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メタバースでも模倣規制へ法改正の動き:一般ユーザーやクリエイターエコノミーへの影響は?

関真也弁護士・ニューヨーク州弁護士/日本VR学会認定上級VR技術者
(提供:イメージマート)

はじめに

アバター、アクセサリー、ワールド等のように、メタバースで利用される様々な3DCGモデルが活発に取引されるようになりました。メタバース・プラットフォーム事業者も、アイテム等を自ら販売するほか、ユーザーが創作したアイテム等を出品し、ユーザー間で取引できるサービスを積極的に実装しています。その例として、日本の代表的なメタバース・プラットフォームの1つである「cluster」が昨年末に公開した「アクセサリーストア」等があります(参考リンク:クラスター社のnote)。

これらの取組みにより、メタバースはクリエイターエコノミーを担う場としてより大きく発展していくことでしょう。また、こうした取組みは、自分で3DCGモデルをゼロから作り出すことが難しい多くの一般ユーザーも気軽にメタバースに参加する仕組みを提供することになり、メタバース全体の人口増加その他の普及へとつなげていく力を持っています。

ところで最近、メタバースでの取引が活発化するのに伴い、他人が作り出した商品を無断で模倣し、利益を得ようとするなどの問題が大きく取り上げられるようになりました。メタバース市場が大きくなればなるほど、模倣によって収入を奪われる先行者(企業、クリエイター等)の経済的損失をカバーする必要性が大きくなるのです。

こうした状況の中、メタバースでの商品デザイン模倣に関する改正法案が通常国会に提出されるという報道があり、話題になっています。

何がどのように改正されるのか?

この改正の背景には、昨年12月に産業構造審議会 知的財産分科会 不正競争防止小委員会が作成した「デジタル化に伴うビジネスの多様化を踏まえた不正競争防止法の在り方(案)」という提言(以下「本提言」)があります。

そこで、本提言に記載された内容をもとに、改正の内容と影響を探っていきます。

改正前(現行法の内容)

いわゆる商品形態模倣規制は、不正競争防止法(以下「法」)2条1項3号等に規定されています。

関連する主な条文は以下のとおりです。

法2条1項3号

他人の商品の形態(当該商品の機能を確保するために不可欠な形態を除く。)を模倣した商品を譲渡し、貸し渡し、譲渡若しくは貸渡しのために展示し、輸出し、又は輸入する行為

法2条4項

この法律において「商品の形態」とは、需要者が通常の用法に従った使用に際して知覚によって認識することができる商品の外部及び内部の形状並びにその形状に結合した模様、色彩、光沢及び質感をいう。

法2条5項

この法律において「模倣する」とは、他人の商品の形態に依拠して、これと実質的に同一の形態の商品を作り出すことをいう。

簡単にいえば、他人の商品デザインを見て(依拠)、ほとんど同じ商品を作って販売したりしてはいけないという法律です。似ているだけでは足りずほとんど「同一」である必要がある点、保護期間が3年間に限られる点(法19条1項5号イ)等において保護範囲が比較的狭い制度ですが、保護を受けるために登録手続を経る必要がないなどの点で使いやすい制度でもあります。

法2条1項3号の「不正競争」に該当する場合、その模倣商品の販売等を停止するよう請求されたり(差止請求;法3条)、損害賠償を請求されたりする可能性があるほか(法4条)、場合によっては刑事罰の対象になることもあります(法21条2項3号等)。

現行法の問題点(「電気通信回線を通じて提供」する行為が規制対象ではない)

法2条1項3号のとおり、同号が規制しているのは、模倣商品を「譲渡し、貸し渡し、譲渡若しくは貸渡しのために展示し、輸出し、又は輸入する行為」です。ここには、ネットワークを通じ、デジタルデータという形で商品を販売等する行為が明確に含まれていません。本提言によれば、現行法における同号の立法当時、同号の「対象が『商品の形態』と規定され、従来から有体物の商品に限定した規定と解されていたことから、ネットワーク上の『譲渡』、『引き渡し』行為は想定できない」ことが理由であると説明されています。

これに対し、同じく不正競争防止法の2条1項1号・2号や、商標法では、これらネットワーク上の譲渡等を想定し、「電気通信回線を通じて提供」する行為を明文上対象に含めています。現行の法2条1項3号には、この文言がないのです。

このため、メタバースを含めて、ネットワークを通じたダウンロード、ストリーミング等の方式で提供される3DCGモデル等は、商品形態模倣規制の対象ではないと解される可能性が大いにあったのです。

改正の内容

そこで、本提言は、「法改正によって、不競法第2条第1項第3号に規定する形態模倣商品の提供行為にも『電気通信回線を通じて提供』する行為を追加することが適切である」としています。

