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若い女性に梅毒増加中で「おしおき」? コンドームを買わないから粉かけ?ーリプロをめぐって

千田有紀武蔵大学社会学部教授(社会学)
厚生労働省が性感染症の予防啓発のためにセーラームーンを使って啓発

厚生労働省は、患者が急増している梅毒などの性感染症の予防や早期発見につなげようと、女性に人気の美少女戦士セーラームーンを“モデル”に起用したポスターを作成した。キャッチフレーズは、「検査しないとおしおきよ!!」。厚生労働省は「性感染症の予防にはパートナーの理解も不可欠なため、これまで通り、男性も対象にした啓発活動も続ける」が、今回は、「若い女性に対象を絞って啓発活動を実施」したという(「検査しないとおしおきよ!!」 セーラームーンが性感染症予防呼びかけ 厚労省が起用)。

また国際協力NGOジョイセフが、3月8日の国際女性デーを記念して公開した「新・女子力テスト」をめぐる動画が炎上して削除された。日本の女性の「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」の低さを啓蒙する目的で作られたそうで、「コンドームを自分で買ったことがある」「妊娠していないとき、子宮の正常な大きさは握りこぶしくらいだ」「正しい避妊方法を3つ答えられる」などの質問に正しく答えられなかったり、NOといった女性に次々と罰ゲームのように白い粉をかけていく演出がなされている。

リプロダクティブ・ヘルス/ライツ

この二つのニュースを並べたのは、リプロダクティブ・ヘルス/ライツをめぐって、女性に「おしおき」や「罰ゲーム」をすることの意味を考えてみたいからだ。厚生労働省は、「これまで通り、男性も対象にした啓発活動も続ける」とはいうが、若い女性に対しての「おしおき」とは何を意味するのだろうか。うがった見方をすれば、性感染症になったこと自体を批判されているようにも見えてしまう。しかし文字通り「検査をしないこと」だと受け止めたとしても、なぜ若い女性が自分の身体をきちんと管理して、正しい性知識をもっていないことを「おしおき」しなければならないのか。それはあきらかに、若い女性が「産む身体」だからである。リプロダクティブ・ヘルス/ライツは、「健康と権利」であるはずなのが、むしろ「義務」のほうが透けて見える。

そもそもリプロダクティブ・ヘルス/ライツは、理解が難しい概念である*1。人口増加が著しい発展途上国で望まぬ妊娠を強いられ、女性だということで教育を受けられない女性たちが抱える問題と、少子化に悩む「先進国」の女性たちの課題が、同じ女性であっても実際には、かなり異なった現れ方をする。リプロにおいて、「子どもを産む産まない」「子ども数」「出産の間隔」「時期」などの決定権が強調されているのには、途上国の女性たちの「産児制限」が切実だからでもある(日本社会ではむしろ、さまざまな意味で「産めない社会」であることが課題といえるだろう)。

性をめぐる健康と権利

しかしここで決定的に抜け落ちているものは、「生殖」だけではなく、もっと包括的な「性をめぐる健康と権利」である。リプロに「セクシュアル・ライツ」が含まれず、「性と生殖をめぐる健康と権利」にならなかったのは、さまざまな政治的な妥協による。しかし実際に生殖に関する権利を行使するためには、前提として性に関する自由と権利が保障されていなければならない。

そうしてみれば、ジョイセフの新・女子力テストに、「ニキビや肌荒れなどお肌の悩みが尽きない」「パンだけ、おにぎりだけ、など炭水化物中心の食事が多い」といった項目が並んでいるのには、残念な思いがする。生殖に関する知識が乏しい女性に罰を与えるのではなく(そもそも罰するほうが依拠している知識がトンデモなことにも、苦笑いせざるを得ないが*2)、どうすればもっと女性が自由に自己決定できるのかを、支援し、励ますことのほうが必要なのではないか。女性の知識が不十分であるとしたら、それは女性のせいであるというよりも、「性教育はいらない」「女性は無知のほうがいい」と放置してきた社会や教育の側にもあるのではないだろうか。

近代にはいってから、「理性」的な男性は、性に関してだけは「欲望を抑えきれない」と考えられるようになった。そうした男性の欲望を刺激しないように努め、結婚前に男性が言い寄ってきた場合には、「徳」をもってそれをたしなめ、身持ちを固くすることが女性の「義務」とされてきた。女性まで「堕落」してはいけないというのである。おしおきや罰ゲームは、「結婚前に性交渉をする社会になったことは仕方のないこととしても、性病や妊娠をしないように努め、将来の出産に備えるのが女性の美徳であり、義務である」と主張しているかのようにも見えてしまう。そう考えるとあまりに古典的で、旧態依然とした道徳観である。

男性にも健康と権利がある

厚生労働省によれば、梅毒は「10代後半から30代の女性で平成25年ごろから患者が急増している」とされるが、平成24年から27年までの女性の感染者数はそれぞれ、183人、235人、377人、763人、男性の感染者数が692人、993人、1,284人、1,934人(厚生労働省HP。27年度の数字は概数)である。男性の感染者数のほうがはるかに多い。男性の患者は、すべての年代にまんべんなく散らばっている。男女の数値が逆転しているのは10歳から24歳までのくくりだけである。15歳から19歳までの患者数は、男性が25人にすぎないのに対し、女性は76人にものぼっている。また10歳から14歳までの患者がいるのは、女性だけである。

ここから何が読み取れるだろうか。検査をしないことを「おしおき」するよりまえに、10代の女性に梅毒をうつしている男性のほうを考えてみる必要があるのではないか。厚生労働省は、「男性も対象にした啓発活動も続ける」というが、不幸にして私はあまり目にしたことはない。若い女性に対しては、「損をするのはあなたですよ」といわんばかりの啓発がされてきており、啓発されないことに対しての「おしおき」の視線がある。そこには性感染症によって、「産む身体」が損なわれることへの恐れがある。しかし男性自身に対してはどうだろうか。産まない男性の梅毒が放置されていいということに、賛同するひとは多くないだろう。男性に対しても、性を「健康」の側面からきちんと理解するための啓発をおこなう必要があるのではないか。男性の健康や権利は、「産まない性」であるがゆえに、なおさら放置されているともいえないだろうか。

*1 リプロダクティブ・ヘルス/ライツについては、例えば比較ジェンダー史研究会のHPなどを参照のこと。

*2 ジョイセフが依拠しているデータの信頼性自体に問題があるのは、研究者のなかでは常識である。詳しくは例えば、田中重人さんのI LADY. 「新・女子力テスト」とニセ医学 ジョイセフ×電通「粉かけ罰ゲーム動画」の背景を参照のこと。

追記)「妊娠していないとき、子宮の正常な大きさは握りこぶしくらいだ」という質問に関しては、正解は「鶏卵くらい」だそうだ。念のため。

武蔵大学社会学部教授(社会学)

1968年生まれ。東京大学文学部社会学科卒業。東京外国語大学外国語学部准教授、コロンビア大学の客員研究員などを経て、 武蔵大学社会学部教授。専門は現代社会学。家族、ジェンダー、セクシュアリティ、格差、サブカルチャーなど対象は多岐にわたる。著作は『日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか』、『女性学/男性学』、共著に『ジェンダー論をつかむ』など多数。

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