理路整然と間違える ーー 国連に対する成年後見制度の政府説明案 --

障害者権利条約・政府報告書

 2014年1月に日本は障害者権利条約を批准しました。同条約では、批准国(締約国)に国連の権利委員会へ各国の条約順守状況につき報告と審査を義務付けています。日本政府の報告書は、2016年には提出され、2018年頃には審査が行われる予定だそうです。最近、その政府報告案が作成され内閣府のHPに掲載されました。

 http://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/seisaku_iinkai/k_26/

権利条約12条

 報告書は相当な分量になりますし、扱っている問題も多肢に亘ります。ここでは、成年後見に関わる条約第12条関係に絞ってコメントしたいと思います。世間的にはマイナーな話題ですが、日本の将来にとって非常に重要な問題だと思っています。権利条約の12条は、次のように定めています。日本政府の公定訳を貼り付けます。

第十二条 法律の前にひとしく認められる権利

1 締約国は、障害者が全ての場所において法律の前に人として認められる権利を有することを再確認する。

2 締約国は、障害者が生活のあらゆる側面において他の者との平等を基礎として法的能力を享有することを認める。

3 締約国は、障害者がその法的能力の行使に当たって必要とする支援を利用する機会を提供するための適当な措置をとる。

4 締約国は、法的能力の行使に関連する全ての措置において、濫用を防止するための適当かつ効果的な保障を国際人権法に従って定めることを確保する。当該保障は、法的能力の行使に関連する措置が、障害者の権利、意思及び選好を尊重すること、利益相反を生じさせず、及び不当な影響を及ぼさないこと、障害者の状況に応じ、かつ、適合すること、可能な限り短い期間に適用されること並びに権限のある、独立の、かつ、公平な当局又は司法機関による定期的な審査の対象となることを確保するものとする。当該保障は、当該措置が障害者の権利及び利益に及ぼす影響の程度に応じたものとする。

5 締約国は、この条の規定に従うことを条件として、障害者が財産を所有し、又は相続し、自己の会計を管理し、及び銀行貸付け、抵当その他の形態の金融上の信用を利用する均等な機会を有することについての平等の権利を確保するための全ての適当かつ効果的な措置をとるものとし、障害者がその財産を恣意的に奪われないことを確保する。

国連権利委員会の一般意見

 私は、日本が条約を批准するときに、この12条について、なんの留保も付けずに批准したことに大変驚きました。現行の日本の民法では、成年被後見人、被保佐人、被補助人(取消権・同意権がついた場合)は、制限行為能力者と位置づけられ、自分では有効な法律行為ができない人と位置づけられているので、日本の成年後見制度は条約第12条2項に抵触するのではないかと考えていたからです。少なくとも2014年4月に国連の権利委員会が公表した12条の解釈に関する一般意見では、行為能力の制限を否定していますので、国連側の解釈では、日本の成年後見制度は12条に抵触します。

Committee on the Rights of Persons with Disabilities Eleventh session

31 March 11 April 2014

General comment No 1 (2014)

Article 12: Equal recognition before the law

出典:http://tbinternet.ohchr.org/_layouts/treatybodyexternal/Download.aspx?symbolno=CRPD/C/GC/1&Lang=en

同意見の日本語訳は下記にあります。

http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/rights/rightafter/crpd_gc1_2014_article12_0519.html

一般意見の紹介記事

http://www.disabilityscoop.com/2014/04/23/un-disabilities-free-decisions/19303/

代行決定は否定されるのか

 国連の権利委員会の解釈指針は非常に厳しいもので、代理であれ取り消しであれ、およそ第三者による代行決定を否定しているように読めます。実際、この委員会における過去の締約国審査では、この12条の条文に適合していると評価された国は一カ国も存在せず、なかにはオーストラリアのようにわざわざ留保条項を付けて批准したにも関わらず留保を撤回せよとの勧告を受けた国まで存在しています。ただベルギーだけは、適合はしていないものの一部評価されたようです。

 すでに、国内でも、この問題を検討する研究論文がいくつか出ており、それらによれば、代理・代行決定を全面否定する国連委員会の一般意見は、条約制定後に国連委員会がいわば急進的に示した解釈であり、締約国一般の理解は条約の検討時から現在にいたるまで、ラスト・リゾートとしての代行決定を許容するものである(代行決定許容説)、ということのようです。しかし、そうは言っても現在の日本の成年後見制度がそのままで条約に適合しているという見解はなく、おそらくは川島教授の次のような見解が穏当な見方だろうと思います。

代行決定許容説とは、条約は代行意思決定制度をまったく禁止しておらず、締約国による当該制度の自由な設営を許容しているという説ではなく、むしろ条約は原則として当該制度を禁止しており、厳格な基準に服することを条件に締約国による当該制度の設営を例外的に許容している。

