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皐月賞1、2着の2人のホースマンが語るダービーに懸ける思いとは?

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
皐月賞で1、2着した木村哲也厩舎のジオグリフとイクイノックス(奥桃帽)

イクイノックスのここまで

 皐月賞(GⅠ)の直線。まず抜け出したのはイクイノックス。その様を見て、2人の男が同時に「良し!!」と思った。

 1人は阿部孝紀。1987年生まれで現在35歳。美浦・木村哲也厩舎で調教助手を務め、イクイノックスの調教にはほぼ彼が跨っていた。2歳、デビュー前の第一印象を次のように語る。

皐月賞のパドックでのイクイノックスと阿部調教助手(左)
皐月賞のパドックでのイクイノックスと阿部調教助手(左)

 「全体的にシルエットが細くて非力に見えました。でもフットワークは良かったです」

 デビュー戦は思った以上に強い勝ち方をした。「モマれたらどうか?」と思って見ていた2戦目の東京スポーツ杯2歳S(GⅡ)では「スタートで立ち遅れたのに最後は良い脚で差し切ったから、こちらが考えている以上に凄い」と感じた。

 その後、前哨戦は使わずにぶっつけでの皐月賞挑戦というプランを耳にした時は「アリ」だと思った。

 「お尻の肉付きとかがまだまだだったし、1度使うとダメージも大きい体質でした。それに気性的にも一見大人しそうだけど、自分の中で勝手に燃えるような面がありました。だから、下手に使いながらクラシックへ向かうよりも休み明けで挑むのが良いかと思いました」

 こうして皐月賞前に帰厩するのだが、その時、阿部は美浦にいなかった。厩舎のオーソリティが中東へ遠征していたため、それに同行していたのだ。

 「皐月賞の1週前追い切りにルメールさんが乗り、その後、久しぶりに乗りました」

 休養期間に大きく馬が変わっていた……とは感じなかった。

 「馬格があって背中も広く、どっしりしているオーソリティにずっと乗っていたせいもあるかもしれませんけど、もっと成長してくれて良いのに、と思いました。良い馬には違いないのですが、思ったほど肉が付いてこない感じだし、走りのバランスも今一つに感じたんです」

サウジアラビアでのオーソリティと阿部
サウジアラビアでのオーソリティと阿部

ジオグリフのここまで

 阿部より5つ上で現在40歳なのが土田祐也だ。彼も木村厩舎の調教助手。ジオグリフは主に彼が調教をつけていた。

 「2歳のデビュー直前から主に自分が乗るようになりました。ステルヴィオ(18年マイルチャンピオンシップ1着)はデビュー前から凄いと思ったけど、正直そこまでは感じませんでした。新馬らしくまだ緩い感じが残っていて、調教も凄く動いたというわけではありませんでした」

18年のマイルチャンピオンシップ(GⅠ)を制したステルヴィオも土田調教助手が担当していた
18年のマイルチャンピオンシップ(GⅠ)を制したステルヴィオも土田調教助手が担当していた

 ところが蓋を開けて驚いた。新馬、札幌2歳S(GⅢ)を連勝してみせたのだ。

 「普段の印象は相変わらず緩い感じだったけど、実戦へ行って良いタイプでした」

 3戦目はGⅠの朝日杯フューチュリティS。5着に敗れたが、どの馬よりも目立つ末脚を披露した。

 「札幌で立ち上がったのでゲートだけ心配していました。中間のゲート練習の成果もあってなんとか出てくれたけど、狭いところでジッとしていられないのは相変わらずで、結果、後手に回ってしまいました。それでも最後は伸びたように、競馬へ行けば一所懸命頑張ってくれると改めて確認出来ました」

 年明け初戦の共同通信杯(GⅢ)は「追い切りで良さを出せず、一抹の不安を持って」の出走。それでも2着は確保した。

 「皐月賞へ向けて、共同通信杯を参考に調教出来たのは大きかったです。追い切りも申し分なく、この状態なら、と期待して送り出せました」

土田と木村調教師(右)
土田と木村調教師(右)

