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BSE検査がなくなりそうだが、日本の牛肉の安全性は大丈夫なのか?

佐藤達夫食生活ジャーナリスト
(写真:アフロ)

■BSEは牛のエサの徹底管理によってほぼ消滅した

大きな乳牛が身体をブルブル震わせていたと思ったら、いきなりガクッと膝から崩れ落ち、そのまま命を落とす・・・・当時「狂牛病」と呼ばれていたBSE(ウシ海綿状脳症)のショッキングな映像は、今でも私の脳裏から離れない。しかもウシの病気が「種の壁」を超えてヒトに感染し、一度罹患したら治療法が全くなく、致死率はほぼ100%! ヒト海綿状脳症(変異型クロイツフェルト・ヤコブ病=vCJD)は世界中の人々を恐怖の底に陥れた。

日本も例外ではなく、それどころか、「日本は大丈夫」という国の最初の対応のまずさもあって、日本国内でBSEの発生が確認されるや否や国民はパニック状態に陥った。それを収めるために日本国政府のとった対応策は、世界でもまれな「全頭検査」という管理方法。食用に供するウシのすべてに対してBSE検査を実施するというものだった。

その後、BSEの研究が進んで、BSEに罹患したウシの特定の部位をエサとして他のウシに与えていたことが、BSEの原因であると(ほぼ)判明した。それ以降は、世界各国で、1:BSEの原因物質をエサとして絶対に与えない、2:牛肉を食べる際には、原因物質を含んだ牛肉の部位(特定危険部位=SRM)を完全に除去する、3:今後もBSE牛の動向(増えているか減っているか等々)を確実に調査する、という3つの対策が徹底されるようになった。

それによって、世界中のBSEは激減し、ヒトのvCJDも見られなくなった。ここで確認しておきたいのだが、上に紹介した世界各国の対応策「1」「2」「3」は、それぞれに意味(目的)が明確に異なる点である。

「1」はエサを管理することによってBSE(のウシ)を発生させなくするのが目的。事実、日本を例にとると、エサの管理が徹底された2002年2月以降に生まれたウシからはBSEは1頭も見つかっていない。

これに対して「2」はヒトの海綿状脳症(vCJD)を発生させないための対策。特定危険部位(SRM)を食べなければ、原因物質である特殊なタンパク質(プリオンタンパク質)を摂取することがないので、vCJDには罹患しない。仮に、ものすごく低い確率で発生する「エサを原因としないBSE」が食用にされたとしても、SRMをきちんと除去すればvCJDになることはない。

「3」はサーベイランスと呼ばれる「調査」である。BSEを発見するための「検査」ではない。その主な目的は「エサを管理することによって本当にBSEの発生を防ぐことができているかどうか」を検証すること。そして先ほど出てきた「エサを原因としないBSEの発生率というのはどの程度の確率なのか」を調べることなどにある。

■BSE検査は21ヶ月齢→30ヶ月齢→48ヶ月齢と、対象牛が変化してきた

このサーベイランス(調査)は、日本で長い間行なわれてきた「食用にするウシがBSEに感染しているかどうかを発見するための全頭検査」とは意味が異なる。日本では、当初のパニックを収めるために、この「調査」と「検査」を混同してきたという経緯がある。科学的なデータが集積されるにつれ、「検査」の意味を問い直しつつ、修正をしてきているというのが、日本のBSE管理体制の現状である。

研究データが集まるにつれ、BSE(ウシ)そしてvCJD(ヒト)のいずれの原因でもあるプリオンタンパク質は、感染牛が生まれてから一定期間以上が経過しないと、体内に出現しない(少なくとも検査できるほどの量には至らない)ことがわかってきた。ということは(たとえ感染牛であったとしても)生まれたばかりのウシでは、検査をしてもBSEかどうかがわからない、ということになる。このことが判明してから、日本の「全頭検査」は科学的に有効ではない検査なのではないかという疑念が持たれるようになった。

