただそれは、

「みんなが結婚しない、こういう時代だからこそ、結婚の価値は底抜けにあがっている」

という事実を、覆すまでには至っていないなぁとも感じるのです。

むしろ同じ言説を、結婚する側から、未婚や非婚を否定せずに言っていることは新しい。

しかしこの時代に結婚の価値があがっているのは、みんなが結婚しないからこそです。

消えた「独身貴族」という言葉

かつては「独身貴族」という言葉がありました。

結婚している先輩(たいてい男性)が、未婚の後輩に、「いいなぁお前は。独身貴族で、小遣いも自由に使えて羨ましいよ」というような文脈で使われてきました。

つまりは、みんなが結婚するだろうという予想があり、かつ実際に99パーセント、98パーセントといったほとんどのひとが結婚していた時代に、「結婚する前に束の間、自由に時間やお金を使える時期があるひと」を羨むことばだったのです

しかし今は、「独身貴族」という言葉は、ほぼ死語だと思います。

未婚、という言葉から連想されるものは、「負け犬」(2000年代前半)であり、若年層の非正規雇用や貧困、といったあまり明るくない言葉でもあります。

結婚が本人のチョイスであり、どのようなライフスタイルも尊いことを確認しておきたいと思いますが、そのうえで、年収600万円くらいまでは、男性の収入と既婚率は確実に連動しています。

男性の23パーセント、女性の14パーセントが生涯未婚で過ごすこの時代だからこそ、結婚は希少性をもつようになったともいえるでしょう。

結婚とポジショントーク

「結婚しなくても幸せになれるこの時代に」と多様なライフスタイルを肯定しているCMに対して、なんの問題もないのです(本当にたんなるひねくれたひとみたいになっているのが嫌です)。

ただ、「結婚しなくても幸せになれるこの時代だから、結婚しなくても幸せです!」というCMがあり得るかというと(だから、ゼクシィは結婚情報誌のCMなんだってばといわれるでしょうが)、なんとなく落ち着かないものを感じざるを得ません。実際に結婚している側だからこそ、「これ以外のライフスタイルも否定しませんよ」という余裕がもてる。

「男性を年収で判断すべきではない」

「女性を美醜で判断すべきではない」

どちらももっともな意見であり、発言者の属性と切り離されて、検討されるべきことだと思います。

しかし現実には、この発言を同じカテゴリーに属するひとがした場合、その意見の妥当性について、発言者の男性の年収や女性の美醜に遡及しながら判断されたりする。

結婚もしかり。「結婚しなくても幸せ」ということが人前口にできるということ自体が、恵まれたことになってしまっている証拠でもあるのだなぁ、とは思います。

結婚するとできなくなること

そこまで文句をいうなら、じゃあ、どのようなCMになら納得がいくのか、と問われるかもしれません。

そうですね。怒られるかもしれませんが、現代の日本で、結婚するとできなくなること。それは、「浮気」です。

みんなが結婚していた時代には、(男性の)浮気は大目に見られてきました。

しかし現在では(実際にはいろいろなあれこれがあったとしても)、「不倫」は許されず、矢口真里さんやベッキーさんの例をみても、浮気が明るみに出た時点で、せっかく得た婚姻関係のみならず(矢口さんの場合)、仕事や社会的評判までを失ってしまうリスクになってきています。

独身の時代であったら、個人的な事柄にすぎなかった他のパートナーと性的な関係を結ぶということが、社会的に糾弾されるべき事項となり、また財産の半分を失うかもしれない(さらにいえば養育費も支払い続けなければならない)リスクとなってきているのです。

この変化は、結婚が「選択」となり、「特権」となったことの、裏側にあるものだと思います。

結婚の覚悟の覚悟を感じさせるフレーズは、個人的には次のようなものです。

「浮気をしたらすべてを失うかもしれないこの時代に、私は、あなたと結婚したいのです」

不謹慎すぎて、とても採用はされないでしょうけれども。

*「皆が結婚しない時代だからこそ、結婚の価値が爆上げされている――ゼクシィのCMを裏から見ると」から改題しました。

武蔵大学社会学部教授(社会学)

1968年生まれ。東京大学文学部社会学科卒業。東京外国語大学外国語学部准教授、コロンビア大学の客員研究員などを経て、 武蔵大学社会学部教授。専門は現代社会学。家族、ジェンダー、セクシュアリティ、格差、サブカルチャーなど対象は多岐にわたる。著作は『日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか』、『女性学/男性学』、共著に『ジェンダー論をつかむ』など多数。

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