「うっせぇわ」歌のせいで娘が反抗?―子どもが家庭外から受ける影響は

写真はイメージです(写真:アフロ)

 最近『うっせぇわ 』という曲について、子どもに歌わせたくないという声が出ていることが話題になりました。この曲に限らず、歌やアニメのセリフ、流行り言葉などから子どもが悪影響を受けているのではと心配する親の声は昔から後を絶ちません。今回は発達論を基に、子どもに及ぼす家庭外からの影響について考えてみましょう。

歌が子どもの言動に影響?

 先日、40代の女性が慌てた様子でクリニックにやってきました。今回の相談は、今若い人達の間で流行している『うっせぇわ』という歌の中学生の娘への影響についてでした。

 「あんな言葉遣いになったらどうしよう、と心配していたけれど、やっぱり影響を受けているみたいで」と不安そうに話しだしました。

 この女性は娘のA子さんが小学校低学年の頃から、子育てで心配なことがあると相談に来ていました。しかしA子さん自身に大きな問題があることはなく、お母さんの取り越し苦労や心配しすぎがほとんどでした。

 女性は心配性な性格もあって、娘のしつけには気を配ってきました。

「消化を良くするために姿勢を正しくして食べなさい」「風邪をひかないように頭を洗ったらすぐにドライヤーをかけなさい」「スカートがめくれた時のために必ずパンツの上にオーバーパンツを履きなさい」「近所の人に悪く思われないように会釈だけではなくきちんと大きな声で挨拶しなさい」など。

 A子さんはそれにずっと従ってきた、いわゆる良い子でした。

 しかし、中学1年になるとお母さんに何か言われても、返事をせずに無視するようになっていきました。そして最近では『うっせぇわ』という曲を口ずさみ、「うっせぇわ。もう限界。放っておいてよ」と口答えをするようになったそうです。お母さんはA子さんの変貌ぶりにびっくりしてしまいました。

 心配になって歌詞の内容を調べたところ、「歌の影響を受けて、お酌もできないような気配りのできない大人になったら、会社に就職できないのではないか」「このままいくと、あんなふうに世の中を斜めに見る人間になってしまうのではないか」など次から次へと不安が沸き起こってきたそうです。そして最後には「スマホを取り上げて聴かせないようにしたほうがいいでしょうか」と深刻な表情で私に質問をしました。

口の悪さは親離れの始まり

 私はお母さんに次のことを伝えました。

 「A子さんがお母さんに反発を始めたのは歌のせいではないでしょう。A子さんは思春期に入り、親離れが始まって、自分はこうしたい、こうなりたいという気持ちが強く芽生えてきています。そのA子さんにとってお母さんのしつけは鬱陶しいし、うるさいと感じていて、ちょうど歌が代弁してくれたのでしょう。歌を聞かなくてもお母さんに『うるさい』と言い始めたのではないですか? A子さんは自分で考えて行動する力があるわけだから、あれこれ口うるさく言わずに本人に任せたほうがいいでしょう」。

 また、親離れが進んでいく過程では、子どもは自己中心的になったり、自分を過大評価して周りの人を小馬鹿にしたり、偉そうな態度をとったりすることがあります。そして学校の先生を怒らせたり、校則を破ったり、親を象徴するような権威的な存在に反抗したりするのです。しかしお母さんは心配していたものの、A子さんの反抗はそこまでのものではありませんでした。

 次に、「A子さんはお母さんとは別の人間です。自分の人生のかじ取りを自分でしていく必要があります。お母さんが育ってきた時代とは違う時代をこれから生きて行きます。将来どういう大人になりたいかについてはこれからA子さん自身がよく吟味して決めていく必要があるわけです。お母さんの親心はわかりますが、お酌をするのかしないのか、会社に就職するのかしないのか、などもA子さんが自分で決めることだと思います」と伝えました。

親離れとSNSや仮想世界の役割

 親離れが進むとそれとは意識していなくても、一人ぼっちの寂しさや哀しさを感じるようにもなります。この時期に、アニメやダンス、コスプレなどの趣味を通じた特定の仲間と一時的な関わりをもつことがその孤独感への対処になることもあります。

