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ノロウイルスは食中毒ではなく伝染病!?

佐藤達夫食生活ジャーナリスト
(ペイレスイメージズ/アフロ)

12月5日、厚生労働省健康局結核感染症課と医療・生活衛生局食品監視安全課は、都道府県の衛生主管部に対して「ノロウイルス・食中毒予防対策について」という事務連絡通達を出した。食中毒に対する通達であれば、普通は食品監視安全課が出せばいい。今回、結核感染症課と並列で通達を出しているところに、ノロウイルスの特殊性が表れている。

じつは食中毒はこのところ減少している。2000年くらいまで発生件数も患者数もかなり多かったサルモネラ属菌や腸炎ビブリオ、一時は複数の死人まで出した腸管出血性大腸菌などの細菌による食中毒は、ここ数年はナリを潜めている。そんな中でも、ノロウイルスは一向に減る気配が見られない。なぜなのだろうか。

■ノロウイルスは死なない!

食中毒の原因は、大きく分けて、細菌(サルモネラなど)とウイルス(ノロウイルスなど)と寄生虫(アニサキスなど)の3つがある。食中毒の予防は「つけない」「ふやさない」「やっつける」の3つの原則(と、6つのポイント)がよく知られており、これらの励行によって、細菌を原因とする食中毒は相当に減少した。

ところがノロウイルスは(その名の通り)ウイルスなので、細菌を対象とした三原則が必ずしも有効とは限らない。ノロウイルスは、厳密にいうと「生き物」ではないので基本的には「死なない」。ただ、それなりの条件下におくと二度と活性化しなくなる(これを不活化という)のだが、この条件が細菌類とは異なり、結果的にかなりヤッカイなのである。

三原則の最初の「つけない」だが、細菌の場合は他の食品につけない、あるいは人(調理人や食事する人)につけないというのが主眼になる。ウイルスの場合も、もちろんそれも重要だが、さらに加えて、ドアノブや洋服などにもつけないように気をつけなければならない。細菌類はドアノブや洋服など「水分のほとんどないところ」に付着した場合には一定時間が経過すると死んでしまうことが多い。しかし、ウイルスはその場合でも不活化はせずに存在している。ヒトがそれらに触れるとヒトに移動し、ヒトの細胞の中で活性化して、増殖し、食中毒を発生させる。

ノロウイルスの場合は、「つけない」という注意を、細菌よりもはるかに厳密に考えなければならない。

ヤッカイだ。

■ノロウイルスはごくごく微量で発症する

2番目の「ふやさない」だが、ノロウイルスの場合は細菌のようにいたずらに増えたりはしない。肉や魚や野菜の中で増殖したりはしないようなのだ。現時点では、ノロウイルスは「ヒトの細胞」の中でしか増殖はしないと考えられている。ノロウイルスが付着した食品を常温に放置しておいたからといって、どんどん増えることはない。

そのためノロウイルスの場合、「ふやさない」にはそれほど気を遣う必要はない。しかし油断してはならない。ノロウイルスは多くの細菌類とは異なり、ごく少数で食中毒を発生させる。たったの18個(!)で食中毒を起こしたという報告もある。腸炎ビブリオやボツリヌスなどでは発症菌数が10万個程度といわれているので、それと比べると「ごくごく微量で発症する」といわざるを得ない。危険この上ないのだ。

また、いったんヒトの体内に入ると急激に増殖するので、危険度は飛躍的に高まる。

■陶器の上でも生きているしアルコール消毒も効かない

3番目の「やっつける」もノロウイルスの場合は細菌類とはかなり対応が異なる。多くの食中毒菌では、高温にする(加熱)か低温にする(凍結)かで「やっつける」ことが可能だが、ノロウイルスは冷凍に対する耐性があるので、その方法が有効ではない。また、加熱も85度~90度で90秒以上と、しっかりとした加熱が必要になる(参考までに、大腸菌類などは75度で60秒程度で死滅するといわれている)。

さらには、ノロウイルスは水分をなくしても「やっつける」ことができないので、カーペットやステンレススチールや陶器などの上でも長期間生存(?)している。

もうひとつ、アルコールに強いという特性を持つ。多くの細菌類にはアルコール消毒が有効だが、ノロウイルスはアルコール消毒が効かないので、次亜塩素酸水などによる消毒が必要。これは普通の家庭に常備してあるものではないので、一般家庭でノロウイルスの食中毒が発生すると、家族全員が感染することになりやすい。