これにより、例えば、他人が販売するフィジカルなアクセサリーのデザインを見て、そのアクセサリーと(ほとんど)同一のデザインの3DCGモデルを作り出し、これをメタバース・プラットフォームに出品するなどの方法でネットワークを通じて提供すると、法2条1項3号の「不正競争」として差止め、損害賠償、場合によっては刑事罰の対象になり得るということになります。

また、他人がメタバースで出品している3DCGモデルをコピーして同一デザインの3DCGモデルを作り、それをメタバースに出品することも、同様に規制対象になると思われます。

このように、現行法では有体物、つまりフィジカルな領域のみを対象としていた商品形態模倣規制が、バーチャル領域、さらにはフィジカルとバーチャルをまたぐ領域にも適用されるようになり、他者に先んじてオリジナルの商品を作り出した開発者を両領域でしっかりと保護する制度にしていこうというわけです。

とりわけ、衣服、靴、建築物等のように、一定の機能を発揮するために作り出されるフィジカルな商品のデザインをメタバース上で保護したいという場合に、この改正後の商品形態模倣規制が効果を発揮するでしょう。機能とは関係なく、主に鑑賞等の目的で制されるコンテンツは、著作権法で保護を受けることができるからです。

「模倣」したといえるのはどういう場合か?

法2条1項3号が作られたのは、他者に先んじて商品デザインを開発し市場に投入した者の利益を保護することによって新商品開発を促し、産業の発展に寄与するためです。資金・労力等を投下して新商品を開発したのに、それを見た無関係の第三者が何ら労せずして同じデザインの商品を販売し利益を上げられるとすれば、誰も苦労して新商品を開発しようとはしなくなってしまい産業が育っていかないという考え方が背景にあります。

法2条1項3号の適用において、他人の商品の形態を「模倣」したかどうかを考えるに当たっては、上記の立法趣旨を達成できるように論理を積み上げる必要があります。

3DCGモデルをデジタルにコピーして同じ3DCGモデルを作り、これを販売する行為は、規制するのがおそらくその趣旨に合うでしょう。デジタルコピーすること自体には、通常、新たな資金・労力等の投下をさほど伴わないので、コピーする人の利益よりも、先行開発者の利益を優先する必要性の方が高いからです。

他方で、フィジカルな商品のデザインをもとに3DCGの商品を作る場合、あるいは逆に3DCGの商品をもとにフィジカルな商品を作る場合には、少し考える必要がありそうです。なぜなら、フィジカルとデジタルを相互に変換するに際して、プログラミングをしたり、生地その他の素材の選択をしたりするなどの新たな開発等が必要となり、そこにはコピーをする側にとっても独自の資金・労力等の投下が発生し得るからです。新たな努力を加えて市場に提供する商品であれば、それによって先行開発者と競争することも、必ずしも不正という必要はない場合があるかもしれません。むしろ、資金・労力等を投下して新たな開発を行った成果が、「商品の形態」、すなわち「形状並びにその形状に結合した模様、色彩、光沢及び質感」に表れているのなら、「実質的に同一」ではない新たな商品形態を備えたものとしてその販売等を認めることこそが、産業の発展に資するという考え方もあり得るところです。

改正法が成立した場合、上記のバランスをどのように考えて運用していくかが非常に重要なポイントになると思われます。

例えば、スマートフォンの3Dスキャンソフトを使って他人のフィジカルな商品形態をそっくりにコピーし、その3DCGモデルをメタバース上で販売する行為はどうでしょうか。当該3Dスキャンソフトの普及状況や利便性等にもよるでしょうが、誰でも簡単に、特段のコスト等をかけずに精密なスキャンが可能であるとすれば、規制が必要であると考えるべきかもしれません。

他方で、アバター用のデジタル衣服は、固定化された画像的な3DCGモデルというだけではなく、プログラミングを実装することにより、例えばアバターの動きに合わせた揺れ等のアクションがかかるように作られる場合があります。この場合、フィジカルな衣服とは異なり、3DCGモデルとしての商品を開発するからこそ必要となる資金・労力等の投下があるでしょう。そのプログラムの標準化や入手のしやすさ、それを3DCGモデルに実装するためのソフトウェアの普及状況やコスト等の様々な要因によって、これを規制すべきかどうかの考え方は変わってくるように思われます。

これに対し、宝石の指輪等のように、あまりアクションがなく、モデリングの他にデジタル化に伴う労力等が必要となりにくい種類の商品は、外観こそが商品価値の中核にあることとも相まって、そのデザインをデジタル模倣から保護する必要性が高いと考えられやすいかもしれません。

本提言によれば、こうした「模倣」の考え方についても明確化を検討していくようです。

営業上の利益を侵害するか?

