「ユタカは天才ではない」と語る理由

 今週末、シルクロードS(GⅢ)が行われる。競馬場の改修工事により昨年に続き中京競馬場が舞台となるが、本来は京都競馬場で施行されるこのレース。芝1200メートルのハンデ戦というほんの少しの流れでどう転ぶか分からないと思える条件だが、その京都で2016,17年に連覇したのがダンスディレクターだ。

 連覇を達成した17年は7歳。2着のセイウンコウセイをクビだけ退けての優勝劇だった。負かされたセイウンコウセイは次走で高松宮記念(GⅠ)を制してGⅠホースとなるのだから立派なもの。それもダンスディレクターは57・5キロのトップハンデを背負っていたのだからその価値は高い。

 この時、手綱を取っていたのが武豊騎手だった

武豊騎手。昨年の凱旋門賞騎乗時
武豊騎手。昨年の凱旋門賞騎乗時

 ダンスディレクターを管理していたのは栗東・笹田和秀調教師。彼は武豊を「ユタカ」と呼んで、次のように言った。

 「皆、ユタカの事を天才というけど、私はそうは思っていないんです。ユタカは勝つために様々な努力をしています。色々な事を緻密に深く考えているし、経験も積んでいます。その成果として勝てているのであって、天才だから勝っているわけではないと思うのです」

ダンスディレクターと武豊。写真は18年京王杯SC出走時
ダンスディレクターと武豊。写真は18年京王杯SC出走時

努力する騎手から聞いた驚くべきひと言

 笹田は名門・伊藤雄二厩舎で調教助手をしていた。伊藤雄二と武豊のタッグといえば1997年に天皇賞(秋)(GⅠ)を制して牝馬の時代の扉を開けたエアグルーヴや、2002年に秋華賞(GⅠ)、エリザベス女王杯(GⅠ)を無敗のまま連勝したファインモーションなどが有名だが、最初にGⅠを勝ったのは1989年のシャダイカグラによる桜花賞(GⅠ)だった。笹田は当時のエピソードを次のように紹介してくれた。

 「2冠目のオークスに出走するため、東京へ向かう際、ユタカと一緒に新幹線で移動しました」

 当然、道中、競馬の話を沢山した。その中の1つに笹田は衝撃を受けたと語った。

 『一完歩につき2センチ伸ばそうとすればどう乗れば良いか……。僕はそう考えて乗っています』

 「その時、ユタカが言った言葉です。そんな考えは初めて聞いたので驚きました」

 89年のオークスの時といえば武豊はまだ二十歳になったばかり。騎手デビューして丸2年とちょっとという時期だ。前年にはすでに関西リーディングジョッキーになっていたといえ、そんな若者の口からこのような言葉が出てくれば、笹田でなくても驚いた事だろう。

「ユタカの思考には驚かされた」と語る笹田和秀調教師
「ユタカの思考には驚かされた」と語る笹田和秀調教師

36年連続重賞勝利

 ダンスディレクターのシルクロードSはそれから28年も後の話だが、武豊は変わらずトップクラスで活躍を続けていた。それどころか、更に5年が経過し、52歳となった今年も15日に行われた愛知杯(GⅢ)をルビーカサブランカで勝利。これが実に36年連続での重賞制覇という快挙であった。

愛知杯をルビーカサブランカで勝利し、36年連続重賞制覇をマークした武豊
愛知杯をルビーカサブランカで勝利し、36年連続重賞制覇をマークした武豊

 今年が36年連続ならダンスディレクターのシルクロードS勝ちは31年連続での重賞制覇を記録したレースだったのかと思い、改めて調べてみた。すると、その年は笹田厩舎のエアスピネルで早々に京都金杯(GⅢ)を勝ち、すでに記録を更新済みだった。さすが、である。

 そんな武豊は今週末、シルクロードSには騎乗せず、同じ日に東京競馬場で行われる根岸S(GⅢ)でヘリオス(騙6歳、栗東・寺島良厩舎)の手綱を取る。一線級で活躍し続ける天才騎手の……いや、努力するジョッキーの手綱捌きに注目しよう。

今週の根岸S、武豊はヘリオスに騎乗する予定だ
今週の根岸S、武豊はヘリオスに騎乗する予定だ

(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)