学校というところは、課題が明確。

一つずつ、解いていくことで評価されます。

そう、試験がつきものです。

賢いとされる試験の受け方は

問題用紙を見て、解けそうにない問いは

後回しにして、ともかく数多く正解すること。

そうした仕組みに従って

頑張った人が「学校秀才」になれます。

ところが、実社会は少々違ってきます。

まず、課題が見えにくい。

「これは課題です」と提示されることもありますが

たいてい「困ったな」とかグチとして語られるだけ。

「あっ、それが問題なんだ」と

気づいて自ら解決策を考える人が評価されます。

「先日の問題、考えてみました」と

次の会議で言えるかどうか。

そうした自発性で差が出ます。

学校と社会の違いとして

試験が無いと言うことは大きいですね。

もちろん、昇進試験とか

資格を取るための外部の試験は存在します。

でも、学校との違いは

合格するのは当然で

それだけでは評価されません。

学校で言うなら、期末試験などよりも

平常点が大切なのが社会です。

最後に最も大きな違いは、と言えば

ビジネスや社会の問題は

答えが一つとは限らないことです。

数学的に言えば

変数がたくさんあって、前提となる条件も

明瞭ではないのですね。だから

解決策は数多くあり得る。

「学校秀才」はこうした曖昧さに耐えられないと

社会で「できる人」として認められません。

もちろん、以上は

学校時代、必ずしも秀才ではなかった

人々にも共通しますよね。

いいかえれば、社会では

スタートラインに一列に並んで

みんなにチャンスがあると言うことです。