Yahoo!ニュース

離婚後に娘が学校を休みがちに…なぜ?シングルマザーの子育て、気をつけることは?

関谷秀子精神科医・法政大学現代福祉学部教授・博士(医学)
写真はイメージです(写真:yamasan/イメージマート)

 最近クリニックでは離婚後に働きながら子どもを育てているシングルマザーの方たちにお会いすることが少なくありません。気兼ねなく相談できる相手がおらず、悩みを一人で抱え込んでいる方が多いように思います。今回は一つのケースを元に離婚後の子育ての際に気をつけるべき点について考えてみたいと思います。

妻よりも自分の家族を優先する夫

 Aさんは中学1年生の娘をもつ40代のシングルマザーです。中学に入ってから、娘はときどき学校を休むようになりました。Aさんは両親に相談しましたが「離婚なんかするからだ。お前が悪い」と責められたそうです。親しい友人には離婚歴のある人はおらず、相談できる人がいないためクリニックに来院しました。

 Aさんは両親に言われたこともあり、「娘が学校を休むようになったのはやはり離婚が原因だと思う。私があの時もっと我慢していればよかったのかも」と娘の不登校を自分の離婚のせいだと結論づけ、離婚したことに罪悪感を抱いている様子でした。そして離婚の経緯について話しだしました。

 専門学校を卒業後、Aさんは就職先の同僚とすぐに結婚しましたが、まもなく生まれた娘が保育園に行くようになった頃から夫婦喧嘩が増えていったそうです。

 夫は3人兄弟の長男で、自分の両親(Aさんにとっての舅姑)をとても大切にしていました。「うちの両親は高齢で先も長くないだろうからできるだけ孫の顔を見せてやりたい」と毎週末自分の実家に娘を連れて行くことをAさんに求めました。仕事と育児と家事をこなすことに疲れ果てていたAさんが難色を示すと、「俺の両親を大切にできないのなら結婚生活を続けるのは難しい。別れてもいい」と言ったそうです。当時のAさんはまだ小さい娘がいるのに離婚されては大変だと考え、仕方なくどんなに疲れていても毎週末夫の実家に娘を連れて行きました。

 夫の実家ではお盆や、年末年始に夫の妹や弟も集まります。Aさんが姑の指示に従って全員分の料理の準備や後片付けをしているときに、夫の妹や弟はこたつに入ってテレビを見たり新聞を読んだりして、全く手伝おうとしなかったそうです。直接相手に物を言うのが苦手なAさんは夫に「妹や弟にも手伝うように言って欲しい」と何度も伝えました。けれども「妹も弟もゆっくりするために実家に帰ってきているんだから」という返事だったそうです。疲れている妻には思いやりを見せず、妹や弟にばかり気遣いを示す夫に対してAさんは怒りと落胆を感じました。けれども娘にとって、精神的にも経済的にも父親は必要だと考え、Aさんは我慢して夫にあわせてきました。しかし次第に、「私は夫の実家のお手伝いさんではない。私よりも自分の両親と妹弟を大切にする夫と今後の人生を生きていくのは無理じゃないのか。偽りの夫婦生活を続けても娘にも良い影響はないだろう」と考えるようになりました。数年悩んだ結果、娘が小学生になってしばらくした頃に離婚を決心しました。

別れた夫の悪口を娘にぶつける母

 親の離婚のせいで将来恥ずかしい思いをしないようにと、Aさんは娘にピアノやバレエ、書道などのお稽古事を習わせ、学業に必要だと思うものは何でも買い与えてきたそうです。夫からの養育費だけでは足りない分は、仕事をかけ持ちしてやりくりしました。自分のための時間をもつこともなく、自分のためにお金を使うこともありませんでした。すべて娘のためにと毎日必死で余裕がなく、家庭の中に穏やかな空気が流れることは一切ありませんでした。

 娘は離婚後、月に1回父親と面会できることになっていました。父親は必ず自分の実家に娘を連れて行き、祖父母と一緒の食事が済むと、好きな物を買ってあげるのがお決まりのパターンでした。娘はいつも早起きして出かけ、楽しそうな様子で帰って来るのでした。Aさんは、夫が毎回実家に娘を連れて行く度に、昔の怒りが再び湧きおこってきました。そして娘に対しても「私がこんなにやってあげているのに」といういらだちで一杯になっていきました。

 ある日、娘はかねてから欲しかったマンガやゲームを買ってもらって嬉しそうに帰ってきました。それを見たAさんは「こんな物は勉強の邪魔になる」と怒りを爆発させてそれらをゴミ箱に捨てました。そしていかに父親が妻としての自分を大切にしてこなかったかという過去の話を娘にぶちまけました。娘は、Aさんに何も言い返しませんでしたが、その後父親との面会に行かなくなり、母親とも口をきかなくなりました。学校を休みがちになったのはどうやらその頃からということが次第にわかってきました。

