「僕の人生を決めたジャニーズという世界」元ジャニーズNY在住27年の経営コンサルタントに聞く第2回

photo/Takuya Yamauchi

第2回

NY在住27年の経営コンサルタント、板越ジョージさんに聞く

「ジャニーズジュニアのオーディションの現場とは」

photo/Takuya  Yamauchi
photo/Takuya Yamauchi

NY在住27年の経営コンサルタント、板越ジョージ

いったい何者なのだろうというくらい、様々な顔を持ち、

その時その時の時流に合わせて、世界を飛び回っている。

元ジャニーズという異色の経歴を持つ。

現在はクラウドファンディングの日本での第一人者として、

『クラウドファンディングで夢をかなえる本』(ダイアモンド社)を発刊し、

株式会社クラウドファンディング総合研究所を立ち上げ、セミナーに奔走する。

その原点は、実はジャニーズにある。

NYの前に、自分の人生に大きな影響を与えたもの。彼が今まで語らなかった部分について、インタビューを試みた。

いつのまにか入ってしまっていたジャニーズ事務所で、人生が激変する。

ジャニーズに入ると生活はどれほど変わるのか。経験者だけが伝えられること。

Q ちょっと板越さんの背景を聞きたいんですけれど、板越さんが生まれ育ったのは?

A 葛飾区。下町。

Q わからないですけれど、下町にいる時は、外国人の観光客がよくきて…という感じですか。

A まったくないですね。むしろ、僕は、『男はつらいよ』の寅さんのところだから。ザ・日本だし。外国人をよそ者扱いするような雰囲気じゃないですかね。

Q じゃあ、当たり前を当たり前に思っていたという究極のところ。みんなが同じ価値観で生きているようなところだったんですか。

A そうですよね。それに、ちょっと、窮屈な感じがしていた。その時は、何が窮屈だということがわからずに、ただ、アメリカに住んでみて、むこうにいて起こったことが、あ、自分が窮屈に思っていることはこれだったんだと感じましたよね。自由にものを言えないというのが。

Q 一番の窮屈さ。

A 向こうに行って、ああ、こんなに自由にものを言っていいんだ。しかも、日本でいうとだいたい否定されてきたけど、ニューヨークならみんな肯定してくれるから。

Q 「いいんじゃない!」から始まるわけですね。

A そう思うんだったら、いいんじゃないって。やってみればと。心から思っていなくて、リップサービスみたいなところもあるんだけれども。逆に、そうやって合いの手を打たれたほうがいいですよね。講演とかしても、リアクションがあるほうが話しやすいじゃないですか。

Q わかるぅ。

A 「この人真剣に聞いてくれてないんだな」とか、「こいつ調子いいなあ」と思わずに。そういう人に向かって話していると、けっこうこっちも話しやすいじゃないですか。

Q リアクションがあるというだけでもね。わかります。

確か、板越さんのご両親はお若いですよね? そういう若い両親だと、こういうことをやりたいといったら「いいんじゃない」と理解してくれるということはなかったんですか。地域的なものだったんですか。

A うちの両親ですか、むしろ、無関心なほうだったから。よく言えば放任主義ですね(笑)

Q そうだったんですか。というか、ジャニーズだったんですよね。誰が言い出したことなんですか。

A その時の僕の親友が、「ジャニーズに入りたい!」と言って。

Q 何歳の時だったんですか。

A 小学校6年生の終わりか、中1の初めか。

Q その当時のジャニーズって言ったらもう。マッチとか、あのへんですか。

A そうです、そうです。

Q 超、人気の時。ジャニーズの第二か第三のブームの時ですよね?

A トシちゃん、マッチの時代ですよね。

Q 金八先生の時代。で、その親友が、ジャニーズに入りたいって言って?

A どうしたらいいのかということで。どうやら二つ方法があるらしいと。一つは、原宿あたり歩いているとスカウトされるか、もう一つは、事務所に履歴書を送るといいっていうんで。小学校6年生の時の運動会の坊主頭の体操着を着た写真を送って。

Q それは、友だちが、ですよね?

A 二人で一緒に。

Q 友だちがやるのはわかりますけど、なぜ、二人で?

A 一緒にやろうって、言われて。やってみようかということになって。

Q やりたかったんですか?

A というか、なんとなく、そうだね、やってみようかみたいな感じで。

Q え? 憧れとか、アイドルになりたいわけではなくて?

