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科学的証拠がある健康水なのか?それともインチキなエセ科学水なのか?「水素水」って、どうなの?

佐藤達夫食生活ジャーナリスト
写真と本文とは直接的な関係はありません。(写真:アフロ)

■水素分子の生体防御効果が次々と明らかになっているようだ

「水を化学式で表すとH2O(2は小さい)で、水素と酸素からできている」くらいのことは中学校で(?)習ったはず。近ごろ話題になってる「水素水」と普通の「水」とは何がどう違うのか・・・。平成28年8月29日に食生活ジャーナリストの会【※1】の勉強会で、水素水研究の第1人者(の1人)大澤郁郎氏・東京都健康長寿医療センター研究所老化制御研究チーム生体環境応答研究副部長・博士(工学)の講演を聴いた。冒頭はフリーラジカルなど、工学系の基礎。正直いってチンプンカンプンに近いが、眠気を我慢して必死で耳を傾ける。

「体内の活性酸素が細胞等を酸化すること(酸化ストレスという)が老化や疾病の大きな原因」だということは、アチコチでいわれていることなので(真偽のほどはともかく)何となく頭に入っている。その活性酸素にも多種類があって、すべての活性酸素種が悪さをしているわけではないらしい。活性酸素を除去することが老化防止や疾病予防・治療に効果があるからといって、体内の活性酸素種をすべて除去すればいいというものではない。

現在、体内でもっとも悪さをする作用が大きい活性酸素種はヒドロキシラジカル(この名前は覚えておいてソンはなさそうだ)と呼ばれている物。なので、これを除去することが健康・長寿に貢献する、というところから、水素水の話はスタートする。

酸化ストレスをなくすことを抗酸化作用という。この抗酸化作用のある成分としては、これまでもポリフェノール類、ビタミン類(CやE等)などがよく知られている。たとえばビタミンCやビタミンEと、このところ抗酸化作用が注目されている水素とはどう違うのか? 抗酸化ビタミンを充分に摂取していれば水素など必要ないのではないか?

大澤氏によると、ビタミンCやビタミンEにも抗酸化作用があるのだが、これらは大きな成分(分子量が大きい)なので、細胞膜をなかなか通過できない。それに比べると水素分子(H2)はごく小さいために細胞膜を容易に通過して細胞内に入っていく。そこで細胞内の活性酸素(主としてヒドロキシラジカル)を除去するのだという。

このことが脚光を浴びたのは、2007年に世界的に権威のある学術雑誌『Nature Medicine』に大澤氏らによる水素分子の生体防御効果を示す論文が発表されたことに端を発する。画期的な論文が掲載されると、世界中の研究者がその論文を自分の研究に引用したり、「追実験」をしたりすることになる。そこで同様の結果を得られたり、さらに研究が進展したりすると、最初の論文が「確かなもの」として認められることになる。

「引用」が多ければ多いほど、その論文の内容に信憑性があるということになるのだが、大澤氏らのこの論文はすでに数百以上「引用」されているのだとか。余談だが、1000以上の引用があるとノーベル賞の候補に挙がる可能性があるらしい。

■ある種の活性酸素を除去することによって「よい効果」をもたらす

さて、現時点で報告されている水素水の生体防御効果には次のようなものがある。その一部をご紹介する。

動物では虚血再灌流障害といわれる疾病(障害)がある。何かの原因(たとえば動脈硬化など)で血流が途絶える(虚血という)ことがあり、何らかの作用で血流が戻ることがある(再灌流という)。血流が途絶えたままだと大事に至る(死を招くことさえある)のだが、幸いにして再灌流したとしても、その際に大量の活性酸素種が発生することが知られている。

この活性酸素種(の中のとりわけヒドロキシラジカル)が抗酸化ストレスとなって脳や心臓や肝臓や腎臓等々に重篤な障害をもたらす。この大量に発生するヒドロキシラジカルを、水素が無毒化するのだという。このことは、ネズミなどの動物実験ですでに確かめられている。興味深いことに、虚血再灌流後に水素を与えたときだけではなく、虚血を起こす前に水素を与えておくと、虚血再灌流時に発生したヒドロキシラジカルを除去することも確かめられていることだ。つまり治療効果だけではなく、予防効果もあるということになる。