出典:川島聡「障害者権利条約12条の解釈に関する一考察」実践成年後見51号(2014)76p

12条に関する政府報告案

代行決定と意思決定支援の混濁状況

 そういう状態の中で、政府はどのような説明をするのだろうか、興味と関心を持っておりました。この間、幾つかの専門職団体が、第12条3項を直接の根拠とする意思決定支援の論点について盛んなイベントを行っていますが、代行決定と意思決定支援の相互関係や行為能力制限については、明確な態度を表明していません。これは、おそらく団体内部に条約の理解や成年後見制度の理解そのものに不十分なところがあり、組織的な意見表明ができない状態にあるからだと推測しています。与党の国会議員ですら、行為能力制限の問題にはまったく目をつぶり、成年後見支援信託の調査もせず、代行決定の基本構造を維持した成年後見の利用促進を目的とした立法提案の動きを示しているぐらいですから、世界的な論議と日本国内の議論状況はかけ離れているわけです。しかし、国連への報告となると、そこは真正面から問題にされます。政府報告の内容が、興味を持たれる所以です。

政府報告案

 まず政府報告案を見てみましょう。12条関係だけだと2000字あまりです。ひとまとまりごとに番号がついていますので、これは便利ですね。以下のコメントでは、その番号で引用します。

第12条 法律の前にひとしく認められる権利

 72.日本国憲法第13条は、「すべて国民は、個人として尊重される」ことを定めている。また、障害者基本法においては、基本原則として障害者の個人の尊厳について規定している(障害者基本法第3条)。(内閣府)

 73.我が国の民法は、「私権の享有は、出生に始まる」旨規定し(民法3条)、全ての人が権利能力を有することとされている。この点について、障害者であることを理由とした制限は設けていない。(法務省)

 74.認知症、知的障害、精神障害などの理由で判断能力の不十分な者を保護し、支援するための制度として、成年後見制度を設けており、本人の判断能力の程度に応じて、後見、保佐及び補助の3類型を利用することができる。(法務省)

 75.成年後見人及び成年後見監督人の選任に際しては、本人の意見等一切の事情を考慮すべきものとしているほか、本人(被後見人)の陳述の聴取の機会も確保している(民法第843条第4項、第852条、家事事件手続法第120条)。また、選任された成年後見人は、本人の意思を尊重しその身上に配慮する義務を負い(民法第858条)、これにより、本人の権利、意思及び選好の尊重が図られている。なお、保佐及び補助にもこれらの規定が準用され、又はこれらと同旨の規定が設けられている(民法第876条の2第2項、第876条の5第1項、第876条の8第2項、第876条の10第1項、家事事件手続法第130条、第139条)。(法務省)

 76.成年後見人の取消権及び代理権の範囲は民法で明確に規定されており、障害者がその財産を恣意的に奪われないことを確保している(民法第7条から第9条まで)。保佐人については、同意権及び取消権の範囲は民法で規定されているが、家庭裁判所は、本人の判断能力の程度や必要性に応じて、審判により個別に保佐人に代理権を付与し、あるいは同意権や取消権の範囲を拡張するなど、本人の状況に応じた柔軟な対応をとることができる。(民法第13条、第876条の4)。補助人の同意権及び取消権並びに代理権の範囲については、家庭裁判所が本人の判断能力の程度や必要性に応じて個別に定めることができることとしている(民法第17条、第876条の9)。(法務省)

 77.家庭裁判所は、後見人、保佐人及び補助人の事務を監督し、いつでも、これらの者に事務の報告等を求めることができる(民法第863条、第876条の5第2項、第876条の10第1項)。このような措置により、司法機関による審査が確保されている。また、本人の判断能力が回復した場合には、家庭裁判所が後見開始、保佐開始及び補助開始の審判を取り消すことができ(民法第10条、第14条第1項、第18条第1項)、これにより、障害者の状況に適合した措置をとることを可能としている。(法務省)

 78.成年後見制度(後見、保佐、補助)の利用者数は、2012年末は164、421件、2013年末は174、565件、2014年末は182、551件となっており、年々増加している。2014年末における後見3類型の内訳は、成年後見149、021件(約81.6%)、保佐25、189件(約13.8%)、補助8、341件(約4.6%)となっている。成年後見人等(成年後見人、保佐人及び補助人)と本人との関係については、2011年時点では親族が約55.6%、親族以外の第三者が約44.4%であったところ、2014年は親族が約35.0%、親族以外の者が約65.0%となっており、第三者の割合が大きく増加している。(法務省)

 79.成年後見制度については、例えば、障害者本人が一部の親族により身体的虐待を受け、あるいは年金収入等を搾取されている場合には、成年後見人に選任された弁護士等が、本人の意思を尊重しながら、その安全な居所を確保し、財産を管理することにより、本人の身体及び財産を適切に保護することができるとの指摘がされている。(法務省)

 80.障害者総合支援法に基づく相談支援として、地域の障害者等の福祉に関する様々な問題について、障害者等、障害児の保護者又は障害者等の介護を行う者からの相談に応じ、必要な情報の提供や助言等を行う「基本相談支援」等を実施している。また、同法第77条に基づく市町村の地域生活支援事業として、障害福祉サービスの利用の観点から成年後見制度を利用することが有用であると認められる障害者であって、成年後見制度の利用に要する費用について補助を受けなければ成年後見制度の利用が困難であると認められるものに対し、当該費用を支給する事業が実施されており、2014年度には1、360の市町村において当該事業が実施された。(厚労省)

