7000万円の成年後見制度利用促進法

2016年4月8日の衆議院本会議で成年後見制度利用促進法が成立した。もう数年前から公明党が素案を作り、専門職団体や成年後見制度の利用促進を提唱する障害者の親の会など関係各方面に投げかけていたもので、条文そのものは一般市民にはまったく公表されていなかったが、国会に提案されてからはスピード審理で、一部野党の反対はあったものの賛成多数で成立した。

新法のメディアによる紹介

マスメディアが紹介する新法の中身はほぼ同じような説明になっている。下記に朝日の記事を抜粋しておこう。

http://digital.asahi.com/articles/ASJ4856JCJ48UTFL00C.html?rm=396

蔭西晴子記者署名 2016年4月8日19時49分

認知症や精神障害などで判断力が不十分な人の財産管理などを行う成年後見制度の利用促進を図る議員立法が8日の衆院本会議で、自民、公明、民進など各党の賛成多数で可決し、成立した。認知症の高齢者の増加を見据え、後見人のなり手を増やすことが柱。5月上旬までに施行される。

ほかに後見人の権限を拡大する民法などの改正法が、6日の参院本会議で可決して成立。公布から半年たった後に施行される。一方、精神障害者団体などから自分で決める権利が侵害されかねないという懸念が出たことを踏まえ、参院内閣委員会は必要な措置を求める付帯決議を可決した。

ここにある民法改正案は、利用促進法とセットで自民党が素案を作って成立を目指していたもので、郵便物の管理事務や死後の葬儀手配などの事務手続などの面で現在の成年後見制度が有している欠陥を解消するものである。成立にはほぼ異論をみない。促進法と言う場合、この法案も含めて説明される場合もあるが、野党が反対したり議論になったものは、公明党案である。その中身については、次のように報道は要約している。

8日に成立した新法は市民から後見人を育成して活用を図ると明記。政府に必要な法整備や財政上の手当てを速やかに講じるよう義務づけた。首相がトップの利用促進会議を内閣府に新設して後見人による横領といった不正防止策などを議論し、3年以内に必要な法整備をすることも定めた。

この法案についての私の意見や日本の成年後見が抱える課題については、すでにYahooのこの場を借りて書いているし、紙媒体の文献においても公表している。詳しくは、そちらを参照していただくことにして、ここでは繰り返さない。

http://bylines.news.yahoo.co.jp/satoshoichi/20150907-00049247/

http://bylines.news.yahoo.co.jp/satoshoichi/20151013-00050382/

佐藤彰一「日本の成年後見制度の現状と変革の方向--意思決定支援へのパラダイム転換に向けて--」

草野芳郎・岡孝編「高齢者支援の新たな枠組みを求めて」白峰社(2016)所収pp255-278

新法の問題点

ここであらためて、この法律を取り上げるのは、メディアが明確に説明しない(説明できていない)いくつかの点を指摘しておきたいからである。

1 条文の場所

まずは法律の条文のありかを示しておこう。これらの法律案は、参院で附帯決議がついていはいるが、ほぼ

そのままの形で成立している。

●衆法 第190回国会 20 成年後見制度の利用の促進に関する法律案

http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/g19001020.htm

(16/06/02補足:これは、衆議院で提案され、回付先の参議院からまた衆議院に戻って成立したこともあって提出時法案が微修正されている。成立した法案は、下記に掲載されている。

http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/gian/190/pdf/s051900201900.pdf

なお、下記の円滑化を図るための法律案は提出時の案の通りで参議院で成立している)

●衆法 第190回国会 21 成年後見の事務の円滑化を図るための民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律案

http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g19001021.htm

2 制度の充実は、空手形か

この法律の条文を国民の何人の方が実際に読んでいるのか、よくわからないが、上記法案の末尾に次のような記載がある。「本案施行に要する経費としては、約七千万円の見込みである」。家裁の人員や行政機関の職員の配置を充実させることが条文の中に記載されているが、それが7000万円の予算でできるとは到底思えない。ということは、これらの充実は条文には記載されているものの、実際に実現することを「すくなくとも」法律が成立したいまの段階で予定していない、とみるべきである。

3 成年後見制度利用促進委員会は、どんな会議か

上記のような予算の規模をみると実施的な議論は、すべてこの法律で設置が決まった成年後見制度利用促進委員会の議論に委ねられていると思われる。ところが、この委員会は、スタート時は首相直轄で内閣府に置かれるものの、附則3条の規定が「2年以内に政令で定める日から施行」されると、厚労省所管の専門家会議に移行する。つまり時間が限定的なのである。時間のメリハリを効かせない間延びした会議もどうかとは思うが、取り扱う話題は、非常に重い課題だ。それを短時間で議論できるのだろか。その間に、障害者権利条約に関わって国連の委員会から厳しい勧告がでることも予想される。

4 司法制度であることを意識していない。

この法案で一番わからないのは、成年後見制度の改革は、司法制度の改革であることが意識されていないことである。制限的行為能力の概念は、日本の民法制度の中心的概念である。現在の成年後見制度の抱える課題を整理しようとすれば、ここにメスを入れなければならないことは法律家であれば誰でもわかることである。訴訟法上は行為無能力の概念が未だに通用しており、司法制度の中で障害者や高齢者の手続権は、確保されていない。

そして、成年後見制度の実施主体は、家庭裁判所であり、その手続を規律するものは、家事事件手続法である。裁判所の見解では、家事事件手続法には憲法上の「裁判を受ける権利」保障の適用がなく、もともと職権的で裁量的な要素が強いが、そのことを横に置いたとしても、今回の法案が予定している市民後見人の活用などは、裁判所が選任して初めて成り立つ話題である。選任にあたっての審理をどうするのか、監督をどうするのか、報酬をどうするのか、これらはすべて手続法の領域の問題である。

つまり、裁判所の審理のための手続法(家事事件手続法)、適用すべき民法その他の実体法、その両面に渡る改革が必須であって、成年後見制度に関わる司法制度の改革は、単に人員を増やしたからどうにかなるという簡単な問題ではない。

促進よりも改革が先だろう。

これらの問題を、今回成立した法律は充分に意識しているかと言えば、予算措置や会議体の設計の仕方からみて答えは明らかである。沢山の専門家が関わって作られた法律であるから、これらの課題を知らないはずはない。つまりは、改革ができないことをわかった上で、利用の促進を打ち出したとしか思えないところがある。障害者権利条約12条との整合性の問題ももちろんあるが、それよりもなによりも、できないことや、やるつもりもないことを、できるかのように言って国民に説明するのはアンフェアーだ。この法律は、内容も議論の進め方もアンフェアーだと思うのであるが、どうであろうか。