法2条1項3号の不正競争に該当するとしても、それによって先行開発者の「営業上の利益」が侵害され、又は侵害されるおそれがある場合でない限り、先行開発者は差止請求や損害賠償請求をすることができません(法3条及び4条)。

仮に、フィジカルな商品の市場とデジタルな商品の市場とが完全にすみ分けられており、デジタルな模倣商品が流通したとしてもフィジカルな自社商品の売上が減少するなどの影響が生じないと認定された場合、「営業上の利益」の侵害がないとして損害賠償請求等ができないことになる可能性は残されています。フィジカルとデジタルの各市場の相互関係が問題として大きく注目されていくでしょう。

模倣を受けてしまう側としては、将来進出予定であるデジタル市場でのプレゼンスが落ちてしまうなど、「営業上の利益」が侵害されるおそれがあることをどのように説明するかがポイントになってきます。

一般ユーザーへの影響は?

スマートフォンの3Dスキャンソフトが普及していく中で、例えば旅行先の街並みや建築物、名産品、料理等をスキャンし、その3DCGモデルをSNSにアップするなどの利用が多くみられるようになりました。

ここで、仮に、法改正によって、他人の商品の形態を模倣したデジタルデータを、単純に「電子通信回線を通じて提供」する行為が規制対象となった場合、どうなるでしょうか。

旅行先の名産品という他人の商品を3Dスキャンすることによって作成された3DCGモデルをSNSに投稿する行為は、他人の商品の形態を模倣して作り出されたものを「電子通信回線を通じて提供」する行為である以上、規制対象となるのでしょうか。法2条1項3号には、同項1号等と異なり、「業」あるいは「業務」として行う行為に対象を限定する文言が明記されていないため、一般のインターネットユーザーの1回的な行為も対象となる可能性があると思われます。しかし、規制対象になるとすれば、明らかに行き過ぎた規制になるように思います。

法2条1項3号は、「商品」を譲渡等(改正法が成立した場合には「電気通信回線を通じて提供」する行為が含まれることになります。)する行為が規制対象であるところ、「商品」とは「市場における流通の対象となる有体物又は無体物」をいうとされています(経済産業省 知的財産政策室編「逐条解説 不正競争防止法(令和元年7月1日施行版)」64頁)。3DCGモデル(の画像・映像等)をSNSに投稿する行為は、少なくとも直接的には、市場における流通の対象となることを想定した行為ではないため、「商品」を電子通信回線を通じて提供する行為には該当しないと考えたいところです。

なお、投稿等をせず、単に3DCGモデル等のデジタルデータを作成するだけであれば、法2条1項3号の規制対象にはならないと考えられます。

おわりに

法2条1項3号は、著作権と同様に「依拠」を必要とする制度です。つまり、偶然同一のデザインの商品を作り出してしまった場合は、規制の対象外となります。この点、偶然似た場合でも侵害となり得る意匠権とは異なります。

このように、法2条1項3号の枠組みは、従来のゲームやSNS等と同じように創作的な表現の場としての活用も期待されているメタバースに持ち込む制度設計として、表現の担い手であるクリエイターにとって好ましい側面があります。

一方で、意匠法が新規性等を要求し、また著作権が創作性を要求しているのとは異なり、あるデザインが2条1項3号の保護を受けるためには新規性も創作性も必要とはされていません(商品全体のデザインがありふれている場合は保護されません)。したがって、一見してよく見るデザイン要素の組み合わせにすぎないから使っても問題ないだろうと考えてしまうと、痛い目を見ることがあります。デジタル領域で活動する際にも一層注意が必要になるでしょう。

加えて、一般ユーザーを含む利害関係人に無用な制約まで生じることがないようにするという視点も重要です。

今後の具体的な制度内容に注目したいところです。

弁護士・ニューヨーク州弁護士/日本VR学会認定上級VR技術者

漫画・アニメ・映画・ゲーム等のエンタテインメント、ファッション、XR、メタバース、VTuber、AI、NFT、バーチャルファッション等を中心に取り扱う。経産省「Web3.0時代におけるクリエイターエコノミーの創出に係る研究会」委員、経産省・ファッション未来研究会「ファッションローWG」委員。XRコンソーシアム 監事/社会的課題WG・メタバースWG・3DスキャンWG各座長、日本知財学会コンテンツ・マネジメント分科会幹事、ファッションビジネス学会ファッションロー研究部会長。東海大学総合社会科学研究所客員講師の他、東京工業大学等で講師を歴任。主著「XR・メタバースの知財法務」、「ファッションロー」。

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