2人並んで皐月賞を観戦

 一方、1冠目の当日、イクイノックスに対し阿部は次のように感じていた。

 「競馬場での雰囲気は今一つだと思ったけど、鞍を着けたら気合いが乗って良く見えました」

 阿部と土田はスタンドで並んで皐月賞を観戦した。まずは阿部の弁。

 「大外の18番枠だったので、前を壁に出来ないと嫌だと思っていたら、不安が的中し、向こう正面で上がって行ってしまいました」

 後ろに同僚ジオグリフがいるのも目に入った。

 「しっかりマークされていると思いました」

 同じ様を見た土田は次のように感じていた。

 「勝負どころで上がって行った2頭を見て、どちらも良い感じだと思いました」

 直線、まずはイクイノックスが抜け出した。

 常日頃イクイノックスに跨る阿部が「なんとか踏ん張ってくれ!」と思ったのは当然として、土田もまた「良し!!」と思ったという。

 「普段乗っているのはジオグリフの方だけど、自分の厩舎の馬が勝ってくれるならどちらでも良いと思いました」

 勝つ態勢かと思えたイクイノックスだったが、ステーブルメイトのジオグリフだけがこれに襲いかかり、かわして1馬身抜けたところがゴール。阿部と土田は次の刹那どちらからともなく握手をかわし、続いて目の前で見ていた木村も輪に加わって喜びを分かち合った。

皐月賞直後のジオグリフ。右が阿部で奥が土田
皐月賞直後のジオグリフ。右が阿部で奥が土田

 まずは土田。

 「イクイノックスが勝っても良かったけど、自分の乗っているジオグリフが差してくれたのも当然、嬉しかったです。2頭共能力が高いのは分かっていたので、ワンツーフィニッシュで決められて本当に良かったです」

 続いて阿部の言葉。

 「自分はイクイノックスに乗っているので正直、複雑な心境でした。でも差された相手が土田さんの乗っている馬だったので、素直に喜ぶ事が出来ました」

 こう言うと、土田に対する思いを続けた。

 「土田さんは藤沢和雄厩舎の出身で、経験も豊富なので普段から頼りにさせてもらっています」

 そう言われた土田は「確かに藤沢調教師に教わった事は大きく活きています」と口を開き、更に続ける。

土田は藤沢和雄厩舎時代、10年のダービーに出走したペルーサの調教をつけていた
土田は藤沢和雄厩舎時代、10年のダービーに出走したペルーサの調教をつけていた

 「藤沢調教師には0から教わり、ペルーサやコディーノでダービーも経験させてもらいました。お陰で大舞台でも力まずに挑めるし、ステルヴィオの経験も含めて、次のダービーに活かさなければ、と考えています」

 一方、阿部はオーソリティとの海外遠征で学んだ事を活かしたいと語る。

 「サウジアラビア、ドバイと木村厩舎からは僕1人だけで遠征し、プレッシャー面で成長させてもらいました。とはいえダービーとなるとやはり緊張していますけど、好結果を出して木村先生を泣かしたいです」

ドバイでオーソリティに騎乗する阿部。右は調教師の木村
ドバイでオーソリティに騎乗する阿部。右は調教師の木村

 そんな思いは土田も同じだ。

 「木村先生は自分なりのヴィジョンもお持ちだけど、こちらの意見にも抵抗なく耳を傾けてくれます。そんな先生のためにも結果で応えたいです」

 3歳頂上決定戦へ向け、幸い2頭共に「順調に来ている」と2人は口を揃える。皐月賞に続くワンツーフィニッシュがあるのか。刮目したい。

皐月賞直後の阿部(左)と土田。果たしてダービー後も同じ笑顔が見られるだろうか……
皐月賞直後の阿部(左)と土田。果たしてダービー後も同じ笑顔が見られるだろうか……

(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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