■次々に形を変えるので捉えようがない

私たちの身体には防御機能が備わっている。外部から侵入してきた敵に抵抗したりやっつけたりする機能だ。さらに、一度侵入してきた敵に対しては「二度とはやられない」という機能も備えている。これを免疫機能というのだが、食中毒菌に対してもこの機能が働くので、同じ敵であれば、一度目よりは二度目のほうが「軽くすんだり」、もう「かからなかったり」する。

しかしノロウイルスは一筋縄ではいかない。細菌よりもウイルスのほうが世代交代が早いので、次から次へと新しいタイプのノロウイルスが誕生(変異)するからだ。敵が違えば免疫機能は働かないので、二度も三度もやられてしまうことになる。

また、免疫機能ではないのだが、私たちの胃では強力な酸性の胃液を分泌する。細菌であれば胃液の強い酸で殺すこともできる。しかしノロウイルスは酸に対しても強い抵抗性を示すことが知られている。実験では「pH3で3時間」という環境下で感染性を保持したという報告もある。pH1~1・5という強酸性の胃液下でも生き延びる可能性があるとみられている。

じつにヤッカイなのである。

■症状がない人でもウイルスを出し続ける

このようにヤッカイな存在のノロウイルスなのだが、感染した場合の症状はそれほど酷くはない。下痢・おう吐・発熱・腹痛などが出るが、1~2日で自然回復する。O-157のように死人を出すことは滅多にない。

ただし、乳幼児や高齢者や抵抗力の弱い病人などでは重症となることもある。また、高齢者の場合は、おう吐による誤嚥性肺炎や窒息による死亡例はあるようだ。逆に感染しても症状がまったく出ないケースもある。

この「感染しても症状がそれほど酷くない」あるいは「感染しても症状が出ないことがある」という特徴は、皮肉なことに、ノロウイルスがなかなか減らない原因の1つともなっている。

ノロウイルスに感染した人の症状が2日程度で回復したとする。しかしその場合でも、その感染者からノロウイルスがいなくなってしまったわけではない。症状が回復しても、多くのケースでは、その人は約1ヶ月にわたってノロウイルスを排出し続ける。同様に「症状がまったく出なかった感染者」からも、ノロウイルスは排出され続ける。

当然、そのノロウイルスに触れた人は感染して食中毒になってしまう危険性が高い。

■「伝染病」と考えるほうがいいのではないか?

ノロウイルスの原因食品といえばカキ(貝類)が有名だ。冬場になると生ガキがたくさん食べられることと関係しているのだろう。しかし、ノロウイルス食中毒の感染源は、じつはカキ以外のほうが多いのだ。それは人である。

昨シーズンのノロウイルスの感染経路を分析すると、「食品媒介(の疑い)」が約30%、「人→人感染(の疑い)」が約54%、「不明(の疑い)」が約16%となっている。人→人感染は、飛沫感染(くしゃみなど)や空気感染であろうと推測されている。場所としては保育所・幼稚園・小学校・福祉施設・病院等の「狭い空間」が多いようだ(「食品媒介」の原因施設は飲食店が圧倒的に多い)。

「食中毒」と聞くと、多くの人は食べ物に気をつける。これはこれでもちろん重要なことなのだが、ノロウイルスの場合は食べ物に気をつけるだけではなく、人や人が排出した物(おう吐物や糞便など)、あるいは人が触った物(トイレのタオルやドアノブなど)にも気をつけなければならない。

本当にノロウイルスはヤッカイこの上ないシロモノなのだ。

ノロウイルスは食べ物を原因とする「食中毒」ではなく、人から人へと移る感染症、つまり言葉は古いが「伝染病」であると認識して対応策をとるほうがいいのではなかろうか!?

●この原稿は、2018年11月29日に食品安全委員会で行なわれた「報道関係者との意見交換会」における山本茂貴委員の講演内容を元にして執筆した。

●ノロウイルスについて詳細を知りたい人は、食品安全委員会が2018年11月20日に更新した「食品健康影響評価のためのリスクプロファイル(ノロウイルス)」を見ていただきたい。

食生活ジャーナリスト

1947年千葉市生まれ、1971年北海道大学卒業。1980年から女子栄養大学出版部へ勤務。月刊『栄養と料理』の編集に携わり、1995年より同誌編集長を務める。1999年に独立し、食生活ジャーナリストとして、さまざまなメディアを通じて、あるいは各地の講演で「健康のためにはどのような食生活を送ればいいか」という情報を発信している。食生活ジャーナリストの会元代表幹事、日本ペンクラブ会員、元女子栄養大学非常勤講師(食文化情報論)。著書・共著書に『食べモノの道理』、『栄養と健康のウソホント』、『これが糖血病だ!』、『野菜の学校』など多数。

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