マイラー初の年度代表馬

　今週の日曜日、東京競馬場では安田記念（ＧⅠ）が行われる。

　過去の勝ち馬にはグランアレグリアにロードカナロア、連覇したウオッカなど、超一流馬の名が並ぶ。１９９８年の勝ち馬・タイキシャトルもまた、誰もが納得する最強マイラーの１頭だろう。

　この前年、タイキシャトルは現在でいう３歳でマイルチャンピオンシップ（ＧⅠ）とスプリンターズＳ（ＧⅠ）を連勝。そして、この年は先述した通り安田記念（ＧⅠ）を優勝。その後、海を越え、フランスの伝統のマイルＧⅠジャックルマロワ賞に挑むとここも楽勝。帰国後には２着を５馬身も突き放してマイルチャンピオンシップ（ＧⅠ）連覇を飾り、マイラーとしては史上初めてとなるＪＲＡ賞年度代表馬に選定された。

　同馬を管理していたのが藤沢和雄元調教師。この２月に定年により引退するまでに１５００以上の勝利を挙げた伯楽だ。

初芝へ向かう調教で伯楽がとった行動

　さて、そんなタイキシャトルだが、デビュー当初はダートで走っていた。

　「ゴロンとした体つきでいかにもパワータイプだったので、ダートでおろしました」

　伯楽がそう語るようにデビュー戦は東京のダート１６００メートル。既走馬相手の未勝利戦だったがこれを難無く快勝すると、２戦目の京都ダート１２００メートルの自己条件も連勝した。

　指揮官の思惑通りダートで力強さを披露したわけだが、３戦目では初めて芝の菖蒲Ｓに挑戦した。この初めての芝の際、藤沢はある面白い采配を試みている。

　菖蒲Ｓの前、タイキシャトルはウッドチップコースで追い切られている。併せた相手はバブルガムフェロー。同じ伯楽が管理するこの馬はタイキシャトルの１つ年上の先輩。この前年の現在でいう３歳で制した天皇賞（秋）（ＧⅠ）など既に２つのＧⅠを勝っていた。

　デビューまだ２戦しかしていない時点でこれだけの実力馬と併せたところに期待の程度が窺えるが、藤沢は更にもう１つ、スパイスを加えていた。この追い切りで、鞍上に高市圭二調教師（当時）を乗せていたのだ。

　調教で他の厩舎の調教師を乗せる事など、滅多にない。この時は調教助手が怪我をして休んでいた事もあるが、同時に若き日の藤沢は次のように語っていた。

　「高市先生は騎手時代に何度もうちの厩舎を手伝ってもらっていました。調教技術の高さもさる事ながら、様々なジャッジも正確。果たしてシャトルの芝適性がどんなものか、助言をもらいたかったのです」

　調教後、高市調教師は言った。

　「反応が素晴らしいし、フットワークの感じからも芝でも大丈夫です!!」

　このアドバイスに後押しされ、菖蒲Ｓへの出走を正式に決めると、結果これを快勝。それが後にマイルチャンピオンシップ（ＧⅠ）連覇や海外でのＧⅠ制覇など、数々の芝での勲章につながっていくのだった。

　さて、そんな高市だが、病魔に襲われると、２０２０年２月、現役調教師のまま他界してしまった。２０００年に帝王賞を制したファストフレンドなどを育てた彼は、存命なら66歳で現在もまだバリバリの調教師だったはず。藤沢でなくても、残念でならない。

（文中敬称略、写真撮影＝平松さとし）