A いえ、特に。ジャニーズに入る人って、だいたいそういうパターンの人が多いですよね。

Q お姉さんが写真を勝手に送っちゃうとか。それで、そのお友だちはジャニーズに入れたんですか。

A 友だちは入れませんでしたね。

Q よくあるパターンですよね。友だちに付き合って、オーディションを受けたら、自分が受かってしまうという。なりたい子は落ちてしまう。

A そうですね。そういうもんなんだと思いますよ。それだけ、脱力感があるくらいのほうがいいのかもしれないですよね。

Q 実際、ジャニーズに入るとなると、通知が来るものなんですか。

A ジャニーさんから電話がかかってきて。

Q ジャニーさんから? ジャニーさんと直接話したことがあるんですか?

A もちろん。

Q すごいですね。

A ジャニーさんから電話がかかってきて、来ないかと言われて。それがオーディションだか、なんだかわからずに、テレビ朝日に行って。

Q いきなりですか?

A いきなりです。テレビ朝日のスタジオに行ったら、20人くらいの同じような子供たちが来てて、一人のダンスの先生が、音楽をかけて、見本見せるから同じように踊ってみて、みたいな感じで。当然、踊ったことはないけど、音楽に合わせて、いくつかの基本的な踊りを、たぶん、ジャズダンスの基本的なステップをいくつか踏まされるんですよね。マイケルジャクソンの曲がかかっていて。

Q やったことないんですよね?

A ないです、ないです。まったくないです。

Q いきなり、そこにいったら?

A いきなり、じゃあ、始める、みたいな感じでマイケルジャクソンがかかって。当時、ジャクソン5から、ジャクソンズ、マイケルジャクソンになったくらいだったころに。初めて聞くソウルミュージックで。中学校1年生だし、それで、前にいた人が踊って、いくつか、ツーステップとか、ボックスとか、ターンとかを見よう見まねでやって。確か、一人ずつ呼ばれて、おじさんと個人面接をして。そのおじさんと思っていた人が、ジャニーさんだったんですよね。今、思うと。

Q へえ~~。どんなことを聞かれたんですか。

A 全然、覚えてないですね。面接というより、なんか、おじさんと話したという感じで。で、来週日曜日の13時から、ここのスタジオに来て、って言われて。それで、ジャニーズに入ったという。

Q それが、ジャニーズに入ったということなんですか。入りましたという、契約書とか、証明書みたいなものはなかったんですか。

A ないない、まったくないですね。実は、あんまり事務所とか関係なく、ジャニーさんが個人的に、いろんな子たちを面接して、ジャニーさんが育成するみたいな。

Q じゃあ、20人くらい集まって、実際に残っていくのは、何人くらいなんですか。

A だから、当時、僕一人とかじゃないですか。

Q え? その当時、他には誰がいたんですか。

A その時に、僕がその週面接をやって、翌週に、同じ面接をやって受かったのが、光GENJIの大沢樹生くんと少年忍者の正木信也くん。あと、一人同期がいましたけど、彼は活動していないけど。

Q えー、すごいですね。じゃあ、一歩間違えれば、光GENJIだったんですね。

A まあ、そうですかね。

Q それで、実際、どういう活動をしたんですか。毎週行って。

A 毎週行って、いきなり、武道館のマッチのコンサートのバックかなんかで踊ったりしましたね。マッチの曲に合わせて練習していて、いきなり、来週の何日に武道館に何時入り、と言われて。けっこう、いきなりというのが多くて(笑)。

Q 踊りとかも大丈夫だったんですか。

A 一応、なんとなく、そのとき、練習していたはずなんだけど。今、思うと、けっこうめちゃくちゃに、能力を求められたというか。2、3時間で、ばっと、振付を教えられて、もう、本番みたいな。それで、覚えられなきゃいけないという世界だったんで。

Q じゃあ、練習生とかではなくて、いきなり本番で、身体で覚えるしかなかったんですね。プロとして。お金はもらえるんですか。

A もらえますよ。

Q いくらくらいもらえるんですか。

A けっこうお金はよかったですね。

Q 中学校で。

A そうです。当時は、ジャニーズジュニアといっても、20人くらいしかいなかったから。

Q 今やねえ。

A 今はいっぱいいるけど。当時はそれくらいしかいなかったんで。

Q じゃあもう、マッチのコンサートも、トシちゃんのコンサートも、全部出るみたいな。

A そうですね。東京でやるものはだいたい出ていましたね。

Q すごいですね。

A ほとんど、あんまり、練習できなかったですよ。お前ら、それくらいやれよという感じで、逆にできないと振り落とされるんで。

Q え~~。

A 丁寧に、一つの踊りを教えてもらうということはなかったですね。だけど、中2の時に、日テレのミュージカルドラマに出た時に、1曲を何週間も練習していたんですよ。でも、僕らだったら、一曲をはいはいはいはいとパパパってすぐに、できなきゃいけなかったから。