これを受けて日本のBSE検査は、2005年8月には「全頭検査」から「21ヶ月齢超のウシ」に変更された。つまり、21ヶ月齢以下の(健康な)ウシにはBSE検査をしなくなったのだ。誤解のないようにいうと、これは「21ヶ月齢以下のウシは安全なので検査をしなくてもいい」ということではない。「BSE検査を実施しても発見できないから検査をする意味がない(のでやらない)」ということである。

食用に供される21ヶ月齢以下のウシがBSEに罹患していないかどうかは、検査ではなく、「エサがきちんと管理されているかどうか」によって保証される。同時に「その牛の肉を食べてもvCJDにならないのか」については、これも検査によってではなく、その牛のSRMを確実に除去してあるかどうかによって保証される。これが現在の「世界的知見」である。

同様の意味から、日本では2013年4月には、BSE検査をするウシの対象を「21ヶ月齢超」から「30ヶ月齢超」へと変更した。そして2013年7月には「30ヶ月齢超」を「48ヶ月齢超」へと、さらに変更した。

これが、ごくおおざっぱに見た「日本のBSE検査」の流れだ(詳しくは下記※1を参照のこと)。

■「検査をしてもしなくてもBSEのリスクには変わりがない」という評価

さて、厚生労働省は、2015年12月に「と畜場で実施されている健康牛のBSE検査について、現行基準(48か月齢超のウシの検査)を継続した場合と、廃止した場合のリスクを比較するよう」、食品安全委員会に諮問した。ここで確認しておかなくてはならないことは、厚生労働省は「BSE検査を廃止してもBSEに関する牛肉の安全性が損なわれることはないか」ということを食品安全委員会に問うたのではない。「48ヶ月齢超のウシのBSE検査を実施した場合」と「その検査を廃止した場合」とで「日本人が食べる牛肉のリスクが異なるのかどうか」を、食品安全員会に調べてほしい、と依頼したのだ。

くどいようだが、ウシがBSEになるか・ならないかは「牛のエサの管理」によって決まってくる。また、牛肉を食べたときにvCJDの原因物質が私たちの体内に入ってしまうかどうかは「危険部位であるSRMが除去されているかどうか」によって決まってくる。BSE検査をするか・しないかによって決まるのではない。

このことを踏まえ、また、もう日本にはBSEのウシが(きわめて高い確率で)存在しないこと(2013年5月に国際獣疫事務局は日本をBSEに関して「無視できるリスクの国」に認定した)、加えて、ここ数年間に日本国内では600万頭以上のウシを検査したが1頭もBSE陽性牛が確認されていないこと、等を勘案して、食品安全委員会は「48ヶ月齢超の健康牛のBSE検査について、現行基準を継続した場合と廃止した場合のリスクの差は非常に小さく、人への健康影響は無視できる」と評価した(詳細は下記※1)。

つまり「BSE検査を廃止してもリスクは大きくならない」というものだ。この評価に対して、食品安全委員会は、現在、各地で意見交換会を開催し、この評価に対する意見・情報を募集している(8月11日までパブリックコメントを収集している)。結果が気になる人、意見のある人は下記(※1)を見て、行動してはどうだろうか。

●このレポートは7月21日に東京で開催された、食品安全委員会主催の意見交換会での取材を基にして執筆した。

【※1】

https://www.fsc.go.jp/senmon/prion/bse_information.html 

食生活ジャーナリスト

1947年千葉市生まれ、1971年北海道大学卒業。1980年から女子栄養大学出版部へ勤務。月刊『栄養と料理』の編集に携わり、1995年より同誌編集長を務める。1999年に独立し、食生活ジャーナリストとして、さまざまなメディアを通じて、あるいは各地の講演で「健康のためにはどのような食生活を送ればいいか」という情報を発信している。食生活ジャーナリストの会元代表幹事、日本ペンクラブ会員、元女子栄養大学非常勤講師(食文化情報論)。著書・共著書に『食べモノの道理』、『栄養と健康のウソホント』、『これが糖血病だ!』、『野菜の学校』など多数。

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