動物実験だけではなく、ヒトにおいても、急性心筋梗塞、くも膜下出血、肺移植患者、網膜動脈閉塞症等々での治療実験が行なわれている最中であり、その効果が少しずつ確かめられつつあるようだ。パーキンソン病や認知症や糖尿病などの治療や予防にも、水素は効果があるだろうと研究が行なわれている。

このほかにも小児麻酔時(いったん血液の流れが悪くなる)の後遺症防止や白内障手術時の失明(ごくまれに発生することがある)の防止等にも、すでに臨床的に応用されている。これらの「実績」が世間一般の「水素ブーム」の火付け役になっているのだろうと推測できる。

■よくわからないものを体に入れないほうがいい

さて、私たちは水素を健康食品として利用すべきなのだろうか? これは水素だけに限ったことではないが、仮に、専門家(医師)の元で臨床的な効果が認められたとしても、それがそのまま日常生活に当てはめられるとは限らない。たとえば、医師が外科手術に際して麻酔薬を安全にかつきわめて効果的に利用しているからといって、一般市民がそれを睡眠薬としてあるいは痛み止めとして利用すべきではないことと似ているだろうか。

また、これも水素に限ったことではないが、動物実験や臨床試験でよい結果が証明されていたとしても、それはあくまでも「事実の1つ」に過ぎない。もしかしたらまったく逆の事実(不成功例など)があるにもかかわらず発表されていないのかもしれない。素人には、なかなか全体像がつかめないので、そのあたりは考慮しなくてはなるまい。

あるいは、実験や研究で効果が実証されている水素を、一般の人が健康増進のために飲食するときには、どのような形態のものを(水素水もあればカプセル状のものもある。このあとまだまだいろいろな形状で提供されるようになるだろう)、どのくらいの濃度で(濃いものもあればうすいものもある。過飽和状態まで詰め込んであるものさえ販売されている)摂取すればいいのか、などのデータが、現時点ではあまりにも少ない。

栄養成分等の評価としては、日本では最も信頼のおける(と筆者が考える)国立研究開発法人医療基盤・健康・栄養研究所があるが、そこのホームページでは、水素水について「ヒトでの有効性について信頼できる十分なデータが見当たらない」と評価してある(引用不可なので詳しい紹介ができない。興味のある人はホームページ【※2】を訪問してほしい)。これが水素水に関する現状の冷静な評価なのではなかろうか。

日本では食品(飲食物であって薬品以外の物はすべて食品)の健康評価については消費者庁の管轄である。「効くか効かないか」を知りたければ「食品表示」を見ればいい。効くものには「効く」と書いてある。ただし「見る場所」が肝心。日本の食品表示法では「肝心なことは容器に書く」のが基本だ。いっしょに付いてくるチラシ・パンフレット・小冊子はあてにならない(それらを信用しすぎないほうがいい、と筆者は考える)。

で、結局、水素水はどうなのか? 水素そのものの生体防御効果についてはある程度の結果が出ているようだが、水素水をはじめとした「水素商品」については、エビデンス(科学的証拠)が十分であるとはいえない、というのが筆者の感想。

今回の勉強会での、大澤氏の次の言葉が、現時点での筆者の感覚に最も近いのでそれを紹介しておく。

「よくわからないものを体に入れないほうがいいでしょう」

【※1】

http://www.jfj-net.com/

【※2】

http://hfnet.nih.go.jp/contents/detail3259.html

食生活ジャーナリスト

1947年千葉市生まれ、1971年北海道大学卒業。1980年から女子栄養大学出版部へ勤務。月刊『栄養と料理』の編集に携わり、1995年より同誌編集長を務める。1999年に独立し、食生活ジャーナリストとして、さまざまなメディアを通じて、あるいは各地の講演で「健康のためにはどのような食生活を送ればいいか」という情報を発信している。食生活ジャーナリストの会元代表幹事、日本ペンクラブ会員、元女子栄養大学非常勤講師(食文化情報論)。著書・共著書に『食べモノの道理』、『栄養と健康のウソホント』、『これが糖血病だ!』、『野菜の学校』など多数。

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