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加工食品の原料原産地表示・中間報告はTPP破たんの今こそ考え直すべき!

佐藤達夫食生活ジャーナリスト
(ペイレスイメージズ/アフロ)

■会議の流れが政治の動きと見事にリンク

筆者はこのテーマ(加工食品の原料原産地表示)をかなり長い間(“しつこく”ともいえる)興味を持って取材し、このコラムでもたびたびレポートしてある【※1】。その理由の1つとして、検討会の進め方があまりにも強引(非民主的)だと感じたことがある。もっとも、検討会の最初からそうであったわけではなく、昨年の春から夏にかけて急激に座長と事務局が強気になったのだ。

この動きと呼応するのが、自民党農林部会長の小泉進次郎氏の言動だった。小泉氏は、平成28年5月に行われたジャーナリスト対象のとある勉強会で「TPP(環太平洋パートナーシップ協定)は日本の農業の成長戦略として欠かせない。生産者の皆さんが海外からの輸入が増大することに不安を持つことは理解できるが(その代わりというわけではないが)すべての加工食品に原料原産地の表示を義務づけることによって、国産農産物に与える影響を最小限に抑えることが可能だろう」という趣旨の発言をした。

これを受けて、検討会の流れがすべての加工食品に表示を義務づける方向へと大きく変化した。平成29年1月24日、トランプ・アメリカ合衆国大統領は、TPPから永久に離脱することを正式に決定し、その書類に署名した。アメリカ抜きでのTPPは存在しえないので、TPPは破たんする。であれば、TPPが大きく影響した「加工食品の原料原産地表示検討会の中間報告」も、これを機にいったん白紙に戻すべきと考える。

■消費者の非妥協性と事業者の甘え

では、白紙に戻して何を議論すべきか。「ジャーナリストは批判ばかりして提案がない」といわれることも多いので今こそ議論すべき点をいくつかあげておこう。

まずは、消費者が本当に「原料原産地を知りたい加工食品」とは何かを、ていねいに洗い出すこと。現状で、原料原産地の表示が義務づけられている加工食品は22食品群+4品目【※2】。これが不充分だとして、かなり以前から「義務づけ食品を増やす」ための検討が行なわれてきた。これはこれで(消費者の気持ちは)理解できる。しかし、検討会ではこの議論は実を結ばなかった。というよりも、諸々の理由で議論が充分にできなかった、というほうが正確である。

理由の1つとして消費者の「非妥協性」をあげることができよう。この検討会は、そもそも原料原産地表示を拡大する方向でスタートしたので、消費者はほとんどの加工食品に表示をすべきという立場を譲らなかった。まさか結果的に「国産または輸入」というような例外が認められることなど想像だにしなかったに違いない。

しかし、食品企業や流通企業の実態を知るにつれ、「すべての加工食品」に表示するのであれば、このような意味のない(?)表示も受け入れなければならない現実に直面した。今こそ話し合いの余地(妥協の可能性)が生まれたはずだ。

一方で、食品企業や流通企業には「甘え」があったように感ずる。こちらも、まさか「すべての加工食品に」表示を義務づけるなどということにはならないだろうとタカをくくっていたふしがある。それゆえに、強く主張をすれば、現状の「22食品群+4品目」からほとんど増やさない方向で決着をつけることが可能かもしれないという姿勢で検討会に臨んだのではあるまいか。

しかし、何度も書くように、検討会の流れは途中から大きく変化した。業界の思惑は外れて「すべて」に表示することが大前提になってしまったのだ。つまり、消費者側にも業界側にも大きな誤算があったことになる。「こんなハズではなかった」というのが両者の正直な反省点であろう。

くどいようだが、今こそ歩み寄る余地がある。白紙にまで戻さなくても、いったん、途中まで戻って議論すべきではないだろうか。両者とも、あのときとは違う覚悟で議論ができるに違いない。

■「安心情報」ならネット公開でコト足りる

2つめの提案はネット媒体の有効活用だ。基本的に「すべての消費者に関係しかつその生活に多大な影響を与えること」に関しては法律で定めてきちんと表示を義務づけるべきである。逆に「特定の消費者が興味を持っていることがらで、生活に多大な影響を与えるとはいいがたいことがら」については、法律で義務づける必要はないのではなかろうか。その告知についてもネット上に公開するという方法が許容されるべきだろう。

