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伯楽、最後のG1へ夢を乗せ、今週末の重賞出走が注目される馬のエピソード

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
今年のフェブラリーS(G1)出走時のタイムフライヤー

名調教師が芝からダートへ転戦させて成功した馬達

 今週末、札幌競馬場ではエルムS(G3、ダート1700メートル)が行われる。ここに芝のG1馬タイムフライヤー(牡5歳)を送り込むのが栗東・松田国英調教師だ。今回は電話による取材で、同馬の現状と厩舎の解散まで7カ月を切った現在の伯楽の願いを伺った。

2017年には芝のホープフルSを優勝したタイムフライヤー
2017年には芝のホープフルSを優勝したタイムフライヤー

 前走で函館のマリーンSを勝利した際の話を、師は次のように語る。

 「1週前に栗東で水曜、土曜と追い切った後、当該週の火曜日に函館へ移動。最終追い切りはルメールに乗ってもらいました。その追い切りは軽いもので、自分的には『もう少しやっても良かったのでは?』と思ったのですが、彼は仕上がっていると感じ取ったのでしょうね。結果的にはキツく追わなかったおかげで落ち着いてレースに臨めました」

 だから折り合いもつき、それが末脚につながって快勝した。

 「ルメールの最終追い切りを含め、調整がドンピシャだったという事でしょう」

 受話器越しにも笑顔だと分かる声色で、そう語った。

松田国英調教師(2012年撮影)
松田国英調教師(2012年撮影)

 松田が育てたダート馬と言えばクロフネ(2001年ジャパンCダート優勝)とベルシャザール(13年ジャパンCダート優勝)といった2頭の現チャンピオンズC(G1)勝ち馬が思い出される。2頭は共に元々芝で実績を残していた馬。前者はNHKマイルC(01年)を勝っていたし、後者はクラシック三冠に皆勤。日本ダービーでは3着と善戦してみせた。松田はこの路線変更について次のように語る。

 「芝を走ろうがダートだろうが、馬の競走能力自体は変わりませんからね。能力の高い馬ならどちらでも大丈夫だと考えています。というか、芝よりもむしろダートの方が強い馬がしっかりと力を出し切れるケースが多いですよね」

 つまりクロフネもベルシャザールも能力の高さを見込んでの路線変更だったわけだ。松田は続ける。

 「クロフネはすぐに答えを出してくれました。武蔵野S(G3)を芝並みの時計で勝ってくれました。ベルシャザールは牧場で種子骨を骨折して、本当なら競走能力喪失でおかしくなかった。さすが社台さんなので復帰出来たけど、骨折明けで、球節を考えると時計の速い芝よりもダートの方が良いと思いました。追い切りは動く馬だったし、能力は高いので、こなしてくれるだろうと考えてのダート変更でした」

 結果、ジャパンCダートを勝つと、翌14年にはドバイワールドC(G1)に挑戦するまで大成した。結果はオールウェザーのコースが合わなかったのか11着に敗れるのだが、指揮官は次のように見解を述べた。

 「私はドバイワールドCを何回も見ていました。だから分かるのですが、ベルシャザールが挑戦した年に限って馬場の質が例年と違いました。油で粘り気が強くて、凄く力の必要な馬場になっていたんです。あの馬の能力を持ってすれば普通のダートならあんな結果にはならなかったはずです」

ドバイワールドカップ出走時のドバイで調教されるベルシャザールと松田(左)
ドバイワールドカップ出走時のドバイで調教されるベルシャザールと松田(左)

ダイワスカーレットにもダート挑戦の話があった

 “能力”という意味では伯楽が育てた名牝ダイワスカーレットを無視できない。07年には桜花賞などG1を3勝、翌08年は有馬記念(G1)制覇など、生涯12戦8勝2着4回。ただの1回も大崩れをしなかった彼女に、ダートのフェブラリーS(G1)出走の話が出たのは08年と09年。結局どちらも直前の怪我で出走に至らなかったが、当時の模様を松田は次のように振り返る。

 「能力的には大丈夫だっただろうけど、あれだけの名血の馬なので無理してまで行こうとは思っていませんでした。それに、常に勝ち負けするのでダメージはそれなりにありました。ダートで一所懸命に走ったらその後が心配という事もあり、不安が出た時点でサッと諦めました」

08年には有馬記念をも優勝したダイワスカーレット
08年には有馬記念をも優勝したダイワスカーレット

最後のG1制覇へ向けて

 では今回のタイムフライヤーの場合、血統的な背景はどう考えているのか。松田は言う。

 「種牡馬(ハーツクライ)は芝だけど、母系はブライアンズタイムでダート血統。緩かったので芝でスタートしたら、能力でホープフルSを勝ったけど、右トモが弱くてその後は自分のイメージほど良くなりませんでした」

 母のタイムトラベリングは04年にジャパンCダートを勝つなど、ダート戦線で活躍したタイムパラドックスの全妹。そこでダートに転戦。すぐには結果が出なかったが、跨った騎手は口々に「能力はある」「位置さえ取れれば……」「乗り難しいだけ」と語ったと言う。

 「そうこうするうちに右トモに疲れが出なくなり徐々にバランスが良くなりました。それにつれて操縦性もつき、負荷をかければ良化する馬になってきました」

 前走後は一旦放牧。ウッドチップの坂路がある放牧先で乗り込んで来た。

 「ここで好結果を出して、再びG1に挑戦したいですね」と語る松田はこの9月で70歳。つまり来年の2月で定年により厩舎を畳まなければならない。来年のフェブラリーSが調教師として挑戦出来る最後のG1になる。先日の函館で初めてダート戦に走り、鞍上が持ったまま後ろを振り返りながら2着に2秒7もの差をつけて圧勝したハギノリュクスの名も挙げて、69歳の調教師は言う。

 「ハギノリュクスとタイムフライヤーの2頭出しで、最後にひと花咲かせたいと考えていますよ」

 タイムフライヤーは今年のフェブラリーSで見せ場を作っての5着。松田は他にゴールドティアラやベルシャザール、ユラノトらで2着、3着が3度もある。最後の戴冠へ向け、タイムフライヤーの今週末のレースぶりに注目したい。

今年のフェブラリーSでも見せ場を作ったタイムフライヤー(ゼッケン4番の黒帽)。来年の同レース制覇へ向け、今週末のエルムSの結果が注目される
今年のフェブラリーSでも見せ場を作ったタイムフライヤー(ゼッケン4番の黒帽)。来年の同レース制覇へ向け、今週末のエルムSの結果が注目される

(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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