 81.「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」(以下「精神保健福祉法」という。)第51条11の2において、市町村長は、精神障害者の福祉を図るため特に必要があると認めるときは、家庭裁判所に対し、民法に基づく審判(民法第7条の後見開始の審判、同法第11条の保佐開始の審判、等)の請求をすることができるとされている。(厚労省)

国連と異なる政府解釈

 一読して気がつくことは、行為能力についての説明がまったく欠けていることです。これはもちろん意図的でしょう。行為能力については、その概念をそもそも持たない国もありますから説明しだすと混乱しますが、条約の成立過程でそのことは当然に関係国の間で議論されていたことであり、国連側も当然に知っているわけです。12条2項にいう法的能力には、行為能力を含むとする締約国の解釈の方が有力ですし、国連の前述の一般意見もその立場です。日本政府も、そのことはもちろん知っているはずですが、日本政府は違う解釈をしています。12条2項に言う法的能力とは権利能力を意味しており、行為能力について言及したものではない、という理解です。73番の文章は、その理解を前提に書かれたものでしょう。

 75番では、民法第858条の規定を根拠にして、日本の成年後見制度は「本人の権利、意思及び選好の尊重が図られる」制度であると説明しています。これは条約12条4項を念頭においた表現かと思いますが、12条4項の記述は、3項の意思決定支援に関わる条文だとすれば完全にミスリードになります。しかし、行為能力制限は「原則的に」行ってもよいのだという日本政府の条約理解を前提にすると、成年後見制度こそが日本が行っている障害者のための意思決定支援制度にほかならず、成年後見制度の説明をすれば、条約の遵守状況を明らかにしたことになる、そう理解しているのでしょう。

報告案は現状を伝えているか

 要は解釈の違い、国連の委員会見解など取るに足りない、そうタカをくくっていて良いのでしょうか。報告書である以上、少なくとも日本の現状をより正確に伝える努力をすべきだと考えます。

迷走する後見監督

 たとえば、77番では、司法審査が確保されていると説明されていますが、審判手続にあたって裁判官による本人面接が要求されておらず(事実、裁判官は面接していない)、鑑定は9割ぐらいが省略されていることは、まったく説明されていません。さらに、後見人の監督は裁判所が直接行うのではなく、専門職(弁護士・司法書士)の後見監督人を職権で選任して監督させる方針となっていることや、一定額(1200万円と言われている)以上の金融資産がある場合は、信託銀行への預け替えを促して以後は裁判所の許可がないと使えない保全運用となっていること(後見支援信託)、その施策立案の前提として、親族・専門職を問わず、後見人の横領事件が新聞で多数報道されていること、などなど、まったく言及なしです。そもそも、そのような状態で、「本人の権利、意思及び選好の尊重が図られている」などとどうして言えるのでしょうか。これは、他でもない国連の委員会への報告書に書かれている文章なのです。

司法審査の硬直・不在

 77番では、本人の判断能力が回復した場合には、家庭裁判所が後見開始、保佐開始及び補助開始の審判を取り消すことができると説明しています。民法の法文上は確かにそのような記載がありますが、ほとんど実例がありません。後見利用に疑問を持った関係者が、社会的支援を工夫して後見開始の審判の取り消しを求めると、認知症が治るわけがない、障害は治癒しないから障害と言うのですなどと、およそ救いがたい理由で却下されるのがこれまでの例です。つまり、一旦、利用が開始されると、事実上、本人が死亡するまで利用が続くのです。これが日本の後見利用の数が増え続けている最大の原因と言ってもいいでしょう。しかも、後見申立は、いったん申し立てると取り下げもできません(家事事件手続法121条)。後見人を誰にするかについての不服申立も許されておらず、報酬や代理決定の中身についての不服や審査制度もありません。「本人の身体及び財産を適切に保護することができる」などという制度的説明がどうしてできるのでしょうか。

このままでは何も変わらない・変えられない

 政府報告案は、一見、条約に即して説明をしているような体裁を整えていますが、代行決定から意思決定支援へのパラダイムシフト、(そして仮に許容説にたったとしての)代理代行の原則禁止とラストリゾートとしての許容という条約のもっとも根底にある精神を無視するものです。この政府説明案に従えば、現在の日本の成年後見制度とその運用は、まったく条約に抵触しておらず、なんらの変更や改正も必要がない、そうなります。そう解釈していたからこそ、批准にあたってなんの留保も付けなかったのでしょう。さすがに国連の委員会から是正勧告を受けることは予想していると思いますが、おそらく無視するのではないかと危惧しています。過去の人権関連条約で国連の勧告を日本は無視し続けている前歴があります。しかし、国内は、それで押し通せたとしても、国際社会は説得できないでしょう。日本の現状を真摯に直視し、改革の処方箋を示すことが締約国としての誠実な対応だと思うのですがどうでしょうか。また、こうした対応を続ける限り、国内における制度改革の方向はまったく見えてきません。せっかくの制度改革チャンスを失ってしまいます。関係団体が、政府報告案とは別に実情を示すパラレルレポートを提出することが、大いに必要です。期待しましょう。