たとえば、加工食品の原料原産地表示についていえば、純粋に「原料原産地がどこの国であるかを知りたい」という要求に応えるのは食品表示で義務づけるべきかもしれない。しかしそうではなく「特定の国(たとえば中国)産でないということだけを知りたい」という要求に応えるのは(食品表示で義務づけるのではなく)ネットで調べれば知ることが可能という方法でよいのではないだろうか。

筆者は「自分の口に入れる物が中国産でないということを知りたい」という消費者の要求が理不尽であるとか不当であるとかいっているわけではない。安心のために、そう考える消費者が少なくないことも知っている。それに答えたい(答えることによって売り上げを増やしたい)という事業者があることも知っている。ただし、それらはネット媒体を活用することで充分に可能であると考える。

検討会の席上というような「正式の場」で発言することがはばかられるような内容(たとえば「中国産でないことを知りたい」というような内容)を法律で義務づけるということについては(当然といえば当然だが)なかなか議論が煮詰まらない。ネット情報の活用が前提ということであれば、いつもいつも奥歯に物の挟まったような物言いではなく、もう少ししっかりとした議論ができるのではないだろうか。

■今度こそハラを割ったギリギリのすり合わせを!

ネット媒体を有効活用することができれば、もう1つのネックも乗り越えることが可能になる。それは、事業者側が二言目には口にする「価格の上昇による消費者の負担増」に対する解決手段だ。

「すべての加工食品」に表示することになると、品質をそろえ・安定供給をし・なおかつ低価格を維持するためには、世界の多くの国と契約を交わし、気候変動や為替変動なども考慮しつつ、使用原材料を輸入する国や地域を臨機応変に替えていかなくてはならない。原料の原産地が替わるたびに、その都度、表示ラベルを変更するとなると、莫大な費用がかかることになる。少額であれば企業努力でまかなえるとしても、その限度を超えると商品の価格に反映(つまり値上げ)せざるを得なくなる。

「すべてに義務づけをする」なおかつ「価格を上げるな」というのであれば「国内または輸入」というような表示を認めてもらうしかない、という論理が通用してしまう。しかし、義務づけはするが「そのつど表示ラベルを印刷するのではなく、ネット上に公開することもOK」というのであれば、企業の負担はかなり軽減できるはず。

この場合でも事業者の負担はゼロにはならない。逆に、消費者も「ネットで確認しなければならない」という不便さが残る。この点のすり合わせこそ「話し合い」のポイントだ。時間をかけて議論すれば妥協点は見つかるはずである。しかし、実際の検討会では、この話はテーブルに上がらなかった。初めのうちは議題になりかけたこともあるのだが、何度も指摘してあるとおり、途中から「すべてに義務づける」以外の議論は門前払いになってしまったため(知らない人には意外かもしれないが)ほとんど話し合われてはないのだ。

「加工食品の原料原産地表示の中間報告」のための検討会は、平成28年1月から同年11月まで、10回にもわたって開催された。しかし、その内実は(とりわけ後半の検討会では)悪評高い「例外規定」ばかりが議論され、ここに紹介したような話し合いは、ほとんどといっていいくらい行なわれてこなかった。消費者のために、食品事業者のために、ひいては国内生産者のためにも、いま一度原点に返って、実質的な話し合いをすべきと考える。     

【※1】http://bylines.news.yahoo.co.jp/satotatsuo/20161125-00064836/

【※2】http://www.caa.go.jp/foods/pdf/syokuhin663_1.pdf

食生活ジャーナリスト

1947年千葉市生まれ、1971年北海道大学卒業。1980年から女子栄養大学出版部へ勤務。月刊『栄養と料理』の編集に携わり、1995年より同誌編集長を務める。1999年に独立し、食生活ジャーナリストとして、さまざまなメディアを通じて、あるいは各地の講演で「健康のためにはどのような食生活を送ればいいか」という情報を発信している。食生活ジャーナリストの会元代表幹事、日本ペンクラブ会員、元女子栄養大学非常勤講師(食文化情報論)。著書・共著書に『食べモノの道理』、『栄養と健康のウソホント』、『これが糖血病だ!』、『野菜の学校』など多数。

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