Q 踊りとか、好きだったんですか。

A 全然、できないし、知らないし。

Q 葛飾区から、武道館に行けと言われて。キャーみたいな何千人もの女性ファンがいる中にいくわけでしょう? どんな感じでしたか。覚えていますか。

A 最初は、だからもう、壁にしか、感じないですよね。

Q あまりの衝撃に? だって、そんな、何千人もの女の子をいっぺんに見たことがないじゃないですか。

A だから、けっこう、壁にしか見えなかった。そこに、一人ひとりがいるという感じはなく。群衆、という感じ。

Q 群衆という風景、みたいな。でも、ジャニーズに入りましたというと、学校でも有名になったんじゃないですか。

A そうですね。有名人でした(笑)。

Q どんな感じの扱いなんですか? 急に変わるんですか。

A だから、近所を歩いていても、八百屋さんとかに、ジャニーズなんだね、と言われたし、近所の美容院行っても、サイン飾られたりしてましたよね。

Q その時には、サインも書けた。

A はい。サインして、と言われるんでね。でも、その美容院に僕は行っていないのに。友だちを迎えに行っただけなのに。サインを貼られたりとか(笑)。

Q じゃあ、生活が変わりましたね。

A そうですね。

Q じゃあ、女の子もキャーと。モテましたか?

A 当時は、もう、昔のアイドル時代だから、「女性は悪魔だ」みたいな教育を受けていたから。アイドルというのは、昔は、男女交際禁止が当たり前だったじゃないですか。スキャンダルみたいに思っていたから、逆に、僕は、中学校3年間は女嫌いでした。

Q へえ。でも、けっこう、キャーって言われましたよね。チョコレートとかいっぱいもらいましたよね。

A はい。もらいましたね。

Q どれくらい、もらいましたか。

A というか、それは僕ではなくて、ジャニーズだからいいんだよねと、逆に冷めていましたね。だから、何十個もらっても、別に全然感動しないし。

Q でも、そんな生活、一中学生が。小学校の運動会で坊主だった子が、ジャニーズに入ったら、どうなるんですかね。自分の感覚としては。アイデンティティは? 自分はイケていると、自己評価ががっと上がるんですか。それとも、下がるんですか。

A だから、自分は特別な存在だっていうふうに、思ってしまうような教育をずっと受けていたから。君らは、天下のジャニーズに選ばれたんだよということで。実際に、ジャニーズって、入りたくて入れるところではないじゃないですか。

Q そうですよね。

A たぶん、こういったらあれだけども、中学校高校時代で、男の子が一番行きたいところは、ジャニーズだよねっていうのはありましたよね。

Q すごい。それを経験しているってことですよね。マッチとか、少年隊とかの世代ですよね。

A はい。すぐ上の先輩が少年隊で、同期は、光GENJIだったから。

Q はああ。じゃあ、女の子にもそういう人たちに渡してというプレゼントもあるわけでしょ。

A そういうのはなかったですね。それは、失礼だと思われていたんじゃないですかね。

Q 実際、若き日の少年隊とか、後々にスターになる人たちを見ているわけですよね。やっぱり、違いますか、そのへんの中学生とは。

A いや、それは、逆に僕はわかったのが、そういうものは作られるものだと思うので。周りが作り上げるもの、自分もそう意識して演じるもの、というのがわかりましたよね。

Q その、板越さんの場合は、しかたなくというか、いつの間にか、ジャニーズに入っていますけど、その選ばれた20人は、本当にアイドルになりたくて入った人たちなんですか。

A だから、今でも同窓会をするんですが、昔の同期なんかと会うと、やっぱりなりたくって、野望を持って、やっていた連中は、その後、デビューしているし。僕みたいに、あんまり野望がない人間は、そうは思ってなかったんだなあと。だから、僕は、そこまで真剣にやってなかったんですよね。

Q うーん。そうなんですか。

A 今は、けっこう何事にも真剣に自分のためにやるけれども。あの時は、全然真剣にやってなくって。

Q 奇しくも、ニューヨークもそうですが、野望を持った人たちの中でもまれてきましたね。

A そうですね。その時も、アイドルになりたい連中ばかりでしたからね。

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次回に続く

「ジャニーズを辞めた理由とは」