離婚後の子育てで気をつけるべきこと

①別れた伴侶の悪口を子どもにぶつけないこと

 両親の夫婦としての関係が終わったとしても、子どもとそれぞれの親との親子関係は終わったわけではありません。子どもにとってはどちらの親も自分の大切な親に違いありません。「夫婦喧嘩に子どもを巻き込まない」「伴侶の悪口を子どもに言わない」ことが大切です。片方の親から、もう一方の親の悪口を聞かされると、子どもは両親の間で葛藤することになってしまいます。その葛藤が子どものさまざまなこころの不調として現れることがあります。離婚後も両親の夫婦のごたごたに巻き込まれてしまうと子どもはそこにエネルギーを取られてしまい、友だちとの親しい交流を楽しむ、運動や勉強を頑張る、目標に向かって努力する、など自分の人生を前向きに生きることが難しくなってしまいます。

②親子で密着しすぎないように気をつけること

 離婚することにより片方の親が家庭からいなくなると、同居している親と子どもの関係が密接になりすぎて、思春期の親離れ、子離れが難しくなるケースに多く出会います。特に離婚後に孤独になった親が子どもを相談相手や離婚した伴侶の代わりとして頼ってしまうケースも少なくありません。

 Aさんのように別れた伴侶と子どもの面会を冷静に受け入れることが難しい親御さんもいます。自分と別れた伴侶とのこころの整理には子どもを巻き込まず、自分自身で行う必要があるでしょう。そして、自分と子どもは別の気持ちをもつ別の人間だという意識が必要となります。

③夫婦としては手をつなげなくても子どもの親として協力すること

 今回父親が娘に買ったマンガやゲームの件のように、父と母が正反対のメッセージを子どもに与えると、子どもはどちらの言うことをきけばいいのか悩んでしまいます。片方の親の言うことを聞くことで、反対の意見をもつ、もう一方の親に対しては罪悪感を抱いてしまうことが少なくありません。

 離婚直後には難しいかもしれませんが、子育てに関しては方向性を共有し、親として協力することが子どもにとっては望ましいでしょう。また子どもが自分の人生の方向性を決めるような場面では、両方の親の経験談や考えを聞くことが子どもの決断の役に立つでしょう。

④離婚の罪悪感を乗り越えて前向きに生きること

 Aさんは、結婚を継続すること、離婚することのどちらが自分の人生にとって望ましいのかを考えた末に離婚することを決断しました。しかしいざ離婚してみると、罪悪感からひたすら娘のために働いてきました。けれども、それは決して娘が望んでいたことではありませんでした。罪悪感で一杯の母親を見て、「私のためにお母さんは寝る間も惜しんで働いて、こんなに疲れ果てている」と感じれば、娘にも母親への罪悪感が生じてしまうでしょう。

 Aさんが自分の決断を信じて罪悪感を手放した上で、今後の人生を前向きに進めていくことが娘のためにも必要になります。

 また、親が自分の罪悪感から子どものいいなりになってわがままを容認してしまうケースもありますが、それは子どもにとってはマイナスの影響を及ぼすことになるでしょう。

離婚を乗り越えて前向きに生きることを決意したAさん

 さてAさんです。上記のことを伝えると、「娘のためにと思ってやってきたつもりだったけれど、娘の気持ちまで考えていなかった」「夫に対するマイナスな感情はまだあるけれど、それは私の問題なので娘を巻き込むことはしないようにします」と話しました。

 私は、「『娘のため』というのは娘さんにとって重荷だったかもしれませんよ。Aさんも自分の楽しみを見つけて、Aさん自身が幸せになることが娘さんにとって大切だと思います」とも伝えました。Aさんはその後やってきて、「先生に言われて、おしゃれをしたり好きな映画を見に行ったりするようになりました」と笑顔で話しました。

 その後しばらくしてから、Aさんは「気持ちに余裕ができてきた気がします。これから面会の際には娘の1か月の様子を私が父親に話して、父親は面会の時の娘の様子を私に伝えることに決めました」と話しました。娘が来院することはありませんでしたが、その後父親との面会を再開し、友だちとも出かけるようになっていったそうです。そして次第に学校を休むこともなくなっていきました。

 Aさんは「娘はもしかすると、私のことが心配だったのかもしれません。過去ばかり振り返らずに、私が前向きに生きていかなきゃだめですね」と穏やかな様子で話して帰っていきました。

精神科医・法政大学現代福祉学部教授・博士(医学)

法政大学現代福祉学部教授・初台クリニック医師。前関東中央病院精神科部長。日本精神神経学会精神科専門医・指導医、日本精神分析学会認定精神療法医・スーパーバイザー。児童青年精神医学、精神分析的発達心理学を専門としている。児童思春期の精神科医療に長年従事しており、精神分析的精神療法、親ガイダンス、などを行っている。著書『不登校、うつ状態、発達障害 思春期に心が折れた時親がすべきこと』(中公新書ラクレ)

関谷秀子の最近の記事