 また、この時期は自分の世界に籠りがちな面もありますが、SNSやゲームの仮想世界の中で顔の見えない誰かとつながりをもったりします。

 このように色々な方法で親離れに伴うストレスに対処しながら、両親と距離をとりつつ、現実の世界と関わりを保って成長していきます。ですから趣味仲間との交流やSNSについては、上記のような役割を担っている部分があることを認識しておいたほうがよいでしょう。

子どもは自分で取捨選択する

 子どもの考えや価値観の原型は乳幼児時期から小学校時代を通して、親から引き継いだものです。思春期になって親離れが始まると親以外の友達や、先輩後輩、部活のコーチなど家庭の外からの価値観が入ってきます。「私の家では子ども同士で映画に行ってはいけないけれど、B子ちゃんの家では行ってもいいみたい。うちは厳しいのかもしれない」など。そして、親から受け継いだ価値観を時代に合った自分のものへと変化させていきます。これはアメリカの精神分析家、ピーター・ブロスの発達論に沿った考え方です。

 変化させていく過程では様々なことに興味をもって夢中になったり、興味を失ったりしながら自分の一部にしたり、しなかったりしていきます。例えば、自分はどんな服装が好きなのか、どんな音楽が好きなのか、など試行錯誤しながら選び取っていきます。その試行錯誤の段階を見て、「あんな服装をして!」とか「こんな音楽を聴いて!」とか親は子どもに対して批判的な気持ちになることが少なくありません。しかし子どもが最終的に何を取捨選択して自分の一部にするかはその子どもが選び取ることで、そこに親が直接介入することはできません。

 けれども、子どもの価値観の原型は親から引き継いだものであることは間違いありません。信頼関係で結びついた親から愛情をもって励ましてもらったり、褒めてもらったり、慰めてもらったり、認めてもらった経験は子どもの心の中に根付き、子どもの一部分となります。それは、将来子どもを前進させる発達力になるわけです。

親ができることはしつけではない

 親離れが始まると親は子どもをしつけることはほとんどできなくなります。しかし、子どもは親の姿を見て意識的・無意識的に、自分の中に取り入れます。「人の振り見て我が振りにする」ということです。これを「同一化」と言います。知らないうちに好きな人の身振りや手振りが身についてしまうようなことがあるかもしれません。

 もし誠実な子どもになってほしいと思うならば、「誠実になりなさい」と子どもに言うのではなく、親自身が誠実であることが大切だということになります。自分の意見をきちんと言えるようになって欲しいと思うならば、「自分の意見をきちんと言いなさい」と言うよりも家庭で両親が自由に自分の意見を言い合うことが大切ということになります。つまり親は自分の言動を通じて子どもの将来像の参考、「同一化の対象」になることができるのです。

ほどほどであれば大丈夫

 安定した親子関係を築いてきていれば、家庭外からの影響について気にしなくても良いでしょう。

 また親とは違う自分自身を作り上げていくためには、子どもが家庭外の様々なものを吟味しながら取捨選択して自分の一部にする過程が必要です。

 大事なことは親ではなく、子ども自身が自分で取捨選択できるようになることです。特に思春期では、親が目くじらをたてたくなるような家庭外からの情報に興味をもつことは良くあります。しかし、先ほど述べたような、自分の人生を前向きに押し進める力が自分の中にあれば、おのずとその方向に進んでいくに違いありません。

 この話をすると、A子さんのお母さんは「A子が幼少時期に私は十分に愛情を注いだか自信がないです」とまたもや心配になってしまいました。しかし、子育てというのはなかなか大変な仕事です。親と言っても人間なので、子どもに対していつもいつも優しくて暖かい素敵なお母さんでいられることはまずないと言ってよいでしょう。そして当然、長所だけではなく短所もあります。親があまりに完璧さを追求し、反省や心配ばかりしていると、子どもは不安になり、マイナスな影響を及ぼします。

 A子さんのお母さんには、「ほどほど、それなり、であれば大丈夫」とお伝えしました。お母さんは少しほっとして帰って行きました。